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農業協同組合新聞創刊80周年記念
食料安保への挑戦(1)

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【貧困を拡散した“WTO精神”】
貧困を拡散した"WTO精神" 鼎談その2

農業協定は前文が重要 梶井
米国はアンフェアな国 宇沢
WTO批判を厳しく 内橋

◆不透明な農業補助金  内橋 それがまさに現在のWTOの正体だと思いますね。日...

◆不透明な農業補助金

 内橋 それがまさに現在のWTOの正体だと思いますね。日本人としては、そこのところを十分に認識してかかる必要があります。その点で多国間投資協定(MAI)の問題を後で話したいと思いますが、行政、政治を担う者も、農業者も、いったいWTOとは何ものなのか。真剣に、正確に認識を改め、深めていくことが大切でしょう。
 梶井 確かに、前文にはこう書いてある、というと「えっ!そうですか」なんていう反応が多いのですよ。
 宇沢 WTO自体の問題もシリアスだけど、もっと深刻なのは米国の政策のあり方です。巨額の補助金を農業に出しています。表面に出ている数字とは別に、農務省は農業技術の開発と普及に膨大な予算を使っています。また巨大な組織も持って、もっぱら農民を守るために大きなコストをかけています。それらが20世紀に入ってからの米国農業を支えてきたといってもよいと思います。
 もう1つは土地の問題です。米国農業は先住民族から略奪した土地を使っています。先住民族は3000万人くらいいたはずですが、もうほとんど残っていません。そういう歴史があるのです。そして補助金です。
 その意味で米国は非常にアンフェアなことをやってきたし、また今もそれを続けています。ところが、ほかの国がやることについては信じられないような文句をつけ、厳しく追及します。WTOでもそうです。
 日本の役人たちは、国際的な取り決めなどに際して米国人はジェントルマンとして行動すると見ていますが、実際はそうではなく、話は飛躍しますけど、米軍はベトナムで森林の約20%を不毛の地にしてしまったのです。ダイオキシンで。
 梶井 枯れ葉作戦ですね。
 宇沢 そんな打撃を与えておいて何の補償もしていないのですよ。またアフガニスタンでもイラクでも米国のやることは無法です。よその国を“ならず者国家”などと呼びますが、米国自身が無法者国家です。そういう国を相手にしているということを日本人はもっと認識する必要があるだろうと思います。
 梶井 米国の予算には農業予算には入っていない農業補助金がけっこうありますね。食料スタンプ政策なんかも農業助成金といっていい。
 宇沢 社会政策としてやっているといっているのですよ。

◆ダムとため池と……

 梶井 その中には市場を支えるのにずいぶん役立っているものがあります。日本にはそういうものが全くありません。学校給食の補助金さえ、ほとんどないという状態です。
 内橋 米国の農地とはそもそもが略奪に由来したものですね。開拓時代には西部へ西部へと進んでいけば補助金がついたわけです。
 宇沢 米国中西部の広大な農地では氷河時代にたまった地下水を使っており、今ではそれが枯渇してきています。
 将来を考えるとバイオ燃料が大問題です。農民が命の糧として自然の恵みを受けながら大切に作った穀物をガソリン代わりに使うなんて信じられません。
 それから、またため池の話になりますが、それは個人がもうけるためにあるのではなく、みんなが人間の生存を考えながら社会的営為として管理しているものです。ため池は人々が生きていくために必要なものですから、たとえ私有財産であっても社会共通の財産として大事に守っていくべきです。
 原点の1つは空海の活動にあります。彼は唐の長安に留学しているとき、法顕という唐僧の旅行記を読みました。そこには旅行先のインドやスリランカのことが書いてありました。
 スリランカは紀元前3世紀から10世紀にかけて世界最高の水利文明を誇っていました。年2回のモンスーン以外は雨が降らないという悪条件に対応して、ため池の技術が発達していたのです。その水は農業用だけでなく、街路樹や個人の家の庭にも配水されていました。
 空海はそれを読んで留学を途中で打ち切って帰国しました。法顕の旅行記にあるスリランカの水利技術を故郷讃岐のために役立てようとしたのです。
 こうして満濃池の大修復が成し遂げられました。工事には近在の農民たちが集まって力を合わせました。コモンズとして、みんなで助け合う考え方が定着し、“線香水”とかの使い方、管理のルールも守られました。
 その後、全国各地の水利でも優れたルールができています。ため池があると経済的にも村が独立するのですね。
 しかし明治に入ると巨大ダムの建設で中央集権的な形になり、ため池が減ってルールも壊れていきます。

