シリーズ

新たな協同の創造をめざす 挑戦するJAの現場から

一覧に戻る

地域を守るため、常に改革  JAはが野

シリーズ13 JAはが野(栃木県)
・生産力を高めニーズの多様化に応える
・組合員に追いかけられる農協に
・産地活性化のため担い手を育成

 栃木県は全国の出荷量15%以上を占めるイチゴの一大産地だ。作付面積640ha、収穫量3万tは、熊本や福岡など他の主産県を遥かに凌いで42年連続日本一に輝いている。その中心は県南東に位置する二宮町(現真岡市)だ。町名はこの地で報徳仕法を行った二宮尊徳にちなんでいる。古くから協同組合と縁のあるこの地域で、高機能物流センターの設立、営農経済渉外員の活躍など、さまざまな改革を通じて産地と組合員を守っているのがJAはが野である。

平成16年4月に完成した真岡第1パッケージセンター。ピーク時には見渡す限りイチゴが並ぶ。JAはが野 未来ちゃんマーク(写真)
上:平成16年4月に完成した真岡第1パッケージセンター。ピーク時には見渡す限りイチゴが並ぶ。
下:JAはが野ロゴマークと未来ちゃん 

パッケージセンター
生産力を高めニーズの多様化に応える

 芳賀郡は首都圏100km圏内という交通アクセスの良さから、古くから園芸作物の栽培が盛んだった。イチゴは昭和30年代から、イネの裏作として栽培が広がり、それにつられてナス、トマトなど他の作物も伸びていった。
 JAはが野は平成9年に6JAが合併して誕生した。直後は旧JA単位の生産部会が強く、特に二宮町では「全国1位なんだから、ほかと一緒になる必要なんてない」という声もあったが、「量は力なり」と営農経済事業の改革に着手。生産部会を統一し、32社あった取引市場を3分の1に集約するなど販売戦略の強化をすすめた。
 しかし農家の高齢化がすすみ規模拡大もある程度限界になったため、10年後も存続できる産地をめざそうと、総敷地面積約2万平方メートルで真岡市内に「JAはが野高機能物流センター施設」を設立。16年4月にイチゴ、ナスのパッケージ業務と花きの集出荷を中心に稼動を始めた。

販売額を底上げ

パッケージセンターでのトマトのパック詰め パッケージセンター(PC)のねらいは、生産力の拡大と販売力の強化である。
 生産者は収穫した状態でそのまま搬入し、センターでパッケージから出荷までを行うため、作業時間の5割以上を占める荷造り作業が軽減され、生産に力を入れられる。農産物は市況の高値で買い取り、利用料金はイチゴの場合1パック15円程度だ。
 販売の特徴は実需者ニーズに合わせて荷姿や数量などさまざまな規格をつくり、市場を通さない直接販売だ。
 センター稼動開始当初は市場外流通販売額20億円が目標だったが、3年目には28億円を突破、6年目の21年度は35億円を超えるなど右肩上がり。園芸品の市場販売額は100億円ほど(20年度)とピーク時に比して減っているが、PCの販売額が伸びているため全体としてセンター稼動前よりも増えている(下グラフ参照)。
 第1PCに続いて17年12月にゴボウ、トマトなど中心の真岡第2PC、18年3月に管内北部にイチゴ、ナス、アスパラ、ミョウガなど様々な品目に対応した市貝PC、19年11月に二宮PCと、現在4つのPCが稼動中だ。
 組合員の「色々なアイテムを取り扱いたい」「作業を簡素化して規模拡大したい」などの要望に応えるため、今後もPCを核として営農販売戦略を強化していく方針だ。

(写真)
パッケージセンターでのトマトのパック詰め

好調なPC取扱高と園芸・花きなどの合計販売額の推移

ACSH(営農経済渉外員)
組合員に追いかけられる農協に

 営農経済改革の中から生まれたのが、組合員のもとへ出向き総合的な営農相談を受け付ける営農経済渉外員「アクシュ(ACSH=Agriculture Consulting Supporter of Hagano)」である。
 設置は15年3月。JA全農がTACとして全国的に“出向く営農”の推進を始めるより数年早くこのスタイルを確立していた。
 経済事業改革の中で、物流経費や配送業務の軽減を狙い平成14年11月から物流システムを県域で一本化し、資材配達などの業務を県本部に委託したところ、年間で7【?】8000万円ほどコストが浮いたが、一方で職員と組合員との交流がなくなった。そこで職員の力を組合員との“ふれあい”の強化に使おう、とACSHを立ち上げた。
 ACSHの業務は、とにかく訪問し情報交換をすること。経済事業の推進ノルマはない。「敢えて言うなら、歩いて苦情を聞いたり組合員と話をしたりするのがノルマ」(営農経済部)だ。

