◆JAグループの絆を実感
白石 昨秋のリーマンショックをきっかけにした世界的な金融危機は100年に1度と言われました。改めてこの間の経過と農林中央金庫の対応をお聞かせいただけますか。
河野 リーマン・ブラザーズの破綻が明らかになって以降、あらゆる市場が極度のストレス状態に陥りました。私は20年以上マーケットに携わっていますが、あのような緊張感、恐怖感を味わったのは初めてです。
保有している有価証券の市場価格がどんどん下がりどう対応するか、それが焦眉の急となり上野前理事長を中心に検討を重ねました。
このため当金庫の会員に状況説明をして増資を仰ぐことでこの危機を回避しようと決断し、約3カ月で1兆9000億円の増資にご協力をいただくことができました。
私たちはこの説明のために全国を歩きましたが、短期間に一致して協力いただけたことは、まさに協同組合の絆の強さだと実感しております。
白石 3月末までに安定的な資本基盤を構築し、新年度からは4年間の「経営安定化計画」を策定されました。まず今後の運用の方針についてお聞かせください。
河野 農林中金自身は店舗も職員も少なく企業融資をするにもメガバンクのような体制はありません。
一方、高度経済成長以来JA貯金は増えてきましたから、われわれは余裕金を運用することが使命となり、その収益をJAに還元してきました。その際、リスク分散をするため「国際分散投資」を基本とし、これをビジネスモデルとしてきたところです。
今回の金融危機では、航空機にたとえれば大乱気流に巻き込まれたところを増資で助けていただいたわけですから、それを糧に引き続き国際分散投資を基本に運用はしていきます。ただし、一般的には、新たに資本金を拠出いただいた場合は、資本効率をあげていこうとするのでしょうが、私たちはそうではなく安定的に運用し還元することを「経営安定化計画」における基本方針として決めました。
あえて高水準の自己資本比率を維持しつつも、会員の皆様に対する安定的な利益還元を行い、JA経営に貢献したいと考えています。
◆利用者保護と満足度向上
白石 「経営安定化計画」のもと、JAバンクとして進めようとする改革についてはどのようにお考えですか。
河野 JAを取り巻く環境は、正組合員の高齢化や土地持ち非農家の増加などで組織基盤が変容していることに加え、農産物価格の低迷が農家経営を悪化させているなど、厳しさを増しています。
また、金融情勢についてもゆうちょ銀行の全国統一サービスや、地銀等による地域密着型金融の強化、異業種の参入など、地域・業態を超えた顧客争奪戦が展開されています。
こうしたなかJAバンクとしては安定した収益力を確保していく必要がありますが、そのためにはまずは原点に立ち返り、組合員・利用者の信頼を勝ち取り絆を強めることを私たちは第一に考えています。組合員を中心とした利用者保護の徹底、満足度向上が事業運営の出発点です。
組合員・利用者への貢献を起点とし、その結果として選択と利用があるという考え方に立ち返り、JAバンクを継続・反復してご利用いただけるようなさまざまな金融サービスをご提供していきたいと考えています。
白石 具体的な事業としては何を重視されますか。
河野 私たちは「農業とくらしに貢献し選ばれ成長し続けるJAバンク」を基本目標に掲げました。
なかでもとくに力を入れたいのが「農業メインバンク機能の強化」です。
JAバンクの本来的事業基盤である農業金融サービスの強化を最重点に位置づけ、わが国農業のメインバンクとして確固たる地位を堅守していきたいと考えております。また、組合員・利用者個人の金融取引ニーズに重層的に応えるため、生活全般のメインバンクの実現もめざしていきます。
◆多様化する金融ニーズに対応
白石 「農業メインバンク機能の強化」によって農家・組合員のメリットが期待されますね。具体的な事業をどう展開されますか。
河野 JA組合員をはじめとする農業者のみなさんは、経営規模や経営形態が多様になっています。それにともなって金融ニーズもこれまで以上に多様化していまして、私たちはそのニーズを的確に把握して農業金融機能を提供していかなければなりません。