◆稲作が壊滅した豪州

 内橋 ため池は社会的共通資本、まさにコモンズですね。それに対して灌漑とかダムは自然から奪う農法です。オーストラリアは大規模な灌漑のほうをやって失敗しました。
 20世紀末のことですが、日本の財界は「オーストラリアを見習え」とか「オーストラリアから安いコメを買えばよい」などと叫んでいました。経団連も経済同友会も「ため池で作るような自然農法はやめてしまえ」というわけです。
 彼らの主張の間違いは、今やはっきりと結論が出た、黒白がつけられたと思います。
 オーストラリアは異常気象による旱魃だけではありません。地下水をどんどん奪う巨大な灌漑農法ですから、ついに塩害にやられたのです。結局、自然からシッペ返しを受けたということですね。それを見習え、と…。
 今では、もはや稲作はほとんどダメじゃありませんか。01年ごろは160万tくらいは軽く作っていましたが、今は10万t以下に落ち込んでいます。
 宇沢 壊滅状態ですね。灌漑あるいはダムと、ため池の違いがはっきりしているということです。
 梶井 日本の配水はダムからの場合でも末端のところでは依然として、まさにコモンズとしての供給です。土地改良区という大きな組織があっても末端の配水は村や地域など、みんなの管理でやっていますから日本の場合、コモンズはまだ村に生きています。
 宇沢 またスリランカの話で恐縮ですが、あの国は英国の植民地時代に軍隊がため池を壊して、ダムをつくり、さらに森林を開いてゴムとか紅茶の畑にして英国は巨大な富を得ました。 このため森林がダメになり、川が汚れ、マラリア蚊が繁殖するようになって世界中でもっとも危険な国の1つとされています。 15年ほど前に独立40周年記念祝典に招かれましたが、農林大臣は「わが国はかつて世界最高の水利を誇り、農業生産性も高かったが、今は自給率30%ほどに落ち込んで農民は悲惨な生活をしている」と嘆きの演説をしていました。
 梶井 日本の場合、兵庫県とか四国なんかのため池地帯では管理が十分です。
 内橋 そうです。地域の“結(ゆ)い”といいますか、人間のきずながなお残っていて、それではじめてコモンズは維持されていくものです。

◆近代化のしっぺ返し

 宇沢 10年ほど前に英国の経済学者がインドと韓国の農業生産性を比較する論文を書きました。それによると、インドの農業はスリランカと同じようにため池を壊してダムをつくり、中央集権的な管理をしているとのことです。また巨大な官僚組織である灌漑省があり、村の水利まで管理しています。
 一方、韓国の農業は昔の百済地方を中心にため池を活用し、村長がその管理の責任者となっているなど分権的で、うまくいっていると書いています。なかなか面白い論文でした。
 それは別として日本には昔、村々に伝承的な知恵を持っている“老農”という人たちがいて例えば苗代に籾をまく時は品種はもちろん水温のことまで教えるなど、きめ細かい農法を伝えたといいます。
 しかし明治になって西洋の文物が大々的に導入され、老農たちは少なくなっていきました。東畑先生や飯沼二郎さんはそのことが日本農業衰退につながっていったとしています。
 内橋 ため池に象徴されるような農業の本来的なあり方を忘れ、それを近代化と称してきましたが、ある意味では、いま、大きくシッペ返しを受けるという歴史的過程に私たちは立ち会っているのかもしれませんね。
 農村の崩壊というのは社会の共同体の崩壊と同じ歩調で進行していく。これまでは、何とか共同体を支える努力が辛うじてなされてきました。しかしため池を退治するなどといわれると、それは日本農業だけでなく社会全体にとって歴史の逆行です。進歩や前進などとは到底いえません。(「鼎談 その3」へ)

(2008.10.17)