シリーズ

新たな協同の創造をめざす 挑戦するJAの現場から

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「ともに助け合い、ともに発展する」"協同組合運動"で住みよい豊かな社会づくりを目指す

シリーズ2 JAはだの(神奈川県)
売って喜ぶ、買って喜ぶ報徳商い
組合員宅全訪問で結集力を強化

 江戸時代末期、二宮尊徳の報徳思想に基づいて各地に相互扶助組織「報徳社」を設立した商人、安居院庄七(あぐいしょうしち)。協同組合運動の先駆者とも呼ばれる彼が生まれ育ったのは、現在の神奈川県秦野市。今日もJAはだのは郷土の先人に学び"本当の協同組合運動"の実践を目指している。JAが結集力を高めることで年々組合員数を増やし、地域からの信頼も厚い。JAはだのの"協同組合運動"を紹介する。

昨年11月に行われた「JAはだの農業まつり」から。毎年多くの人が訪れ、大変な賑わいを見せる

売って喜ぶ、買って喜ぶ報徳商い
組合員宅全訪問で結集力を強化

◆全職員で組合員宅を回る訪問日

毎月26日は月に1回の組合員訪問日である。本所・支店から多くの職員が出て行くので、所内は少し静かになる。
全部で240人ほどいる職員のうち、窓口業務など必要最低限を残して160人以上が一斉に正・准合わせて1万人を超す組合員宅約9000世帯以上を訪問して回るのだ。
目的は組合員向け機関紙の配布だ。JAはだのでは、部長以下全職員が1人あたり70120軒ほどの組合員宅を全て訪問し、機関紙を手配りしている。ただ配るだけではない。その場で要望や苦情を聞くこともある。
機関紙だけではなく、貯金利用者へのお中元、お歳暮も手渡しだ。利用者からは「わざわざ訪ねてきてくれるのは、農協さんだけだよ」と親しみを感じてくれる人も多いという。
毎月最低1回は必ず職員が組合員と触れ合うことで、顔を覚えられるのはもちろんのこと、組合員の意見や注文がすぐに農協に届けられるので厚い信頼関係が生まれる。パイプが強く太くなることで組合員の結集力が高まり、「ともに助け合い、ともに発展する」協同組合運動の実現につながるのだ。
組合員との絆を強くするための取り組みとして、20年以上前から行っている春秋2回の座談会も重要だ。役職員を8班にわけて各地区を回り、組合員と直接対話して苦情や意見を聞く。この活動は職員教育の側面も持ち、職員が組合員の方を向いた事業展開を考えるきっかけにもなっている。
地道に組合員との信頼関係や結集力を強化しているため、組合員数は減るどころか増える一方だ。ここ10年で准組合員数は1.8倍ほどに激増したが、正組合員数も年々増加している。

◆三者協同で農の総合相談窓口開設

職員7人で運営している支援センター(写真はJAはだの営農経済部から出向の内藤聖樹さん)
職員7人で運営している支援センター(写真はJAはだの営農経済部から出向の内藤聖樹さん)

組合員数が増えている要因の一つに「はだの都市農業支援センター」の存在がある。
同センターは平成17年に秦野市、農業委員会、JAの三者が協力して立ち上げた総合的な農業相談窓口だ。それまで就農、農地問題、組合員の苦情など内容ごとに別々だった相談窓口を1つにすることで、あらゆる相談がワンフロアでできる。効率的でスピーディーな対応が可能となる。
非常に役に立っていると評判は高く、山形や兵庫など他県からの問い合わせもあるという。このようなセンターが成功しているのは全国的にも数えるほどしかなく珍しい。関係者からは大変注目されている。
総合的な農業支援が目的だが、核となる事業は2つある。地域別の営農推進と担い手育成事業だ。
地域別の営農推進としては地域営農推進協議会を設立し、実情にあった支援対策を講じている。「山間地での鳥獣被害、農道整備、荒廃遊休農地の解消、環境保全型農業など地域の人たちがまとまって何かをやりたいという取り組みを応援するため、地域の人と一緒に汗を流すのが仕事」(センター職員)だ。地域単位で取り組むことで農家を結集し、地域ぐるみの営農活性化をめざしている。

◆県外からもやって来る担い手育成事業

改築してさらに売り場面積を大きくした「はだのじばさんず」。正月3日間を除いて通年営業している
改築してさらに売り場面積を大きくした「はだのじばさんず」。正月3日間を除いて通年営業している

