◆インパクトある日本の農村女性
地産地消の学校給食に途上国も注目 |
鹿野 私は国連勤務時代、おもにアジアの女性の地位向上に取り組んできました。駐在したのはニューヨーク本部と東南アジア諸国ですが、なるべく日本の農村女性の経験についても説明するように努力しました。例えば農産物加工を主とする農村女性の起業活動、一村一品運動、道の駅などですね。
多くの途上国が抱える最重要課題の一つが都市と農村の格差問題ですが、日本でこうした農村女性のソフトパワーがマクロの政策とあいまって格差是正に役立ってきたことに改めて関心が高まっており、関わっている幾つかのJICAの支援する研修でも取り上げています。日本は今後、アフリカ支援にも力を入れる訳ですが、アフリカの農業は日本以上に女性が担っていて7割、8割を占めますから、農村女性への支援がますます重要になってくると思われます。
鹿野和子さん |
古田 女性・生活協会は1977年から途上国支援のための研修コースを実施してきました。
最初はアジア諸国が対象でしたが、ここ数年はアフリカが中心になってきました。研修のテーマは一貫して戦後、農水省が取り組んできた農村の生活改善の経験を伝えようというもので、衣食住に始まり家計簿なども含めた生活技術の実習が主な内容でした。最近は、生活改善を推進してきた指導者(生活改良普及員)がどのような方法で生活改善の普及推進を図ってきたかその方法に焦点をあてて研修を組んでいます。
日本では生活改良普及員が農村女性のグループ化を図り、グループを対象に生活改善に関する知識や技術の普及をしてきた経緯があります。その結果、各地で生活改善グループが誕生し農家の生活改善活動が活発に展開されてきました。農家の女性たちは新しい生活技術の習得に励み各地でエキスパートとして現在活躍しています。そのような農村女性たちが今、女性起業として開花していると思います。地域の農村女性たちが特産品開発や農家レストランなどに取り組み、消費者に安心・安全な食材を使っていると大変受けています。研修ではそういった農村女性たちの活動のベースは生活改善でつちかった活動の成果であることを開発途上国の人たちに理解してもらっています。
現在はアフリカの人たちが研修の中心ですが、今のアフリカの農村と女性たちの状況は、ちょうど生活改善が始まった1948年当時の日本の農家の状況と非常に似通っています。戦後の貧しかった状況から日本の農村や女性たちがどのようにして発展をしてきたのかその過程を知ることによって、研修員たちは自分たちの国でも生活改善の考え方を導入すれば農村の女性たちが経済的に自立することができるのではないか、という可能性を見出すのです。
ですから研修員にとって、もっともインパクトが強いのが日本の農村女性たちの活動で私は研修のキーパーソンは各地で活躍している農村の女性たちだと思っています。
◆協同の大切さに海外も共感
富澤ひとみさん |
鹿野 富澤さんの活動の重要なものに研修員が帰国した後のフォローアップがありますね。日本で学んだことを現地でどう展開するかを手助けするのは非常に重要なことです。
富澤 研修員は日本で学んだことをもとに自分なりのアクションプランを作るのですが、農村女性が非常に具体的なノウハウを教えてくれたのに、それをその国でどう使っていくか、よく見えないプランもありました。また、自国でプランを実施しようにも、同僚や上司の協力を得て実施にこぎつけるのは容易ではありません。そこで研修のホームページを立ち上げ、メールを通じて日本からプランの実現に向けて指導をしています。必要な場合は、現地を訪れて直に支援するなど、パートナー関係を築くフォローアップ活動を06年から始めました。
アフリカの農村は鹿野さんも指摘されたように、日本以上に女性中心の農業です。しかも、農業だけでなく、子ども・親・兄弟を含む大家族の家事・育児・介護、水汲みなどの労働をすべて女性が担っています。男性は都市へ出稼ぎに行きますが、エイズに感染したり、故郷に戻ってこないこともあります。女性は、夫に代わり一家の大黒柱として家族全員を養わなければならないという厳しい現実があります。
だから、彼女たちは収入創出活動、起業活動に非常に関心が高い。日本では生活改善から地域活動、起業活動という形で発展しましたが、アフリカでは生活改善と起業活動が一緒にならなければ生活費から教育費までまかなえないという切実な問題があります。
