◆研究成果を生産者が実体験 原点となった出前技術指導
おがわ・けい 本籍・島根県 昭和18年生まれ。昭和41年岡山大学農学部卒業 平成7年北海道農業試験場生産環境部長。9年農業研究センター病害虫防除部長。10年九州農業試験場企画連絡室長。12年同場長。13年(独)農業技術研究機構理事・中央農業総合研究センター所長。18年同農業・食品産業技術総合研究機構理事。19年(財)日本植物調節剤研究協会会長に就任。 |
――日植調に来られたのはいつですか。
小川 昨年の5月のことで、前会長の小林さんから引き継ぎました。これまでの歩みを振り返ると、ずっと農水省の研究や研究管理などに関わってきて、直前は独法(独立行政法人)農業・食品産業技術総合研究機構理事に就任し、特に、農水省の試験研究機関が平成13年から独法になって来たことで、この立ち上げに当たっては、農業のための研究開発の成果が生産者や農業の役に立つにはどうしたらいいのか、研究成果を現場に普及させるにはどうしたらいいのかをより一所懸命考え、実践してきました。従って、このようなことに、ものすごく関心があります。
――具体的な事例を挙げていただけますか。
小川 試みとして“出前技術指導”というのをやったんです。例えば、不耕起栽培とかロングマット移植技術とかですが。ロングマットは、水耕苗をクルクルっと巻いたもので、土がないことから軽くて女性でも簡単に運べ、終わったら箱を洗わなくてもよいため、1人で田植えが出来るということで大変省力になるのですが、なかなか定着しなかったんです。
そこで、ホームページにこんな技術があり“出前技術指導”しますよと、情報発信しました。生産者の方々から申し込みを受ければ、苗と機械と研究員付きで、貴方のほ場で実演をしますというものです。そういった、“出前技術指導”というのをいくつかやりました。研究成果を直に生産者にまず体験していただき、本当に良ければ使って頂くわけです。
また、今はやりのバイオ燃料についてはナタネ、ヒマワリ、あるいは廃油からバイオディーゼルを作る技術を開発しました。その油を使って、研究所のマイクロバスを走らせています(このバスは、バイオ燃料で走っていますとバスのボディに広告を出しました)。
さらに、新品種のPRのため、フランス料理のシェフと組んで“ブランドニッポン試食する会”なども立ち上げました。
独法になったことで、発想したことが、直ぐに機動的に実践出来るようになったわけです。この経験をどう日植調の活動に活かし、具現化していくかでしょう。研究成果を如何に、現場に普及させていくためには、まずは現場の生産者を交えて試してみることです。現地試験ではクレームもでる場合もあるでしょうが、技術の改良点を見出すことが出来ます。それを研究にフィードバックしていくことが重要です。そういうキャッチボールによって、研究者も生産者のためにやっているんだということを示すことができ、彼らも注文をつけやすくなります。
◆目的に研究と普及の両方が 自然相手のフィールド試験
――日植調に来られての印象は如何ですか。
小川 来る前まではメーカーから委託を受けて、除草剤の効能試験をやっているところくらいの知識でしたが、まず名前が植物調節剤研究協会と、研究が入っていることに注目しました。研究するところなんだと。これは凄いことなんですよ。定款に研究と普及の両方が入っており、日植調は設立の時から目的がハッキリと整理が出来ていたのには感心いたしました。牛久の研究所には、約20人ばかりの研究者がいますが、日本で最大の雑草や除草剤に関する研究集団を抱えているという印象です。
また、メーカーからの膨大な委託依頼に対して効率的に、しかも早く結果のお返しをしなくてはなりません。フィールドでやる試験というのは自然が相手ですから結構年次変動があったりして、思っていたほど綺麗な結果が出るものではありません。常に、試験結果の振れは有効なのか、自分のせいなのか、自然のせいなのか、効能のせいなのか、ハッキリさせる必要があります。