歩くことがノルマ

 合併以前、旧真岡農協時代にも同じような渉外担当職員を置いたが、当時は経済事業のノルマを課したため「組合員から、押し売りが来たなどと呼ばれてしまった。逃げる組合員を追いかける農協から、追いかけられる農協に」(同)なるのが目標だ。
 現在、対象組合員約2000戸を10人の職員が巡回している。基本的に月1度の訪問だが、作付品目によっては月2【?】3回と増やし、冬の決算時期には青色申告の手伝いにも出向く。ACSH職員は携帯電話番号をすべて公開しているので、巡回するだけでなく組合員から呼び出しをもらうケースも多い。
 ACSH職員に常勤役員が同行することもある。黒崎宣芳専務は「役員が顔を出すと、組合員の目が変わる。一職員にはできないような話ができると、色々な要望を出してくれる」という。
 「いつ、どこに行くかは絶対に言わない。事前に伝えると構えられてしまって、なかなか話しができない。田んぼの中で立ち話ができるぐらいがちょうどいい」(同)。内部でローテーションを組んで月に1度は同行巡回をできる体制を作りたいという。


新規就農塾
産地活性化のため担い手を育成

seri1731006240103.jpg JAはが野は昨年「JAはが野新規就農塾」を開講した。
 管内のベテラン農業者のもとで1年間、栽培技術や農業経営の知識などを学び、研修終了後に管内での就農をめざす人を育てる事業だ。初年度はイチゴ生産者をめざす3人が、昨年9月に研修をスタート。22年4月には2期生として新たに1人を受け入れた。
 日本一のイチゴ産地と言えども、生産者の高齢化と後継者不足は大きな課題である。今のままでは、数年後に農家数と販売額が激減し産地としての基盤も揺らぐと危ぶまれている中、新規就農者の育成はまさに地域を守り活性化するためのJAの使命だ、との想いから取り組みを始めた。
 研修生には受け入れ農家が月7万円の手当てを支払うが、そこから研修費2万円を農家へ支払う。受け入れ側にはJAと市町が支援金を出し、なるべく農家の負担をかけないようにする仕組みだ。受け入れ側には金銭面以外にさまざまな戸惑いもあったが、部会長などを中心に「地域の農業を守るため」だと協力を承諾してもらった。

(写真)
昨年12月、道の駅にのみや内にオープンしたイチゴ情報館。とちおとめなど、さまざまなイチゴが紹介されている(=真岡市)。

就農には高いリスク

 JAは行政とも協力して、就農する際の農地の賃貸借から住居探しも世話をする。「ただでさえ条件のいいまとまった農地は少なく、さらにその周辺の住まいまで探すというのは大変な苦労だった」(営農経済部)というが、1期生3人はすでにハウスの建設も進めて、9月からは35a程の規模で無事に就農する見込みだ。
 その3人は東京、千葉などすべて県外から、しかも商社や役所を辞めて就農をめざす人たちだ。募集人員は10人で予想以上の多くの応募や問い合わせがあったが、選考には苦労したという。
 イチゴ栽培は、以前は設備投資が安く利益が出やすいと言われていたが、昨今は設備費が高騰し、新規就農が難しくなった。実際に10aほどの施設で初期費用が1000万円ほどかかるが、年間の売上額はせいぜい500万円ほど。3【?】4年かけてようやく利益が出るというリスクを背負えるどうかが大きな問題だからだ。
 県の農業大学校が開講する「とちぎ農業未来塾」もあるが、年間受講生4【?】50人のうち本格的に就農する生徒はごくわずか。そのため県も「JAはが野新規就農塾」を高く評価し、同様の事業を今年度から始めた。
 施設園芸は初期費用や燃料代があがり、例えばトマトだとイチゴの倍ほどの設備投資が必要になるが、「ぜひ今後もこの活動を続け、イチゴ以外の品目にも広げていきたい」(同)と、10年後の元気な産地を守る取り組みを続けたいとしている。

