標高差を利用したリレー栽培で
作期を拡大
(表) 標高差を利用して、1年のうちの長い期間、JA信州うえだ産の農産物を消費者に届けている。低地から高地へのリレー栽培で作期を拡大している。
長野県東部に位置するJA信州うえだ、右はマスコットキャラクター「のぼるくん」
◆一元出荷一元販売を実現する農産物流通センター
同JAの農産物は非常に多彩だ。少量多品目を生産する「総合供給基地」の実現をめざしている。
生産額の約3割がコメと野菜。野菜はレタス、ハクサイ、キャベツ、などの高原野菜が主だ。次いで2割弱がリンゴ、ブドウ、モモなどの果実。さらにキノコ類、畜産、花きなどが続く。この多様さは管内の標高差が大きく、寡雨で湿度が低く、昼夜・夏冬の気温差が顕著、などの自然条件によるところが大きい。
多品目を効率よく広域的に集出荷し、高品質を保ちつつ流通コストの軽減も図ろうと、1999年に上田市と協力し、総事業費15億円をかけて「JA信州うえだ農産物流通センター」を設立した。センター設立によって、94年の広域合併後、各地に点在していた集荷場が一カ所に集められ、同JAのめざす「一元出荷一元販売」の推進が可能になった。同JAの農産物販売額の4割ほどはこの流通センターで手がけている。
延床面積8810m2の広大な施設内には、野菜、果実、キノコ、花きなど多品目に対応した検査・選別ラインのほか、仕分け、パレタイズ、保冷、出荷などすべてを管理する自動集出荷システムを備えている。全自動・省力化で、物流コストを大幅に削減している。上信越道のインターチェンジにも近く、JA信州うえだの農産物を、新鮮さを損なうことなく大消費地に出荷できる。
(写真)流通センター内はオートメーション化で、省力・省エネを徹底している。
◆ふもとの遊休地を活用作期を拡大
JA信州うえだの農産物販売額は、約100億円ほど(20年度)。しかし管内生産者の2割ほどで80億円を売り上げており、残りの8割の生産者で20億円ほどと、偏りがある。
そのため、大量生産で大消費地向けの市場流通にのせる専業大規模生産者向けと、地場流通を中心とする兼業中小規模生産者向けとの、2通りの営農支援体制を整えている。
大規模生産者への生産振興策では、さらなる規模拡大の支援と、遊休農地の解消がある。
菅平高原など標高の高い土地を中心に、約9haでレタスなどの野菜を生産している伊藤忠成さんは、比較的標高の低い遊休農地を借り受けて栽培することで、経営の規模拡大を図っている。
「レタスは高原なら初夏から、ふもとでは9月過ぎまで出荷できる。経営を拡大するためには作期を広げる必要があり、標高の低い土地を探していた」。
菅平高原には100戸近い生産者がいるが、近年は伊藤さんのように標高の低い遊休農地を借り受けて規模拡大を希望する人が増えてきた。JAでは今年度、菅平出作者部会を立ち上げ、遊休農地の解消と規模拡大の支援に積極的に乗り出した。現在、JA管内には約1150haの遊休農地があるが、昨年1年間で10haほどを斡旋し解消している。
伊藤さんはさらなる規模拡大を図り、今年から法人化して従業員を新たに4人雇った。「従業員に安定した給料を出すためには、1人あたり1万箱は出さないといけない。耕地を広げるのはもちろんだが、働いてくれる人の紹介などもJAで紹介してくれればうれしい」と期待を寄せた。
(写真)標高1400m、菅平高原にある伊藤さんの農園では、レタスが最盛期を迎えていた。
◆国産、販売を総合企画「地産地消課」新設
中小規模の生産者支援には地場流通の拡大がある。今年4月から営農部内に、職員4人で地産地消課を立ち上げた。
主な目的は▽地元への供給で流通コストを削減▽地域住民に安全・安心な農畜産物を供給▽品目別でない総合的な窓口対応、などだ。
同課では、家庭菜園や市民農園などの企画や指導、地元消費者のニーズに応える農産物の提案、地場野菜や小野菜の作付け面積の拡大など“生産”の企画から、直売所事業、地元消費の拡大、イベントでのPR、農商工連携の推進など“消費”まで総合的に手がけている。
特に力を入れているのは、地元への供給ルートの開発だ。
JAの子会社である信州うえだファームを中心に、学校給食向けのニンジンやジャガイモなどを作付けしたほか、管内の大型工場での月2回の直売事業をなど行っている。また農商工連携事業として、上田市観光協会と協力した旅館への地元食材の提供や、地元食品メーカーと共同したギフト商品の開発なども行う。
◆地域全体が盛り上げてくれた「うえだ食彩館ゆとりの里」
(写真)「うえだ食彩館ゆとりの里」多品目を象徴するような色とりどりの産品が並ぶ
地産地消事業の中核を担う直売所は、管内に2カ所ある。そのうち「うえだ食彩館ゆとりの里」は2004年にオープンし、100坪ほどの売り場面積をもつ、管内では大型の直売所だ。
