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すべての人に「食料への権利」がある
農業への支援拡大は地球規模の課題
◆1億人も増加した飢餓人口
1996年、イタリア・ローマのFAO本部で開催された世界食料サミット。サミットでは当時8億4000万人の飢餓・栄養不足人口を2015年までに半減させるとの宣言案が示されていた。
これに噛みついたのがキューバのカストロ首相。
サミット会場に乗り込んだカストロは各国首脳が行う演説で、米国による自国への経済封鎖を非難するとともに、飢餓人口を「半減」させる程度の約束は志が低い、と痛烈に批判した。演説終了後、プレスルームに配布されたペーパーを各国の記者たちは奪い合い、あっという間になくなったのが現地での印象として残っている。
しかし、カストロの批判に応えるどころか、世界の飢餓・栄養不足人口はずっと8億人台。それどころかFAOによると07年までに7500万人、08年には4000万人増え、1億人以上も増加したのだ。昨年12月の発表では飢餓人口は9億6000万人となった。
「世界人口を考えれば6〜7人に一人は十分な食べ物が与えられていないということ。基本的人権の観点から極めて深刻な状況だ」と横山光弘FAO日本事務所所長は強調する。
横山所長によれば世界は農業に対して「お金を使わなくなっている」という。たとえば、世界のODA(政府開発援助)予算をみると1981年には17%が農業支援予算だったが、06年にはわずか3%に減っている。
FAO本部のディウフ事務局長は食料安全保障のための公正な貿易体制づくりを求めるとともに、年間300億ドルの基金を世界でつくり農業資金として投入することが必要だと訴えている。日本円で約3兆円ほど。日本一国の農業予算程度であり、現在の金融危機への各国政府の投入額にくらべれば遙かに少ない額だ。ちなみに世界の軍事支出額は1兆3400億ドル。
こうした基金は途上国の農業生産の増強のために使おうというものだが、同時にディウフ事務局長は、食料安保のために先進国も含めて農業投資を増やすべきで、農業者が他産業者の生活水準と均衡がとれるような政策が必要だと強調しているという。農業保護は市場原理を歪めるとするWTOの理念とは正反対の議論である。
「食料への権利」は国連の世界人権宣言が確立されてから、国際規約にも盛り込まれている。戦後の世界が重視してきた価値の一つで、この宣言を認めた国家は権利確保の義務があるということになる。
しかし、その権利が守られる政策が展開されてきたのか?
◆貿易自由化で奪われた食料生産基盤
答えのひとつが昨年、一昨年の食料暴動に現れている。
カリブ海の国、ハイチでは米の価格高騰で暴動が起き首相が退陣する事態にまでなった。
横山所長によると、ハイチは米が主食。1980年代までは食料自給率は80%台だったという。しかし、経済発展のため世界銀行やIMF(国際通貨基金)からの融資を受けるが、その条件として貿易自由化を迫られた。別掲の勝俣明治学院大学教授も指摘する、途上国への「コンディショナリティ」という構造調整政策の押しつけだ。その結果、関税が引き下がったハイチには米国から補助金付きで安くなった米が流入。自給率は25%程度まで下がってしまったという。
そこに、食料価格の高騰が襲った。すでに自国の農業は壊滅状態のため、人々は高騰した輸入食料に頼らざるを得ない。所得の6割を食料に回さざるを得ない貧しい人たちにとって、これは大変な打撃。
いざというときに深刻な事態になった例だ。
食料を安定供給するには円滑な貿易も欠かせないという議論もある。しかし、自由貿易協定の促進などによって自国の農業基盤が破壊された事例はメキシコのトウモロコシ暴動にも示された。「今のままの貿易ルールでいいのか。結果をみれば明らかではないか」と横山所長。
食料への権利は誰でも主張できる権利。それを実現する新たなうねりをどう作り出すか。世界が問われている。
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