食糧主権を自国の憲法に規定する動きが南米諸国の農民運動から生まれはじめている。食料危機のなか、自国の農業生産を大事にし自給率を高めることを国民の主権として位置づけるこの動きは、アジアやアフリカの小規模な農民にも影響を与え「今こそ食糧主権を」の声が広がっているという。国際的な農民運動組織、ビア・カンペシーナが昨年10月に開催した国際総会に出席した農民運動全国連合会(農民連)の真嶋良孝副会長に南米諸国などの動きを聞いた。
◆新自由主義からの脱却めざす
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「今こそ食糧主権を」がスローガン |
ビア・カンペシーナとはスペイン語で「農民の道」という意味。中南米から運動が広がり1993年に設立された。現在、アジア、アフリカ、北米、欧州各国の小規模家族経営、先住民、農業労働者など農民運動組織約200が加盟している。
これまでにWTO閣僚会合などの開催に合わせて各国から代表者が集結、フォーラムなどを開いて農産物貿易の自由化反対や食糧主権の確立を訴える行動を起こしてきた。
国際総会は4年ごとに開かれており昨年10月には南アフリカのモザンビークで第5回総会を開催。農民連はこの総会で正式加盟が認められたという。
この総会の前、昨年9月に南米、エクアドルで新憲法が成立した。
別掲のように同国の憲法では「食糧主権」の項目を設け「食糧主権は個人、コミュニティ、国家、民族の文化にあった安全な食糧自給を永続的に保証する国家の戦略及び義務である」と規定した。
真嶋副会長によると、同国では新憲法制定のために国民から2800項目にのぼる提案が出され、それを憲法制定委員会が検討したのだという。その結果、新憲法案では「新自由主義と対米従属からの脱却」を掲げ、国による市場管理の強化、不安定雇用の禁止、教育と医療の無償化などに加えて、食糧主権を明記。国民投票では7割近い賛成で成立した。
こうした憲法が成立したことを受けた総会のスローガンは「今こそ食糧主権を。今こそ民衆の団結と闘争を」。南米の代表者たちは次々と「食糧主権を憲法に盛り込む取り組みをラテンアメリカ全体に広げていく」と報告、熱い議論が続いたという。
◆外交、経済政策の原則は食糧主権
これまでにも西アフリカのマリ共和国で06年に農業法のなかで「食糧主権は〜食糧自給政策を規定し実行する国家の権利であり、農業生産者の持続的な農業を保証するものである」との規定が盛り込まれたほか、ネパールでは07年の暫定憲法で「すべての国民は食糧主権を有する」と規定している。
また、この1月にはボリビアで新憲法案の国民投票が行われるが、そこではもっとも基本的な人権として「すべての人は水と食糧摂取に対する権利を有する」と規定し、国が安全な食糧を保証することは義務であるとし、食糧を国内生産で守ることをうたっている。
さらに国家間の協定についても、その原則はこうした食糧安保や食糧主権を原則にして交渉が行われなければならないとしており、経済政策についても「国民の食糧主権達成を促進する」と規定している。
「財政、外交、すべての政策が食糧主権を尊重するものでなければならないという憲法の構成になっている」と真嶋副会長は話す。
ボリビアのエボ・ラモレス大統領は実はビア・カンペシーナの創立メンバーの一人。同国の農民組織にはこの憲法成立に期待が高く、総会で出会ったメンバーは「ボリビアには主権というものがなかったため、私たちには天然資源や資産に対する権利がなく貧困率が非常に高かった。新しい憲法を勝ち取って見せる」と話したという。
このほかベネズエラやニカラグアでも食糧主権の概念を法律や政策に盛り込んでいるとのことだ。
◆自給率向上で共通認識
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ボリビアの農民連合の人々と真嶋副会長 (右から3人め) |
食糧主権という言葉や概念を憲法に盛り込むという動きは非常に注目されるが、その背景には一部先進国の利益追求のみをもたらす新自由主義への怒りとともに、世界的な食料危機が現実になったこともある。
総会の開催地、モザンビークのゲブーザ大統領は「われわれはどんな新自由主義的挑戦も跳ね返すことができる力を持っている。小規模農民は発展途上国経済のバックボーンだ」とあいさつし参加者の賛同を得たという。
ただ、これまで発展途上国からは、先進国の農業保護政策と輸入制限措置が途上国の農業を阻害しているという声も強かった。しかし、真嶋副会長によると今回の総会では「そうした対立をあおる意見は一切出なかったのが非常に印象的だった」という。むしろ食料危機が現実のものとなったなか、それぞれが小規模・家族農業を大切にし自給率向上をしなければならないという声が相次いだ。農業生産についても、輸出用の食料をつくるのではなく、国内での消費のために農業はあるべきで、それこそが食糧主権だという点が強調された。