売り場は、少量多品目を推進するJA信州うえだの特色がそのまま現れている。7割程が組合員の出荷品で、野菜、果実、米などを中心に、加工品、花き、工芸品まで、色とりどりの商品が並ぶ。また女性部「ローマンの会」の工房があり、毎日400個以上のおやきや、おはぎなどを販売している。
設立当初は出荷登録者250人ほどで、年間売り上げも仕入れ品を含めた全体で1億円ほどだったが、毎年右肩上がりで成長し、今では登録者470人。売り上げは3億円を超えた。登録者は中小規模が中心だが、中には年間300〜500万円ほど出す人もいるという。
平日でも開店直後に駐車場は満車となり、週末には開店前から50人以上が列をなすほどの盛況ぶりだ。
しかし、設立当初の評判はあまりよくなかったという。食彩館の立ち上げ以前から直売所の設営に尽力してきた、元直売部会長の小林亨さんに、直売所の設立経緯や運営について聞いた。
「この地域(神科)はリンゴ栽培が盛ん。高速道路のインターチェンジができるので、その近くで農産物の販売をしようと10年以上前に工事現場の跡地を借りて直売を始めた。最初は、どうせうまくいかないからやめろなどと反応は冷ややかだった。
しかし意地張って続けたおかげで地域の人にも認められ、JAでも大型直売所を作ろうということになり、行政の協力をいただく中で食彩館ができた。最初は登録者も少なかったが、5年目の今年、ようやく目標の3億を超えた。やはり、地元の人に盛り上げてもらった直売所、という想いがある。地元の人には本当に感謝している」。
食彩館のさらなる発展のためには、何が必要だろうか。
「ただ持ってきて、ただ売る、ではダメ。直売だからこそ、市場に影響されないような価格設定が必要だ。総会では、どの品目は何gでいくら、という取り決めをしているが、いかに残さないで売るか、買ってもらうかということを、生産者自らが考えなくてはいけないね」。
組合長に聞く
―わがJAの挑戦
JAは伝え・守り・育てる
運動体である
JA信州うえだ代表理事組合長 芳坂榮一
自らの役割を「広告塔」だという芳坂榮一組合長。JA信州うえだのイメージキャラクター「のぼるくん」をあしらったハッピは、自身で京都の呉服屋に注文した特製品だ。合併して15年目を迎えたJA信州うえだの取り組みを聞いた。
◆トラック1台で売り場がまかなえる
――JA信州うえだの特長をお聞かせください。
まずは標高差を利用した農業だということ。コメ、野菜、果物、畜産、キノコ、花きまでなんでもできます。また雨が少ない地域で日照時間が長いので、果物はよく育つし味がいいですね。他の産地と違って、特産品1品目で30億とか50億とかいうものはありませんが、生産者は知恵を出して工夫してたくさんの品目を導入しています。食料生産基盤としてのバランスがよく取れているので、トラック1台分であらゆる要望に応えられる農産物が積めると、消費地とくに量販店には喜ばれています。
――農業振興で力を入れていることは、どのようなことでしょうか。
合併した15年前は、販売額が170億円ぐらいありました。今は100億円ぐらいしかない。なんとかして回復させないといけません。
全体で2割ほどの大規模農家はよくやっていますが、問題はやはり8割ほどの小規模農家にどうやって元気を出してもらうか。小規模農家の底上げをしないと、農業振興にはなりません。小規模農家が元気になってもらって、直売所にたくさん出してもらえば、農家所得もあがります。今は、品種改良や技術振興などで農業がどんどん難しくなってしまいました。地域風土にあったものを振興するなどして地産地消を推進し、作り慣れた、食べ慣れたものをたくさん直売所に出してもらえるよう、働きかけています。
また、平成19年から「農で元気プロジェクト」を始めました。平成20年度は管内約280の組合員宅を職員が訪問し、JAへの相談や提案を聞くなど、JAと組合員の連携を強くする計画です。今年からは担い手農家や新規就農者にも幅を広げ、担い手育成や経営安定支援に取り組んでいます。
販売戦略としては、全農のJAタウンなどインターネットを通じた販売も始めましたし、たくさん売るためにも我々JAが、信州うえだの農産物のPR活動を一生懸命しなければいけません。
――具体的なPR活動はありますか。
4月に地産地消課を新設したことで、そういったPR活動も積極的にできるようになりました。組合員に「作れ、作れ」というだけではダメですからね。たくさん売れるようにPRすれば組合員とJAの信頼関係ができて、結集力も強くなります。
例えば、今年の8月1日から全国公開された映画『サマーウォーズ』は上田市が舞台になっています。上田市はそのほかにも映画のロケなどでよく使われています。JAとしても、上田市観光協会と協力して農商工連携を推進するなど、そういった機会を上手に利用して積極的に出ていくことで、JA信州うえだの農産物をアピールしています。