ただ、途上国では形だけのグループが多く、協同の良さが活かされていない。だから、私たちは日本の農村女性の経験をもとに、グループ活動によって大きなことを成し遂げられる、前に進めるんだ、とアドバイスをしています。
鹿野 私たち3人は昨年秋に研修員とともに山梨県豊富村の道の駅を訪ねましたね。
そこでマダガスカルの研修員がどうすればグループ活動できるのか熱心に質問したのに対し、元JAにいらして、道の駅のアドバイサーをしておられる田中さんが、まず2人で組んではどうか、そうすると1人が売っているときに、もう1人は畑仕事ができるから能率がいい、とアドバイスされた。そして3人になれば1人が販売し2人は農作業をすることができますね、と。
研修員はとても感激してぜひ自国に帰って実現したいといっていましたね。グループをつくるのが難しければまず2人から、というのは私自身も目から鱗が落ちる思いがしました。本当にこういう話がありがたいと思っています。
また、道の駅「加子母」の女性達と話した折に、「私はトマトによって子どもを学校に行かせたのよ」という話が出たことも研修員に伝えました。道の駅ではジュースやケチャップも作っており好評ですが、農産加工によってどんなことが実現できたのか、とても力強いメッセージが途上国の農村女性に届いたと思います。
古田 かつては研修員が農家に泊まって農作業や直売所での販売、豆腐の加工なども体験する研修もありましたが、豆腐の作り方ひとつにしても新しい発見だったと好評でした。こうした研修は農村女性の協力がないとできないことです。
富澤 たとえばウガンダでは、日本の農村女性たちはグループ活動によって学習し知恵を出していったという点を強調したところ、女性部活動のように小さなグループを作って活動をしようということになってきました。彼女たちは日本の農村女性は、自分のためだけでなく、家族のため、地域のために活動している、と必ず言います。また、人づくりの重要性を学んだとも言います。
◆地産地消による学校給食の深い意義
古田由美子さん |
鹿野 私がぜひ途上国に勧めたいと思っているのが地産地消による学校給食の取り組みです。
日本での先進的な例に福島県の熱塩加納村がありますね。農家の女性達が栄養士と相談して自分たちが作った農産物を提供している。試食の機会がありましたが、バランスの取れたすばらしい給食です。さらに生徒は「今日のお米は小林のおじいちゃんが作ったのですよ」といった説明も受けます。農家の方は下校する子どもたちに「ごはん、とてもおいしかったよ」と言われると、とてもうれしいと言っていました。いきいきとした村づくりができているし、将来は自分も農業を、という子どもも出てきて農村の活性化にもなっています。こうした取り組みにも途上国は注目しています。
富澤 実際に山梨で学校給食を食べてもらった研修もありましたね。彼らは、給食といえばWFP(国連世界食糧計画)によるミルクの支給といったイメージだったが、日本では地域で作られた安心・安全な食材が提供され、栄養面も考えられ、さらに手洗いなど衛生面も教育し、そこに農村女性も関わっていると知り、本当に給食への理解が深まったと喜んでいました。学校給食はすごく深い意味があると思いました。
鹿野 ええ。食料支援は飢餓を救うためには大変大切なことです。ただ、次の段階では地域の女性達と話合って、その地域に合った地産地消の学校給食を実施するのは非常に有効だと思っています。
アフガニスタンの女性支援のための研修もしていますが、異なる考え方のグループが多く存在する国では学校給食は特別な意味を持ち得ると思います。「子どもの幸せ」ということを共通目的にすると、子どもの幸せに反対する人はいないので、さまざまなグループが協力する可能性も秘めているのではないかと考えられます。
そして日本のような給食でなくていいので、最初は週2回ぐらいで、例えばメニューも地元の鶏肉とジャガイモを使ったシチューとパン、等で良いと思います。給食を作る人はお母さん達を訓練する。そこに雇用も生まれるし、自分たちの農産物の販路も生まれ所得にもなる。3か月もすれば子どもたちの髪がつやつやするなど変化が分かってくるから、お父さんたちも学校給食の良さを知るわけです。特に女の子を学校に行かせるのに効果があると言われます。
(編集部) アフリカなどは遠い国という感じがしますが、地産地消で取り組む学校給食というテーマなら日本の農村女性と大きな接点もできるわけですね。日本では払えるのに給食費を滞納するなど、一部の親が問題になりましたが、途上国の取り組みを見ることによって、学校給食の原点をもっと考えてみよう、地域で自分たちがもっと関わろう、と学ぶことも出てきそうですね。
