◆国産食材にこだわる
店主の心意気を示す
緑提灯 |
5年前、札幌市へ転勤した時、地元の食材や酒がスーパーや居酒屋に少ないことに落胆したという。北海道なら道産品を味わえると期待していたからだ。
もともと40%以下に落ち込んだ日本の食料自給率の低さを憂えていただけに、これは何とかしなくてはと飲んで食べて、ちょっぴりでも自給率を上げる方法はないかと考えたのが、地場産品を積極的に使う居酒屋やレストランを消費者として応援することだった。
丸山清明氏 |
提灯の胴体には☆印が5個並んでいる。その店が提供しているメニューなどで国産食材の使用率がカロリーベースで50%なら星1個を塗り、60%なら2個というふうに10%ごとに★印を増やし、90%以上になれば5個を塗りつぶして★★★★★印となる。
塗るのは店主自身だ。使用率は自主申告に任せ、認証などはない。だが虚偽申告には珍妙な罰則がある。
「反省」と書いた鉢巻きを締めて店に出るか、または「頭を丸める」というお笑い風のペナルティがあるのだ。
「呑兵衛の遊び心がベースにあるから」と丸山さん。この運動のルールには堅苦しさが全くない。また利益第一主義でウソをつくような店主なら、反省をする前にお客に見放されるだろうし、最初から緑提灯を掲げないだろうとみている。
緑提灯を贈る際には「正直を重ねて信用を得るのが一番」という手紙を添えている。緑提灯は国産品にこだわり、日本農業を支援していこうという店主の心意気や覚悟を象徴するものだともいう。
一般に店側は食材の仕入れ先を知っているが、お客はそれを知らないという情報の一方通行が飲食店にはある。緑提灯の運動はそこを補うものともいえる。
緑は野菜などの色、田園の色、信号の「進め」の色だ。「自給率向上へ進め」との意味も込められた。また緑は人の心を和ませる色でもある。
◆呑兵衛の遊び心をベースに
応援隊員が増えていく
「赤提灯の店と緑提灯の店が並んでいたら、ためらわずに緑提灯の店に入ること」。この1点だけを義務とする「緑提灯応援隊」というのがある。日本の農林水産物をこよなく愛でる“粋なお客”の集まりだ。
隊員の水島明氏(つくば市)は「応援隊といっても組織ではなく、隊長もいないし、会費もとらない。店のファン・常連客ならだれでも入れる」と説明する。
水島明氏 |
入り方は、インターネットで緑提灯ホームページの「緑提灯応援隊へ参画のすすめ」ページを見てフォームに記載し、送信する。電話やファクスでもよい。
水島さんは丸山さんの飲み友だちで、農水省職員だったが、定年退職後、ボランティアで緑提灯の事務局を引き受けている。
隊員数は現在全国で約7000人。これには種類があって▽応援隊メーリングリストに登録した人はデジタル隊員▽インターネットにアクセスできない人はアナログ隊員▽自称隊員は勝手隊員と呼んでおり、ほかに隠れ隊員もいるという。
緑提灯活動の運営はこれら隊員たちがボランティアで担っている。例えば▽提灯やチラシなどの調達と発送▽その実費1万円の出納▽チラシ作成▽ホームページの製作・管理▽隊員からの活動資金カンパ受付け、など実務は多い。
だが、その窓口となる事務局の水島さんは「暇だから楽しくやっています」とさわやかだ。
一方、全国の隊員たちは、赤提灯の店で国産食材50%への挑戦を勧めたり、店の常連に隊員になるよう勧めたりしたりしている。
◆東大生の卒論テーマにも
“緑提灯の考察”お目見得
ある日のゼミを…のぞいてみると…
卒論づくりの中間報告会 (「渋谷 宮益坂 とんがらし」にて) |
12月初旬、東京・渋谷の居酒屋「とんがらし」。店先には5つ星の緑提灯が和やかに灯っている。
若者5人と年配者1人のグループが入って来て席に着き、みんなが献立表を手にした途端に誰かが「この店では食料自給率の高いものを注文すべき」と提案。「そうしよう」となって輸入飼料を使った肉や卵のカロリー計算などの議論がひとしきり。
注文がまとまり、ビールを飲み始めたが、みんなピッチが遅い。「ビールを飲んでも自給率向上につながらないぞ」という牽制が出たからではない。
実はこのグループ、東京大学・谷口信和教授の農業経済学のゼミなのだ。単なる飲み会ではなかった。年配者は教授、若者たちは卒業をひかえた東大生たち。
ゼミの場を大学構内でなく、緑提灯の店の一隅に設定したのは卒業論文のテーマに“食料自給率向上のための活動の考察”を選び、緑提灯について、すでにいくつかの調査を進めた学生が1人いたからだ。
そんな調査を含めた卒論作成の中間報告について谷口教授の指導を受けるには1度みんなで緑提灯の店を体験してみようと“飲んで食べて自給率を上げる”演習となった。
