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新たな協同の創造をめざす 挑戦するJAの現場から

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AST...... 明日(未来)の農業とJAを担う人たち

シリーズ3 JA新ふくしま(福島県)
農協経営の具体策は組合員の中に
いつも地域の真ん中に農協を・・・

 JAの広域合併や支店統廃合など経営合理化が進む一方で、農協と組合員との距離感が遠のいたという声も聞かれる。JAグループは、「出向く営農」をキャッチフレーズに担い手の戸別訪問と営農支援や情報収集の促進をはじめたが、すでに独自で訪問活動に取り組むJAもある。JA新ふくしまのASTもその1つだ。『明日(未来)の農業とJAを担う人たち』、ASTの活動を追った。

ASTメンバーの6人(左から)菅野良弘室長、国分誠、佐藤敏幸、齋藤信也、阿部勇也、後藤喜孝(敬称略)

加藤秀和さん(左)を訪問し、ナシの花の育成などについて談笑する後藤さん

◆ASTは組合員の総合相談窓口

 ASTとは農業(Agriculture)支援(Support)トータル・チーム(Total Team)の略称。管内の認定農業者や担い手を訪問し、農家とJAとの距離を近づけるための部署として平成20年3月にスタートした。
 主な業務は徹底した訪問活動だ。農家組合員を戸別に訪ね、JAへの要望・苦情・悩みを聞き取って解決策を提案するほか、営農や農業経営に役立つ情報の提供などを行う。いわば移動式総合相談窓口である。
 要望や苦情には2日以内に回答する。そのほか金融の悩みであれば信用渉外へ、営農技術や栽培方法の疑問であれば営農指導員へ、組合員の相談を各専門セクションに伝えるのもASTの役割だ。組合員への情報提供も重要で、ASTのメンバーは新聞のスクラップ、気象情報、統計データなど、農業経営に役立つ情報を常に収集している。
 現在ASTの人数は室長1人と担当者5人の計6人。JAを利用しているか否かにかかわらず、「専業・後継者・大規模」という独自に設定した条件に合った組合員を重点的に訪問している。
 発足当初に決めた訪問件数は1人あたり約120戸、全体で567戸だったが、1年間の活動で訪問先は増え続け、21年1月時点では701戸にまで達した。当面の目標は訪問戸数1000戸である。

◆スピード感ある対応で信頼を築く

ASTが名刺代わりに使うA4サイズの似顔絵チラシ。親しみやすいと評判
ASTが名刺代わりに使うA4サイズの似顔絵チラシ。親しみやすいと評判

 ASTの訪問戸数目標は1日あたり12戸ほど。担当者の1人、後藤喜孝さんの訪問活動に同行した。
 吾妻連峰の麓、モモやナシの花が美しく果樹園を彩る中、まず訪れたのは果樹農家の加藤秀和さんだ。10年前に実家を継いで就農し、現在2.5haほどの農地で主にナシ、モモ、リンゴなどを栽培し、地域のリーダー的存在でもある。
 以前、加藤さんから「『萱場(カヤバ)ナシ』を地域ブランドとして立ち上げたい。行政の方でブランド認定ができないだろうか」と質問があり、回答を持参したのである。
結果は残念ながらNO。しかし「地域ブランドで生産意欲が高まる。JA経由で行政にかけあってもだめなら他の方法を考えよう」と新たに要望を聞き、今後の対策を検討することも忘れない。
 「後藤くんが来るようになって2か月ぐらい経った。これまでも農協と付き合いはあったが、こんなに早く対応してくれるとは思わなかった。やはり今の時代、必要なのはスピードだから」と、加藤さんはASTの訪問を歓迎している。「なにかあったら後藤くんに連絡するよ」と信頼も厚い。
 花き農家の奥山昭治さんはこれまでも農協をよく利用してきたが、ASTの訪問によってさらにJAとの関係がスムーズになった。この日も後藤さんから農薬や肥料の助成について聞き、出荷前の花を紹介するなどした。
「生産から流通まで色々な情報を、頼むとすぐ持ってきてくれる。積極的に訪問する人がいるのは嬉しいね」とASTを評価し、「まだ1年目だが、今後も続けてほしい」と活動の継続に期待している。

