特集

新年特集号
食料安保への挑戦(3)

一覧に戻る

【提言 食料安全保障とJAグループの役割】
人づくり、ものづくり魅力ある地域づくりを実現しよう

糸島農業協同組合 代表理事組合長 松尾照和

◆食料をめぐる情勢と安全保障 ...

◆食料をめぐる情勢と安全保障

松尾照和 JA糸島組合長
松尾照和
JA糸島組合長 

 振り返ると平成20年は、「世界は食糧危機の時代を迎えている」という事実を改めて実感させられた1年であった。食料需給のひっ迫は食料価格の高騰を招き、食料輸出国17か国が自国の利益を優先させ、輸出規制にまで踏み切った結果、世界の20か国以上の国々で食料暴動にまで発展する事態を引き起こした。
  国内では、食品の偽装表示や輸入食品の有害物質混入による汚染事案が社会問題化したことともあわせ、国民の食品に対する不安は拡大し、食料自給率がわずか40%というこの国の姿が改めてクローズアップされ、食料安全保障についても大きな関心を呼ぶことになった。食料の60%を海外に依存している日本の現状とその危険性を国民レベルで見つめ直す機運が高まっている。
  WTOの思想や理念は、北米自由貿易協定にあり、その北米自由貿易協定(NAFTA)体制下で、主食であるトウモロコシの主産国であったメキシコ農業が、安い価格の米国産輸入品に淘汰され、自ら主食を自給できない国家になり、大規模なデモや暴動につながっている。自由貿易協定下でメキシコが被った食料安全保障の多大な代償を考えると、日本の食料安全保障にも大きな暗雲が漂っているということを直視しなければならない。

◆食料自給力向上のための要素とこれまでの取り組み

 食料の安全保障は、国内生産力と海外調達、食糧備蓄で考えなければならないが、昨年の食料の輸出規制、投資資金の穀物相場流入による高騰、世界各地で発生した食料をめぐる暴動といった一連の出来事を思い起こすと海外調達への過大な依存は、大きな危険をはらんでいる。たとえWTO農業交渉で日本側の主張が認められたとしても、国内農業の生産力の強化なくしては、食料自給力の向上は実現できないのである。国内農業は、担い手の減少や高齢化をはじめとして、耕作放棄地の増加など多くの問題を抱えている。
  食料の安全保障を考える上では、国内農業の生産力をいかに強化するのかといった課題について喫緊の対策を講じなければならない。
  JA糸島は、この生産力の強化という点において、平成7年に地域農業のグランドデザインとしての長期農業振興計画「ロマン溢れる糸島農業」を策定し、営農総合センターを拠点とした地域農業の振興に努めてきた。総事業費19億5000万円をかけて建設した営農総合センターは、園芸流通センター、営農資材センター、営農管理センターの3施設からなり、企画部門、指導部門、販売部門のワンフロア化を実現し、地域農業振興の司令塔の役目を果たしている。
  地域農業の活力を示す農業粗生産額については、平成7年の長期農業振興計画策定から現在まで約160億円の水準を維持し続けており、これは第1に地域農業を担う「人づくり」、第2に消費者に信頼される「すばらしいものづくり」、第3に農を基盤とした「魅力ある豊かな地域づくり」の3づくり運動を地域農業の中で展開してきたことが大きいと考えている。
  また、3づくり運動の中で、JAが事業主体として行う農地保有合理化事業による農用地利用調整が、農地という農業資源を意欲ある担い手への面的な集積を促進し、優良農地を確保してきたこと。そして、これらの糸島の各地域で実施されてきた基盤整備事業とともに糸島地域の生産基盤を盤石なものに築き上げてきたことも生産力を維持し続けられてきた大きな要因である。
  食料自給力向上への課題は、言いかえれば国内生産力の強化といった課題でもあり、農地や農業用水といった農業資源、農業の担い手、そして農業技術といった3つの要素をいかに高めていくかということにほかならない。

