米生産の安定こそ食料安保への道
地域社会の中核として期待される農協と漁協
◆米生産者がいちばんの被害者―事故米問題
ふじ・しげお 昭和28年東京都生まれ。中央大学法学部卒。52年JA全中入会、農業基本対策部次長、食料農業対策部長、農政部長、基本農政対策部長を経て平成18年より現職。 |
村田 今日のテーマは「食料安全保障と協同組合の役割」です。これは世界の協同組合にとっての課題ですが、とくにわが国は食料自給率が40%を切るなかで協同組合運動の役割は大きくなっていると思います。
そんななか、ミニマム・アクセス(MA)米の転売で明らかになった事故米問題が起きています。まず最初にこの事故米問題についての率直な感想からお聞かせください。
冨士 この問題は、MA米の輸入そのもの、管理のあり方、そしてMA米に限らず主食用米以外の加工用米も含めた米流通のあり方、安心・安全確保のための規制の必要性など幅広い問題を提起したと思います。
それから、もともと工業用ノリはそれほど需要があるわけではなくて、なぜそれほど需要がないところに大量の米が捌けると思ったのかという疑問もあります。さらに工業用には米を破砕したり着色して販売していたはずなのに、なぜMA米はそうしなかったのか、という問題があるわけですが、そこには輸入数量そのものに無理があるのではないかという問題もある。そういう意味でMA米はWTO協定で約束した輸入ですが、一体、これは何なのか改めて考え直すべきことが提起されていると思います。
加藤 農水省が公表した関係企業リストは相当数ありますが、なかには被害者的な立場の企業もあることは承知しています。私たちも取り扱っている商品、消費材といっていますが、その原料をチェックしました。提携生産者で事故米を原料としてしまったところもありましたが、私どもの消費材にはその事例はありませんでした。
国連食糧サミット(ローマ)で「食料自給率の向上を通じて世界の食料需給の安定化に貢献」と演説した福田前首相 (写真提供:共同通信) |
ただ、ここで思ったのは、公表された300社以上の業者はまさか損をして取り引きしていたはずはない、ということは、それぞれの段階で利益になったわけだからこれはすごい、ということです。昔から米の世界の方と話をすると冗談交じりに、いくらの米でも用意できるから言ってくれというような話を聞いたことがあります。今回の事件では、それはあながち冗談ではなく、もう何とでもなるという世界だったんだなと。とにかくあの錬金術はすごいですよね。
しかし、最大の被害者は日本で一生懸命、米を作っている生産者ですよね。せっかく米の消費量も上向いてきたときですからね。その人たちの立場にたって、政治、行政が真剣に反省をして抜本的な対策を講じてほしいと思います。
◆市場原理主義が背景に
みやはら・くにゆき 昭和19年生まれ。早稲田大学法学部卒。昭和42年全国漁業協同組合連合会入会、平成16年より現職。農林水産省水産政策審議会委員、同農林漁業保険審査会委員、同農業資材審議会臨時委員など。 |
宮原 水産の世界でも同じようなことがありました。ウナギの偽装問題です。中国産が国産品として売られていた。とくに愛知県の一色産という有名ブランドの名を騙って中国産が売られていたということです。なぜこういうことがまかり通っているかということを考えると、やはり市場原理というものにあまりにも重きを置きすぎて、この原理が正しいんだという考えがベースにあるのだと思います。
市場に任せておけばいいということになって、規制を緩和することばかり考えた。私はこれから質していくべきだと思っているのは、規制改革会議は何をやってきたのか、です。いろいろな規制をチェックすることはいいですが、食の安全も市場原理にまかせてしまったのではないか。規制改革会議など必要ないと言いたいですね。
◆構造的な変化示す食料事情
かとう・こういち 昭和32年生まれ。昭和55年生活クラブ・神奈川入職。平成12年生活クラブ連合会専務理事、18年より現職。市民セクター政策機構常任理事、(財)協同組合経営研究所理事。 |