◆未来の農業とJAを担う「明日人」

加藤秀和さん(左)を訪問し、ナシの花の育成などについて談笑する後藤さん
加藤秀和さん(左)を訪問し、ナシの花の育成などについて談笑する後藤さん

 後藤さんはASTをやってもっとも良かったと感じるのは「やっぱり、ありがとうといわれた時」だという。それは「ASTを始めた時は、毎日毎日農協への苦情ばかりだった」からだろう。
 「ASTの活動が認知されてきた今でも、初訪問の時はほとんどあいさつだけ。わずか10秒ほどで訪問は終わるが、次第に話ができるようになればいい」と、根気よく訪問を継続することが大事だという。
 一方もっとも大変なのは「情報収集」だ。悩み、要望、欲しい情報は組合員1人ひとり千差万別である。それぞれの希望に合うような旬の情報を提供するのはとても難しい。だからこそ、ASTではミーティングを重視し、メンバー間のチームワークと情報の共有を密にしている。
 ASTは「明日人(アスト)」とも読む。そこには『明日(未来)の農業とJAを担う人たち』という意味が込められている。JAと農家組合員との新しい関係を構築し、明日の農協運動と農業の礎を築く人材として期待されているのである。

◆職員全員でオレンジリングを!

左がオレンジリング運動に尽力した経済部佐藤國夫部長、中央が菅野孝志理事長
左がオレンジリング運動に尽力した経済部佐藤國夫部長、中央が菅野孝志理事長

 JA新ふくしまでは、今年度から職員全員がオレンジリングを付けている。これも地域貢献活動の1つだ。
 オレンジリングとは「認知症になっても安心して暮らせる町づくり100人会議」が展開している認知症サポーターの証だ。認知症を正しく理解し適切な対応をするための講座を受けた人がもらえる。
 JA新ふくしまでは今年4月に468人以上の全職員が受講したため、リングが足りなくなってしまい急遽取り寄せるほどだった。
 全職員の受講を決めたのは、就農者の高齢化が進むなか、少しでも農協が地域の役に立つことはなにかと考えたからだ。「いつも地域の真ん中に農協があるべきだ」と考えている菅野孝志理事長の思想が表れている。
 そのほか就農希望者と生産者とのマッチングを行う無料職業紹介所、農地保有合理化事業、鳥獣害対策などを専門的に行うサポートセンターもJAが手がけている。
 地域貢献活動の推進によって、JAが地域の中心になる。そしてJAが中心となって、市民を巻き込んだ地域農業を振興するのがJA新ふくしまの掲げるビジョンなのである。

大事なのは情報の共有とチームワーク
菅野良弘 農業振興対策室長(AST室長)

菅野良弘 農業振興対策室長(AST室長)

 ASTの活動は月曜日が打ち合わせと情報収集。火金曜日の4日間が訪問日です。1人あたり150180戸の担当があるので、1日123軒回っても1ヶ月に1回訪問するのがやっと。それでも1回の訪問で2時間以上も立ち話してしまった、というような例もあり、1日10軒回るのでも本当に大変です。
 最初は組合員の間だけでなく、職員の間でもASTって何だかよくわからないと言われました。訪問しても9割以上が農協への苦情でしたが、広報誌で取り上げてもらったりしたことで、ようやく浸透してきました。名刺を作らずにA4サイズの似顔絵チラシを使っているのも親しみやすいと評判です。最近では初訪問でも「ああ、あなたがウワサのASTですか」と、活動を知ってくれている方も増えました。
 ASTの活動で重要なのはチームワーク。組合員さんからは無理難題の要望や苦情も多くあります。それらを1人で抱え込んでしまわないよう、みんなで情報を共有して解決策を考えることが大事です。だから毎日朝夕のミーティングは欠かせません。
 若い組合員さんとの関係をどうするかが、今後の課題の1つです。年配の方は「農協」というだけで信頼してくれますが、若い方はJAをあくまでも取引業者の1つとして見ている人もいます。どうやって若い組合員さんを仲間にしていくかが重要でしょう。

