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【第25回JA全国大会特集】 新たな協同の創造と農と共生の時代づくりをめざして
シリーズ 政権交代を考える(2)

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シリーズ 政権交代を考える(2) 新政権が整理すべきFTA問題

東京大学教授・鈴木宣弘

FTA(自由貿易協定)締結で出遅れていた韓国が、近年、FTA交渉を加速化させ、米国やEU(欧州連合)とのFTAの政府間合意に至るなど、世界におけるFTA交渉が活発化する中では、それに属さないことの機会費用(失う利益)は大きい。このため我が国でも、すでに政府間交渉を開始している豪州に加えて、米国やEUとのFTAを望む声も大きい。

◇農協陣営も提案を

東京大学 鈴木宣弘教授 FTA(自由貿易協定)締結で出遅れていた韓国が、近年、FTA交渉を加速化させ、米国やEU(欧州連合)とのFTAの政府間合意に至るなど、世界におけるFTA交渉が活発化する中では、それに属さないことの機会費用(失う利益)は大きい。このため我が国でも、すでに政府間交渉を開始している豪州に加えて、米国やEUとのFTAを望む声も大きい。
 WTO(世界貿易機関)による多国間の貿易自由化にしろFTAにしろ、我が国の経済発展にとって、国際貿易の促進が果たす役割が大きいことは、まず認識する必要があるが、とりわけ、土地条件が大きな制約となる食料生産について、貿易自由化と国内生産の維持・拡大を両立することは可能だろうか。
 この問題は新政権においても、しっかりと整理すべき重大な課題となっている。日本の農村現場の実態をよく踏まえて、農協組織としても、どのような具体的、建設的な提案をしていくかが問われている。その参考として、以下を提示する。

 
◇「農業悪玉論」は誤り

 FTA交渉における従来の「農業悪玉論」は誤解である。
 事実、タイのような農産物輸出国とのFTAでも、農産物に関する合意は他の分野に先んじて成立し、難航したのは自動車と鉄鋼だった。大多数の農産物関税はそもそも非常に低く、高関税なのは品目数で1割強程度の重要品目のみであるから、重要品目への柔軟な対応を行っても、結果的には、かなりの農産物をカバーするFTAが可能だったのである
 日本国内では、農産物が早く妥結したために、鉄鋼や自動車が難航したという批判もあるが、これも間違いである。例えば、タイの自動車産業は、タイの自動車の輸入関税がゼロになるのは打撃が大きいから受け入れられないと主張したのであり、日本のコメがゼロ関税になったとしても、自動車のゼロ関税を受け入れはしない。
 つまり、自動車の難航と農産物の早期妥結はまったくの別問題なのである。
 また、韓国と日本のFTAが中断しているのは、表面的には農業問題が原因と言われているが、最も深刻な問題は、韓国が、素材・部品の輸入が増えて同産業に被害が出るとともに、対日貿易赤字が拡大することを懸念し、韓国の素材・部品産業育成への技術協力やそのための基金造成に日本政府からの支援を要請したのに対し、韓国はもはや途上国ではないとして日本側が断固拒否を貫いているからである。

