◆食料ひっ迫と高価格水準は続く
菅野孝志 JA新ふくしま 代表理事理事長 |
世界の食料は、経済性とコスト確保を求めて、エネルギーとの争奪、作付面積や作物間の争奪、肥料の争奪、国家間の争奪などに加えて、地球温暖化が旱魃・砂漠化・洪水を誘発し需給ひっ迫に拍車をかけ、相まって穀物輸出国の禁輸措置により価格は、高騰を極めている。
これまで、先進諸国約8億人への食料の安定供給を主に展開してきた需給調整は、当該国の発展に伴う食料・資源のバランスを確保してきた。しかし昨今、ブラジル・ロシア・インド・中国(BRICs)の人口約30億人地域の急速な工業化は、生活水準を向上させ、さらに増加する人口の胃袋と命を確保するための食料資源の争奪が激しくなり止むことがない。
ゆえに、食料・資源価格が高止まりし、元の水準へ戻ることを許さない事態を輸入大国日本は、真摯に受け止め、真の独立国家として食料自給率の向上にあたらねばならない。
◆スクラップあれどビルドなし 日本の農業事情
資源に乏しい日本は、工業化に柱をおき、食料価格の安定の中で世界市場から食料を確保することを念頭に置き、米国の食糧世界戦略のもとに、穀物を中心に輸入拡大を図り、生活水準の向上にあわせ輸入飼料を基本とした畜産振興を展開してきた。
農業・食料においても国際分業を謳うことで、日本の風土に立脚した生産技術と開発投資、いわゆる品種改良・農法・作付体系・湿田等不利条件適合型技術への投資を後退させ、水田の高度利用農業基盤の構築を放棄してきたように思えてならない。
いま、飼料高騰による畜産経営の危機を招き、中酪調査によれば07年に1200戸の酪農家が廃業し、全国で1万5000戸を割る事態を引き起こしたのである。さらに、原油の高騰は、野菜や果樹園芸の作付体系や栽培体系も変え、一時期もしくは1シーズンの需給バランスを崩してしまう事態に陥り再生産価格の維持さえできないでいる。
一度廃業したものを再生することは容易なことではない。「スクラップあれどビルドなし」の状況にやる方ない思いである。また、他産業との所得格差や農産物価格の低迷から担い手の減少、農業従事者の高齢化、耕作放棄地の増大と地盤沈下は著しい。
◆3人で100人の食と命を守っている 食糧自給率を支える人
農業従事者312万人のうち65歳以上185万人、耕地面積467万ha、耕作放棄地39万ha、海外に依存する作付面積1200万haである。
人口1億2700万人の3%、つまり100人の食と命を守るために3人の農業者が必死でもがいている現実にどう向き合うかである。そのうち2人は、すでに65歳以上なのである。
国民1人当りの耕地面積は、放棄地を含め4aである。海外に依存する耕地面積は、約10a。米1.2a、残りの2.8aで野菜・畜産・果実を生産確保する道筋を考えたとき耕地の高度利用は不可欠の問題となる。
美食がもてはやされる日本、飽食・廃棄と貧困・飢餓とが交叉する中にあって、無いものねだりではなく、有るものを大切にする食への回帰を通じ、農業の再生に国民挙げて考え行動しなければならない崖っ淵にある。
◆地域の再生はそこに住み想いを寄せる人びとの手でJAグループの役割
1、穀物自給率向上への実践
福島県は、水田過剰作付が1万3400haにおよび地域水田農業活性化緊急対策へ取組み強化が求められた。当JA新ふくしまの実態からあるべき方向を模索したい。
07年12月以降、あるべき地域農業への危機感を募らせ具体策の検討に入った。ただ単に減反を達成させれば良いのではなく、農業者の高齢化や耕作放棄地の増大、そして、たかだか50年という歴史の狭間で次の世代に豊かな食と緑と水を残してやれないような我々で良いのか。
呼応して、右肩下がりの農業販売高を15年前の水準100億円を復活させるべく旧町村単位のグランドデザインを描こうと農家台帳調査もあわせ行った。
緊急対策への取組みは、2月4日から13日まで233か所での集落説明会を計画し農振会・JA・市・県が一体となり取り組んだ。
「先には、作る自由、売る自由と制度変更したんでないか」「俺ら作ってもあと5年位だべな」そんな声がほとんどであった。
永年、過剰面積の多い水原地区のJA経営管理委員は、「当地区の専業農家は僅かだが年を取って農業ができなくなった時、誰が耕しているのか判らないような状況になってからではなく、みんなで、この農地と水と風景を守って次の世代に引継ぐことを本気で考えっぺ」と訴えた。
07年地区過剰作付面積45.6haと福島市の10.9%を占めていた過剰解消を目指し、3か年で、あるべき故郷・農村を目指してみようと38名がWCS(ホールクロップサイレージ)19.9haに取り組んだ。受け皿は、水原生産組合。想いは「地域のグランドデザインを我らの手で」。
結果、福島市は08年7月現在緊急対策(長期23.3ha、低コスト39.5ha、新規転作63haと125.8ha)を上積みし過剰割合を27.6%削減し、福島県のWCS約300haの13%程度を担うことができ、制度の一貫性と継続は不可欠である。耕畜連携のもとに管内畜産農家との連携もスムーズに機能しWCSの飼育効果が期待されるところである。