 

組合長に聞く
―わがJAの挑戦
 


協同組合運動を軸にもった農協人を育てたい

JA新ふくしま(福島県)代表理事理事長 菅野孝志


JA新ふくしま(福島県)代表理事理事長 菅野孝志


ASTは農家と農協のオルガナイザー

――ASTを始めたきっかけは何だったのでしょうか。
平成6年に福島市内8JAが合併してJA新ふくしまが誕生して15年経ちました。当初は100億円以上あった販売高が漸減していき、今では77億円ほどしかありません。現状を打開しようと「販売高100億円復活」を掲げましたが、具体策というのはなかなか出てこない。
しかし、具体策はJAの側ではなく組合員の中にあるのではないかと考えました。そこで、何か見返りを求めて、例えば生産資材の購入だとか、そういうものを求めて組合員を回るのではなく、ただ組合員の考え・悩み・要望を聞く部署が必要だと考え、ASTを発足させました。
――組合員のASTに対する評価はどうでしょう。
最初の23か月は「どうせ農協は何もやらんだろ」と、寄せられる声は苦情ばかりでした。でも根気よく訪問を続けることで、だんだんと苦情ではなく要望や提案を出してくれるようになりました。最近は「農協が本当の農協っぽい農協になってきたじゃないか」と、評価してくれます。
今年はASTも2年目なので、本当の意味で農家の役に立つことをしていかなければいけません。2050代までの農業者を集めて、農業者とJAが一緒になって知恵を出していくような勉強会を企画しています。農業生産力を高めて組合員の暮らしを良くするのが、JAの本来の仕事ですからね。
ASTは農協と農家のオルガナイザーだと期待しています。技術指導とか、資金相談とか、断片的にサポートするのではなく、農業経営全体をサポートするのがASTだと考えています。「ASTはどんな要望や苦情に対しても必ず返してくれる」と、期待してもらえるようになってほしいですね。
そういう意味で今足りないのは、女性の視点です。農業従事者の56割は女性ですから、やはり女性のASTが必要でしょう。女性が相手ならこれまで言えなかったことを言えるという組合員の方も多いと思います。なんとか来年度にはASTのメンバーに女性を加えて、訪問戸数1000戸の目標を早期達成したいと思います。
――さきほどの「本当の農協っぽい」というのはどういうことでしょうか。
農協は農家が1円でも安く資材を仕入れ、1円でも高く生産品を売るために、昼夜努力しなければなりません。今こそ、そういうJAが求められているのだと思います。
例えばASTのほかにも、昨年は燃油・肥料などの高騰対策として7000万円の補助を出したり、農薬の主要19品目で値上がり分を助成したりしました。こういう取り組みを組合員の方が評価してくれているのではないでしょうか。
こういった取り組みをさらに進めるためにも、本当の農協はどうあるべきかを考える農協職員、協同組合人を育てるのがトップの仕事だと思います。今の若い人には、残念ながら“本気さ”が欠けているように見えます。「これをやるために農協に入ったんだ!」というものがなかなか感じられません。例えば1年間で20人ぐらいを選出して、しっかりカリキュラムを組んだOJTをやるなどして、協同組合運動を軸に持った職員を育てたいと思います。
――地域とJAとのつながりについて、お考えをお聞かせください。
農業を振興する力が農協になかったら、それは農協ではありません。しかしそれは農業者やJAだけでやるのではなく、市民も巻き込まなければいけないでしょう。
今、生産者と消費者は分断されています。例えば消費者は直売所で美味しい新鮮な農産物を買ってくれますが、それが実際に具体的に農業者を元気にしているという実感はほとんどないのではないでしょうか。これでは本格的な農業振興はできません。例えば農業があることで人と人が語りあう場所ができ、美しい景観を作りだします。それを見て市民が農業に関心を持ち、理解し応援してくれるようになれば生産力も高まる、というわけです。

