特集

農業協同組合新聞創刊80周年記念
食料安保への挑戦(1)

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【インタビュー 】
変化を待つのではなく協力して持続可能な農業をつくる

スティーブン ホーキンス氏(Steven Hawkins)
シンジェンタ ジャパン(株)代表取締役社長
聞き手:北出俊昭 元明治大学教授

 原油、肥料原料そして飼料価格が世界的に高騰し生産現場を直撃しているが、さらに米国における金融危機が発生するなど、農業を取り巻く世界的な環境に大きな変化が起きている。日本農業との関連でこうした事態をどう考えているのかを聞いた。このインタビューは、シンジェンタ ジャパン社の中央研究所(茨城県牛久市)で行われた。

◆動きが早い食料・農業をめぐる状況

スティーブン ホーキンス氏
スティーブン ホーキンス氏

 ――最近、原油や飼料、肥料原料などが値上がりし、各企業ともに大きな影響を受けていると思いますが、世界的なビジネスを展開する立場からはどのように考えていますか。
 「1年前に前社長のガスリーがインタビューを受けていますが、その当時と比べると農業関連は大きく変わり、私たちやJAグループそして政府も世界的なトレンドの渦に巻き込まれているといえます。私は農業関連に従事して21年になりますが、昨年から今年にかけてのようにメディアの方々が農業に非常に関心を持たれたことはないと思います」
 ――具体的にいうとどういう動きですか。
 「世界的に人口が増加していますし、開発途上国だった国々が裕福になり食生活も豊かになり肉の需要が増えて穀物需給に影響が出てきています。もう一つの動きとしてバイオ燃料への要望が高まり穀物の需要が多くなっています。こうした動きがあまりにも早いので、私たちも含めて農業関連や政府が追いついていけないのではないでしょうか」
 ――こうした背景には投機マネーがあるといわれていますが、そうであっても開発途上国の穀物需要の増大とか食料の需給問題があるということですか。
 「これからの20年間で食料の需要が20%増えるのではないかといわれています。いまは1haで4人を養っていますが、20年後には同じ1haで5人になるので、これに対応するには大変な努力が必要です。シンジェンタではそれに対応する技術と革新を提供することで、世界的な需要を満たすためのお手伝いができると考えています」

◆個々では対応できない問題に直面している

北出俊昭氏
北出俊昭

 ――「緑の革命」によってアジアを中心に食料増産したことが世界の食料事情を緩和しました。今後も技術とその革新で4人から5人へ増える需要をまかなっていけるということですか。
 「いま起きているのは“第2の緑の革命”といってもいいと思います。前回と今回の緑の革命の違いは何かというと、前回は肥料や農薬あるいはバイオテクノロジーなど多くの会社が関わっていましたが、この20年でそうした事業に関わる企業が少なくなってきたことです。
 その中でシンジェンタはずっと農業関連の会社であり続けています。日本での設立は2001年でしたが、農業に特化し継続してきたことで、さまざまな製品が実を結んできています」
 ――会社が少なくなったという意味はどういうことですか。
 「いまの状況は個々の企業では対応できない難しい問題に直面していると思います。政府やJAとか全農など農業関係の人たちと私どものような企業が一緒になって、向かっていくことが、いま私たちが直面している危機を克服できる道ではないかと思っています。
 これは日本ばかりではなく、米国でもバイオ燃料に対する政策は変わってきています。それは実際に農業への需要が変化してきているからです。
 つまり企業だけではなく、農業に関わるステークホルダーといわれる方々と一緒になって対応していくことが必要だということです」

◆生産者と消費者のニーズに応える製品・技術を開発

 ――需要を満たすために技術開発をしていくというお話でしたが、技術開発の方向の基本的な理念はどういうことですか。
 「生産性をあげるには、いろいろなステークホルダーによって違いますが、もう一つ重要なことは、消費者も私たちにとって重要なステークホルダーだということです。消費者の人たちも勉強をされて農業について関心を高めています。そして日本の消費者は非常に高い知識を持っています。そういう消費者の人たちが“安全・安心”を求めますから、安全で安心なものを生産できるための製品を私たちは提供しなければなりませんし、そういう製品を開発しなければなりません。
 生産者の働く時間を短くするような技術の開発と同時に、消費者が求める品質の高い食べ物、安全性の高い食料というニーズをすべて満たさなければいけないと考えています。つまり、それぞれのステークホルダーの求めにしたがって製品開発をしていかなければいけないということです」
 ――GMO(遺伝子組み換え)食品についてはどのように考えていますか。
 「GMOのテクノロジーについてシンジェンタは、世界的な技術を持った会社の一つです。GMO作物については農薬と同じように非常に厳しく規制されています。厳しい規制の条件を満たしているものならば安全性は高いと考えていますが、規制を求めている国についてはきちんと対応しています」
 ――日本では規制されていますから、それに従っているということですね。
 「はい、そうです」

