◆資材コスト高騰に精一杯の力を発揮して対応
谷口 日本の食と農業が未曾有の激震にさらされているなかで、JA経済事業の総元締めである全農のトップに就任されたわけですが、いまのお気持ちをお聞かせください。
永田 私はJAならけん経営管理委員会会長として全農の経営管理委員を5年間務めてきましたので、全農のおかれている状況が厳しいことも、全農への期待が大きいことも分かっていますが、いまの日本農業がおかれている現状や農協の問題について、全農も単位農協も組合員も共通認識を持ち、そこから出発して考えていかなければならないと思っています。
谷口 原油や飼料・肥料原料の価格が高騰し深刻な問題になっていますが、この問題についてはどうお考えですか。
永田 直面する一番の課題は生産資材価格の高騰への対応です。とくに肥料ではものによって価格が倍になっています。燃料や飼料についても価格が上昇しており、いまほど農家にとって大変なときはないといえます。
そこで全農はどうするのかということですが、肥料でいえば、昨今の国際的な原料争奪の流れの中では、まず価格の問題以前に原料を調達・確保し、安定的に供給することが基本です。そこに全農として最大限の努力を傾けねばなりません。飼料の場合も、アメリカ国内の集荷率向上はもちろんのこと、アメリカ一辺倒ではなく幅を広げて調達し、合わせて国内の生産・物流の効率化等をすすめ、コストを下げる努力をしなければいけないと考えています。その一方で、例えば肥料では土壌分析をきちんとして必要なものだけを施肥していくように指導するなど、地道にコスト削減を図っていくことも大事だと考えています。
谷口 そして一番の問題は、コスト上昇分を農畜産物価格に転嫁できるかどうかです。
永田 昨年と比べて見ても農産物価格は下がっていますし、酪農はじめ畜産農家も大変な状況になっていますから、政府にも緊急の対策をお願いし、農家に少しでも希望を持ってもらえるようにしなければいけないと思います。また、一方では、自らも手足を動かして、消費者に、また、量販店に、生産資材費のコストアップの状況についてご説明し、生産現場の現在おかれている状況にご理解いただくよう取り組んでいます。
◆全農改革の課題は、担い手対応・米販売・事業推進体制
永田正利 JA全農経営管理委員会会長 |
谷口 これからの全農改革のポイントはどこにあるとお考えですか。
永田 重点課題となっているのは、担い手への対応、米を中心とした販売への対応、そして事業推進体制の確立の3点です。
全農の担い手への対応については、全農が担い手育成に果たしている役割を明確に示し、農家から喜ばれる全農にしなければいけないということです。
そのうえで私が常にいっていることは、組合員と日常的に接しているのは単位農協であるということです。つまり、単位農協がいかに担い手を確保し営農指導しているかが基本で、それを補完していくのが全農の機能だということです。
米の販売については、できるだけ消費者に近いところでの販売を進めようということです。東西のパールライスでの精米販売を大きくしていく等努力を積み重ねてまいります。
また、事業推進体制について言えば、35県と統合したときには県単位で収支バランスをとろうとしてきたわけですが、ガバナンスやいろいろな問題が横たわり、どうするかということになったわけです。このため事業部ごとに縦でいくのが一番合理的だしガバナンスもきちんとできると考え事業体制整備をすすめています。
しかし、購買事業はともかく、販売事業は縦割りだけではうまくいくとは限らないことから、そのあたりをさらに工夫し、全農ならではの事業部門を構築する必要があります。
◆いつの時代にも対応できる体力を
谷口 そうした問題を解決し、組合員の期待に応えていくのですから大変ですね。
永田 私は農協もある程度収益をあげて、組合員のためにいつの時代でも対応していける体力をつけなければいけないと考えています。農協は組合員が困っているときにこそ「われらの農協だ」といわれるような組織でなければいけない。そのためにも、農家のみなさんに、そういわれるような施策ができるような体力をつけることです。
谷口 いま私はJA出資法人の研究をしていますが、これまでは「農協出資法人だから儲かってはいけない」という収支均衡原則が支配してきました。これでは働いている人の意欲が湧かないと思いますね。そうではなく、ゴーイングコンサーンの観点から組織を持続していくためにも、適正な収益を上げてそれをどう分配するかを考えないといけない時代に入っていると思いますね。
