防除体系を一新させた長期残効型の育苗箱処理剤 JA全農肥料農薬部 安全・安心推進課 |
いわゆる長期残効型の水稲育苗箱処理剤が販売されはじめてから10年以上が経過し、全国的に普及しました。この技術は、水稲栽培における病害虫防除体系を一変させ、大変な労力が必要な本田防除の削減という省力化に結びつきました。また、移植時から処理しておくことにより、まき遅れがなく、安定した防除効果が得られる点も評価されています。
◆箱処理剤の開発動向 製剤や混合剤化に工夫が
1成分でいもちと紋枯れ病を防除 |
近年使用されている箱処理剤について、その開発の傾向を見てみましょう。特長として、より多くの害虫・病害への効果があり、より長い残効性をもち、より広い処理適期が長く、より低コストである剤を目指して開発がされています。その開発手法として、新規の有効成分だけではなく、製剤や混合剤化において色々な工夫がなされています。
殺虫剤のラインアップをみてみると、歴史の古いガゼット、オンコル、さらに長期残効型のアドマイヤー、プリンスに加えて、アクタラ、ダントツ、スタークルなどネオニコチノイド系の剤が充実しています。
これらのうち、プリンス剤、ネオニコチノイド系の剤は長期残効型であり、ウンカ等の飛来害虫まで効果が持続します。オンコルの成分量を従来の5%から8%へと増加した剤(グランドオンコル)は、比較的長期の効果が期待できます。製剤を工夫して残効を付与した剤としては、デジタルコラトップアクタラ箱粒剤があります。対象害虫の面では、ネオニコチノイド剤にチョウ目害虫に効果のある成分(スピノサドなど)を混合することにより、コブノメイガやニカメイチュウの効果を付与した剤も普及しています。
抵抗性害虫の問題として、一部地域でイネドロオイムシのカーバメート剤やプリンス剤の抵抗性が以前より報告されていました。2005年より中国から飛来するトビイロウンカとセジロウンカに対して、それぞれネオニコチノイド剤とプリンス剤の感受性が低下しているという事例が報告されています。このような場合には、本田剤をうまく選択して防除体系を検討するか、コストは高くなりますが、プリンスとアドマイヤーの両成分の混合剤の活用も検討されています。
殺菌剤についても、同様に、より多くの病害への効果、長い残効性、長い処理適期を持つ剤の開発がされています。
主な殺菌剤を大きく分けるとその作用機構から4つの系統があり、(1)MBI−D剤(ウィン、デラウス、アチーブ)、(2)MBI−R剤(コラトップ、ビーム)、(3)ストロビルリン剤(嵐、アミスター)、(4)抵抗性誘導剤(オリゼメート、ブイゲット)、となります。
Dr.オリゼ剤は従来からあったオリゼメートを徐放性にして残効性を付与したものです。同様に、デジタルコラトップ剤はコラトップをデジタル製剤という特殊な製剤にすることにより、単に徐放性にするだけでなく、最適な時期に成分を溶出するように調整されています。
紋枯れ病の防除には、リンバーやグレータムといった成分の混合剤が主流でした。2005年に上市された嵐剤は1成分でいもち病と紋枯れ病の両方に効果を示し、また播種同時処理も可能な成分です。残効性も長く、今後の普及が期待されています。
なお、MBI−D剤については、耐性いもち病菌が全国に広がっています。この耐性菌が発生すると、同じ作用機構を持つウィン、デラウス、アチーブの3剤ともに効果が低下してしまいます。これについては、各県で耐性菌の調査が行われ、他剤の使用などの対策がとられています。
現在、多くの種類の箱処理剤が上市されていますが、剤を選ぶときには、防除すべき病害虫は何かを良く考え、剤のもつ効果・残効性やコストと照らし合わせて選択する必要があります。また、地域によっては、抵抗性害虫や、耐性いもち病菌が発生している事例もありますので、普及センターやJAの指導に従って、剤を選択するようにしてください。
◆新たな箱処理剤の処理方法 魅力の播種同時と田植同時
近年、箱処理剤を省力的に散布する技術が新たに出てきています。そのひとつが播種同時処理です。播種同時処理のメリットは、多忙な田植えの時期に箱処理剤を散布する手間がかからないことと、均一な散布ができることです。特にいもち病防除においては、散布ムラがあるといもち病の発生源となるため、均一な散布が不可欠ですが、播種時処理であればそれが可能となります。
播種同時処理は、稲がもっとも敏感な時期に処理するため薬害が発生しやすく、使用できる剤は限られています。しかし、製剤の工夫などにより、播種同時処理の登録をもつ剤が増えています(表1)。なかでも、嵐プリンス箱粒剤は殺虫剤のプリンス剤と、新規の殺菌剤である嵐剤との混合剤です。嵐剤は、前述したように、1成分でいもち病と紋枯れ病の両方に効果があり、残効が長いという点で期待されている剤です。また、他にも現在開発中の剤が多くあり、今後も拡大が期待されています。
もうひとつの省力化技術として期待されているのが、田植機に取り付けて田植え直前の苗に薬剤を処理する装置です。「箱まきちゃん」「すこやかマッキー」などの名称で各農機メーカーから販売されており、順調に普及しています。田植えと同時に薬剤処理ができるので省力化につながるだけでなく、均一に散布できること、さらに、ほとんどの箱処理剤が利用できることが大きなメリットです。各メーカーの田植え機に適合した装置が次々と開発されており、今後の普及拡大が見込まれています。
箱まきちゃんを装着した田植え機 |
◆薬剤が土壌にしみこまないように 後作物への影響に注意
育苗箱処理剤を使用するときには、散布した農薬が育苗時の土壌にしみこまないように注意する必要があります。特に、水稲育苗後に他の作物を栽培する場合には、箱処理剤が土壌にしみこんでしまうと、後から栽培した作物に影響することがあります。水稲育苗時に農薬を散布する時には育苗箱から農薬がこぼれないように丁寧に行い、また、育苗箱の下に不浸透性のビニールシートを敷くようにしましょう。
◆大型規格の箱処理剤 ニーズにあった剤を選択
箱処理剤の中には、育苗センターや大型農家など向けに、通常の1kg規格よりも大型の包装が販売されているものもあります。これらはスケールメリットで低コストとなっており、生産資材のコスト低減に寄与しています(表2)。
生産者の省力化に寄与する箱処理剤は、今後もいっそう普及するものと思われます。
新たな薬剤と装置のさらなる開発に期待するところです。各現場でも、多様なラインアップからニーズにあった剤を選択し、うまく活用してください。