◆UR交渉の敗因は?
阿部 ここで改めて、ちょっと年表を繰りますと、45年に減反政策が始まりましたが、総合農政時代は米価運動の花盛りでした。また53年には農畜産物輸入自由化反対運動が始まり、57年の第16回全国農協大会では自由化阻止を決議しました。
駒口 ガット・ウルグアイ・ラウンド(UR)では、全中の佐藤喜春会長が病気だったため私なんかも代表団の1人として活動しました。しかし細川(護煕)内閣の閣僚とは余り面識がなく結局、ハラを割った話し合いができませんでした。
交渉ごとだから妥協点を見つける必要がありますが、先生方も落としどころがつかめなかったようで、こっちは関税化反対一本ヤリの玉砕戦法で最後まで突っ走ってしまいました。
阿部 政府側から系統に対して部分開放をするという話は全くなかったのですか。
駒口 何もありません。反省点としてUR交渉で負けた原因は3点あると思います。
1つは国際化時代における日本農業のあり方について基本が定まっていなかったことです。農業基本法ができて約30年経っていたのですが、新しい時代に対応する基本が整理されておらず、国内のコンセンサスがなかったと思います。
2つ目は財界が激しく農業・農協批判をしたことです。これではコンセンサスは成立せず、交渉に臨む日本の立場を固めることなどできません。
3つ目は日本が国際的に孤立していたのではないかという点です。米国は世界中に関税化と市場開放を押しつけました。日本は米国一辺倒の外交路線をとり続けてきていますから、各国は日本農業の特殊性など認められないということになります。
やはり農業を文化として考えているEUなどともっと連携を深めるべきでした。
阿部 部分開放の背景にあったのは米国の圧力だったということですね。
豊田 それははっきりしています。私も代表団の1人としてジュネーブなどへ行きましたが、EUの農業団体と話合うと意見は全面的に一致するのですよ。ストラスブルグでCOPAを中心に8万人の自由化反対の大集会が開かれました。ヨーロッパの都市では大規模なデモも行われ、スクラムも組みました。
◆新農業基本法の性格
豊田 ところが、その後、米国はフランスだとかイタリアなどと個別に交渉してアメを出して納得させ、過半数の国との話をつけた上で全体会議を開き、米欧の合意案を出してくるのです。
その結果は日本の孤立です。だからEUの連中に「肌の色の違いで私たちを裏切ったのか」といいたかったのですが、やはり肌の色は関係があったのではないかとも考えられます。
駒口 部分開放のあと自社さきがけの村山(富市)内閣はUR対策費6兆円を実施しましたが、あれは今、何も残っていないのですね。
阿部 平成5年の米の部分開放は日本農業の大きな境目になりました。MA米の輸入も始まりました。そうした中で6年に開かれた第20回全国農協大会は「農業再建とJA改革」を決議します。
豊田 あれは経済合理主義に立つものですね。
阿部 7年には食糧管理制度が廃止され、新食糧法が施行されました。食管制度の廃止は系統組織に決定的なダメージを与えました。この時期に農協は広域合併を一生懸命に進めました。大型合併農協と農林中金の直接利用なども開始されました。つまりJAグループは組織合併に全精力を傾けたのです。
反面、この間に農政運動の展開は見られません。この辺をどう思われますか。
駒口 いろいろあってもね、私どもは農協組織というものをやはり毅然と守らなきゃいけない。そういう危機意識がそうさせたと思います。
阿部 いろいろな内外の情勢や経済情勢に対応できるような農協をどうつくるか。そうした取り組みが求められます。
駒口 私どもが積み重ねてきた運動はやはり過去です。過去をどう見るかということは大事ですけれど、現役のみなさんは今の状態から出発するわけだから、今の問題をどう理解し、どういうふうに対応すべきなのかということを打ち出してほしいと思います。
阿部 さて、11年には新農業基本法が施行されます。これは新しい日本農業のあり方をどうすればよいかを考えようというものだったと思います。そして戦後農政の大転換として市場経済農政が導入されます。
昭和36年の農業基本法には農家に視点を置いた自立農家育成の旗印がありました。ところが新しい基本法は「食料・農業・農村基本法」という名称のように国民経済、国民食料の視点に立っています。そこに大きな性格の違いがあることを農家として、理解しなくちゃならない、そこを踏まえないといけないとされています。
申し添えますと新基本法にもとづいた最近の農政改革4本柱は(1)食料自給率の向上(2)担い手の選別(3)米政策改革(4)農地・水・環境向上対策です。
駒口 そういう法律があるのが現実です。そこを出発点としてどうすべきかですね。
◆農協解体唱える財界
阿部 新基本法そのものをもっと吟味する必要があるんではないでしようか。それから新基本法が掲げた食料自給率向上ですが、現在は世界的に食料ひっ迫が表面化して食料安保、とりわけ自給率向上は農協の大きな役割となっています。ひっ迫の要因は構造的なもので、これはずっと続くと見なくてはなりません。この状況は日本農業にとって追い風ですが、今の農協が食料安保に取り組む力量があるのかどうかが問われます。
豊田 問題は財界に食料危機に対する実感がないことです。表面は調子の良いこともいいますが、食料は自給などしなくてもいいんだというのが財界人の本音ですよ。
多元的に輸入先を拡大し、安くて良いものを国民に提供しますから農家のみなさんは安心して死んで下さい――とまではいいませんが、地球温暖化が進む中で、この期に及んでもまだ考え方は変わっていません。