鹿野 フィリッピンの研修生に給食を体験してもらいたいと考え、東京近郊の小学校にお願いしました。中には食べ残したこどももいました。そうしたら研修生の代表者が立ち上がって、みなさん、このように残すことは自分の国ではあり得ない、と言ってくれました。お互いに学びあうことがあると思います。
◆交流で一層輝く日本の農村女性
農村女性どうし「おいしい、どこで栽培しているの」と身ぶり手ぶりで会話がはずむ |
鹿野 さて、こうした国際協力の活動が、日本の農村女性にどのような影響力を与えているかを考えて見たいと思います。
これはタイにおいて国際協力銀行が支援している地域開発プロジェクトですが、その中の「産業村」プロジェクトが、道の駅と似ていると考えられ、タイ側の要請を受け、愛媛県内子町の道の駅「内子フレッシュパークからり」の立ち上げメンバーの野田文子さん、名本良子さん等に現地セミナーで話をしていただきました。そうすると彼女たちは自分たちが抱えている共通の問題をタイの女性たちも抱えていると、とても親しくなりその後内子から10人ほどの女性が現地に行って交流を続けるようになったといいます。自分たちのやっていることが国際的にも価値のあることと評価されることで、とても元気が出たそうで、その後、本の出版や総務省の観光カリスマにも選ばれるなど活躍されておられます。ほかに日本がインドで支援する観光基盤整備事業に関連して、奈良県の道の駅の女性駅長さんに、この方は前に農協女性部の部長だった方ですが現地セミナーで2回、講師になってもらった例があります。やはり自分たちの経験が途上国に生きるだけでなく、こうした経験は自分たちの農村にも役立つという話をしてくれました。
富澤 交流というと、言葉が壁、と思うかもしれませんがそうじゃないんです。たとえば、アフリカに日本の農村の女性たちが作ったふきを材料にしたお菓子をもって行ったんですが、「これは何か」という質問が出ました。まずは説明より、食べてもらい、「おいしい、どこで栽培しているの」と身ぶり手ぶりの会話がはずみます。心が通じてしまえば、あまり言葉はいらないんです。
古田 今、アフリカの仏語圏向けの研修では生活改善の組織育成、組織継続がテーマで実施しています。そこで私たちが伝えているのは日本の農村女性たちがネットワークを組んで地域の課題に取り組み成果をあげているということです。たとえば男女共同参画などというテーマは抽象的でイメージが定まらない課題です。このような課題に対しては個人の活動では限界がありますが、地域のネットワークで取り組み、解決の方向に地域のひとたちを巻き込んで盛り上げていかければできません。なかなか新しい男女のあり方に関する意識を変えるということは難しいのです。
しかし、一方ではそのネットワークが崩れつつある地域もでてきております。農協さんでも同じだと思いますがいくつかの単位グループが地域で連絡会をつくり、地域の連絡協議会が集まって県の組織になり、さらに全国組織があるわけです。小さなネットワークから大きなネットワークのつながりがあるから、所属している人たちは他の地域の活動を知ることができるし、全国の情報を自分たちの活動に参考にすることができる。また、全国で決まったことはスムースに末端のグループまで情報がながれ、末端のグループからは自分たちの意見を全国にあげることもでき、それが政策に反映されることも可能です。最近はこのようなネットワーク活動がいかに自分たちにとって大事な組織であったか忘れてしまって、地域によってはネットワークからはずれてしまうところも出てきています。
このようなネットワークは農村女性たちにおおきな役割を果たしてきたわけですが、一度崩れたものを元に戻すことは非常に難しい。ネットワークは自分たちにとって非常に大切な組織であることを改めて考えていただきたいと思います。
鹿野 海外では日本といえばソニーやトヨタなどの大企業しか知られていませんが、自分たちで力を合わせて、最初は女性2人から始めたというような草の根的、内発的な発展の経験を日本は実はたくさん持っています。それが途上国の役に立つわけですから、日本の農村女性の視野を広げ、自信にもつながるのではないかと思います。日本からだけで見ていると分からないことを知ることも大事だと思いますね。
――ありがとうございました。