特集

新たな協同の創造と農と共生の時代づくりをめざして
特報 北海道の挑戦

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北の大地で新たな協同が動き出した                                               全国一のカロリーベース自給率につづいて生産額ベースの自給率向上をめざして

経済団体と農林漁業団体、消費者が一丸
地産地消は暮らしと地域産業を元気にする

 北海道経済の核は第一次産業、農業が元気でなければ地域の暮らしも産業も元気にならない--。これを合い言葉に、今、北海道では経済団体と農林漁業団体、生協が大きな協同の輪を形成、地産地消を柱に地域循環型経済づくりめざして動いている。その成果は米の道内食率の引き上げや豊かな農産物を使った地域ブランドの売り出しなどに現れてきた。
 食料自給率200%の食料基地・北海道で動き出した「新たな協同の創造」をレポートする。

 団体

経済の基盤は第一次産業

 

               どんどん食べよう道産DAY北の大地で新たな協同が動き出した

◆日豪EPAは反対
中央財界とは一線を画す

西田稔明運営指導部長 平成17年3月、札幌市内で「WTO・日豪EPA交渉」をテーマにしたシンポジウムが開かれた。
 北海道庁の試算では日豪EPA(経済連携協定)が締結され農産物の関税がゼロになると、道内経済への影響は1兆3700億円にものぼる。農家戸数にして2万1000戸がつぶれ、食品製造業や運輸業など関連産業で4万7000人もの失業者が出る。
 農家や農業団体はもちろん日豪EPAに断固反対だが、もう1人「中央の財界とは一線を画してわれわれも反対する」と断言した人がいた。
 発言の主は高向(たかむき)巖北海道商工会議所連合会会頭である。EPAを締結すれば北海道経済は危機的な事態に陥る、日本の食料基地である北海道を守ろうという趣旨の発言に勇気づけられたと語る農業団体関係者も多かったという。
 シンポジウムを主催したのは、この年に設立された北海道産業団体協議会(北産協)だ。
 構成団体は、商工会議所連合会、経済連合会、農協中央会、ホクレン、漁連、木材産業協同組合連合会。20年からは道商工会連合会も参加している。設立の目的は道内産業各界が連携・協調し、それぞれが持つ技術・人材・情報などを相互に有効活用し道内産業の活性化に寄与すること。
 「石炭が衰退し公共事業も減って道の経済は厳しい。しかし、考えてみれば道内の地域経済はどこも第一次産業が核になっている。広大な大地をいかした農業との連携こそ地域産業活性の基礎だと経済団体も考え始めたということです」と商工会議所連合会の西田稔明運営指導部長は話す。
 道のカロリーベースの自給率は201%(17年度)と全国一。まさに食料基地にふさわしい農業生産を誇るが、生産額ベースの自給率となると188%で、宮崎、鹿児島、青森に次いで4位に下がる。付加価値をつけて生産額を上げることも課題で食品加工などとの連携が重要だが、その基盤ともなるのが道内各産業団体が集まった北産協なのである。

(写真)西田稔明運営指導部長

北海道のカロリー自給率はトップ

◆経済界主導で始まった「道産米」の消費拡大

農業産出額は全国の約12% 北産協が最初に取り組んだのが米の地産地消キャンペーンだ。
 北海道は20年産で約65万トンを生産する全国一の産地。だが、道民が道産米を食べる比率は17年当時で60%。それでも割合は増えてきたほうで平成7、8年ごろは40%を下回っていた。
 「ほしのゆめ」、「ななつぼし」に加え「おぼろづき」など良食味品種も続々と登場している。価格も手頃だが、道民の認知度は低い。道内消費率向上がキャンペーンの狙いだった。
 配ったチラシでは「近年は本州銘柄に匹敵するほどおいしくなっているのをご存じですか? 残念ながらまだまだ『食わず嫌い』の方が多いのでは」と訴えた。
 最初のキャンペーンでは高向会頭が先頭に立ってチラシを配り、経済界が米の地産地消を後押ししているとアピール。高橋はるみ知事もイベントに駆けつけた。
 消費者だけでなく、ホテルや鮨店などを対象に道産米の試食会やフォーラムも開催。こうした場で鮨店から「これは使える!」と上々の評価を得て、実際に店で道産米を仕入れるようになったという。また、商工会議所からの働きかけで道内の企業経営者が社員に地産地消を訴えた。
 この取り組みを北海道ではイメージチェンジならぬ「コメチェン」と呼び、毎年新米の時期を中心にキャンペーンを実施。20年度には道内消費率は75%まで上昇。目標の80%まであと一息だ。