担い手育成事業の中核は18年度から始めた「はだの市民農業塾」だ。開始して間もないが、着実に成果を上げている取り組みだ。
農業の基礎知識を身につける基礎セミナーコース(初級、定員30人)、グループ援農や農作業ヘルパーなど農の応援団を育てる農業参画コース(中級、定員20人)、本格的な就農者を育てる新規就農コース(上級、定員10人)の3コースがある。期間は3月翌年1月までの10か月だ。毎年定員オーバーになるほどの問い合わせがあり、年々希望者は増えている。
秦野市の農地取得下限面積は40aだが、上級コースを修了した人は10a程度に引き下げられるという特典もある。毎年10人前後が修了し、年間50200万円ほどの販売額を持つ生産者が育っている。
当初の対象者は定年帰農の市内在住者を想定していたが、30代の若い人や市外や県外からの応募も増えている。なかには「他の市や農協などでなかなか話が合わなかったのでJAはだのを頼ってきた」という人や、実際に仕事を辞めたり引っ越したりしてまで入塾を希望する人もいる。
多くの人が「はだの市民農業塾」を頼ってやってくるのは、そのサポート体制に魅力があることはもちろんのことだが、もっとも大きいのは「はだのじばさんず」という販路が確立されていることだ。

◆直売所「はだのじばさんず」特徴は自由

本所敷地内にある農産物直売所「じばさんず」は県内最大の売り場面積450m2で、生産者が毎日新鮮な農産物を搬入している。
平成14年から営業を開始したが、年々販売額が伸び20年度は9億円を越えた。現在は700人以上の生産者が登録し、常時400人ほどが出荷を行っている。1人あたり年間100万円ほどの販売が平均的だが、なかには「じばさんず」だけで年間400万円以上販売する生産者もいるという。
正・准区別なく、組合員になったその日から誰でも自由に出荷できるというのが、生産者にとっては最大のメリットだ。「農業塾」を修了した新規就農者も、主な販路はほとんどが「じばさんず」である。生産物の販路が確保されていることで、新規就農者はもちろん従来の生産者も安心して農業に取り組むことができるのだ。
また、ファーマーズマーケットを営農指導と一体に考えていることも大きい。開店当初はナスの季節になったらナスばかり、キャベツの季節はキャベツばかりということがよくあったというが、何が売れて何が残るというのを生産者や職員が実際に目で見て考えることで、バラエティーに富んだ少量多品目生産を実現しているのだ。
消費者や地域と生産者の共生は報徳思想の体現だ。報徳商いというのは売って喜び、買って喜ぶこと。生産者はじばさんずに持ってくることで喜び、消費者は安心で安全で美味しいものを買って喜ぶ。まさに現代に通じる理念だ。
力の弱い個人個人が助け合うことで、住みよい豊かな地域社会を創っていくのが“本当の協同組合運動”である。
JAはだのの基本理念は「夢のある農業と次世代へつなぐ豊かな社会を地域できずく」こと。組合員、職員、地域住民が一体となってよりよい社会を創るため、一人ひとりの力を結集しさらなる“協同”の実践を目指している。

地域が元気になれば組合も元気になる
JAはだの企画管理部 宮永均部長

JAはだの企画管理部 宮永均部長

JAはだのの基本理念は「豊かな社会を地域できずく」こと。JAのあらゆる事業が地域づくりにつながっています。
例えば「はだの市民農業塾」の取り組みにも地域づくりの側面があります。コースの中に地域農家での実習があるので、何もわからないで農業を始めた人が地域の農家に指導してもらうことでネットワークが生まれ、地域の輪が広がっていきます。
組合員と職員で行く海外研修もネットワークづくりに役立っています。1年に1回ぐらいですが同窓会を開いて関係を継続しているし、一緒に研修に行くとそれまで農協に対して多くの苦情を言っていた組合員もピタッと止めて農協を認めてくれます。
地域が元気になれば組合も元気になる、という原則で活動しています。今も、来年秦野で開催することが決まった第61回全国植樹祭に向けて、行政や地域と一体になって取り組んでいるところです。

 