 

わがJAの挑戦

JAはが野代表理事組合長 高橋 武

農協を身近に感じてもらうために


JAはが野代表理事組合長 高橋 武 ――JAはが野では全農のTACよりも数年早く、営農経済渉外員ACSHを立ち上げましたね。
 平成9年に6JAが合併してJAはが野が誕生してから、管内に20あった拠点を整理したり、県域流通システムを導入したりという経済事業改革をしてきましたが、一方で店舗数を減らしたことで組合員から遠くなったという意見もありました。組合員が農協を身近に感じるためには、なによりも職員が顔を見せることが重要だということで、職員が巡回して農協はすぐそこにあるんだ、という意識を持たせたいということで始めました。
 ACSHは営農経済渉外だけでなく、生産部会の事務局的な手伝いもして色々と活躍してくれています。今は共計共販やればいいという時代ではなくなり、農家組合員それぞれに色々な志向があって、特殊な取り組みをやっている人もいます。農業に対して真剣な人ほどさまざまな想いを持っているし、若い後継者で2代目にもなると色々と要望も多いので、そういう声に応えていくためにもこういった活動が必要だと思います。
 ――今年からJAグループの統一広報をやることが決まりましたが、それについてどう思われますか。
 これまで農林中金も全共連も個別に広報をやっていたので、JAグループとして統一したアピールをするのは非常にいいことだと思います。
 最近ようやく農業に対して国民の理解を得ようという雰囲気が出てきましたが、安心安全や水と空気はタダだと思っている人が多くいますが、それはやはりよくない。そういうものにもしっかりコストがかかるということを理解してもらいたいですね。
 現場では地産地消やグリーンツーリズムにも取り組んでいますが、なかなか本格的にはなりません。グリーンツーリズムだって、余暇を農村で過ごすことがステータスだという風潮にならないと、今以上には浸透しないと思います。JA全中に、もっとしっかりキャンペーンを張ってもらいたいですね。

もっと国民へのアピールを

 ――一般市民の間でのJAに対する認識などはどう感じていますか。
 農協の役割についても、これからは外に向かったアピールが必要です。
 これまで組合員や職員など内向きのアピールが多すぎて、国民へアピールすることはほとんどなかったのではないですか。内向きの広報を一生懸命やっただけで、農協運動をやっている気になってしまっていた気がします。
 だから農業が中心になっているような地域でさえ、非農家の人たちは農協が何をやっていてどういう組織か知らない人が大勢います。例えば、農林中金が一生懸命社会科の副教材をつくって配って、子どもたちや先生には分かりやすいって喜んでもらっていますが、それはJAグループがやっているんだ、ということがなかなか知られていません。
 JAグループは農地や食料を守るという使命を背負っていますが、四面楚歌ではやっていけませんから、せめて地域の人たちには支援してもらいたいと思います。だからもっと農協の地域活動を広げて、農協が地域を守っているんだということを知ってもらう努力が必要です。そうして地域の人たちにもっと農協を利用してもらえば、組合員を守ることにもつながりますからね。
 ――今、政府の中で協同組合への見直しなどが論じられていますが、こういった声に対してはどうお考えですか。
 例えば事業分離なんてのはとんでもない話で、とても現場を知っている人の意見とは思えません。
 JAはが野では福祉事業をやっていますが、そのコンセプトは「これまで地域を守ってきてくれた人への恩返し」です。現在真岡にある集荷場も15億円かけてつくりましたが、こういった地域や組合員への還元は総合JAだからこそできることです。
 全国どこでも農業の比重が高いJAでは、大型共乾施設や集出荷場など固定資産の取得でかなりの投資をして、地域と農業を守っています。事業分割をしてしまったら、農協が農協の役割を果たせなくなってしまいますからね。
 JAグループとしての農政運動にも、どこかで少し間違ってきた部分があったのかな、とも感じています。
 この地域は園芸が盛んな地域ですが、コメ農家もしっかりいます。ただし、ピークの時にはコメの販売額は85億円ほどあったのが、徐々に減って今は50億円ほどになってしまいました。その減った分を園芸作物でカバーしてきましたが、それもなかなか価格が上がらず厳しい状況です。コメだけじゃなく園芸作物でも所得補償をしないと国内の農産物全体がダメになってしまう、ということをしっかり提言していかなければいけませんね。

(2010.06.24)