特集

新年特集号
食料安保への挑戦(3)

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【地域を元気にするJAの挑戦
ルポ・今、JAの現場では 】
「小さな農地は小さいなりに生かせるはず」
農商工連携で農業から「地域産業」を興す

JA石見銀山(島根県)

◆地域の「物語」を売り出す  島根県大田市を管内とするJA石見銀山は、平成5年に...

◆地域の「物語」を売り出す

JA石見銀山
地域の「物語」を売り出す

 島根県大田市を管内とするJA石見銀山は、平成5年に大田市農協、温泉津農協、仁摩町農協が合併して誕生した。正組合員は約5500人、准組合員は約8800人で農産物販売額は26億円ほど。農産物では米、ブドウ、柿などが特産、販売額のうち19億円は畜産品というのも特徴だ。
 「規模からいえば吹けば飛ぶような農協です」という廣山勝秀組合長のJA運営の理念は「農業者だけでは食っていけん。商工と一緒になってアイデアを出す」である。
 そのひとつが「芋ラガー」の開発・販売だ。
 石見銀山地域には「いも代官」と呼ばれている井戸平左衛門の功績が今に伝えられている。平左衛門がこの地に赴任したのは享保の大飢饉の時代。食料不足に苦しむ農民ために命令なしに幕府直轄の米蔵を開放する決断をしたり、薩摩から種子を取り寄せ甘藷の栽培を奨励した。
 それから300年近くを経た今、過疎化と農家の高齢化が進み耕作放棄地も増え始めた。名代官の登場などあてにせず自分たちで地域を何とか支えなければならない時代だ。思いついたのがさつまいも。それを原料にしたラガーの製造を考えた。
 一面識もないのに訪ねたのが芋ラガー先進地、埼玉の川越。JA石見銀山の原料で製造、地域ブランドとして販売したいという申し出に「地域振興に役立つなら」と快く応じてくれた。
 アイデア自体は4、5年前から思いついていたが石見銀山跡が世界遺産登録されるという動きが出てきたころから、地域の特産品づくりとして行政とも連携、本腰を入れた。発売開始はちょうど遺産登録がかなった19年。JAは農家が栽培したさつまいもを買い取ることにし、さらにそれをラガーの原料としてだけでなく菓子の材料としても地元の業者に供給、土産品として販売した。
 世界遺産登録された昨年度、人口約4万人の大田市に訪れた観光客は約140万人。その人たちに「いも代官」という地域の物語がラガーやお菓子として発信されている。
 一方、さつまいもの栽培は肥料や防除にコストがかからず、「言葉は悪いが横着栽培」(組合長)でよく、高齢者でも作りやすい。「お年寄りにも声をかけ少しづつ栽培が広がればいい、と考えています」。

◆商工会議所とトップ交流も

「銀のしずく」「銀ちゃんラーメン」「石見銀山天領米」などの各種商品
「銀のしずく」
「銀ちゃんラーメン」
「石見銀山天領米」などの
各種商品

 芋ラガーは地域を超えた商工連携で実現した商品だが、もちろん地元での連携にも力を入れている。
 組合長に就任した14年から商工会議所とJAの定期的なトップ交流をスタートさせた。今では三号会員として総会にも出席、地域経済のなかで存在感が高まっている。
 JA側もさまざまなアドバイスを受け。たとえば販売ルートの開拓や中小企業向けの助成金活用などにも結びついているという。女性部が運営する直売所設営では、地域の雇用促進という観点からの支援が受けられることが分かったなど、事業展開と農家のバックアップにこれまでにない視点を取り込むことができた。
 こうした商工との連携は世界遺産登録を機にいっそう活発になっている。遺産登録された大森町の町並みのなかに古い商家を借りて土産品店を出店したが、オープンにあたっては地域の業者からも出品を募集した。さらに行政と商工会議所からの強い要請もあって、21年には観光拠点のひとつ、遺産センターの隣に本格的な店をオープンさせる。農産物直売所としての機能も持たせるが「JAだけの品物を扱う考えはない」とここでも地元のさまざまな業者に参加してもらう方針だ。
 また、世界遺産は島根県のシンボルでもあることから県内JA間連携も進める。石見銀山にはない農産物を近隣のJAに補ってもらう考え。すでに他JAと連携、そのJA産の漬け物等を扱っている。
 「何でも自分たちでやると考えることはない。隣のJAの力を借ります」。
 新商品も続々と開発。酒米を地元清酒業者に提供している日本酒「銀のしずく」、米粉を使った「銀ちゃんラーメン」のほか、氷感技術を使った「石見銀山天領米」も大田市の認証産品に認定されブランド米として売り出し中だ。
 この氷感技術も地元企業との提携だ。マイナス6度の冷凍保存でも高圧電流をかけると凍らないばかりか、旨味が向上することが分かった。JAが集荷した農産物と倉庫での実証試験を持ちかけられたことがきっかけで商品化を実現。果物や花など長期保存できるため出荷時期をずらして有利販売できる。また、牛肉もこの技術で旨味が増すと地域では評判だ。
 「ロットで勝負できるJAではない。付加価値を上げるアイデアを考えたうえで農家に生産してもらう。それがJAの仕事。契約栽培の拡大もめざしたい」と岩佐重信常務は話す。

◆農地を守るミニ放牧

農地を守るミニ放牧

 サツマイモのほか、梅や大豆でもJAは買い取りを実施している。梅もかつて鉱毒を消すためにこの地で栽培奨励されたもの。ここにも地域の物語があり地元の加工業者に販売。大豆はこだわりの豆腐業者向けだ。
 サツマイモをはじめJAの買取販売品取り扱い高は700万円ほどだが17年度以前はゼロだったから、農商工連携の象徴といえる事業部門が生まれ始めているとみるべきだろう。
 ただ、少量多品目で付加価値をつけた販売をめざすといっても、現実には高齢化の進行、また都会へと人が流出するなか耕作放棄は進む。
 そこで地域の農地維持を考えたのがミニ放牧だ。この取り組みは廣山組合長自身が12年頃から試行的に自分の集落、三久須地区で始めた。他集落の繁殖農家から牛を2頭借り、集落で管理が不可能になった水田に放牧する。放牧に任せた分、繁殖農家は頭数を増やせるではないか、と合意した。
 人手不足で草刈りもままならなくなった集落の棚田を「人畜連携」で守ろうというこの試みに、それは面白いと最初に乗ったのはガソリンスタンドの店主。その後もJRや病院勤務など農業者ではない集落の住民で三久須地区に放牧組合を結成するまでになった。集落内13haの水田と畑、山に電牧柵をめぐらせ放牧地とした。冬の間は山間部に移動させる。
 放牧組合と畜産農家の間で預託料金などお金のやりとりはない。「忘年会のときにお互いビールを持ち寄る程度」であくまで「地域を崩壊させないための取り組み」だ。牛が順番にきれいにしてくれた農地にはそば、そして芋ラガーの原料となるさつまいもを栽培する。
 JAの事業は商工連携で、という廣山組合長。同時に地域農業を守るには農業者以外のさまざまな職種の人が「地域再生支援者」だと考えている。

(2009.01.19)