◇農業大国は条件が違う

 しかし、豪州、米国、EUには、これまでの手法が通用しない。
 農産物貿易に占める重要品目(コメ、乳製品、牛肉、砂糖、小麦等)の割合が5割を超えている豪州については、農産物貿易額の5割以上を例外とするFTAは考えられないことから、従来のように重要品目にほとんど手をつけないで協定を結ぶことが不可能に近い。日豪間で、かりに例外なしの関税撤廃が行われた場合には、すでに41%しかない我が国のカロリーベースの食料自給率が30%まで下がるとの試算が農水省等から出されている。
 さらに、米国の最大の関心品目はコメであり、「コメを含めて全農産物を含めない限り、日本とのFTAはありえない」というのが米国の多くの関係者が明言しているところである。EUは「乳製品さえ含まれればよい」というが、これも日本にとっての最重要品目である。
 こうした農業大国と、品目数でわずかに1割程度の残された重要品目さえ全て含むFTAを締結するということは、ほぼ全世界に対する農産物貿易自由化に近づくことになる。世界に対する全面的な国境措置の撤廃により自給率は12%になるとの試算が経済財政諮問会議のワーキング・グループ会合に農林水産省から提出されている。もちろん、これは国内農業への追加的な支援措置を採らない場合の試算である。
 では、FTAを進める各国は国内農業に対してどのような対応を採っているか。
したたかな米国
 米国はFTAの特質を活かして、したたかに自国農業の利益を確保している。WTOが世界的に「無差別」であるのに対して、FTAはブロック内と外を「差別的」に扱うもので、意図的に競争相手を排除できまる。そうして、FTAは、世界的にみた競争力の関係からは起こり得ないような歪曲された貿易の流れを生じさせる。端的な例は、米国がNAFTA(北米自由貿易協定)ではメキシコに対して乳製品をゼロ関税にしてメキシコへの輸出を伸ばし、米豪FTAでは自国より競争力のある豪州に対して乳製品を除外したことが挙げられる。米豪FTAでは、米国がずいぶん譲歩したように言われがちだが、それは間違いである。

◇大打撃のメキシコ

 一方のメキシコは、乳製品だけでなく、国民の主食であるトウモロコシをゼロ関税にしたため、米国からの安価な輸入(しかも実質的輸出補助金による安売り)で、多数の小規模農民が廃業し、主食を米国に依存することになったが、そこへ今回のバイオ燃料需要喚起によるトウモロコシ価格のつり上げで、こんどは買えなくなってしまうという事態に追い込まれた。
 
◇韓国はなぜ?

 韓米FTAの政府間合意の成立は、我々にとって驚きの出来事であった。
 世界的にみると、我が国と並んで、農畜産業の生産コストが高いと考えられている韓国が、豪州と並んで農畜産物の輸出競争力を持つ米国と、農業分野について、広範囲な関税撤廃に合意できるとはとても思えなかった。しかも、韓国は、農産物関税は平均で62%と、我が国の12%をはるかに上回る高関税で国境保護を行ってきており、米国に比べれば格段に影響が小さいと思われたチリとのFTAでも、農業サイドの猛反対によって、難航を極めた経緯があった。
 なぜ、韓米FTAの政府間合意ができたか。端的に述べると、韓国経済は、日本に比較して、貿易への依存度が極めて高く(GDPの69%、日本は24%)、輸出に頼る「通商立国」として生きていかざるを得ない。
 米国との貿易では、製造業は黒字、農業のみが赤字なので、製造業の開放を勝ち取るために、農業を見返りに出さざるを得ない、つまり、農業は犠牲にするとの決断をした。その代わり、事後対策には十分なお金を出す、ということだというのである。韓国は、現在、英国に次いで、世界的な財政健全国であり、まだ社会保障費の圧迫もなく、財源に余裕がある点も、日本との条件の違いとして指摘される。
 
◇EUの対応は
 
 
最大のFTAともいえるEUが、農業の競争力に大きな国別格差があるにもかかわらず、成立し得たのはなぜか。
 それを可能にしたのは、各国のGDPに応じた拠出基金から条件の不利な農業国・地域に補填を行う「共通農業政策」である。ドイツがEU予算に最大の拠出をし、それを南欧の国々が受け取る形で差し引き赤字になりながらEU統合に貢献してきたように、各国がGDPに応じた拠出による基金を造成し、偏在するFTA利益を再配分するシステムが有効に機能したのである。

◇我が国はどうするのか

 欧州圏や米州圏の統合の拡大・深化に対する政治経済的カウンタベイリング・パワー(拮抗力)として、我が国はアジアとともに持続的な経済発展を維持し、国際社会におけるプレゼンスをより強化する必要性があるとの認識も強まっている。
 農業については、新大陸型の大規模畑作経営をベースにした米国・豪州等の市場開放の主張に対する拮抗力として、零細な水田稲作をベースとする固有の共通性を持つ東アジア諸国がまとまり、世界の多様性が認められるような国際貿易ルールを共同提案していくことが有効ではないかという視点もある。
 例えば、タイの農家1戸当たり耕地面積は約3.7haと、日本と極端な差はないが、畑作中心の豪州における農家1戸当たり耕地面積は3385haもあり、日本や東アジア諸国のそれとは実に3桁も違っている。これほど大きな土地賦存条件の格差は、残念ながら、政策や農家の経営努力で埋められる限度をはるかに超えている。

◇「東アジア」構想で安泰か?

