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どうする? グローバル化への対応(上)

 「日本人のコメ作りはいわば民族の『生き方』であり『暮らし』です」と松本教授は説く。話は経済グローバル化の暗部を衝きながら、独創的な「泥の文明」論の展開となり、さらに経済危機対策では雇用創出の公共事業起こしを提言するなど具体策も示した。多面的な解説の要点を2回連載で紹介する。

◆流れは放任から規制へ

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まつもと・けんいち
昭和21年群馬県生まれ。東京大学経済部卒。麗澤大学大学院経済学科教授。昭和46年に『若き北一輝』を著して以来、政治、思想、文学と幅広い分野の評論家として活躍。平成17年、全5巻の『評伝北一輝』で第8回司馬遼太郎賞を受賞。

 ――先生は、経済のグローバル化を幕末・維新、そして太平洋戦争前後に続く「第3の開国」と位置づけられましたが、開国を迫ったアメリカが今はよろめいています。最近のグローバル化の動きをどうとらえていくのかなどをお話下さい。
 松本 私が「第3の開国」という言葉を使い始めたのは1989年にベルリンの壁が崩れた時です。東西の冷戦構造が解体し、アメリカの一極主導で「世界が1つになる」といわれ始めた時です。
 そんな中で日本はどのような立場をとるか真剣に考えなければならないと考え、国際金融についても規制緩和だけではいけないんじゃないかと当時、問題提起しました。
 しかし、特に金が金を生む金融は自由放任でグローバル化が進み、今回の金融危機につながった。今は各国それぞれに金融規制しなければならないのみならず、国際的にもG20で共同規制していく流れになっています。
 ――89年からのグローバル化は、それまでとは大きく違った特徴を持っていますね。
 松本 その国の領土、産業、通貨、文化などを守らなくてもよいのかという問題点が出てきたのです。
 コメの問題がそうです。アメリカは日本のコメ市場開放を迫り続け、結局93年末にガット・ウルグアイ・ラウンドで一部自由化となりました。
 実は、アメリカは国益としてカリフォルニア米を日本に売りつけたかったのですが、しかし「買ってくれ」とはいわず、自由貿易によって世界の人々は幸せになるといった理念だけを主張しました。
 世界的理念の主導国家だと思っているからです。昔風にいえば覇権国家の使命観です。

◆強者と弱者の格差開く

 93年の日本は凶作でコメ“飢饉”ともいわれ、コメを輸入したのですが、それはタイ米でした。値段が日本の国産米を3000円とすればカリフォルニア米は1000円、それらに比べタイ米は300円だったからですよ。
結局、カリフォルニアの農場はコメ作りをあきらめ、レタスとかイチゴとか市場性の高い作物にシフトしていきました。
 ――途上国の農業の事例はどうですか。
 松本 強者はさらに強くなり、弱者はさらに弱くなって苦しむ事態が現れました。
 例えばコーヒー豆の場合はネスレとヤコブの2社がグローバル化によって世界市場を支配する超国家的企業になりました。
 コーヒー豆の品質でトップレベルはキリマンジャロで、産地はアフリカのケニアとタンザニアです。両国はその生産を国家経済の中心として農家を保護し、原価100円の場合、補助金をつけて200円で買い上げ、市場には300円で独占的に販売していました。
 ところがネスレとヤコブは保護政策の撤廃と自由化を求め、買い付けを100円に値切りました。これでは食べていけないと農民たちは移民となって欧米へ流れ、産地はつぶれかかっています。
 ――アメリカのマッキンゼー研究所は2100年予測の中で、国際化が進展して人口移動が活発になるとしていますが、その背景には弱肉強食の競争によって食べられなくなった人々が移動するという事実があるわけです。

◆強いモノづくりの会社

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経済のグローバル化で注目されるベトナムのコーヒー豆農場

 松本 弱い産業しか持たない国は、それがつぶれると後は労働力しか売るものがないわけです。荒稼ぎを狙えばソマリア沖の海賊みたいになります。
 EUはパスポートなしで隣国へ行けますから、移民もいったんEUに入れば自由に移動できます。すると文化が違いますから宗教対立やら言語摩擦が広がります。
 オランダが今つくっている移民法は、オランダ語ができない者は移民として受け入れないというものです。アメリカでもメキシコからなどスペイン語圏の流入とか、とにかく移民問題は深刻ですね。
 またコーヒーの話ですが、ご存じの通り生産国の1位はブラジルですが、2位がベトナムであることは余り知られていません。
 缶コーヒーの原料はたいていが最も安くて品質の良いベトナム産です。ベトナムはコメができる土地だから地味が良く成育が早い。タンザニアのような砂礫の土地で生育した豆と違って、大量に生産でき、品質が安定している。それに大きなコーヒー市場である日本や中国にも近いので今後とも同国産は注目されます。
 ――それぞれが独自性を持たないとグローバル化によって淘汰されてしまうという予測もあり、日本としては風土とか日本人の特性などを改めて見直す必要があると思います。
 松本 なぜトヨタの自動車が世界一になり、なぜGMが経営危機に陥ったのかといえば、トヨタはなおモノづくりの会社であり、日本人は世界の文化が多様であることを知っていたからだといえます。

◆金融に走って大失敗

 例えば、スペイン語圏で車を売る場合にはスペイン語でマニュアルを書き、左側通行の国では右ハンドルの車をつくるといった具合で日本車は世界を席巻していきました。
 ところがアメリカはそれをしなかった。ビッグ3は右ハンドルをつくらない。自分たちがグローバルスタンダードだと思っているのです。世界を1つの標準で統一するのはアメリカだ、だからマニュアルは英語でよい――という考えです。
 アメ車は使いづらくて燃費が悪いから日本では売れないとは認識せずに「日本市場は閉鎖的だ」「もっと自由化すべきだ」といい続けてきました。
 ――昔のグローバル化は市場は1つという考え方が主要な側面でしたが、今は相対的に多様性をどう考えるかが大事です。
 松本 ビッグ3の中でフォードだけはモノづくりのDNAを残しており、2002年に右ハンドルの小型車ネオンを出しました。だから今回の危機に対しても同社だけは追加支援はいらないといい、モノづくり会社としての自負心を表しています。
 一方、GMのワゴナー前CEO(最高経営責任者)は理工系出身でありながら、CEOになったとたん、社の純利益の95%が金融によるもので、本業の自動車は5%に過ぎないとして銀行・証券・保険などの金融事業に走り、結局はサブプイムローンの不良資産を大量に抱え込んだのです。金が金を生むという発想の金融工学のツケですね。

◆コメ消費量減る中韓台

 新自由主義路線の人たちは当初「政府は口を出すな、規制はやめろ」「市場のことは市場に任せろ」といい、その結果の予測もせず今になって政府に「税金で助けてくれ」といっているのです。アメリカ一極主導のグローバル経済はまさに破たんしたといえます。
 ――次にコメの話に移りたいと思います。
 松本 コメ消費の拡大PRが盛んですが、問題はそんなに簡単ではありません。
 60年代始めの農業人口は全人口の33%でした。農家の家族を含めてですよ。それが今は4%を切る状況です。これで主食のコメを作っていけるのか。
 一方、コメ消費量は60年代の半分です。経済発展すると食生活が洋風化しますから韓国も台湾も80年代比で半分です。中国は経済発展を始めたのが93年で遅いのですが、15年後の現在すでに半分に減っています。
 また食生活にかけるカネは増えていますが、コメに使うカネは減っています。では食糧危機は起こらないのかという予測になります。(「下」へつづく)

【著者】松本健一氏
           麗澤大学大学院国際経済研究科教授

(2009.04.13)