◆若い世代を農協運動・相互扶助の原点へ
――秋の第25回JA全国大会では「新たな協同の創造」がテーマとなっていますが、それについてはどのようにお考えでしょうか。
今、一番大事なのは農協が生まれ育った原点に立ち返る、ということが大事でしょう。農家組合員が求めるのは安定して安心できる生産と生活ができること。だから営利追求で、生活事業は赤字だから潰しましょう、というのではだめ。総合農協の良さを訴えていく必要があります。農村の弱体化も深刻ですから、大会ではきちんとした柱を打ち立てて話し合い、しっかりした方向付けをしたいと思います。
――これからのJAを支える若い世代に伝えたいことをお願いします。
これからのJA組織は若い世代が、どうやって年配の人々を支えていくかが問題です。
訪問しても、若い職員だとスッと引いてしまう年配の組合員もいます。新人職員はまず農家研修をやりますが、その後は部署専門になってしまう人も多い。支所単位で勉強会などを開いているところもありますが、どうやって組合員とのコミュニケーションを広めるかが重要です。幸い、この管内は組織の結集力が強い地域なので、農協への結集力を高めてファンを増やしていく活動に重点をおいてやっていきたいと思います。
また、若い世代には農協運動、相互扶助の原点に戻ってほしいですね。これからの世代は、その原点を受け継いでいかなければいけません。金さえ出せばなんでも買えるというような観念は必ず行き詰ります。自分たちで安心・安全な農産物をまかなわなければならないということ、農業のよさを伝えることが重要です。
もしJAが一般企業と同じであれば、こういったことを伝え、守り、育てる力は持てません。それらを訴え、農業の再生産の仕組みをつくる運動体としてJAはあるべきです。農業の原風景をしっかり残して、これからの日本を支えていってほしいと願いをこめて次代を育てていきたいですね。
☆今村奈良臣のここがポイント☆
JAはいまこそイノベーション(自己革新)の推進を
-“Challenge, at your own risk!”-
去る8月20日から22日の2泊3日、JA-IT研究会第1回人材養成セミナー(マーケティング研究会)を群馬県のJA甘楽富岡を根城に開催した。これまでのJA-IT研究会の公開研究会はどうしても座学にならざるをえなかったが、今回はJA甘楽富岡のマーケティングに関する戦略・戦術を踏まえた実践論に踏み込み農産物販売革新の核心に迫ることをねらいとした。
全国から30名を公募したが定員を超えて37名に達し、北はJAいわて花巻から南はJA島原雲仙に至る気鋭の若手が参集した。
基調講演はJA-IT研究会代表である私が行い、農協人文化賞を受賞された仲野隆三氏(JA富里市常務理事、JA-IT研副代表)が「JA富里市の生産戦略・マーケティング戦略」を論じ、同じく昨年の受賞者の黒澤賢治氏(JA-IT研副代表)が「実践的マーケティング論(1)、(2)」を行い、総合討議のあと、全員に「1日目を受講して」というリポートを課した。2日目は早朝6時起床、朝食前に、JA甘楽富岡のインショップ集荷場、パッケージセンター、直売所「食彩館」等の現地視察と出荷者との交流を行った。
講義の方は山本伸司氏(パルシステム常務理事)の「消費者の求めているものとは」、斉藤修千葉大学教授の「フードシステムから見たJAに求められているものとは」を行い、その上で総合討議、リポート提出、地元関係者との交流を行った。3日目はワークショップ「わがJAの産地戦略?産地の特性を踏まえ、生産と販売の留意点と戦略を整理する」を3班に分れ討議を深めた。3日間で参加者の目付きが変わったようであった。
このセミナーはもちろん全員自腹を切って参加しており一切補助金などもらっていない。私が25年前からすすめてきた農民塾の農協版、つまり農協革新塾である。絶えざる農産物販売戦略・戦術の革新を通して組合員は元気になり産地形成も右肩上りとなる。研究会に出席した全員がこういう感想を持ち、明日への挑戦を胸に帰ったはずである。
ところでJA信州うえだは、400〜1400mという標高差を活用し、すぐれた多品目産地形成に成功を収め、多様な販売チャンネルを作り上げる戦略、戦術を駆使して成功を収めている。しかし、いま新しい岐路に立っていることも確かである。本年度の農協人文化賞を受賞された前代表理事副組合長堀常夫氏の開拓された道の上に更なる新しい時代の革新路線が求められているように思う。
さきに述べたJA-IT研究会人材養成セミナーの会場は上田から碓氷峠を越えたところであった。長野からは中野市や伊那からの参加者はあったが上田からは残念ながらいなかった。次代のリーダーを育てつつ、絶えざるJA革新の道をお互い研鑽を積み上げて行こうではないか。