特集

第55回全国JA青年大会特集
青年大会特集 食料安保への挑戦 (5)

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経済危機の本質を考える -克服の方向を求めて- (3)

鼎談 その3
青年よ!
あるべき未来に向け社会正義を語る生き方を

 高度成長期にはそこから中卒者を切り離し、都会で働かせるという残酷なことをしました。その集団就職の人々が今回の危機の被害者となっていますが、一方で今は職のない人々を農村に定住させるチャンスです。
 農村に公的資金を投入して働き口をつくり、住居まであっせんすれば経済効果もあります。定額給付金のばらまきよりも効果的です。また私の長年の提案である"農山村文化功労者年金"も改めて考えてほしい。これは長野県の田中康夫前知事が少し形を変えて実施を準備したのですが、残念ながら知事再選がならず不発に終わりました。

◆「古い米国」にまだ追随?

高度成長期にはそこから中卒者を切り離し、都会で働かせるという残酷なことをしました。その集団就職の人々が今回の危機の被害者となっていますが、一方で今は職のない人々を農村に定住させるチャンスです。
農村に公的資金を投入して働き口をつくり、住居まであっせんすれば経済効果もあります。定額給付金のばらまきよりも効果的です。また私の長年の提案である“農山村文化功労者年金”も改めて考えてほしい。これは長野県の田中康夫前知事が少し形を変えて実施を準備したのですが、残念ながら知事再選がならず不発に終わりました。
梶井 日本農業にとって今一番の問題は若い担い手のいないことですから定住対策は非常に重要です。
内橋 そこで産業間格差の問題ですが、農業と工業の格差は米国も同じです。米国の産業構成は、すでに触れましたように、1970年代から、マネーがらみの金融・証券・保険・不動産・リースといった「虚」の経済がどんどんふくらみました。
マネーがらみの虚の経済の膨張と歩調を合わせるように、アメリカは世界でのマネー覇権を掌中にすべく動き始めた。金融自由化、ビッグバンを日本に迫ったのもその一つです。
米国の製造業は今、GDPで1割産業です。農業は1%以下になりました。
こうしたアメリカの戦略に乗せられた優等生が日本でした。グローバルスタンダードを叫ぶ人びとがメディアを舞台に日本農業を足げにしながら踊りまくったのです。
こういう不均衡経済が何を生み出すかというと、その答えが今回の世界危機、そしてもっとも深刻な日本での現実です。
梶井 確かに不均衡経済は恐ろしい結果を生みました。
内橋 ところで、選挙戦中からオバマ大統領が繰り返し訴えてきましたように、アメリカは「レーガン革命以降の新自由主義からのチェンジ」という理念を掲げ、「新しいアメリカ」をめざしています。「新自由主義の超克」という政治理念を、具体的な政策選択・形成を通してどう現実化していくのか、オバマ政権にとっての最大の歴史的課題がそこにあるといえるでしょう。
問題は、いまなお日本の政財界人たちが「新しいアメリカ」に気づかず、「古いアメリカ」への追随に明け暮れる懸念が大変に強いということです。
たとえば、オバマ新大統領の掲げる「医療保険改革」は、人口の40%を占める無保険者・不十分保険者に、望むなら誰でも「公的保険」に加入できるようにするというものですが、その財源はどうするのか。レーガノミクス以降に進められた富裕層への優遇減税措置を見直して2009年度から2010年度だけで約880億ドルをひねりだし、それを充てるという。これが「公的医療保険プログラム拡大計画」の中身です。新自由主義を旨とする政権にとっては“禁じ手”であった「所得再分配政策」が蘇ることになります。
長年、モデルとして崇めてきたそのアメリカが大きく変わろうとしているのに、あいも変わらず「オールド・アメリカーナ」の呪縛に縛られているのが日本の改革派ではないですか。