 こうした中、かねてより「東アジア共同体」構想も打ち出されてはいるが、これまでのところ、参加国の範囲特定の議論から抜け出せずにいる。主導権争いに腐心して、参加国の範囲特定の理念が欠けてしまっては意味がない。日中両国は、ともに東アジアの将来のために協力することが不可欠であろう。米国は、自身はNAFTA等で米州圏の足場を固めておいてアジアに進出を図っていながら、アジアが、まずアジア圏を形成しようとすることには強く反対している。
 APEC(アジア太平洋経済協力会議)21カ国でのFTAという米国提案は、APEC21カ国でのFTAの実現そのものを米国が真剣に考えているというよりは、東アジアがまとまるための具体的議論を遅らせるのが目的ではないかとさえ思われる。
 参加国を広げすぎれば、具体的議論は進まない。EUの歴史的展開をみても、まずASEAN+3(日韓中)から始めて、徐々に拡大していくべきではなかろうか。日本政府提案のASEAN+3(日韓中)+3(豪州・NZ・インド)では、特に、オセアニアの異質性が問題になろう。
 しかしながら、単純に、東アジアでまとまれば安泰と考えるのも幻想である。
 これはなぜか。それは、東アジア農業は、新大陸型の大規模畑作経営に対する零細水田稲作といった共通性を持つと同時に、東アジアの中にあっても、現時点では、賃金水準等に基づく生産費の大幅な格差といった異質性も大きいからである。

◇アジア版CAPを

 したがって、賃金格差に基づく大きな生産費格差という異質性を克服して、東アジア各国の農業が共存できるようなFTA利益の再分配政策としての「東アジア共通農業政策」を仕組めるかどうかが、東アジアがまとまるための大きな鍵を握っている。つまり、EUのCAP(Common Agricultural Policy)を参考にしたアジア版の共通農業政策の策定が求められる。その具体像として筆者は、日韓中3国のコメに限定した試算ではあるが、次のようなシステムの実現可能性を提示した。
 筆者の試算は、3国のGDP比(70:22:8)に応じた共通の補填財源を形成し、日本は生産調整を解除して補填基準米価を1俵1万2000円程度に設定し、日本の負担額が4000億円に収まるには、日本のコメ関税率をギリギリ186%程度まで引き下げられることを示している。
 このとき、コメ自給率は大幅に低下することなく、環境負荷も大きく増大することなく、韓国・中国の負担額も大きくはなく、中国は輸出増による利益を得られる。かりに、関税をゼロに設定すると、日本と韓国への必要補填額はそれぞれ1.3兆円、6600億円、日韓中の負担額はそれぞれ1.4兆円、4200億円、1600億円となり、各国、とりわけ日本の負担額が大きすぎて現実的ではないのである。
 このように、関税水準と必要となる直接支払額の大きさはセットである。このようなシステマティックなモデル試算により、設定を変更しつつ、様々なケースを議論していくことは、東アジア共通農業政策の具体像を詰め、東アジアにおける広域経済連携の議論を具体化する足がかりになろう。
 こうした努力を重ねて、米州圏・欧州圏の拡大・強化とのバランスを確保できるように、アジアがしっかりと足場を固めた上で、米国やEUとの関係を検討するのが一つの筋道として考えられる。

【略歴】
(すずき・のぶひろ)
1958年三重県生まれ。東京大学農学部卒後、農林水産省、九州大学教授を経て現職。日本学術会議連携会員。

(2009.10.15)