 
◆「麦チェン」「酒チェン」も狙う

コメの道内食率 昨年は北産協設立がきっかけになって、道内各地で地域北海道産業団体協議会(地域北産協)も結成されるようになった。地域をどうするか、農協や漁協、商工機関、行政が一体となって考えようというものである。
 栗山町で最初に旗揚げされ、地元の米や麦、タマネギなどを使った新商品の企画開発をめざす。そのほか帯広、旭川、紋別など10地域で組織が結成された。
 それぞれの地域資源を使い、いわゆる農商工連携と地産地消で地域経済を作りだそうという動きだが、こうした組織の活動とは別に道内では農商工連携で新たな路線を生み出している例も増えている。
 そのひとつが地域ブランドのラーメン。国産の強力粉の性質を備えながら栽培が難しく幻の小麦といわれたハルユタカは、根雪になる前に播種する初冬まき栽培を江別市の生産者が考案して復活。製粉業者、製麺業者、大学、試験研究機関の連携で「江別小麦めん」として商品開発された。ハルユタカを商品化する取り組みは江別にとどまらず、生産者、製粉・製麺業者が連携して他の産地でも地域ブランドが実現している。
 単に大量生産するのではなく、商品化と地産地消をめざして契約栽培で小麦を生産する。小型の製粉機も独自に開発製造されるなど、農業を基盤としたコミュニティビジネスの芽が各地に出ている。しかもこれは道産麦の道内消費を狙った「麦チェン」でもある。麦チェンは21年度、道農政の重点事項にもなっている。
 さらに「酒チェン」も考えられている。北海道で良質の酒造好適米が開発されてきたからだ。
 それまでは掛米として使用されてきたが、平成10年の「初雫」にはじまり「吟風」、「彗星」などが開発され生産量も増えてきた。これを道内の酒造メーカーに呼びかけたところ、現在は北海道産酒造好適米の使用割合は51%まで高まった。100%使用の清酒銘柄もある。
 農業生産から加工、流通・販売まで「北海道内での循環経済」が始まっている。

 

 

海道庁



消費者の期待に応え

多様な担い手が活躍する

「みんなが主役」の道民農業

 


◆農業生産を食料生産へ

                東修二農政部長羽貝敏彦農政部次長

 北海道の耕地面積は116万haで全国の約4分の1を占める。農業産出額は19年で9800億円と全国一。一戸あたりの耕地面積は都府県平均の15.9倍の22.3ha(20年)だ。農家戸数は5万2000戸で主業農家数率は74%と高く、農業依存度は86.2%(19年)である。
 こうしたデータから浮かぶのは「大規模で専業的な経営の展開」――。東京で盛んに議論される構造改革モデルとしての北の大地だ。
 「しかし、大規模化を進めれば進めるほど農家は農業で手一杯。とても地域活動などできない。農村地域に農家が貢献できないという状況も。地域にとって中小農家の役割は大事でそれをいかに育てるかも北海道農業の課題です」と道農政部の東修二部長は話す。道産小麦で地域ブランドラーメン、といった取り組みなど多様なニーズに応えるには中小規模の農家が大事だという。
 実は「多様な担い手」という考え方は、平成9年に都道府県では初めて制定された「北海道農業・農村振興条例」に盛り込まれた考え方なのである。
小野塚修一・食品政策課長(左)と山口和海農政課主査 条例は北海道の農業・農村を貴重な財産として育み次世代に引き継いでいくことが基本理念。基本方針に「多様でゆとりある農業経営の促進」が挙げられている。
 この条例の下に16年に策定された「北海道農業・農村ビジョン21」では、さらに明確に「農業観」の転換が打ち出された。
 描かれたビジョンは、▽消費者と生産者が「食」を通じて強い絆で結ばれた農業・農村、「環境」と調和しながら持続的に発展していく農業・農村、多様な「担い手」が活き活きと活躍する農業・農村、個性を活かして「地域」が輝く農業・農村、である。
 括弧内がビジョンを構成する4つのキーワードだが、まず気づくのは「農」ではなく「食」となっていることだろう。
 「農業の生産性向上はもちろん大事だが、農業は人々の生命を支える食料の生産であることを、この『食』の言葉に込めた」と食品政策課の小野塚修一課長は話す。
 太田原高昭・北大名誉教授は「農政の消費者目線への転換」と指摘する。

(写真)上:東修二農政部長(左)・羽貝敏彦農政部次長(右)
     下:小野塚修一・食品政策課長(左)と山口和海農政課主査

 