◆恥ずかしくないのか

日本は自動車、電機などグローバルズに政策支援を集中してきました。為替介入で円安を維持する、税制においてもさまざまな優遇措置を与えてきた。国際競争力、国際競争力と叫んできた結果、いま何が起きているのか。派遣切り、雇い止め、年越し派遣村。
その受け皿が農業だという。足げにしてきた農業に失業者の救済を、と。恥ずかしくないのか、といいたいですね。
農業側からこうした現状を変えさせていく。均衡経済を取り戻さなければ、世界的危機から抜け出る道はないよと、そうわからせることです。米国のほうが一歩早く抜け出すかも知れませんが。
梶井 そこには政策上の問題がいっぱいありますね。
内橋 円安を維持するためのドル買い円売りの為替介入にしても、わずか1年半の間に30兆円も注ぎ込むなど、あらゆることをやってきました。
その支援を受けた産業が人間の使い捨てをやり、その受け皿を農業に求めているというのは得手勝手な議論です。
しかし農業に本当に力があれば受け皿になる余地はあると思います。オバマ大統領がいうように社会的正義にもとずく政策をきちんと打ち出していけばよいのです。
梶井 企業農業についてはいかがですか。
内橋 大資本による農業参入、かのオリックスなどが虎視眈々と狙ってますね。自給率を上げさえすればいい、という理屈でいきますと、危うい現実が待ちかまえていると思います。たとえ零細といえども「私たちは地元の酪農家たちに生き残って欲しいと思っている」とそう宣言して起業し、またたく間に全米でスーパー・プレミアムブランドに成長したアイスクリームメーカーが、アメリカにも存在します。
ヨーロッパではその種の社会的企業が数多く生まれ、地域を支えていますね。
梶井 企業農業は農業生産の中で非効率な分野はみな捨ててしまいます。日本人労働者を雇うのも賃金が高いから非効率になるというので、日経調提言では低賃金外国人労働者による企業農業をいっていました。“むら”をこわします。効率経営ではこうした問題が起こります。
内橋 大企業による農業参入は地域農業を破壊していく危険性があります。そこをすっ飛ばして企業農業で自給率を上げようというのは短絡的です。

◆農村への定住策が急務

梶井 自給率向上については農水省が耕地利用率を高めるといい出した。今は100%を切っていますが、それを110%に持って行きたいというのです。
しかし北海道・東北では1年1作できればいいほうですから九州・四国・中国で120〜130%にしないと全国で110%になりません。
ところが四国・中国の現状は耕地利用率が下がり続け、高齢化も激しいのです。そこで生産を上げるには効率農業ではダメです。政策を根本的に変えないといけない。
最後に若い人に向けたメッセージをお願いします。
宇沢 若い人たちに「もっとしっかりしろ」などとはいえません。農政を語る場合、参考までに一つ指摘おきたいことは、官僚の中には天下り先のことばかり考えている人が多いということです。彼らの基本的な精神は“強きを助け弱きをくじく”です。
それから、もう一つ、都市で生きていけなくなった高齢者が農村で生きていけるような条件づくりに若い人たちが協力できるような枠組みをつくることが大事ではないかと思います。
内橋 大賛成です。それは私たち社会の安定につながると思います。
宇沢 長野の田中前知事は老人が子どもの面倒をみるという老幼託児所をつくりましたが、農村に隠された珠玉のようなコモンズ的伝統を発掘し、自治体がそれを守っていくことを期待しています
内橋 宇沢先生や梶井先生から話を伺っておりますと、今の社会で失ったもの、失いつつあるものの、かけがえのない大切さ、正しさというものをしみじみと実感します。いつも論理的に、しかも暖かい言葉で語っておられますね。オバマ大統領も「あるべき未来」の理想を根っこに据えて人間的なスピーチを続けました。
残念なことに、私たちの国では社会的正義などという言葉を口にすると、たちまちくちばしが黄色いとか、まだ青いとか散々ですが、そういう風土こそ改めていってほしい。ひとたび灯(とも)した灯火は決して消すことを許さない、どこまでも守り続ける、そういう生き方に徹した青年像が私の胸のなかではいつも呼吸しています。

鼎談を終えて

もうかりさえすれば何をやってもいいんだという倫理なきもうけ主義、それは“資本主義を守るためには何百万人を殺してもかまわない”主義でもあるのだが、それが市場原理主義だということ、その市場原理主義支配下のパックスアメリカーナに組み込まれてきたのがこの半世紀の日本の歴史だということ、そして“派遣切り”“地方財政の窮乏”“恐ろしいほどの不均衡”下にある農業といった、今、私たちを悩ませ苦しめているさまざまな諸問題の根源が、市場原理主義にあることを、両先生のお話でよく理解することができたのではないか。
市場原理主義などに毒されることなく“農村に隠された珠玉のようなコモンズ的伝統を発掘し”、そして守り、社会のインフラとして社会的正義を理念として確立し、その上に立って未来を語って”いくことを若い人たちに期待したい。(梶井)

(2009.03.04)