永田 JAならけんは合併して10年ですが、3年目にもろもろの問題を解決するために大きな赤字を計上しゼロから出発しました。そのときは組合員から怒られましたが、最近はようやく経営的にも安定してきて、組合員からも“合併してよかったなあ”という声が聞かれるようになりました。組合員にとっても農協が収益を確保することが重要であることを実感した次第で…全農もそうだと思いますね。
谷口 優良な中小企業で無借金経営をしているところがありますが、そこは内部留保を確保しているんですね。この留保の一番の意味は、会社のためではなく、社員のために、会社がいつなにがあっても大丈夫なように貯めておこうという考え方なんです。そのためには儲かっていなくてはならないということだから、社員も元気がでますよね。協同組合もいままでの収支均衡原則からやや脱皮して、経済事業ではきちんと収益を確保していくことが大事な時代に入っ たかなと思います。
◆自国の食料は自らの国土で確保することが基本
谷口信和東京大学教授 |
谷口 全農では、担い手へ出向くTAC(※)を通じた取り組みをし、担い手への対応に力を入れていますが、この点についてはどうお考えですか。
永田 先にも述べましたが、大事なことは、担い手育成は単位農協がしっかりやっていかなければいけない問題だということです。しかし、現実には単協だけではできない課題も存在するわけで、全農としてフォローしていく。そのためのしくみを担い手対応のシステムとしてTACの取り組みを確立することによって、担い手農家との対話を促進していく。そのうえでJA・連合会間相互での情報流通を促進させるということをねらっているわけです。
谷口 つまり基本原則に立ち返っていこうというわけですね。そして全農にしかできない広域的な取り組みがあり、その分担をきちんとしようということですね。
永田 組合員の営農指導とか担い手育成は単位農協でしっかりやってもらって、単位農協だけではできない部分を県としてどうやっていくのかとか、全国展開していく問題については、全農として機能発揮し、機能分担していくという事です。
谷口 8月の貿易統計で貿易収支が赤字になったということが報じられました。つまり工業製品貿易で稼いだ外貨で食料をいくらでも買えるという時代ではなくなってきたということです。そこで国内農業の重要性が見直されてきていると思いますが、これについてはどうお考えですか。
永田 私は基本的には、自国の食料は自らの国土で確保していかなければいけないし、これを崩してはならないと考えています。そして農業の役割は食料だけではなく、食料を生産する過程で発揮される多面的な機能を持っていることを、国民のみなさんに理解してもらう活動をJAグループとしてもやっていかなければならないと考えています。
谷口 本来のところをきちんと見ていかなければいけないということですね。
永田 全国で共通の日本農業のベースは米なんです。だから、米がきちんとしないといけないんですね。
◆困難を越えた後に、新しい時代が拓ける
谷口 高齢化社会になっても、地域社会が維持されるモデルを農業はつくっているんですね。直売所などでの活動を通じて高齢者が元気になっていますが、これは医療保険などの負担を減らすことに結びついていますから、これからはもっと21世紀の新しい社会の姿を農村地域から切り拓いているんだ、と積極的に訴えていくことが必要ではないかと思いますね。
永田 奈良県で1JAに合併したときには、何が何でも一つのものにしていこうと集約化し、合理化をはかってきました。10年経ったいまは、地域それぞれにあった本来の協同組合運動をやっていける状況ができてきたような気がしています。
それは、一つにならざるを得ない厳しい状況があって、組合員も組織も皆が汗をかいてやってきたわけで、まさにそのことによって共通認識が醸成され、そのことによって生じてきたものではないかと今では考えています。
谷口 集約して大きくなった時代が終わって、もう一度、地域各々で集まれる核になるものをどう作るかという段階にきたというわけですね。
永田 皆が共通認識を持ちよった後に生まれてくるんですね。全農も一つの心になって共通認識を持っていまの困難を乗り越えた後に、農協とお互いの役割を分担しながらやっていける新しい時代が来ると私は考えています。
谷口 今日は貴重なお話をありがとうございました。
※TAC=JA全農が提案する地域農業の担い手に出向くJA担当者の愛称。