◆食料供給地域だからこそ消費者視点で

 もう一つの特徴が、農業・農村を「人」=多様な担い手で支えるとした点だ。
 小野塚課長はこう話す。
 「大規模経営はたしかに北海道農業の強み。しかし、立ち止まって足下を見つめ直すと多様な経営体がなければ農業、農村は持続できない。中小規模の農家や直売所やレストランなど関連するさまざな担い手トータルで強い農業になるし魅力も発信できる」。
 東部長は「つまり、みんなが主役の道民農業だ」と言う。
 ただ、こうした道民農業実現のために、もうひとつ重要になるのが「信頼」だろう。
 平成13年9月、わが国で初めてのBSE牛発生の確認は北海道に衝撃をもたらした。都府県で確認された感染牛の産地は道内。飼料に肉骨粉が使われていたという疑いも出た。
 「野菜も、魚までも売れなくなった。すべて疑いの目で見られた」
 また、道が発祥の地の雪印乳業は食中毒事件に続き関連会社による偽装表示問題を起こし、消費者の信頼は失墜、その打撃は道の経済にも波及した。
 「ものすごい危機感だった。酪農をはじめ北海道の農業は一からやり直しだ、と思った」(東部長)。
 国もBSE発生を機に15年に食品安全基本法を制定する。
 そして道は17年に「北海道 食の安全・安心条例」を制定。
 その前文には「北海道はわが国最大の食料生産地域であり、食に関連する産業が地域経済に重要な役割を担っている」ことを強調、「道民の健康を守るとともに、消費者から信頼される安全・安心な食品の生産・供給に寄与するため、道民の総意として制定する」とある。
 食料自給率が200%ということは、その半分は道外に供給されることになる。
 「食料供給地域であるからこそ、消費者重視の視点に立つことを明確にしている」と小野塚課長は強調する。
 
◆信頼される北海道ブランドの確立へ

道産原料使用登録食品「YES!clran」北海道安心ラベル 安全・安心条例では遺伝子組み換え(GM)作物について一般作物との交雑などの防止措置を講じることを明記、それに基づいて開放系試験栽培を届出制、開放系一般栽培を許可制とする全国初のGM条例を制定した。
 そのほか、減農薬・減化学肥料などによるクリーン農業を推進。使用農薬の成分・回数などを具体的に表示する「YES!clean表示制度」と同農産物の生産支援、PRも具体的な施策として動き出した。YES!clean登録集団は20年度で53作物、114市町村、延べ357集団にまで広がっている。
 道民から信頼される表示や認証制度に力を入れてきた。道産原材料を使用し道内で製造・加工された食品を登録する「道産食品登録制度」を18年に創設、冷凍枝豆、トマトジュース、そば、ソーセージ、ハムなど現在248品目が登録されている。
 また、道産原料にこだわるのはもちろん、生産工程や衛生管理など、高いレベルで設定された安全・安心基準を認定する独自認証制度「きらりっぷ」も制定した。認証基準は専門家と消費者などでつくる委員会で選定し現在、チーズ、日本酒、アイスクリームなど18品目に基準を設け、67商品が認証されている。
 クリーン農業で生産された生鮮品にしても加工食品にしても、安全・安心を担保する基準を設定し、それをきちんと説明して認証、表示している。
 「信頼とはすべてのプロセスを透明にすること」と東農政部長。信頼を回復し確かな北海道ブランドを確立する取り組みが進んでいる。

 (写真)左:「YES!clran」北海道安心ラベル
     右:道産原料使用登録食品マーク

 