また、日本が押しつけられているミニマム・アクセス米については「ナンセンス」との声が一環してあるという。
◆農協づくりに日本も貢献
小規模農民が圧倒的に多い南米諸国には日本が農協づくりを通して協力している取り組みもある。
JICA派遣専門家としてパラグアイの農協強化プロジェクトに取り組んだ元全中農政部長の野村雄造氏によると、同国の小農は農家の84%を占めるが農地はわずか14%にとどまり、「格差社会」だという。
農地を奪われてしまう例や、あるいは農地をもっていても不在地主も多く実際に耕作されていない農地もあったりするという。そういう意味では食糧主権を憲法や法律に盛り込み、小規模農民の農地の権利などを確保する取り組みは必要とされている。
また、パラグアイでは、小規模農家を組織して経済的にも有利な事業をつくりだし、自立することが農協づくりに期待されているという。具体的には2〜300戸の小農でつくっている農協を組織ごと大規模農協の構成員とし、有利販売や小規模農家の支援につなげようというプロジェクトなどが行われている。人口560万人のうち協同組合員は60万人ほど、組織率を上げることも課題で「協同組合への参加で格差是正を図ることが社会の安定につながると考えられている」と話す。
◆「産直」に国際的な注目
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南アフリカのモザンビークで開いた集会 |
ビア・カンペシーナの総会では「モザンビーク宣言」が採択された。
注目されるのは「現在の危機はチャンスでもある」としていることだ。その理由を、食糧主権は人間の生活向上と現在の危機打開のための世界の選択肢のひとつになり得るからだと強調、「新自由主義モデルは、危機と死しか生み出さないが、食糧主権は農民と消費者に『希望』と『命』を生み出す」と宣言している。
また、食糧主権の確立については政府にだけ頼るのではなく、自分たちの実践でもあるとしたことが特徴で、真嶋副会長によると「日本では消費者と結びついた産直に農家が積極的に取り組んでいると聞いたメンバーからは、非常にヒントになると関心を持たれた。『産直』は国際語にできるのではないか」と話す。
宣言は、異なる文化と思想をひとつにまとめる国際運動の重要性を説き、こう締めくくられている。
「闘いをグローバル化しよう。希望をグローバル化しよう」。
食糧主権を憲法、法律に明記した例
◎エクアドル新憲法(08年9月) 第2章 権利 第1節 水と食糧 第12条 水に対する権利は絶対不可欠である。水は、決して奪うことのできない、生命に必要不可欠で重要な公共の国家的財産である。 第13条 個人とコミュニティーは、多様で文化的な独自性と伝統に調和し、できるかぎり地元で生産される安全で栄養がある十分な食糧に対する権利を持っている。 エクアドル政府は、食糧主権を促進しなければならない。 第15条 国は、環境にやさしく害のない技術および新たなエネルギーの使用を公共部門と民間部門に促す。食糧主権と水に対する権利なしにはエネルギー主権は持続できない。 化学兵器や生物兵器、核兵器ならびに、国際的に使用禁止されている高度に汚染された有毒農薬や、食糧主権・生態系・人体に害を与える遺伝子組み換え農産物の開発と生産、独占、販売、輸入、輸出、保管を禁止する。また、国内への核廃棄物と有害廃棄物の輸入を禁ずる。 第6章 開発(発展)のための制度 第3節 食糧主権 第281条 食糧主権は、個人、コミュニティー、国家、民族の文化に合った安全な食糧自給を永続的に保証する国家の戦略及び義務である。 以下は、国の責任である。 1 中小規模単位の農業生産、食品加工、漁業、コミュニティー、社会経済を発展させる。 2 農業と漁業を保護し、食糧輸入に依存しないように財政政策、税金、関税を採用する。 3 多角化を強化して、環境技術と有機農産物の導入を促進する。 4 小規模農民に土地や水など生産資源に対する権利を与える再分配政策を促進する。 5 生産意欲を維持するために小・中規模の生産者に優先的に融資するメカニズムを作る。 6 生物多様性と種子を使用・管理・自由交換する上で役立つ伝統的知識の保存と再生を促進する。 7 家畜が健全な環境で育ち人体に害が出ないよう予防する。 8 食糧主権を守り抜くために、適切な科学研究と新技術導入の発展を保証する。 9 危険を伴うバイオセキュリティー及びバイオテクノロジーの実験、使用、マーケティングを規制する。 