森林再生、製材業にも貢献
◆牛が健康に育つ
畜産農家・村岡岩男さん |
宮崎県西都市の畜産農家、村岡岩男さん(49)は2年前に酪農から肉牛の繁殖に切り替えた。家族3人での酪農経営は厳しい労働の割に乳価は低迷、思い切って経営を転換した。
村岡さんは、1年ほど前から濃厚飼料にスギ間伐材を原料にした粗飼料を1日分で300gほど混ぜたものを子牛に与えている。「育ちが良くなりました。みるみる牛が変わったという感じです」と話す。
子牛は約9か月(270日)で270kg以上に育て出荷するのが通常だが、「出荷を1か月早くできる」という。というのも1日の増体重は1kgとなったからだ。これだと生まれたときの体重が30kgなら270日育てれば300kgを超す。1か月前倒しで出荷しても十分な体重に育っているということになる。その分、濃厚飼料が節約できる。
村岡さんは子牛が生まれると1日で母牛と引き離して別の牛舎で育てる。「自分でミルクを与えていれば健康状態が分かる」からだ。代用乳コストはかかるが病気の予防、早期発見が経営にとって重要との考えからである。
ただ、間伐材を原料にした粗飼料の給与で下痢を起こす子牛はほとんどなく、下痢薬や診療費も使わなくなったという。
村岡さんはこうした効果について「胃がアシドーシスにならなくなったからだろう」と感じている。
この杉の間伐材が原料になる |
牛の第一胃(ルーメン)は巨大な発酵タンクといわれる。そこがアシドーシス、すなわち酸性になれば牛の栄養源となる酢酸、プロピオン酸、酪酸といった脂肪酸を産生する微生物が生きていけない環境になる。しかし硬い繊維の木質系粗飼料によって反芻回数が増えることで、唾液が胃に流れ込むことになり胃の環境が中性が保たれ微生物が働く、と考えられている。
また、稲わらなど草の繊維よりも分解できないリグニン含有量が多く、消化されない。胃のなかで繊維状のまま残り、それが食べた飼料をいわば「ふるい」にかけることになり、ふるいから落ちた小さな粒子は第3、第4胃へと流れていくが、大きな粒子は反芻にともなって再度口に戻ることになる。こうした飼料効率を高める効果もあるという。
◆森林資源の有効活用
皮付きのまま木材チップに |
この粗飼料を開発、販売しているのは宮崎みどり製薬(株)。もともとは木材チップの製造業だったが、輸入チップの利用急増にともなって、業態を転換を模索。これまでに南九州の常緑広葉樹の皮を原料にした木酢と木炭の混合剤、ネッカリッチを畜産用添加剤、土壌改良剤などとして開発、農業分野への供給事業を行っている。
林業と農業を結びつける事業をすでに展開していたわえだが、口蹄疫の発生で畜産農家の稲わら確保が大きな課題となった平成12年ごろ、スギの間伐材を使った粗飼料開発を考え、その開発・実証試験が文科省、農水省の関連団体の委託開発事業に採用され取り組みを進めた。
15年に粗飼料化を実現し、その後、宮崎県経済連の協力などで野外実証研究に取り組み16年から本格的な供給、販売をはじめた。農水省の飼料安全性評価基準での試験で従来の粗飼料との差はなく安全性も確認されている。
この粗飼料の名前はウットンファイバー。県内の畜産農家のほか、四国や関東の一部の農家も利用し、現在130軒ほどが利用しているという。牛の頭数にして約7000頭に給与されている。
スギの間伐材を同社工場で皮付きのまま木材チップにし、それを6気圧、150℃で1時間、蒸す。食べやすいように繊維を柔らかくするもので、その後、独自に開発したリファイナーという機械ですりつぶし、2センチ程度の繊維状製品にする。木材活用といってもおがくずなどとはまったく違い粗飼料として使えるよう繊維をきちんと残したところに工夫がある。また、皮付きのままのほうが食いつきがいいことも判明したため、通常の木材チップ生産で必要な皮はぎ作業も省けた。
宮崎県はスギの生産量が日本一。ただ、林業経営はどの地域でも厳しい。間伐そのものが進まない地域もあれば、間伐をしても林地残材となることも多く利用は進んでいない。
