特集

農業協同組合新聞創刊80周年記念
食料安保への挑戦(2)

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【特別企画/鼎談】
食料安全保障と協同組合の役割 その1

助け合い、分かち合いの原理で命の持続性を担おう
〈出席者〉
高橋専太郎(JAいわて花巻代表理事組合長)
神野 直彦(東京大学大学院教授)
田代 洋一(大妻女子大学教授)

世界経済が激動に見舞われるなか、食料の安全保障をはじめ、自然と人間が生存していくために社会経済全体のあり方まで問われている。今、私たちは何を見直さなければならないのか、新しい社会にとって農業はどんな意味を持つのか、そして協同組合はどう役割を果たすべきなのだろうか。現場の実践をふまえ次の一歩を踏み出すための課題を話しあってもらった。キーワードは「命の持続可能性」と「助け合い」だ。


自然の恵みでしか人間は生存できない

◆資源多消費型経済がもたらした世界の行き詰まり

高橋専太郎 JAいわて花巻代表理事組合長
高橋専太郎
JAいわて花巻代表理事組合長

 田代 毎朝、トップニュースで世界的な金融危機が叫ばれるような激変する世のなか、景気拡大を続けてきた日本もいよいよおかしくなり、われわれ国民は一度も好景気の恩恵にあずからないまま本格的な不況にのみこまれそうです。
 先が見えないなか農業では原油価格や飼料・肥料高騰で大きな打撃を受けています。コストアップを農産物価格に転嫁しようにも、消費者の家計は苦しく、受け入れの余地はとぼしいです。食料の安全性の問題にとどまらず国民生活全体がどうなるのか、経済はどこに行くのかという不安があります。食と農だけではなく社会のあり方を変えていくために協同の力をどう発揮していくべきかも視野に入れた議論が求められています。まず最初に世界の経済状況をどう見るかについて神野先生にお願いします。
 神野 米国で金融破綻が起きたわけですが、その前から世界ではスタグフレーション、つまりインフレーションと不況が同時併存するという現象が起き始めていた。このスタグフレーションに加えて、金融破綻、つまり、バブルの破裂が起きたということです。実はこれ、1970年代の石油ショックあたりから繰り返しているんですね。石油ショックが起き、その後、スタグフレーションが起きた。
 どうして起きたのかといえば、第二次大戦後、世界の先進国は自然資源多消費型の経済を走らせたわけです。ところが、農業のように命を再生産するものはいいのですが、石油といった自然資源は枯渇していきますので行き詰まっていく。そのシグナルがスタグフレーションとして出てくるわけです。使い過ぎた自然資源価格は上昇していってインフレになり、片方では重化学工業が行き詰まって不況になっていく。
 そのときに私たちは自然資源を多消費しないような経済に舵を切って、もっと自然にフレンドリーな経済構造を作りあげようという方向に進むよう投資をしていけばよかったのですが、その方向に投資をしていかなかった。そうなると世界的に資金が過剰になるんですね。オイルマネーと言われるように、自然資源を握っているところでお金が余ってくる。最初、そうした過剰資金が中南米に向いバブルを生じさせて破綻させた。中南米は80年代に失われた10年を経験します。
 その後、どこを襲ったのかというと日本です。日本でバブルが起きてはじけ90年代に失われた10年に陥る。次にどこへ向かっていったのか。基本的には中国、インドと言っていいでしょうね。そしてまた先進国がつくった自然資源浪費型の経済を走らせた。それによって日本などの外需に依存して経済が伸びていったということですよね。
 しかし、産業構造を変えることなく既存のものに投資したのですから、過去と同じように過剰資金が大量に形成され、サブプライムでも貧しい人々にお金を貸して家を造りなさいとあおって元をとろうとしたら、どこかで破綻して全体がおかしくなった。こういう現象が世界に広がったと理解すればいいのではないかと思います。