コープさっぽろ



事件教訓に賢い消費者めざす

「買い支える」が合言葉



◆「北海道100」へのチャレンジ

  石坂裕幸農業賞事務局長食の安全・安心への信頼回復は、農業者や製造・加工業者だけにとどまらなかった。
 生協、コープさっぽろも提供する商品のあり方に直面する事態が次々と起きた。北海道の食品企業のミートホープ社の偽装表示と、昨年1月に発覚した中国産冷凍餃子事件がそれだ。いずれも日本生協連開発のコープ商品として同生協でも扱っていた。
 組合員活動部の西尾潤子部長は餃子事件で「もう生協で買い物をするのをやめて」と家族から言われた組合員もいたという。
 実際、事件発覚後、共同購入の利用客は減り続けた。
 同生協農業賞事務局長の石坂裕幸氏は「いくら安全性検査をするといっても、結局、検査とは食品が製造されてあとの話。検査で安全性確保はできない。安心して食べるには、どこから食べものが来ているのか、私たちも学び、その質と量をしっかり確保することが大事だと改めて考えました」と話す。
 同生協はこうした考えのもと、北海道産原料を使った独自商品の開発に乗り出す。
 そのひとつが北海道産100%の餃子である。しかし、中国産は一個10円だったのに、道産原料で手作りすると40円、機械を使って製造しても20円になった。
 「不況のなか価格を考えると難しさも感じた。それでも餃子で起きた問題は餃子で取り戻そうとチャレンジしました」。
 同時に中国製造のコープ商品の取り扱いを中止すること、中国製造のNB商品は半減させるという方針も打ち出した。
  西尾潤子組合員活動部部長昨年春に発売し1週間で3万5000パックを販売。1年間で1億円程度の売り上げになった。これで期待してくれる組合員が多いことが分かった。
 「道産小麦の確保など課題はあるが、逆にいえばこの事件は組合員にとっても、将来の社会、生活をどう考えるかを提起することになった。それほど大きな事件だったということです」。
 組合員活動として食育活動「食べるたいせつ」運動を05年から展開しているが、昨年は改めて「自分たちの食べ物はどこから来ているのか」をテーマに道内各地区で勉強会を持ったという。そのなかからこれほど輸入依存度が高くていいのかという声や、北海道の農産物を「買い支えよう」という声も生まれてきた。
 こうした声を背景に道産材料100%の餃子を契機に同生協として「こだわり北海道100シリーズ」の開発を進めることにした。
 調味料まで含めれば厳密に道産100%が不可能なものもあるが、組合員も加わる商品開発検討委員会で検討し、道産の米粉30%と小麦をブレンドした食パンなど現在40品目まで拡大。来年には100品目が目標だ。
 単に安全な食かどうかではなく、将来にわたってどう安心して食べていけるのかへと組合員の関心が向かっていった。厳しい経済状況のなか、家計にとってはたしかに低価格ものをという声もある。しかし、石坂事務局長は「本物の消費者を育てるのが生協の役割ではないか」と話す。

 (写真)上:石坂裕幸農業賞事務局長
     下:西尾潤子組合員活動部部長

 

国産カロリーの2割を供給

 

◆志ある農業者を表彰する事業

 もうひとつ同生協は全国でも他に例のない「コープさっぽろ農業賞」を04年から始めた。消費者が応援したい生産者を消費者の目線で表彰する事業である。
 08年の第5回まで大賞に568件、生産者と消費者のふれあい活動を表彰する「農業交流賞」に2148件も応募があった。第3回からは漁業の部も新設された。
 生産者、JAなど応募は自薦、他薦自由。有識者と消費者で審査委員会を構成し、現地を見学して審査する。生協の組合員から「ぜひこの農家を」との推薦も増えてきた。
 もちろん全員が受賞できるわけではないが、特徴的なのは応募生産者の生産物については生協での取り扱いを積極的に進めていることだ。生協の仕入れ担当者は応募生産者の現場には必ず顔を出す。
 この賞はもちろん道内農業者、漁業者の励みにはなるが、それだけでなく生協としては組合員の声に応える事業展開を具体化したものでもある。仕入れ担当者の仕事も大きく変わった。現在、受賞者・応募者の生産物の取り扱い額は年40億円になっている。
 太田原教授は「生協の商品を各地に配送したトラックが帰りには産地からの仕入れ品を積んで札幌に戻ってくることも可能になる。地産地消は道内の物流業にも好影響をもたらす取り組みだろう」と指摘する。

 

若い農業者も多い

 

 

JAグループ北海道


協同組合間連携の構築

 

岩田得宏・総合管理室室長(右)と藤井辰美 同室次長 
   08年11月、東京・霞ヶ関の農林水産大臣室に大量の書類が積み上げられた。
 書類の内容は原油価格高騰、飼料・肥料の高騰などに対する対策を講じるように求めた道民の署名だ。その数、106万超。北海道の人口550万人の5人に1人が署名したことになる。
 要請活動を展開したのは農協中央会、漁連、生協連合会の3組織。原油価格高騰で灯油値上がりとなれば北海道の冬の生活には大きな影響が出ると、まず生協が危機感を持った。運動の取り組みを農協に持ちかけると、農業現場では原油だけでなく生産資材全般の高騰が問題になっていることへの理解が広まる。さらに、漁連に声をかけてみると「漁船を海に出すことさえできない」との悲鳴も聞こえてきた。
 これは一次産業の生産活動も生活にとっても大きな打撃が出ていると、これまでに例がない協同組合3組織による道民への署名活動を始めることにした。7月から活動を初め、大通り公園で3組織がそろって呼びかけるなど活動を展開。北産協や道庁、市町村レベルにまで共感は広がり、同内各地で署名の輪が広がっていった。
 50万人集まればいいほうと思っていたというが、結果は100万人を超えた。
 JA北海道中央会の総合管理室の岩田得宏室長は「協同組合が1つになれば大きな力になることを実感した。JAの力強いバックボーンにもなる」と語る。
 これをきっかけに今年1月、森林組合を含めた協同組合間連絡協議会が動き始めた。当面は各組織が抱える問題と取り組みについて情報と意見交換していく。最初のテーマは環境問題を取り上げた。漁連から海の環境問題についてオホーツク海まで視野にいれた環境対策の報告を受けるなど、道の第一次産業を取り巻く状況について改めて認識が深まったという。
 「地道な活動だが本当の協同組合間連携につなげていきたい」と岩田室長は話す。