ホーキンス社長×北出俊昭氏

◆自給率向上などの施策を貫くことで明るい兆しが

 ――ホーキンス社長は3年間韓国で仕事をされて後、今年1月に日本に赴任されました。韓国以前にもいろいろな国で仕事をされてきていますが、そうした国と比べて日本の農業についてどのような印象をもたれましたか。
 「日本の農業は高い水準であることに驚きを隠せませんでした。そして生産された農産物の品質が素晴らしいというのが第一印象でした。だから私は、日本に住んでいる消費者の一人として大変に楽しんでいます」
 ――これから日本の農業が挑戦していかなければならない課題は何だとお考えですか。
 「日本へ来てから全国のJAの方たちや全農さんとか業界の人たちとお会いしてお話をさせていただきました。そのなかで感じたことの一つは、農業に従事する方の年齢が高いということです。日本農業を持続可能にするためにはこの問題が非常に大きいと思います。
 日本農業を持続可能にするためには、私は日本政府が目標にする自給率向上などの政策が一貫性をもって実行されることが必要だと思います。その中の一つとして、稲を飼料米や米粉として活用することがありますが、こうした施策がずっと続いて農業を盛り立てていくことが大事だと思います」
 ――日本の農業はご指摘のように品質は良いのですが、規模が小さくコストがかかり国際競争力がないといわれていますが、この点についてはいかがですか。
 「消費者が決定権をもっていますが、品質がさらにあがったときに、消費者がさらなるコスト負担をするかどうかですね。
 長期的な目標としては、日本政府は自給率をあげる、つまり国産を増やしていくといっていることは明るい兆しではないかと思います。そして先ほどお話したように世界的な食料についての課題があり、日本を含めて農業を持続可能なものにしていかなければならないという位置づけになってきたのではないでしょうか」
 ――消費者が決定権を持っているのはその通りだと思います。そして家計が苦しくなってきた消費者は「安くて良いもの」を求めてきていますが、この問題を解決する良い知恵はありませんか。
 「非常に難しい問題で、マジックのような解決策はないと思います。日本の生産者にはJAという強いサポーターがいるので、JAや全農を含めた体制でいろいろな変化に対応できるのではないかと思っています」

◆農業関係者が一緒になって行動すれば農業を変えられる

 ――日本の農協についてはどのような印象を持ちましたか。
 「シンジェンタに入社する前にカナダの協同組合で働いていましたので、JAの仕組みについては理解もできますし、なじみが深いものでした。
 全国のいろいろなJAを訪ねましたが、仕事に対する情熱を感じましたし、生産者に対して単に資材を売るだけではなく知識やサービスを提供していると思いました。
 いくつかのJAでは、将来に対する不安という言葉を聞きましたが、私はJAと私たちも含めて農業に関わっている人たちが一緒になって行動すれば、いまの農業を変えることができるのではないかと思っています。変化を待っているのではなく、協力してより良い日本の農業へ変えていく、あるいはより明るい農業にしていくことができるのではないかと思っています」
 ――いまのJAに必要なことは何だと思いますか。
 「一言でいえば“スピード”だと思います。生産者にできるだけ早く新しい技術を届けることです。
 もう一つは、農業が将来にわたって魅力的で持続可能である産業であるということを、JAが協同組合の原点を大切にし、リードしてアピールすることです。そうすれば若い人たちが農業に入ってくるのではないでしょうか」
 ――最後にメッセージがあれば…。
 「今日は牛久の研究所に来ていただきましたが、それは科学的な技術と革新を提供する会社だと理解をして欲しかったからです。そしてシンジェンタは実践的な会社でなければならないと思っていますが、今日みていただきましたように、すぐにでも生産者の方々が直面している問題に実践的に利用できるものをこれからも提供し続けていきます」
 ――長時間どうもありがとうございました。

インタビューを終えて
 スティーブン・ホーキンス社長は本年1月から日本社の社長を務められている。その前は韓国で勤務されるなど国際経験が豊富なので、最初に最近の原油や穀物の価格高騰についてご意見をお聞きした。そこで強調されたことは、食料では需要増加が背景にあること、それを満たしていくには第2の緑の革命が必要だが、それには企業と関係組織の協力が重要なことであった。また、消費者はステークホルダーであるとの視点から、その求めに応じた品質の高い、安全な食料生産が大切とされたのも印象的であった。
  一方、日本農業については技術水準が高く、生産物の品質もよいと評価され、これを持続していくためには政府の自給率向上政策が重要なことを強調された。また、農協については協同組合の原点を踏まえ農業改革に取り組む必要があるが、同時に事業のスピードを上げることも指摘された。この意見に応えた取り組みが望まれているといえる。(北出)

(2008.10.08)