◆揺りかごから墓場までの協同運動の可能性

ファーマーズマーケット「母ちゃんハウスだぁすこ」
ファーマーズマーケット「母ちゃんハウスだぁすこ」

 田代 自然資源浪費型の経済構造からの転換が求められていという大きな観点からの指摘です。では、日本の農村での取り組みについてJAの紹介もかねて高橋組合長にお願いします。
 高橋 JAいわて花巻は今年の5月1日にJA北上市とJA西和賀、JA遠野地方と合併しました。この合併によって岩手県の県央部を釜石まで横断するような大きなJAが誕生しました。組合員数は4万4000人。貯金量2076億円、貸出金695億円、長期共済保有高1兆4460億円、販売高は283億円です。
 合併したばかりですので今まさにどのようなJAとしていくか、内部では組織整備運営検討委員会を立ち上げました。経営、組織、事業の3つについて検討してくれないかと課題を私自身が書き上げ、検討をもとに21年度を基準年とした第一次3か年計画を作ろうとしています。
 合併によって販売する農産物は非常にバラエティに富み、たとえば西和賀では、リンドウ、ヤマユリといった花栽培に気象条件が合っていますし、北上の二子芋という里芋は全国的な有名ブランドで、今までは二子地区のみで作っていましたが合併したのだから限定しないで、同じような土壌条件の転作田を利用して生産を拡大していこうと考えています。それから遠野の和牛、花巻、北上の米ですね。
 雑穀の生産も盛んで今、日本一と言われています。作付け面積は750haで、とくに最近はヒエが引っ張りだこで、そうした雑穀をプロ農夢というJAの子会社で商品化して販売しています。また、沿岸部までJA管内になったことで、釜石漁協と交流して、新鮮な海産物を内陸のわれわれが頂き、われわれの生産した肉、野菜、米を漁協のみなさんに食べてもらうというようなことを仕掛けたいなと考えています。
 田代 直売所や福祉事業などはどうでしょうか。
 高橋 ファーマーズマーケット「母ちゃんハウスだぁすこ」は平成8年に開設しました。これは女性部の方々に一生懸命動いていただいて、最初は3億円ぐらいでしたが、今は9億円に近づいています。ファーマーズマーケットを開設したのは、花巻のおいしい食材をなぜ関東関西に送るのかという地元の消費者の声があったからでそれに応えようということでした。
 福祉事業では、JAはもともと、揺りかごから墓場までという方針で、最初、合併前の花巻農協は幼稚園経営を手がけました。二つの幼稚園を設立しましたが、これは農村の農繁期は家族労働で大変だったことから、農協が子どもたちを預かろうとはじめたものです。昭和50年ごろですが、“農協立幼児園”としてスタートしその後学校法人になっています。私も立ち上げのころに関わりましたが、農家組合員からは非常にありがたいと言われましたね。

販売額が9億円近い「だぁすこ」の店内
販売額が9億円近い「だぁすこ」の店内

 それから農村の高齢化率が進み、今はなんと44〜45%になっていますから、元気老人を支援するための施設も立ち上げています。
 田代 豊かな自然を生かした多彩な農産物づくりと、農協として子どもから高齢者までを視野に入れて暮らしを支える事業にも取り組んできたということですね。神野先生、北欧など海外の事例もふまえて、今後、どういう社会への転換を図っていくべきかお聞かせください。


◆スカンジナビア諸国に学ぶ新たな社会

神野直彦 東京大学大学院教授
神野直彦
東京大学大学院教授

 神野 経済成長をしている国としてみな挙げるのはデンマーク、フィンランド、スウェーデンのスカンジナビア諸国ですが、これは考えてみると農協、協同組合運動の母国ですよね。
 スウェーデンの人たちがいちばん重視している価値観はスウェーデン語でラーゴム(lagom)です。これは「ほどほど」という意味で極端に貧しくなることも嫌うけれども、極端に豊かになることも嫌う。
 もうひとつはオムソーリ(omsorg)という言葉です。社会サービスのことで医療も教育も含まれますが、この言葉はもともとは「悲しみの分かち合い」という意味。教育も悲しみの分かち合いですか? と聞くとスウェーデンの人たちは、そうですと答えます。
 スカンジナビア諸国で協同組合が発達した重要な条件だと思うのは彼らは市場任せにしないということだと思います。市場と、「分かち合い」でやる領域とでバランスをとる。ラーゴム、ほどよくバランスをとるわけです。とくにフィンランドは世界で最先端の次の産業構造、知識集約的産業でトップを走っているわけですが、基本的には農業国ですね。それが工業を吹っ飛ばしてその先の知識集約産業を発達させている。その秘密は分かち合いにあって、農業はもともと市場原理には合わず共同体の助け合い、分かち合いの原理になじんでいるからということにあると思います。
 その分かち合いは、実は知識をつくるときに役に立つ。お互いに分かちあったほうが知識は発展するからです。彼らは農業でも知識集約農業といっています。日本では知識集約というと工業製品づくりのように考えてしまいますが、そうではなくて、知識を自然に投下し自然の恵みをいかに豊かにするかということです。
 こう考えると私たちが経済で大事にしなくてはいけないことのひとつは、人間は自然に働きかけて生きていくために必要なものに変えていくわけですから、当然、重視しなければならないのは自然環境ですね。ただし、高橋組合長の話からも分かるように、自然環境といっても地域にはそれぞれ固有の自然がある。その固有の自然にいかに合った生産様式や生活様式をつくるのかが自然をいちばん有効に活用することになる。
 もうひとつ重要なのは人的環境です。これはローマ法王の言葉ですが、今、私たちは二つの環境を破壊しつつある。ひとつは自然環境で、これについては不十分だけれども人類はその重要性を認識しはじめている。そしてもうひとつの環境は人的環境だと。人間と人間がお互いに助け合っていく環境を壊そうとしていると言っています。
 それをふまえて言えば、それぞれの地域で特色ある自然に合った生産様式と生活様式を人間の共同作業によって作りあげ、その共同作業で形成される共通の価値観、感受性といったものが地域の文化を形成し人間の絆を強めていく、ということになると思います。
 田代 対自然、それから人と人との関係を見直すなかで、知識集約型産業など新しい経済のあり方が生まれてくるということだと思います。花巻にも日本の美しい自然のなかでの農業の営みがあることが分かりましたが、しかし、現実には原油高騰、資材価格高騰などの厳しい実態があると思いますが現状はどうでしょうか。