さらに、試験の規模は大きければ大きいほど実際場面に近くなりますが、効率的に、しかも安定的に結果が出るように、必要最小限の規模で試験を行う必要があります。この40年間の間に失敗がないよう練り上げられているんですね。年次変動を最小限に抑えるシステムが完成されているんです。イネは何本植えれば調査して大丈夫だとか、殺草効果はどれぐらいの差があれば大丈夫といった基準がハッキリしており、非常に信頼性の高い除草剤の薬効、薬害を評価するシステムになっています。
それから、メニューも優れ体系的に整備されています。初デビューの農薬には作用性試験、農薬登録に近い剤には適応性試験といったシステムが構築されています。評価システムについてもしっかりしています。また、試験地が北から南までネットワークされていることも強味です。
◆画期的だった一発剤開発 7日間以上の止水管理も
――一発剤の開発に大きく影響を与えたと思います。
小川 研究の意味も大きいんです。いま述べた薬効、薬害試験は受け身の研究なんですが、日植調の最たる研究の所以は、除草剤の開発にインパクトを与えているところにあります。初期剤、中期剤、後期剤の体系処理中心の時代に、そのような剤を上手く組み合わせて、メーカーと一緒になって一発剤の開発に方向性を提案したことは画期的なことだと思います。
最近では、ジャンボ剤の開発もその事例の1つです。このように、除草剤の開発に関するコンサルタント的な業務をやっているとも言えます。
もう1つ、環境保全もしっかりやらなくてはなりません。除草剤を処理した後の止水管理を提案しています。7日間以上の止水管理です。除草効果は水によって決まってきますが、環境保全はしっかりやらなくてはいけません。今年初めて、JA全農さんと一緒になってやっています。常にリーダーシップを発揮しているんです。
その他では、抑草剤の開発です。高速道路ののり面とか、いろんなところで使えます。常に、次世代の除草剤はどのようなものかということをやっているわけです。
◆土地、担い手、技術で食料自給率向上目指す
――食の安全・安心が問われる中で、食料自給率は39%です。
小川 毎日食事を食べられていれば自給率100%と錯覚しますが、最近強く感じていることは中国のギューザ、食料品の値上げの問題が契機となって、とどのつまりは食料自給率は39%。いま、本当に39%になったらどういうことになるかを実感するようになったと思います。このように世界の穀物需給の情勢で輸入が止まってしまうかもしれないという状況のもとで、自給率を上げていくことが国民的課題になっていると感じますが、そう簡単なものではありません。
――何が大切なのでしょう。
小川 1つは土地です。農地は農地でキッチリ確保しなくてはなりません。ドイツ、フランスの自給率は70%から90%近くだと思いますが、それぐらいの自給率になるには、使える地面は全て農地として有効利用することが大切で、やはり自給率を上げようと思うと国土計画の中で農地をキッチリ位置づけていかなければなりません。
次は、担い手の問題ですね。ただ、この問題では価格保障をちゃんとやることが重要です。儲けなくても再生産が保障されていなくてはいけません。食料は将来にわたって作っていかなければならないものです。消費者が生産者に投資していることになるんですよ。次もちゃんと美味しいものを作ってくださいと。
3番目は技術です。そうはいっても、生産力を上げ安全な農産物を作るには技術がしっかりしていること、そのための技術開発も大切です。この3つでスローガンだけでなく、自給率の向上が実現するのではないでしょうか。
――余暇は、何をされていますか。
小川 つくばで、家庭菜園をやっています。例えば、トマト1個にも実がなるまでに風雨や病害虫に耐えている姿を見ると、人生を感じ、いっそう食べ物の大切さ、命の大切さを感じています。また、土曜日にバレーボルをやっています。「並木ファーザーズ」というチームです。スポーツをやっていて良いことは老いを感じることなんです。さらに、かみさんと温泉に行っています。裸になれば、リラックスしかする事がないんですよ。
――ありがとうございました。