たとえば、大型化・法人化していく農業者の方々の金融ニーズは専門的かつ高度なものになっていくと考えています。このように多様化する農業金融ニーズにJAバンク全体で十分に応えられる取り組みを行っていくということです。
第1の取り組みが、JA内の事業間連携を通じた総合事業体の強みを発揮する農業融資体制の整備と金融対応力の強化です。営農・経済部門の職員の方々に対して農業者が要望された金融ニーズに関する情報を信用事業部門でも共有して、これに応えていく取り組みを進めます。
2点目は農業法人など大規模農業者の金融ニーズにも対応できる人材づくりです。具体的には、農業者の方々の金融サービス提供窓口になる農業融資担当者やこれをサポートする連合会職員向けの研修内容を見直し、実施していきます。
3点目は農業資金の提供です。金融ニーズ・特性に応じるとともに、農業者の方々に分かりやすさと利便性を高めた農業資金を提供していく必要があると考えており、現在、商品体系の整備、見直しや商品内容を分かりやすく説明するための資材を検討しています。
それから、こうしたJAの取り組みを支援する体制も必要で、JAの農業融資推進に関する企画、事業間連携や人材育成、農業資金の提供やそれにともなう相談対応などをサポートする機能も構築し強化していく必要があります。
こうした取り組みの実践で農業者のみなさんの満足度も向上させていけると考えていますし、新たな利用者を生み出していく土壌にもなると思っています。
白石 農林中央金庫としては、農業メインバンク機能強化にはどんな体制で臨まれるのでしょうか。
河野 そのための部署として今年7月に本店に「農林水産環境事業部」を設置しました。8月には各拠点にも農林水産金融に取り組む部署を明確に位置づけ、体制を強化したところです。今後は、全農・全中等とも連携・調整したうえで、JA・県域の取り組みをサポートしてまいります。また、会員の皆様と連携を密にして、大規模農業法人等へのアプローチや、農林水・商工連携のサポートなど、JAバンク一体となって取り組んでいきたいと考えています。
◆農林水産業への貢献を第一に
白石 さて、第25回JA全国大会を迎えます。今回の大会に期待することをお聞かせください。
河野 大会議案には「JA経営の変革」が盛り込まれています。組合員・利用者にきちんとしたサービスができるためには経営がしっかりしなければならないということが総意で共通認識されたという点は重要だと思います。
また、准組合員の拡大にも取り組むことが提案されています。これは、開かれた社会のなかで協同組合の存在価値を高めていくため、その良さを地域住民にも理解していただき、組織基盤の強化につなげていこうという前向きの発想だと思います。信用事業を展開していくうえでも、心強いことであります。
本日お話ししたとおり、未曾有の金融危機の影響を受け、会員の皆様に大規模な資本増強をお願いし、多大なご協力をいただきました。私たちは役職員全員が農林水産業系統組織の一員としての自覚を持ち、会員の皆様と農林水産業への貢献を第一として、協同組織中央機関の機能発揮にこれまで以上に取り組んでいきたいと考えています。
白石 JA全国大会をふまえ、協同組合らしい着実な体質革新を期待しております。
インタビューを終えて
農林中金は、JA組合員約930万人を組織基盤として、?総合農協、信連と連携したJAバンクの事業経営体質の革新と?農林中金でしか取り組めない会員の貯金等の余裕金のグローバルで効果的な運用体質の革新という2つの課題に直面している。
河野理事長は国際分散投資面で従来よりも安全性に軸足を強めた取り組みを強調された。その場合、グローバル市場で資金運用の最前線を担う農林中金の役職員が、金融の専門的な技能向上に加えて、世界の協同組合運動(ICA傘下の組合員は9億人)の一翼として「協同組合の価値」重視のJAバンクの体質革新を担っている誇りと使命を喚起するリーダーシップを期待したい。さらに、JAバンクは都市化地域と中山間地域の大きな差異と准組合員の増大を直視しながら「農の価値」重視の地域循環型の協同組合らしい金融システム創造のため、総合農協の各支店と営農・生活センターの事業活動の連携から、ボトムアップ型の体質革新力が湧き上がるリーダーシップを期待したい。(白石)