村田 食の安全・安心を揺るがす問題が頻発していますが、一方、今年は世界的な食料危機を背景に6月にはFAOの食料サミットが開かれ、洞爺湖のG8サミットでも世界の食料安全保障問題に関して話し合われました。食料・農業情勢をどう見ているかお聞かせください。
冨士 地球レベルで食料増産が必要だということですから、各国の持てる農業資源、農地を最大限活用してそれぞれの国が努力して食料生産に取り組むという状況にあると思います。
ここにはバイオエタノール、つまりエネルギーとの農産物の奪い合い、それから途上国との奪い合いといろいろ要因がありますが、中国・インドといった新興国の需要増大というのがやはり大きい。それがある限り、たとえばトウモロコシも、やや価格が下がったとはいえ、1ブッシェル4ドル台です。数年前まではずっと2ドル台だったわけですから高止まっているということですね。少なくともまだ数年はこの水準でいくということを考えれば、世界中の農地が大きく増えるとは思えませんので、その国が持っている農地を最大限活用して食料増産に取り組み世界レベルで貢献しなければならない、ということだと思います。
加藤 冷凍ギョーザ事件はひとつの象徴だったと思いますが、昨今、消費者の叫びというのはやはり食料の安全保障、そこが安心できる国というのを求めているのだと思います。あえて、きちんと物事を考えてくれる消費者、と言いますが、そういう人たちが求めているのはそこだと思いますね。
われわれから見ても、食料価格の高騰は長期化、確実に構造化しているという印象は免れないと思っています。なんといってもBRICs諸国には世界人口67億人のうち30億人の人々がいます。もちろんそのなかの富裕層に限られるとはいえ、その食生活の変化とそれをまかなうための穀物の必要量を考えたとき、もともと農産物貿易量はわずかですから、これはどうやっても足りなくなると思います。
だから大変だという話になるわけですが、ただし、いまいちばん割を食っているのが途上国の人々であり、この現実を忘れることなく国内自給という問題に取り組みたいということです。自給といっても自分たちさえよければいいという発想にはなりたくない。とはいえ自給力が低いということは、結局は途上国の人々の食べ物を奪ってくることになるということだろうと思います。生活クラブ生協はちょうど今年40周年ですが、この間、自給・循環をテーマにやってきたつもりですが、さらにそれを強めたいと考えています。
その一環で5年ほど前から産地と連携し飼料用米に取り組んでいます。大豆ばかり作付けていると連作障害を起こしますし、40%もの生産調整面積ですから、苦肉の策で輪作としての飼料用米という位置づけでもあったわけですが、当然のことながら食料危機が早晩来るという問題意識ではじめたわけです。これに今後も力を入れたいと考えています。
◆第一次産業に大打撃―漁業も苦境に
村田武氏 |
村田 漁業の面からは今の食料問題をどう見ておられますか。
宮原 漁業の生産量から言いますと、昭和59年に1280万トンと米と同じような生産量がありました。ところが平成20年では570万トンと半減以上です。自給率は重量ベースで算定していますが、直近で59%です。水産基本法に基づく基本計画では70%に引き上げるということで、今、それに向かって取り組んでいます。ただし、農業と違って種を播いて作物をつくるということはなかなか難しく、天然資源をいかに再生産させていくかということを考えなければなりません。そこで資源回復計画として、日本国中で30種類ぐらいですがその回復を図っています。
漁業は天然資源の動向で変わってくるので、われわれの力だけでは及ばないところがありますが、そのなかでも養殖に力を入れています。沿岸漁業の半分が養殖漁業です。
一時期、養殖には安心・安全の考え方がまだ少なく国民のみなさんから批判もありましたが、現在は信頼されるものでなければ受け入れられないということが浸透しています。養殖漁業の水準もかなり高くなり、天然魚に近づく養殖魚が生産できるようになる技術を確立し世界にも伝えています。