こうして卒論の仕上げを目指した5人それぞれにテーマの違う中間報告が続いた。その中から緑提灯についての報告の1部を紹介すると……
緑提灯参加店は、05年春に第1号店がお目見得してから、昨年1月中旬までは10数店で推移した。各地の熱心な応援隊員が信用の置ける店の主人を口説いて提灯を掲げてもらうという時期だった。
それが1月下旬になると60店を超えた。これは中国産冷凍ギョーザ事件とか穀物価格の高騰によってメディアが緑提灯のことをひん繁に取り上げるようになったためとみられる。
さらに、食の安全に対する関心の高まりを背景に2月末には400店余と3ケタにはね上がった。「テレビを見て」「新聞を読んで」などメディアで知ったという参加動機が多かった。
しかし5月を過ぎると、それが減って「他者からの推薦」、つまり広い意味の口コミが根強い推進力を発揮した。
7月から10月までの4か月間で見ると「テレビを見て」の参加が1番多く、次いで広義の口コミだったが、それ以後は口コミが「テレビ」を追い抜いてトップに立った。
3番目は「新聞」、4番目はインターネット。1番低かったのは「雑誌・ラジオ」だった。
インターネットといっても口コミで知ったあとネットで検索するという複合的なアクセスが多い。
具体的な動機としては、店主が税理士に経営改善を相談したところ、緑提灯に参加してみてはどうか、というアドバイスを受けた例も出た。
また家族がテレビで知って父ちゃんに参加を提言した例もあり、口コミの態様は様々ということだ。
国産農産物の消費・流通について 議論する谷口教授(左)とゼミ生 |
問題点としては緑提灯の普及につれて、お互いに目の届かない店舗も増えてくるのではないかとの信用面の懸念が挙げられた。
報告のあと、みんなが感想を語り「赤提灯にはおじさんの行く店というイメージがあるが、緑提灯にはそういった感じがなくて若者も入りやすい。女性としては立ち食いそば店に入りにくいが、そういった抵抗感をなくすことは大事だ」という指摘などがあった。
谷口教授は感想や助言の中で▽赤提灯があってこそ緑提灯が目立つ。全店が緑になったら価値がなくなるが、そこのところをどう考えるか▽この乾いた世の中で緑提灯の運動は人と人とのつながり、ぬくもりを求めるものともいえる――などと述べた。
緑提灯は店と客との話の種となり、自給率をめぐる会話をはずませるのに役立つというわけだ。
◆官製運動とは無縁
参加は口コミから
「渋谷 宮益坂 とんがらし」店先 |
自給率引き上げ運動の多くは官製だが、緑提灯の運動はあくまで遊び心の民間ベース。食の安全に対する関心の高まりを背景に最近は1か月平均約80店というハイペースで参加店が増えている。
現在1614店。これは全飲食店の約1%。当面は5000店を目指している。
参加のきっかけは口コミが圧倒的に多く35%にのぼる。次いでテレビ26%、新聞21%。メディアよりも口コミで広がった点がこの運動の特徴だ。
中には「農協の人から勧められて参加したという店主もいます」と発案者の丸山さん。また「参加店主の特徴としては、いい料理、いい肴(さかな)を作りたいという意識が非常に強い」と事務局の水島さん。
一方、お客の声も東京・渋谷の「とんがらし」で聞くと「国産のいい素材を使うせいか大変ていねいに作ってある。国産品をたくさん使うことに大賛成」とのことだった。
◆ミシュランよりも
緑提灯を追え
緑提灯のルールとしては多店舗展開をしている店の一括参加は認めていない。あくまで店舗ごとの店主(店長)の意思で、またその名前での申告だけを受け付けている。
日本橋風神亭店長 中澤直樹氏 |
東京の居酒屋チェーンである「日本橋風神亭」(中央区日本橋堀留町)の中澤直樹店長は「今年3月ごろ本店から提案があり、積極的に緑提灯に参加した。自給率を引き上げるために、という趣意書を読んでチェーン(7店)のトップを切るつもりで賛成した」と次のように語った。
「日本橋 風神亭」 |
うちは星1つだが、実際には最低2つはあるはず。家畜飼料の自給率計算にちょっとわかりにくい点があってまだ1つにしてある。
輸入食材のほうが安いというが、日本農業がダメになれば国が滅びる。当店としてはあくまで国産食材にこだわっていきたい。
緑提灯はお客との話題づくり、コミュニケーションのためにも大いに役立つ。
緑提灯の店だからという理由で予約が入ることもある。数えてみたわけではないが、この提灯のおかげで客足も売上げも増えていると思いたい。そう信じている。
マスコミはミシュランの格付けなんかを追っかけるよりも、もっと緑提灯の話題を報道してほしい。