水原地区は、東に傾斜しながら東西に農地が広がり中央を県道が走る。養蚕地帯であったので、取り囲む緩傾斜地は荒廃が著しい。地域の青年の多くが「21の会」に結集し里山の管理にも力を注ぐ。地域を囲む緩傾斜地は花木、水田には、主食用米・非主食用米・花・野菜・大豆(味噌加工を手がけている)のゾーンを配置し域内労働力の高度活用により生産力の維持拡大と生き甲斐ある郷を作りたいと日々WCSの収穫に励んでいる。
WCSの生産状況は、10a当り約6ロールで1760kgと移植と直播による差は、歴然。08年の収入は、担い手13万5625円(緊急対策費5万円のほか各種助成交付金含む)。現時点で09年は、担い手7万625円と激減する収入に継続への不安がよぎることから、安定生産へ均衡取れた総合的な対策を切望して止まない。
これらの取り組みから、(1)地域は、そこに住み、想いを寄せる人々によってのみ再生へのスタートを切れる。(2)それをサポートするのがJAである。(3)WCSや飼料用米の生産効率を高める品種。(4)WCSは、ある意味で収奪的な要素を持つことから、土作りを基本とした耕畜連携が循環型農業の土台である。(5)全国約12万haの大豆の自給率は5%で、遺伝子組換えなどが横行する中、食用103万トンを耕作放棄地39万haの再生を基本に増収品種の改良、低コスト栽培体系の構築により自給を実現する。(6)捨て作りから解放する経営安定のための所得保障や価格対策を実効あるものにすることである。
2、担い手づくり
担い手育成は、農産物価格の安定、経営の確立と継続性の上に成立するもので現状容易なことではない。だが、JA農地保有合理化法人による農地の確保と利用計画を基本に、JA農業生産法人・JA出資型農業生産法人の積極的な創設と育成を進める必要がある。
高校生などとの交流を通じ農業を志す若者は少なくない。人材の発掘には、法人での研修期間を取入れ、のれん分けなど有効に作用させたいと09年設立に向け準備している。
あわせ農業者の悩みや要望そして営農計画の展望を拓くためにAST(巡回相談員)チーム6名を配したことにより地域や農家の課題が浮き彫りになり、将来を展望しうる対応と具体的な策を講じるために組織討議を重ねている。
3、直売所は、農業・地域連携の拠所
07年4月現在のファーマーズマーケットは、全中調査で2127か所。これからも増加するであろうが、トレサに基づく安全・新鮮で豊かな農産物、生活者・生産者の交流、環境負荷の低減、地域文化・情報の発信そして、生活者との協働を実現し域内の農業基盤を確かなものにして安心を確保しなければならない。
我がJAは、平成12年6月、女性部の方々の要望を受け共選場の再編に伴う跡地利用により直売所を開設した。今日7か所、年成長率13%、約14億円の取扱高までに成長させていただいた。
しかし、残念なことに生産者と生活者との交流は、取扱高の増加とともに減少している。また、会員・施設・品目など課題も多い。
これら課題解決と10年後も支持され元気であるために、若手メンバーを中心に直売所総合検討プロジェクトを7月に発足させ、次の6つの視点、(1)生活者(消費者)(2)生産者(3)働く者(4)農協(5)農業(6)地域との協働から検討してもらい、その答申を待つところである。
8月31日「野菜の日」は、全国的な展開がなされ、果たした役割は大きい。しかし一過性に終わることなくさまざまな全国の「○○の日」を収集し、全国の直売所連携のもとに食と農の全国カレンダーを作成し実践することは、食と農をより身近なものにすることに一石を投じると思う。
また、「海の日」には海の美しさ、ゴミに占領された海岸、漂流物等による海水の汚染と上昇と警鐘することは多い。海を守ることは、荒れ果てる山林里山、郷の水田・畑の原風景を守ることであるから、地域で作り上げる農地・水・環境保全向上対策の制度運用の拡大か新施策が求められる。
4、食農教育の実践を通じて
食農教育は、全国のJAが展開し食を通じ足元の農業を肌身に感じ感謝の心を涵養するに不可欠のものである。
我がJAも教育委員会・学校との連携により農業体験・食体験を学校ごとにオリジナルな構成とし展開している。米作りや野菜作り、コンニャク作り・豆腐作りなどの中で生き物の多さと逞しさに驚き、豆腐が固まるときの疑問に子供たちの五感が奮い立たされ生きていることを感じ歓喜に変わる瞬間、関わる多くの農業者や女性の方は、存在を肯定され生き甲斐とまたやろうとの元気をもらう。そこには、我が子を育てるような「真手ーに」と頬に付いた米粒をそっと摘まむ「もったいない」という心があるからである。
いつしか我々は、五感の一部を失い、賞味期限は自分の目で判断し味わうこと匂いを嗅ぐことで判断することを置き忘れてしまった。食農教育は、農業の持つ偉大な生命創造力への敬意と自然界の一部に過ぎない人間の動物的感覚を取り戻すことであり、幼児から高齢者までの幅広い取組みが求められる。
昨今の食肉・米・粉ミルクなどの偽装事件は、目に余るものがある。自分さえ良ければ、他人はどうなってもいいと言う風潮。改めて協同組合の根幹にある「正直・誠実・他人への配慮」を軸とした教育文化活動をJAの基本としたい。