10 組織強化と生産者・消費者ネットワークの発展を促進すると共に、農村と都市の格差均衡を促すマーケティングと食糧分配を強化する。 11 食糧分配とマーケティングの結束した公正な制度を作り出す。独占行為及び全ての食料品への投機を禁止する。 12 自然災害の被害者や食糧獲得のために身を危険にさらさなければならない人々に食糧を供給する。海外援助として受け入れている食糧は、人体の健康と将来の地元生産に悪影響を与えないようにしなければならない。 13 健康に害を与える食糧、あるいは科学で人体への影響がまだ明確になっていない汚染された食糧から消費者を守る。 14 小規模生産者のネットワーク優先の健全な社会プログラムのために食糧と原料を購入する。 第282条 (1)国は、社会的・環境的重要性を考慮して、土地の使用と権利を規制する。法律によって設立された国家土地基金は、農民に平等な土地権利を保証する法律をつくらなければならない。 (2)大規模な土地所有と土地の独占を禁止する。また水や資源の買い占め及び私有化・民営化も禁止する。 (3)平等、効率性、環境の持続可能性を理念として、国は、食糧生産のための灌漑水の使用と管理を保証するための法を制定しなければならない。
◎ボリビア憲法案 【第1部, 第2編, 第2章. 最も基本的な人権】 第16条 I すべての人は水と食糧摂取に対する権利を有する。 II 国は、全人口への健康的かつ適切な、また十分な食糧供給を通して、食糧の安全を保証する義務を有する。 【第2部,第8編,第1章 国際関係】 第256条 II 国家間協定の交渉、署名および批准は、以下の原則に導かれる。 8. 全人口にとっての食糧の安全保障および主権。(すなわち)遺伝子組み換え作物および健康と環境に損害を与えうる有毒成分の輸入、生産と商品化の禁止。 11. ボリビアの生産物への保護と特恵および付加価値輸出品の助長。 【第3部, 第1編, 第1章 一般規定】 第310条 国家の経済組織の形態は、以下の目的を遂行しうる諸企業および他の国営経済団体を含むものとする。 4. 経済面での民主主義と国民の食糧主権の達成を促進する。 【第4部, 第2編, 第9章 土地と領土】 第401条 国家は以下の義務を有する。 1. 土地法規(el Ordenamiento Territorial del Estado)および環境保全の枠組みのなかで、新規定住者に教育、保健、食糧安全保障と生産へのアクセスの機会を与え、合理的な人口分布および土地と天然資源のよりよい利用を達成するための定住計画を助長する。 2. 土地へのアクセス、所有、相続における女性へのあらゆる形態の差別を除去する政策を促進する。 【第4部,第3編 持続可能な全面的農村開発】 第404条 持続可能な全面的農村開発は国の経済政策の根幹であり、それは、食糧の安全保障と食糧主権に比重を置いたうえで、あらゆる共同体経済の着手および農村における主体の結合を助長するため、以下の点を通じて、その行動を優先する。 1. 貿易競争力と同時に、農業、牧畜、製造業、農産加工業および観光業の生産性を、持続的かつ持続可能に増加させること。 2. 農牧業および農産加工業の生産構造を内部で連結・補充すること。 3. 他のボリビア経済との関係において、農村生産セクターの経済交易をよりよい条件にすること。 4. 農民出身の先住民共同体を、その生活のあらゆる側面において、意義付け、尊重すること。 5. 小規模の農牧業生産者経済と家族および共同体経済を強化すること。 第406条 自治的かつ分権化した領土団体との連携のもとでの、国の全面的農村開発の政策の目的は、 1. ボリビア領域内における農業と牧畜で生産された食糧の生産と消費を優先し、食糧主権およびその安全を保証すること。(以下略)
◎マリ農業法(06年9月5日) 第3条 農業振興政策は食糧主権を守り、農業分野を国民経済の推進力とすることを目標とする。 第7条 食糧主権は農業政策及び食糧自給政策を規定し実行する国家の権利であり……農業生産者の持続的な農業を保証するものである。 第51条 食糧主権はすべての農業振興政策の直接的な方針を示すものであり、食品の安全性は食糧主権の特質である。
◎ネパール暫定憲法(07年1月) 第18条 すべての国民は、別に定める法律に従い、食糧主権を有する。 第35条 国家の政策 (6) 国家は農民を勇気づけ、生産力を向上させることにより、農業に依存する多数の国民の経済的発展の条件をつくらなければならない。また、農地改革に着手することにより、農業部門を産業として発展させる条件をつくらなければならない。
(資料提供/農民運動全国連合会)
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