組合長に聞く
―わがJAの挑戦
 


21世紀を協同組合の時代にしよう

JAはだの(神奈川県)代表理事組合長 松下雅雄

JAはだの(神奈川県)代表理事組合長 松下雅雄

――松下さんは組合長になられて13年目、役員時代も含めると実に24年間JAの経営に携わっています。
私は今の仕事が天職だと思っています。協同組合を本当の協同組合にする、ということがね。本物の協同組合というのは、運動の位置づけをきちんとしなければいけません。
私は協同組合の理念とJA経営との関係について、常に4つのことを心がけています。1つは、JAは相互扶助の原則を曲げてはいけない。2つめは、組合員は平等に正・准の区別はせず、また組合の事業方針は地元市民に支持されること。3つめに、JAの仕事は全国連や中央会に盲従するのではなく、地域のやり方に適応させること。最後は、総合JAのリーダーとして、メンバー全員の総合力を結集し発揮できるよう配慮することです。
――そうした協同組合理念の原点はどこにあるのでしょうか。
協同組合運動は、モノの損得だけでやってはいけません。相互扶助、共存共栄の精神で、みんなが一つになってともに発展することが大切です。JAはだのでは、協同組合の原点に立ち返り「21世紀を協同組合の時代にしよう、農業の時代にしよう」と、20年ほど前から安居院庄七の報徳思想を世に広める活動をはじめました。
彼は江戸時代の秦野に生まれた協同組合運動の先駆者で、二宮尊徳の思想に基づいて「報徳運動」を展開しました。1844年イギリスでのロッチデール公正先駆者組合より若干早く活動をはじめています。JAはだのでは、その功績を称えると同時にその生き方に学ぼうと、協同の大切さを説いた
乱杭の 長し短し 人こころ
七に三たし 五に五たすの十
という唄を歌碑にして、本所の敷地内に建立しました。創立45周年を契機に記念出版(※)もしたので、ぜひ多くの市民にも読んでもらって協同組合精神を理解してほしいですね。先人に学び、さらにそれを次世代に伝えていきたいとも思います。
――農協と組合員との関係についてはどうお考えですか。
農協運動は組合員が主人公だ、というのは誰も否定しませんが、本当に組合員が主人公になっているかどうかは極めて重要です。協同組合は、組合員と一緒になって何をやっていくべきかを考えなければいけないし、組合員も力を合わせる必要があります。例えば今、流通の合理化が叫ばれていますが、JAはだのでは組合員が自分で資材や農薬などを取りに来るようにしています。
また、組織基盤づくりに大事なものは教育ですから、組合員にも職員にも勉強の機会を与えて、みんなが力を結集するようにしています。やはりどんな大きなJAでも、きちんと組合員の方を向いて事業をやらないといけません。
――JAの合併についてはいかがですか。
以前は「デッカイことはいいことだ」ということで合併の議論もありましたが、それは次の世代の議論でしょう。我々は秦野に生まれ育って、正組合員数3000人ぐらいの農協だから、組合員についてはだいたいわかるし、気軽にあいさつもできます。やはり大きくては無理が生じるでしょう。JAはだのは1市1JAなので、はだの都市農業支援センターのように行政とも協力してやっていけるのも強みです。

次世代のために豊かな社会をつくる

昨年12月に韓国の坡州(パジュ)市農協とも友好関係を結んだ
昨年12月に韓国の坡州(パジュ)市農協とも友好関係を結んだ

――JAと地域との関係についてお聞かせください。
やはり、地域の発展に寄与してこその協同組合です。例えば葬儀を執り行うJAはだのセレモニーホールがあります。組合員以外でも利用できて、料金は4244万円と非常に低額です。JAに対抗して、地域の業者はもっとよいサービスを目指したり、経営努力をすることで地域が活性化していきます。協同組合運動にはそういう役割もあるのです。
夏休みと冬休みに「子ども村」を開催していますが、昨年は夏が130人、冬が80人ぐらい集まりました。参加者の内訳は4割ほどが組合員の子どもですが、それ以外は親戚が組合員なだけとか員外参加者など。JAがどれだけ地域に支持されているか、ということですね。こういう事業をきっかけにして、農協事業を知ってもらうのも次世代へつなぐための大きな役割です。
――地域だけでなく、海外にも目を向けていますね。
「3つの共生」として地域・次世代のほかに、アジアとの関係も大事にしています。10年前に韓国の知道農協と友好関係を結びました。さらに台湾、タイ、ベトナム、中国の合作社などとも友好関係を結んでいます。子どもの書道・図画コンクールなどを通して、お互いの交流をして子どもたちに夢を与えられるように活動しています。
アジアとの共生は組合員教育事業とも関連していて、組合員と職員の合計15人が毎年2か国を訪ねて勉強会をやっています。そうすると、組合員が本当の意味での農協ファンになってくれるのです。「農協のやっていることは間違いない」と言ってくれるようになるのが、本当にうれしいことです。

『協同組合の原点「報徳」を広めた安居院庄七』(若槻武行著、企画・制作JAはだの、発売東京六法出版 B6版111ページ 定価900円)問い合わせはJAはだの企画課0463‐81‐7714まで。

(2009.04.03)