財界の基本的な誤りは、日本は工業立国であるという前提です。それによって国の財政も国民生活も守られているんだというわけです。だから政府の経済財政諮問会議では農協解体が唱えられ、ほとんどの委員が自給率向上なんてできるはずがないとか、さらに米は日本人の主食ではないと明言してはばからない人もいます。農水省の大幹部の中にさえ、そういう流れを汲む人がいるのです。
駒口 農水省役人の中には戦中戦後の食糧難時代を経験した人がもういないのですよ。このことを忘れてはいけません。
豊田 経済財政諮問会議の中には農業のことがわかる人は1人もいない。農家の実態を全く知らない人ばかりです。カネさえ出せば食料はいくらでも買えるという考えから抜け出せないのです。これは商社にとって非常においしい話ですよ。自国の食料生産なんかないほうがよいのです。そのほうが貿易によってぼろもうけができます。
竹中平蔵氏なんかも同じような意見で国民経済の中に占める農業の割合は3%程度に過ぎないし、食料危機は先の話だといっています。腹の中では百姓なんかがいなくても心配ないと思っているのでしょう。無責任な学者、評論家みたいな人が目立ちますね。
しかし賢明な学者とか評論家の中には、食料危機は間違いなくきていると強調する人が増えました。10何年も前にレスターブラウンさんに来てもらったが、彼の分析や予測が今は現実になっています。
◆水田農業フル活用策
阿部 福田康夫前総理は自給率50%以上を目標にした食料安保政策を出し、農水省は目標達成へのプログラム案を作って来年度予算案に3025億円を盛りました。「水田等有効活用自給率強化向上総合対策」といい、水田農業のフル活用策です。これが本格的に展開された時に農協はどういう役割を果たすことができるのか、駒口さんの見解はいかがですか。
駒口 今の省庁というのはしょせん予算と組織をいかに守るかを先に考えるところです。そのために何か新しい事業を起こさなければならないというわけです。同じような性格の予算でも政策の名称を変えたりします。それができなければ大蔵省(財務省)が悪いという。だから本当に必要なのかどうかわからないような予算がつけられたりして我々はごまかされてきたというのが今までの経過です。
だから、こっちに対案がないとダメなんですね。こういう課題があるから、やっていただきたいという対案です。そこで問題は、どれだけの農協が対案を練ることができるかです。いろんな農協があるから、そこのところはよくわかりません。
やはり、それぞれの農協のエリアで、どうすれば組合員の生活や水田・農業を守れるかをよく点検したほうが良いと思います。
その際、農協の軸足をどこに置くか、私はやはり地域協同組合であるべきだと考えます。農業のことだけでなく、生活をベースに地域の住民や企業のことも考えて、地域に立脚した村づくり方針をどう作っていくのかということですね。
それができる農協ならば、次は補完機能である県連・全国連、行政といっしょにやっていくことになります。農協がそうした村づくりまで含めたノウハウを持てるかどうかです。
阿部 農政の方向を持ち込んだ村づくりでなく、組合員と地域の特徴をつかんだ上で、使える政策なら使う、そういう農協になるということですね。それには地域協同組合の立脚点に立って、まず地域農業の点検をするというわけですか。
駒口 国の政策の中で使えるものは使うという主体性をもつことが大事です。
阿部 そうした活動があれば自給率も上がります。
駒口 酪農団体が飲用乳価引き上げをメーカーに要求していますが、年2回の乳価交渉は珍しく、長い間やっていないので交渉のノウハウを持っている人がいないとの話を聞きました。
農水省にしても米政策といえば生産調整しか知らない役人ばかりです。先ほども飢餓の時代を知らない役人の話をしましたが、そうした中で農協は本気になって組合員の立場から難問に取り組むべきです。
◆地域の実態踏まえて
阿部 そういう視点で地域農業を見直す力量が今の農協にあるのかどうか。実態を見ると、例えば経済事業はほとんどが株式会社化されています。協同組合事業の多くの分野を切り離しています。
駒口 組合員だって必死だから自分たちで運動をつくり上げていきますよ。農協が役に立たなければ自分たちで株式会社とか農業法人をつくっていくという話を現場ではよく聞きます。
自給率が問題になっているため、そうした農業者の動きに乗ってくる食品・加工などの会社も増えて農工商が結びついています。私はそれも協同組合運動だと思います。一面ではそれが新しい協同組合運動の展開になるのではないかと見ています。
できれば農協がその主体になってほしいと思います。もう農協経由でないと販売できないという時代ではありません。
阿部 これは今の農協に対する経験を踏まえた批判ですね。
豊田 ずっと以前に全中は農業の生産費調査をやめてしまい、農水省は情報統計局を廃止しました。統計なしの計画は適正になるか心配です。
稲作農家は今ほとんどが赤字です。その実態がどうなのか調査をやめれば把握できなくなります。また集落営農にも赤字で借金を背負っている事例が出ています。
先ほどの指摘のように農協による地元の実態の点検と把握はますます重要です。それから1年や2年では集落営農を軌道に乗せるのはムリです。農協が1枚かまないといけません。例えば農協のOBやOGに経理や合意形成に当たってもらうといったやり方が必要ですね。
阿部 集落営農といえばJAグループは品目横断的経営安定対策の中に担い手として集落営農を押し込みました。しかし生産調整については国がやってきたものを民間への転換ということで全中はこれを受け入れてしまった。これが今日一番問われる問題ではありませんか。
最後に、国の政策に対して農協は対案を持つべきだ。農協の力量ではそれができないというのであれば新しい農協づくりの運動を起こさなければならないという厳しい指摘があったことなどをおさらいして、この座談会を終わりたいと思います。
座談会を終えて |