先ほど指摘があった途上国の食料問題にも関係すると思いますが、たとえば、チリの養殖ギンザケは日本の技術です。もともと南太平洋にサケはいません。始めは普通のサケのように南半球で回遊させようとしたんですが、残念ながら稚魚を放流しても戻ってこなかった。それで養殖をした。これがチリの養殖ギンザケのもとです。
村田 しかし、養殖漁業も飼料代の高騰という問題を抱えているのではないですか。
宮原 畜産と同じですね。魚類養殖ではエサ代がコストの70%を占めています。穀物価格が高騰したのに引きずられ、私たちにとってはフィッシュミールが高騰し、なかなか手に入らず養殖も大打撃を受けています。
村田 7月の全国漁業者の一斉休漁、これはすごいなと思いましたが、あの意志統一はどう実現したのですか。
宮原 実は燃油高騰対策は平成17年から国にいろいろ手を打ってもらっています。その後、19年、そして今回と3回手を打ってもらっていますが、なかなか漁業者には効果があったという受け止めができなかった。
そういうなかで国にばかり頼っていても仕方がないだろうという思いも出てきました。なぜ、漁業は経営的に難しいのかと考えてみると、農産物でも消費者価格に占める農家の手取りは40〜50%ですが、われわれは何と25%、4分の1なんです。
このままでいいのか、まず国民に漁業の置かれている実態を知ってもらおうと、そのためには何をしようかといろいろ考えたわけですが、油を使わなくてすむのは船を止めることだという発想でオール水産として漁業の歴史上初の全国一斉休漁に取り組みました。
◆価格転嫁が最大の課題だが…
日比谷で開催された「漁業経営危機突破全国漁民大会」終了後に霞ヶ関周辺をデモ行進 |
村田 漁業者の手取りがそこまで低いというのははじめて知りましたが、この間の農村、漁村の現場は相当厳しい状況だということですね。
冨士 漁業と似ているのは農業では畜産ですが、生産費に占める飼料コストは酪農や肉用牛で5割、豚が6割、そして鶏が7割です。中小家畜になるほど高くなるわけです。この飼料コストが2倍になるということですから、非常に危機的な状況です。ただ、畜産の場合は配合飼料価格安定基金制度があるため、全部ではありませんが価格上昇分の何割かは四半期ごとに補てんされるというクッションの役目があります。とはいっても今までトンあたり4万円だったのが6万円程度と平均して1.5倍の上昇ということですから大変苦しい。
これを国の仕組みで守ろうといっても無理があるわけです。国の補てんでということになると膨大な財政負担になる。そうするとやはり販売価格をどうするか、またコスト削減できるところはどこか、それらと合わせてセーフティネット、価格下落のための経営所得安定対策をどうするか、この3つを対策としてわれわれは考えています。とくにセーフティネット対策は発動基準となるハードルを上げ、従来だったら補てんされなかった価格水準でも補てんがされるような対策をということです。このように3つの対策を組み合わせて、経営所得を守り持続可能な農業を築いていくしかないと考えてます。
このなかでいちばん難しいのが価格転嫁です。ここには畜種ごとに違うという問題もあります。酪農はブロック指定団体と乳業メーカーとの交渉というフィールドがありますが、現実に転嫁を実現するのは容易なことではありません。
一方、食肉は市場でのセリですから需給事情で決まるわけでコストが上がったからといってもそれが反映されません。どう価格転嫁するかは非常に難しい。これは野菜も果樹も同じですね。
まして今まで価格は下がるのが当たり前で、上げるなんてことはまさにコペルニクス的転換ですから、これを消費者の理解を得て実現していくことは本当に大変ですが、これがないと持続可能で将来も安定した農業経営にならないということです。
村田 価格転嫁の問題は消費者にとっては貧困問題でもあります。しかし一方、たとえば酪農家にとってみれば牛乳が水より安く売られているとは何事かということです。これはまともな価格ではないのだということも主張していかなければならないと思いますね。(「座談会 その2」へ)