◆加里の世界的需要は年間200万トンベースで増大する
加藤 中国からお帰りの途中ですが中国の対応は如何でしたか。中国も苦慮しているのでは?
ビル 今朝、中国と加里価格の交渉に決着をつけてきたばかりです。新しい契約は前年比3倍アップになりました。想像できますか。
加藤 私が担当していた頃の加里価格の交渉は1ドルをめぐる争いでした。
ビル その通りです。私たちは毎年1ドルをめぐる攻防をくりかえしていました。今の値上げ幅は当時から比べて想像もできない水準です。
これが世界の肥料資源をとりまく現実なのです。肥料資源の需給環境はここまできています。これまでの感覚で動いていたのでは流れに乗り遅れます。
1970年代のオイルショックのときは、あらゆる面で全農は先手、先手と打って出ました。
加藤 加里資源の開発の動向は如何ですか。
ビル 今、200万トンクラスの新しいマイン(鉱山)を開発するには40億ドル(約4000億円)の投資が必要です。
加藤 開発に要する年数は?
ビル 市場にこの200万トンを出荷するまでに5年から7年の歳月を要します。この間、キャッシュフローはゼロですから、当然、新規参入には大きな障壁があります。
加藤 採掘コストの現況は如何ですか?
ビル 採掘コストも大幅に上がっています。加藤さんもマインに何回ももぐってよく知っておられるように、坑道に敷設する鉄鋼関係のコストひとつをとっても3倍に上がりました。
昨年の4月と対比し、新しいマインを作る推定コストは31%も上昇しています。
加藤 開発コストに見合う製品の価格をと…。
ビル おっしゃる通りです。急激なコストアップの中で開発投資をつづけてゆくには、投資に見合う価格形成が必須の条件になります。
加里価格が安ければ新規投資の継続は不可能となり、供給サイドは、手持ち資源の防衛に走りますから一層の価格高騰を招きます。
一方、穀物需給にたいするプレッシャーは今後も間違いなく続きます。穀物の生産を増やすには誰かが肥料を供給しなければなりません。ここに大きな需給ギャップが生まれます。
PCS社は、向こう4年間で、45億ドル(4500億円)を投資し、使われなくなっている設備の改修をすすめ、新規開発とあわせて500万トンの生産能力の増強をおこないます。
鉱山の新規開発には5年から7年の歳月を要しますが、現在、世界で新しいマインを開発しているところはありません。
加藤 ということは、すくなくとも2013年まで供給サイドの状況はあまり変わらないと…。
ビル そういう意味では、加里というビジネスは今後の競争状態を読みやすいと思います。
加里の世界需要は、今後、年間200万トンベースで増大すると見込まれています。PCS社はこのうちの年間100万トンを責任もって供給できる体制を整えたいと考え、新規投資の準備をしています。
◆農産物価格高騰の最大要因はエネルギーコストの上昇
加藤 燐酸質肥料の動向についてはどのように見ておられますか。
ビル 一言で申しあげると信じられないような事態です。燐安の価格は、高騰ではなく、暴騰しています。
加藤 北アフリカ勢がイニシイアテイブを握っている?
ビル その通りです。
モロッコのリン鉱石の価格は2年前の10倍に跳ねあがっています。リン鉱石の価格上昇にたいするプレッシャーはエネルギーコストの上昇です。加藤さんもよくご存知のように、とくに、窒素質肥料のコストに占めるエネルギーコストの割合は高く、アンモニア製造コストの90%はエネルギーコストです。
加藤 世界の農産物価格高騰のもっとも大きな要因はエネルギーコストの上昇ですか。
ビル 北米では、食料価格に占める農場コストは19%に過ぎません。残りの81%は農場を出てからのコストです。
加藤 なかでも物流、パッケージなど油関係のウエイトが大きいですね。
ビル 北米のパン価格の分析があります。パンの価格に占める肥料のコスト(間接コスト)は1%にすぎません。
今のように高騰をつづける肥料価格の下でも、肥料のパン製造コストに占める割合は微々たるものです。
世界の食料価格高騰の最大の要因はエネルギーです。
加藤さん、全農でご飯一杯の価格に占める肥料コストの割合を分析されたことがありますか?