◆JAグループの果たすべき役割―「教育」から「共育」へ

 食料自給力の向上は、国内生産力の強化だけで実現できるものではなく、食料消費の在り方そのものについての見直しが必要になってくる。
  JAグループでは、食と農を結ぶ活力あるJAづくりを主題とした第24回全国大会決議を踏まえ、全国の各JAで「食」と「農」という消費と生産を結ぶ取り組みを強化している。
  地産地消運動と言われる取り組みであったり、食農教育活動と言われる取り組みがその代名詞として、消費者の間でも認知されてきている。
  全国でJAが運営する農産物直売所は、平成20年4月1日現在で2137か所にのぼっている。その総販売高は約1600億円に達している。地産地消運動という活動が食料消費市場の中に定着し、新たな市場価値を形成してきている。
  JA糸島でも平成19年に産直市場「伊都菜彩」を開設し、運営にあたっているが、平成19年度実績で約17億円、また昨年12月には前年度の年間実績を超え、平成20年度については年間販売実績が約24億円へ到達する見込みとなっている。1日当たりの平均来店客数は3000人を超え、地域住民の期待とともにその市場規模も拡大し続けている。
  一方、食農教育活動については、子ども達への農業体験や各種イベントを中心とした啓蒙活動、JA女性部が主体となった学校給食活動等の食育教育や子育て支援として定着している。
  ただし、これらの「食」と「農」を結ぶ取り組みについては、JAグループとして見つめ直す必要があるのではないかと考えている。
  食育基本法の施行以降、JAグループについても「食育教育」という取り組みが強化され、各地のJAで食育、食農教育の名の下に各種の活動がなされているが、これらの活動も「食農教育」から「食農共育」へと転換する必要があるのではないかと考えている。
  「教育」とは、教え育てること。経験豊かな年長者が経験の浅い、未熟な年少者を教え育てるという意味合いが強い。日本の食料消費のあり方を見直し、食と農という結びつきを確固たるものにするには、「教育」から「共有」へと発想を転換し、消費者と生産者、食品産業事業者といった日本の「食」をめぐる市場関係者が共に学び、共にその市場を成長させる「共育」へとその活動を昇華させなければならないのではないか。
  つまり、JAグループが取り組むべきは、「食農共育」であり、国内農業への理解や国内農産物の消費活動を押しつけたり、啓蒙すべきものではなく、消費者や市場関係者とともに市場価値を創造する活動でなければ意味がないのではないかと考えている。
  JAは、生産者からの集出荷団体であるという側面から、常に市場への対応に追われてきた。言いかえれば、JAグループは環境の変化に対し、市場対応型の取り組みに終始してきた。
  食料自給力を向上させ、持続可能な国内農業の生産力を強化していくためには、JAグループが国内農業の価値を高め、消費者とともに国産農産物による「食」の市場価値を創造し、市場価値をさらに高める活動へと転換させなければならない。
  JA糸島では、このための試みの第一歩として、食品産業事業者との連携で糸島産農産物を利用した加工品の開発を進めている。糸島産小麦100%使用のそうめんやうどん、パンなどを商品化し、直売所を中心に販売している。今後、地域での農商工連携の取り組みや漁協、他のJA間との連携を深めながら、消費者とともに地域農産物、国産農産物の消費市場をいかに創造し、拡大していくかが大きな課題ではあるが、消費者や地域の商工業者をJAのファンとして協同活動に巻き込み、JAがその中心となって地域経済を活性化し、牽引して行ければ自ずと道は開けると信じている。

◆自給力向上に向けた「食」市場を築く

 JAグループの取り組みだけでは、食料自給力の強化は図れないのが現実である。
  食料の安全保障を実現するための消費と生産の姿は、消費者、食品産業事業者、生産者が食料自給力を念頭においた「食」という市場をどう築き上げていくのかということにかかっている。また、それに対する国の支援措置がどうしても不可欠である。
  もう一度、新たな視点から現行の基本計画・農業政策を見つめ直し、新たな基本計画のもとでの持続可能な国内農業の確立を早急に図らなければならない。

(2009.01.09)