市民を巻き込んだ農業振興を目指す

――市民を巻き込んだ活動として、ほかにどのようなことを行っているのでしょうか
JA新ふくしまでは、7月中旬ごろから管内に7か所ある直売所で、ポイントサービスをスタートします。そのポイントの1部を、小・中学校の図書館の充実や、米飯学校給食推進、環境保全などに還元する計画です。
そうすることで、市民1人ひとりが社会貢献活動の輪に入り、農業振興や景観作りに一役買ったと意識してくれるようになれば、市民とともに福島の農業をよくすることができるのではないでしょうか。そのうえで、JAの組合員にも加入いただき、農と食を基軸とした協同運動の輪を広げていきたいものですね。
やはり直売所は地域振興の一環です。売上至上主義で、他の産地の産品を大量に仕入れたり、日用雑貨をおくなどでスーパーと同じになってしまってはJAの直売所ではありません。地場産品にこだわることは、フードマイレージの軽減にもつながります。直売所の意義は、地域の中で人と人をつなげることだと思っています。

☆今村奈良臣のここがポイント☆

JAは今こそイノベーション(Innovation)の推進を
私は、かねてより、JAは今こそイノベーションを進めよう、と呼びかけてきた。
私の唱えるイノベーションは、次の5つの分野に及び、それぞれの分野で全力をあげて取り組み、推進してもらいたいと考えている。
(1)人材革新
(2)技術革新
(3)経営革新
(4)組織革新
(5)地域革新
さらに、そのイノベーションを行う主体も、次のそれぞれの主体が、それぞれの立場、役職などに対応して目標を正確に設定して推進してもらいたいと呼びかけている。
(1)JA役員(組合長、常勤・非常勤役員)
(2)JA職員(各担当部署ごと、特に営農企画と販売)
(3)JA組合員(正組合員を中心に)
(4)JA青年部、JA女性部等の各分野
(5)JA管内の消費者、起業者、企業者等
上記五つの課題と主体を組み合わせて(マトリックス)、どこから、何をどのように取り組むか、目標と計画を明確に定めて着実に推進してもらいたい。
まず最大の課題は人材革新である。人材とは私の考えによれば(1)企画力、(2)情報力、(3)技術力、(4)管理力、(5)組織力の5つの要素の総合力を保持し磨き上げているのが人材と考えている。人材を如何にふやすか、
技術革新は、多彩な分野にわたり多様な課題があるが、当面する最大の課題は農畜産物の流通・加工・販売分野である。組合員の所得拡大である。
経営革新は、(1)組合員の農業経営革新、(2)農協の経営革新、(3)農協関連企業の経営革新があるが、どこに重点を置き取り組むべきか。
組織革新は、組合員の農業経営発展、管内農業の活性化のためにJAの組織体制をいかなる方向で革新するかという課題である。
地域革新は以上の諸課題の上にたって地域の活性化の上で何をなすべきか、JAとしての地域貢献として何をなすべきか、ということが課題になる。
JA新ふくしまの活動は、上に述べたようなイノベーションの課題に照らしてみて、実にすぐれた活動をしている。
まず、ASTの活動には目を見張るものがある。発足して2年目にすぎないがJAと組合員をつなぎ、人材革新、技術革新、経営革新の尖兵となって活動している姿に他のJAも見習ってほしい。
また、7つの直売所は消費者と組合員を結び、地域貢献を通して地域活性化を促し、消費者教育の場にもなっている。
特にASTは「計画責任」「実行責任」「結果責任」が明確になっていてる姿にJA関係者は注目してもらいたい。

(2009.05.08)