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新年特集号
食料安保への挑戦(3)

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【地域を元気にするJAの挑戦
ルポ・今、JAの現場では 】
営農も生活も安定できる農業経営者を育てる
作る前に売る戦略構築で元気な地域農業を実現

JA富里市(千葉県)

◆契約栽培のリスクは生産者ではなくJAが負う  千葉県北西部、ほとんど起伏のない...

◆契約栽培のリスクは生産者ではなくJAが負う

JA富里市

 千葉県北西部、ほとんど起伏のない北総台地に、全国でも屈指のスイカ産地として知られる富里市がある。ニンジン、大根などの大型野菜の産地でもあり、そのほか養豚や近年では花の生産も盛んに行われている元気な農業地帯だ。その生産者の元気を引き出しているのは、従来からの市場流通だけにこだわらず、外食・中食や加工食品、あるいは量販店など小売など実需者のそれぞれの需要形態にあわせた生産・販売形態を開発してきたJA富里市だといえる。
 JA富里市の販売事業については、すでに本紙でも取り上げてきている(平成18年1月10号、19年12月10号)が改めて、同JAの仲野隆三常務が整理した図でみてみよう。図の中央、農業者→JA→全農→卸売市場→仲卸等→小売店→消費者という流れが従来の流通形態だ。そして外食や中食あるいはそこへカット野菜を供給する加工卸へは市場を通して供給されている。

契約栽培のリスクは生産者ではなくJAが負う

 しかしJA富里市では、既存流通を活用するだけではなく、それぞれのニーズを見極め、それにあった品種や栽培方法を提案し「作る前に売る戦略」を構築してきた。加工用原料野菜としては加工馬鈴薯が28年目、原料ニンジンが25年目を迎えており、最近では大和芋、ショウガ、里芋など営農類型に組み込んだ契約栽培が定着している。生産者にとっては、栽培する前にキロ当たり価格が決まっているので、経営指標がたてやすいというメリットもある。
 契約栽培についてはJAが開発する場合もあるが、実需者から「こういうものはないだろうか」と聞かれ、それに合う野菜などを実需者に提案すると同時にそれを生産する組合員を募集し、栽培方法などを決め、実需者と契約する。そのときに実需者と契約するのはJAだ。つまり、契約によるリスクは生産者ではなくJAが負うわけだ。

◆毎月換金できるよう生産計画できる農業経営者に

 こうした契約による取り引きを行う場合に供給量とか鮮度、品質特性などポイントになる点がいくつかある。もちろん価格も重要なポイントだ。実需者側としては「できるだけ安く」、生産者は「再生産が可能な価格」ということで交渉がされるが、生産者自身が貸借対照表や損益計算書などに基づいて「再生産価格」について具体的に説明できる「農業経営者」にならなければいけない。とくに若い生産者はと仲野常務は強調する。
 さらに仲野常務がいう「農業経営者」とは、「1月から12月まで毎月換金できるように生産する」することを設計できることも含まれている。例えばほホウレンソウの生産農家であれば、どういう作付けをしていけば毎月収穫できるようになるかを考えるということだ。そのことで安定した営農だけではなく生活の安定もはかることができる。
 こういう話をしてくるとJA富里市の販売事業は直接取引が圧倒的に多いように見えるかもしれないが、実態は販売事業の6割強は「既存流通」(図の中央ライン)で、企業や生協、員ショップなどの直接取引は4割弱だ。そしてこの4割が富里の農業が元気だといえる源なのだ。
 また、市場などの既存流通での販売でも、「市場から先はどこに行ったか分からない」ではなく、例えば福島の市場へ行った名産のスイカがどの食品スーパーで売られているかを、きちんと生産者に伝えている。これも大事なことではないだろうか。

契約栽培のリスクは生産者ではなくJAが負う
 

 ◆「全組合員の支えがある」IYとの法人出資決定で

 そしていま全国から注目されているのが、大手量販店・イトーヨーカ堂(IY)とJAがそれぞれ10%ずつ出資(残り80%は生産者が出資)して設立された「セブンファーム富里」だ。 これは、IYが自店から出る食品廃棄物を食品循環資源として堆肥化、その堆肥を入れた畑で生産された農産物を食品廃棄物を出した店で販売する。その生産を担当する部分をIY直営農場として農業生産法人化したいということから始まった。IYにとっては、環境問題を通じたCSR活動の一環という側面が大きいといえる。 この話をIYから持ちかけられた生産者は「やりたい気持ちはあるが踏ん切りがつかなかった」。JAにも相談がされ検討するなかで「JAも出資する」ことが提案され理事会で承認される。それは、企業が農業に参入してくることは「JAが反対するかどうかに関わりなく進んでいく」。そして、それを「JAとして放置することはできない」し「組合員が安心できる体制をつくるべきだ」からだ。 80%出資して参加した生産者は「JAが出資してくれて安心した」と同時に、理事会で承認されたということは「1824名の組合員が認めてくれたことであり全組合員の支えがある」という心強さをもつことができたと語っている。 生産者には、法人に土地と農業機械を貸すのでその代金と栽培に従事するのでその労賃が定期的な収入となる。さらに販売によって利益が出ればその配当があることになる。JAにとっては、図の右(B)の部分(商事)を「還流しなくてもよくなった」こと、法人がJAに口座を開設することですべての取引がJA経由になること、さらにIYへ出荷する農家の農産物を含めて、IYへの需給・物流調整など実質的な運営体系が構築できることになる。また、法人もJAから出資を受けると同時に自らもJAに出資して組合員となることで、生産資材の購入やその代金支払で一般組合員と同様な特典がえられた。

 この話を知り「自分の土地も農地として使って欲しい」と申し出てきた生産者がいた。あと10年は農業ができるが、子どもは継がないのでJAなら安心して預けられるからだ。売ることは考えないのというと「もしかしたら孫が農業をするかもしれないから」という。それが「農民の根底にある気持ち」だと仲野常務はいう。
 「いずれ農協が農業を担う時代がくるかもしれない」と仲野常務は考えてきた。時代の流れは、組合員・生産者と競合しないように「農協が農業を担う」ことを考えなければいけない方向に動き出したということかもしれない。そういう意味でも、これからもJA富里市から目を離すことはできないだろう。

(2009.01.19)