◆農業の持続をどう地域で支えるか

 高橋 やはり農業粗生産額の減少が最大の課題です。米の販売額をみると平成10年には98億3900万円でしたが、19年には70億に減ってしまった。平成10年を基準にすると71%です。これを補完するためにがんばったのが園芸ですが、それも同じ時期に37億円から24億円になった。
 減少の大きな要因はやはり生産資材価格の高騰だとみています。肥料が150%、農薬が110%、燃油が130%の上昇です。19年度では20haの水田で100万円の収益が上がったんですが、20年度では資材価格の高騰で逆に50万円の赤字という試算です。とくに畜産はもろに打撃を受けています。今の状況では肥育1頭あたり30万円の赤字。飼料が150%上がってしまったからです。大変な思いをしているのが現場ですね。
 けれどもJAの購買事業については取り扱い額は横ばいなんです。組織としては決して減ってはいない。地域には商系の大規模な生産資材チェーンの拠点があって安い。ところがそっちには流れないでJAに結集しているということです。これはやはり揺りかごから墓場までというJAの精神にあるんだろうと思います。
 田代 資材価格が高騰すると個人の努力の範囲を超えていると思います。そういうなかでJAのほうで何か対策を講じているんでしょうか。
 高橋 JAも資材価格高騰の緊急支援として1億5000万円出しました。おもに支援したのは畜産です。財源はJA内部の経費見直しで、いろいろな経費がありますがそれを一律5%縮めろと。そういう支援をすれば農家組合員はJAに結集するのではないか思います。
 それにしても世界的な食料不足のなか日本は食料自給率40%で、一方では原油価格高騰もあって生産資材価格が上がっているわけですね。だから、やはり国民的な合意形成のもと、適正に価格転嫁し、みなさんが食べていけるためには農家が作り続けられるようにしなければなんともならない問題だと理解してもらうしかないと思います。それから国の農業保護政策というものがどれだけあるのか。神野先生が言われたEUではどれだけあるのか、日本は全然足りないと思いますよ。もっと手厚くやってもらわないと日本の農業はつぶれてしまうと思います。そのためにも農協運動をもっと元気を出してやる必要があります。
 神野 農業を保護することにもつながることですが、日本人は錯覚していて、年金制度の持続可能性などと言うわけですね。しかし、持続可能性というのは命の持続可能性なんです。生命をいかに持続可能にしていくのかが課題です。
 その点で短期的、緊急的な対策も必要ではありますが、もうひとつ中長期的な課題として今、ヨーロッパが見習おうとしているキューバ社会について触れたいと思います。
 キューバは原油価格の高騰どころか1991年にロシアが崩壊したとたん、石油が入ってこなくなった。そうすると石油なしで生活しなければならないので、国家評議会の議長、つまり元首だったカストロは車に乗っていますが、閣僚は自転車通勤になったんです(笑)。首都ハバナでは都市農業、空き地はみんな農地に変わっていった。それから有機農業をしましょうと言わなくてもいい。農薬、化学肥料が入ってこないんですから。地産地消も言わなくてもいい。地産地消をしなければ生きられませんから。そうなると米州大陸でももっとも古い生活様式が復活して観光客が押すな押すなになった。医薬品も入らなくなるので徹底した教育をして、病気にならないようにさせる。最近では平均寿命は米国を抜くような状況になったというレポートも出ています。
 これは資源を多消費することができないという状況がドラスティックに現れたからということですが、長期的には私たちも知恵を絞って自然資源を浪費しない経済を構築することをしなければならないと思います。(「食料安全保障と協同組合の役割 その2」へ)

(2008.10.24)