私たちはいろいろなデータを駆使し、消費者にも農家にも正確な情報を伝えてゆきたいと考えています。
その上で、農業の役割、その中における肥料の役割をみなさんと考え、共通の認識をもって難しい時代を克服してゆきたいと思います。
◆アジアや米国では肥料購入は農家の収益増になる
加藤 石油や鉄鉱石、レアメタルも生活必需品に直結しています。しかし、肥料原料の価格は食料生産を通して人の命に直結する問題です。
ビルは、IMC時代、毎年、世界の発展途上国で「国際食糧会議」を開き、各国政府の責任者、業界トップ、メディアなどを巻き込んで食糧増産対策に積極的に取り組んできました。
この世界の激動の時代に直面し、PCS社の、ビルの展望をといったほうがよいかも知れませんが、世界戦略をお聞かせください。
ビル 国際食糧会議には、無理をいって、加藤さんにも何度かでていただきました。
私は、肥料の仕事で一番好きなのは世界のために仕事をしているという信念です。
PCS社のように世界最大となりますと、一企業の立場で利益を追求するという生き方はできなくなります。
PCS社には肥料を供給する社会的責任があり、また、その技術的裏づけもあります。
つねにマーケットと歩調を合わせ、マーケットに十分な量の肥料を供給する必要があります。
もちろん、投資に対する適正なリターンは必要ですが、つねに十分な肥料を供給できる体制を整えておく責任があります。
PCS社は、カナダに十分な設備を持っていますし、適切なタイミングで新しいマインの開発投資もつづけています。先ほども申し上げたように古いマインの改修復帰などにより、今後5年間で、500万トンの能力増強も行います。
私たちが今日ほど痛切に肥料の供給責任を感じたことはありません。
加藤 ビルの立場は分かりますが、これだけ肥料価格が高騰しますと、日本の農家は肥料の購入に限界を感じるようになります。
農産物の価格とコストの逆ザヤ現象が危惧され、離農という現実にさえ直面しかねません。
中国や東南アジア諸国の農民はこの肥料価格の高騰を乗り切ることができると考えておられますか? PCSをはじめとする肥料原料の山元は世界の農民から糾弾されますよ。
ビル 問題は、現在の農産物価格で農家は十分な収益を上げることができて、高い価格の肥料を買うことができるのかどうかということです。
加藤 日本では、輸入される農産物や食品との競合が厳しく、組合員は生産コストの上昇部分を十分に販売価格に転嫁することが困難です。われわれはこの現状をメディアを通じて国民に訴え、また取引先に理解を得るべく全力尽くす考えです。
ビル インドネシアではパーム油農家は肥料に1ドル支出することで9ドルを得ることができます。インドの小麦農家は肥料1ドルで6ドルを得ています。アメリカのとうもろこし農家でさえ3.5ドル得ています。
彼らは、肥料を使う経済性を十分に享受し理解していますから、肥料への強い需要は今後も変わらないと見ておくべきでしょう。
と申しますのも、冒頭で議論しましたように、穀物やパーム油、ゴムといった農産物の価格は史上最高圏にあり、肥料を購入することは収益増に直結するのです。
◆加里が不足する中国まだ続く肥料需給の逼迫
加藤 肥料は「価格の時代」から「確保の時代」に入ったと主張されるのですか。。
ビル 少なくとも向こう5年間は「肥料の確保」が最優先課題となります。
と同時に「資源の確保」は肥料業界の至上命題となっています。
「肥料の確保」という点では全農はすばらしいノウハウをもっています。
全農にはそれができます。その理由は、全農は、組織としても個人としても、世界の肥料業界に膨大な人脈を築いてきたからです。
私は、国によっては肥料が不足するところも出てくるのではないかと懸念しています。
中国は、今回、加里を十分手当てすることができませんでした。昨年、PCS社はカンポテックスを通じて中国に240万トンの加里を出荷しましたが、今年は100万トンしか出荷できません。
加藤 ロシアの動きは如何ですか?
ビル ロシアも中国には余り出荷していないようです。私たちの推定では、中国は、1200万トンの必要量に対し900万トンの加里しか手当てできていない、つまり300万トンほど不足するであろうと見ています。
加藤 ということは、来年も肥料の需給は逼迫すると…。
ビル 相当逼迫すると思います。中国は、来年、より多くの肥料を必要とするはずですから。
◆困難な時代だからこそ持てる底力を発揮するチャンスが
加藤 最後にJAグループと全農の若い職員にアドバイスでもありましたら。
ビル JAグループを通した私の日本農業とのお付き合いは30年を超えました。全農だけではなく組織の皆さんともお会いし沢山の友人もできました。心から感謝しています。
全農グループとPCS社の両者が1970年代から築いてきた友情は神の贈り物ともいうべき最高のものと考えています。
全農とPCS社とが長年にわたって築いてきたようなすばらしい関係を築いていないプレイヤーはまだまだ世界に大勢います。時代がタイトになればなるほど、企業の最大の武器は、それぞれの立場を超えて、信義となります。
PCS社は、皆さんとの友情に応えるため、全農グループが必要とする「肥料の確保」については万全の体制でのぞみたいと考えています。
仮にPCS社が最後の在庫1トンを出荷する事態に直面したとしましても、その1トンは間違いなく全農向けとなるでしょう。