 

 (写真)岩田得宏・総合管理室室長(右)と藤井辰美 同室次長

 

 


 農業者を励ます

「応援団」をつくろう


太田原高昭 北海道大学名誉教授

 


太田原高昭 北海道大学名誉教授 農業への追い風が吹き出したといわれて久しいのに、国内農業の後退現象に歯止めがかからず、JA全国大会の議案書もそのことへの危機感で始まっている。その中で北海道農業の地域自給率200%という数字は、それだけで強いインパクトがある。
                     ◆ ◇ ◆
 北海道農業は府県に比べて経営規模が大きく、専業農家率も高いので、生産力が高くて当たり前、自給率が高くて当たり前と見る向きもある。このレポートは、そうした常識論をくつがえして、北海道農業を元気にした「応援団」の存在にスポットをあてている。
 その中でも「中央財界と一線を画す」経済界の動きは注目に値しよう。北海道の経済界が本気になって農業を応援するのは、決して一時の思いつきからではない。それは北海道開発庁の廃止、北海道拓殖銀行の破綻と逆風が続いた10年以上前にさかのぼる。
 「北海道経済の自立」という課題を突きつけられた経済界は、デンマーク、フィンランド、オランダなど北海道と同じ人口500万規模のヨーロッパの国々を調査研究した。その結論が農林漁業を基礎に据えた循環型の地域経済というビジョンだったのである。
                     ◆ ◇ ◆
 道農政の「消費者目線への転換」も、従来の北海道のイメージには合わないかもしれない。しかしレポートにあるとおり、食糧基地、生産県であるからこそ「消費者への責任」はそれだけ重い。道が知事の名で「北海道スローフード宣言」を出したのは6年前である。 スローフードとは、イタリアで始まった新しい消費者運動で、それを農政の理念に取り入れたのは北海道が初めてであろう。「地産地消」「小生産者保護」「食育」などのコンセプトはすべてスローフードを政策原理としたところから発している。
 北海道の生協は、これも10年前に経営破綻に瀕し、日生協や全国の生協の支援で再建途上にある。しかし商品政策ではギョウザ事件を機に日生協と一線を画し、地産地消を基礎にした新しい事業方式が見え始めている。「農業賞」はその重要な転機となった。
 組合員が推薦した農業賞候補者をバイヤーが訪問し、その商品を事業に乗せるというやり方は、組合員の「買い支え」意識の醸成と共に、生協の本来的あり方を示唆している。原油値上げ反対の共同署名が、協同組合間協同に育っていくプロセスもきわめて教訓的だ
 このような各界の動きが一つになって、オール北海道の農業支援体制が構築されつつあり、札幌ドームの熱いファイターズ応援団のように選手(農業者)を励ましているのである。しかし、このことは決して北海道だからできたというものではない。
                     ◆ ◇ ◆
 本文にもあるように、カロリーベースでは北海道が断然トップの地域自給率となるが、金額ベースでみると鹿児島、宮崎、青森が北海道よりも高い自給率を示している。宮崎県の知事の奮闘がわかりやすい例だが、これらの県にも熱い支援体制があるはずである。
 多くの地域でこうしたネットワークがつくられるならば、それは必ず日本農業を活気づけ、自給率を向上させる力になるだろう。
 地域農業の特性をみつめた自治体行政の枠組み、商工団体との提携、協同組合間協同など、地域でやれることがまだまだありそうだ。
 こうした「県民合意」「道民合意」が「国民合意」に育っていく可能性を信じよう。
 日本農業の国際環境はきわめて厳しいが、国民が本気になって農業チームを応援すれば、選手は必ずその期待に応えるというのが、北海道からのメッセージである。

 

 


      

(2009.07.29)