一方、宮崎県の牛の飼養頭数は約28万頭と全国で3番目に多いが、同社が開発にあたって試算したところ、稲わらを粗飼料として1日に1kg与えるとすると県内で10万トンが必要だった。しかし、中国での口蹄疫の発生で輸入が停止、県内の稲わらを集めても7万5000トンと必要な量に大きく不足した。こうしたことから安全な粗飼料の安定供給のためにもと開発が進められたのである。
現在、月に200トンを出荷。工場出荷価格は1kg42円にしているという。
6気圧。150度で1時間蒸煮 | 繊維を残すようにリファイナーで 「磨りつぶす」。写真は完成品 |
2cm程度の大きさに製品化されており、 濃厚飼料と攪拌して使用 |
◆食い止まりを防ぐ効果も
畜産農家・壱岐浩史さん |
村岡さんの牛舎ではウットンファイバーを敷料にも使っていた。糞尿を吸い込むため、汚れや湿り気がなく「牛にストレスがたまらない」のも生育にいい影響を与えているという。土着菌も混ぜてあるため排泄物が分解され、実際、牛舎のなかにいても臭いがしなかった。この方法は四国の養豚牧場でも採用され、分解が進んだウットンファイバーは堆肥となり、畑などで再利用されている。
また、村岡さんはデントコーンと米も栽培し、トウモロコシと稲わらを一定量確保。濃厚飼料は酪農経営時代から自家原料と単味資源を調達し自ら配合をしてきた。「配合飼料を利用した経営より、原料価格高騰の影響は多少は少ないかも」という。母牛には粗飼料として稲わらを与えているが、それが不足したときにウットンファイバーを使うというように、経営のなかでこれをうまく生かしていく考えだ。
新富町で繁殖と肥育を経営する壹岐浩史さん(46)も訪ねた。1日に1〜1.5kg、ウットンファイバーを配合飼料に混ぜて給餌している。母牛が70頭。雌の子牛は出荷するが雄は肥育までの一貫経営で、導入元牛も含めて肥育は400頭。飼料高騰が経営に打撃を与えているが、これだけの飼養頭数規模になると「飼料生産が必要というのは分かるが、農地、機械代、労力を考えると難しい」というのが率直な思いだ。
配合飼料に混ぜて与える ウットンファイバー |
経営の課題は「枝肉重量と肉質で勝負するしかない」である。肥育牛へのウットンファイバーの給与で、最近感じているのが「濃厚飼料の食い止まりがない」ということ。枝肉重量で500kgが目標だが、このウットンファイバーと配合飼料の組み合わせを基本とすれば可能になりそうと手応えを感じている。
また、この粗飼料はすでに2センチ程度に製品化されているため配合、給餌作業が大きく軽減され他の作業に労力を振り向けられるというメリットも生まれた。壹岐さんによれば母牛管理が楽になっただけでなく、母牛の健康状態もよく受胎率が上がるなど「経営の計算ができるようになってきた」と話す。
◆畜産と森林資源、ともに維持を
敷き料としての利用も。 そのままたい肥にもなる |
今回取材した村岡さんも壹岐さんも、このウットンファイバーの利用の仕方はそれぞれに現場で実際に使いながら工夫し、自らの経営目標に役立てようとしていた。いずれも間伐材を原料とし工場で製造されていることから季節に関係なく安定的に手に入れることができる点もメリットに挙げる。品質は一定で冬用の貯蔵飼料も減らすこともできそうだ。
同社では21年度の月間製造目標を300トンとしている。それでも原料となる間伐材の量が不足するようなことはなく、逆に原料として利用をと依頼があってもすべて受けるわけにはいかない状態だという。それだけ間伐材の行き場がないことも浮き彫りにするような話だろう。
ただ、ウットンファイバーを製造するためのチッパーや蒸煮施設、リファイナーなどの設備導入には国も補助をし始めた。都道府県、市町村、森林組合と木材関連事業者で組織する事業協同組合などが対象で森林、林業、木材産業づくり交付金のメニューのひとつとなっている。基本的に2分の1補助だという。
「国産飼料の供給、製材工場の経営安定、森林、山の再生など農業、環境へのメリットは大きいと思う。この間伐材利用技術が各地に広まれば、と考えている」と宮崎みどり製薬の岩切好和社長は話している。