現在の状況を正確に理解するためには、それぞれが自ら世界の市場の真只中に身を投じ、自ら肌で感じ取る以外に道はありません。
人はそれぞれ自分の都合から、自分の足元から市場を分析し理解しようとつとめます。
全農の会員は、自分自身が根を下ろしている生産現場からものごとを組み立てます。これは止むを得ないことです。
しかし、組合員から原料資源の確保を至上命題として託されている方々は、足元から世界の市場を見たのでは正確な判断を誤ります。
世界の市場から日本を日本の農業を見る目をもたなければなりません。
「肥料の確保」という点では、全農は世界に不動の体制を築いています。しかし、そのことは同時に、全農は世界の市場と乖離した価格で肥料を確保できることを意味していません。
肥料の価格を決めるのは全農でもなければPCS社でもありません。価格を決めるのは世界の市場であるということを十分に理解しておかなければなりません。
全農の歴史を振り返りますと、全農はつねにそのような目線をもっていた、国際感覚を身につけていた、と我々部外者は見てきました。
困難な時代であればあるほど、全農はもてる底力を発揮できる絶好のチャンスです。若い皆さんは決して内向きに沈潜してはいけません。
かつての全農のように外に外に向って雄飛してくださるよう期待しています。私もできる限りのサポートをさせていただきます。
加藤 肥料の安定確保は全農のもっとも基本的な機能です。全農が肥料原料の確保を目指して海外に進出したのは、全農の前身である組合が中国の大連に油粕買い付けの駐在事務所を開設した1935年に遡ります。
その後、第二次世界大戦で断念をよぎなくされた満州硫安工場建設計画、米国で実施した各種プロジェクト、ヨルダン肥料工場の建設、中国、ベトナムにおけるリン鉱石の開発輸入などとつづいています。
資源の乏しい日本にあって、今後も、海外で「肥料を確保」する事業は、全農の事業展開の販売価格転嫁への努力の生命線となっています。
ビルとは、これからも時に真剣勝負、時に握手を繰り返しながら、それぞれの使命を全うしてゆきたいと考えています。
今日はお疲れのところありがとうございました。
ビル 私の方こそありがとうございました。久し振りに楽しいひと時でした。
PCS社概要 PCS(Potash Corporation^nof Saskatchewan)社は、1975年にカナダで設立され、その後、加里鉱山の買収を繰り返し、世界の約2割を占める世界最大の加里生産会社である。 同社はカナダの新民主党政権下の1975年、サスカチュワン州における加里生産の州有化政策のもと、全額州政府の出資によって設立され、その後中小の民営加里鉱山を次々に買収することにより現在のような巨大な加里生産会社となった。その間、進歩保守党政権下の1989年11月、州議会を通過したPCSの民営化法案により、株式放出と州・国民優先の転換社債発行が開始され、現在では100%民営の会社となっている(ニューヨーク及びトロント株式上場)。 民営化前の1987年にPCSに招かれたビル・ドイルは、大幅な生産調整による需給バランス及び市況の維持を計るといった手法で大胆な再建に望み、1年でPCSを黒字転換させ、その後の民営化の礎となった。 本社は、カナダ国サスカチュワン州サスカツーン市。 |
PCS社の近年の主な動き | |
1995年 ノースカロライナ州のオーロラにリン酸工場を所有するTexasgulf Inc.を8億3300万ドルで買収。また、フロリダ州のホワイト・スプリングスにリン鉱石鉱山およびリン酸工場を所有するWhite Springs Agricultural Chemical Ltd.をOccidental Chemical Co.から2億9200万ドルで買収。 1997年 西半球最大の窒素質製品メーカーArcadian Co.を5億6600万ドルで買収、ジョージア州オーガスタ工場、ルイジアナ州ガイスマール工場、オハイオ州リマ工場、トリニダード工場を所有。 1998年 ニューブランズウィック鉱山を所有するPotash Company of Canada Ltd.を1100万ドルで買収。 1999年 チリの硝酸加里、硝酸ナトリウム生産メーカーMinera Yolanda SCMを3600万ドルで買収。 2000年 ブラジルFertilizantes Mitsui SAのリン酸飼料(DCP)生産設備を買収。 2001年 チリSQM社発行株式の約18%を1億3000万ドルで取得。 2002年 8000万ドルを投じオーロラリン酸工場の能力増強、リン酸飼料の新規設備を同工場に増設。 2003年 世界第8位の加里生産メーカーであるArab Potash Company(APC)の発行株式の26%を取得。 2004年 増加する需要に対応するためラニガン鉱山、アラン鉱山を24時間操業としPCS全体の加里生産能力を960万トン(2005年)とした。また、7300万ドルを投じオーロラリン酸工場の年間能力を8万2000トン拡張。天然ガス価格上昇に対応するため、トリニダードにおける窒素質製品原料天然ガスの長期購入契約を締結し、また、7100万ドルを投じ27万トンの能力を増強。 2005年 950万ドルを投じ自社株式約9%を購入。さらに1850万ドルを投じAPC発行株式のPCS持ち株比率を全体の28%とし、同様にICLの持ち株比率を1%増やし全体の10%とした。 2006年 Sinofertの株式をさらに10%購入しPCS持ち株比率を全体の20%とした。 |