担い手育成・確保新法の実現めざす
◆「戸別補償で将来展望は拓けるか?
後藤 新政権の農政は、来年度は米の戸別所得補償制度と水田利活用自給力向上事業が柱になっていますが、この政策について根本的に考え方の違いがあるのか、それとも方向としてはいいけれどもこういう点を直すべきだということなか。その点から伺いたいと思います。
山田 所得補償といいますか、直接支払いには賛成です。もともと自民党政権のなかでも良質米奨励金や計画流通助成金の直接支払いへの組み込みを含めて、経営安定対策を直接支払いへ近づける努力をしてきたわけです。
ただ、私としては、やはりどう考えてもすべての販売農家を対象にすることと、農地利用集積加速化事業を削ってしまったのが問題だと思います。
つまり、地域の農業を支える多様な担い手を作り上げるという将来展望をよく考えた仕組みなのかというところにおおいに疑問がある。結局、7月の参議院選挙を狙っただけの対策では、と言わざるを得えません。
では、自民党が実施に移していた品目横断的経営所得安定対策は、あれでよかったのか、というとそうではありません。
当時私は全中専務として規模による格差の導入は、農村にはものすごい抵抗があると徹底して反対した。しかし、かつての自民党は経済財政諮問会議主導の構造改革、市場原理導入の流れから出ることができなかったわけです。そして、案の定、徹底的に批判を受け参議院選挙で敗北、そして見直しをしました。意欲のある農業者については市町村長や地域協議会が認めれば規模や年齢に関わりなく対象にするという仕組みにしたわけです。しかし、昨年の衆院選には手遅れだったということです。
◆米の過剰対策は不可欠
後藤 前政権も直接支払いによる所得補償に近づけてきたということですが、しかし、自民党の政策は、たとえば米については高関税で外国からの輸入を遮断しており米価は国内の需給で決まってくる、だから、低米価で経営に問題があるならそれは基本的に需給調整がうまくいっていないからだ、というのが基本的な認識で、だから直接支払いによる岩盤政策には踏み込まなかった、ということだったのではないでしょうか。
山田 米の需要減のなかで生産調整面積を拡大せざるを得ないという問題を抱えているわけですから、その点では需要に見合った計画生産をきちんと進めれば一定の米価は確保できる、ということだったと思います。それもこの関税水準を維持するなかでですね。
ところがそうは言うものの、地域の実態、環境に応じてどうしても米づくりに集中せざるを得ない地域があることは避けられなかった。
だからこそ過剰米対策が何としても必要だということから、豊作分を隔離する集荷円滑化対策の必要性を主張し仕組んできたという経緯があります。生産調整をしっかりやり、しかし、生産調整では対応できない豊作部分に対しては集荷円滑化対策によって需給均衡に近づける、といった仕組みで需給と米価を支えることができると思っていたわけです。
その点で、今度のモデル事業は全国一律の所得補償は生産数量目標達成とリンクさせますが、水田利活用事業ではそのリンクをはずした。これでは計画生産は崩れます。民主党の政策も市場競争のなかに踏み込むということなんです。集荷円滑化対策という大事な仕組みも実施しないということですから米価下落が不安どころか、米価下落を誘導する政策になっているのです。
◆岩盤対策、もっと議論を
後藤 過剰米対策が示されていないのは問題ですね。ただ過剰になるかどうかは、米の下支え水準と、水田利活用事業での大豆、麦、地域振興作物としてのその他作物などの単価設定と関係してきますね。うまく設定できれば米については生産数量目標があるわけだから、過剰を防ぐ仕組みにもなるのではないかと思いますがいかがでしょうか。
山田 私も水準いかんでそれは可能だと思う。しかし、その水田利活用事業ですが、助成は、米粉と飼料用米はともかく、大豆、麦では3.5万円が基本で、地域振興作物のその他作物はわずか1万円ということですね。単価設定に地域の意向を一定程度反映させることができるとしていますが、基本的に現状よりも低い設定しかできないとなれば、転作対応できないと思いますよ。
それから米価が下落しても生産数量目標を達成すれば下落部分も含めて補てんするというわけですが、モラルハザードが心配される。流通は自由だから過剰になった米をどう売るかというときに、販売業者から所得補てんの分だけ価格を下げるなら買うよ、という話になってしまって価格引き下げ競争が起きてしまうのではないか。
また、岩盤対策を講じたと言っていますが、全国平均の交付金でしかないため、中山間地域などコストの高い地域ではコストを償うことにならない。結局、米づくりは継続できないことになる。一方、生産性の高い地域は規模拡大に取り組めば得になると言いますが、農地利用の集積事業をとめてしまっているのです。これではすべての農家を戸別に補てんすると言っていながら、条件の悪いところはやめろという仕組みで、どこを向いた政策なのか分かりません。
現行の水田・畑作経営所得安定対策は、それぞれの地域の銘柄米の価格変動をふまえた基準価格を補てんするということでした。地域ごとにその実態をふまえて補てんする仕組みになっていた。いい対策だったのです。ただ、対象農家を絞るということが批判された。
さらにこの岩盤では、生産費を基準にしているので、生産費を引き下げていこうという取り組みが進まないのではないかということです。だから私たちは計画生産の努力によって販売価格を引き上げ、一定の期間の安定的な米価水準を基準として設定し、その差が生じた場合は10割補てんする仕組みができないかと考えていました。
後藤 確かに計画生産とのリンクの問題も含め、どういう岩盤対策が日本農業に望ましいのかは、さらに議論されるべき点かもしれませんね。
◆あるべき経営を想定し支援
山田 その議論に必要になるのが、わが国の気候風土や永い歴史のなかでつくられた農地利用の実態をふまえた、日本型ともいうべき経営形態を地域ごとに想定することです。そして、その経営形態の合理的な生産コストや所得がどのくらいかといった判断をしたうえで、現状の経営とどんな格差があるのか、つまり、あるべき経営形態に近づけていくための所得補てん対策として考えるということです。
また、計画生産についてはもう少し弾力的で幅のある取り組みが考えられないのか。西日本では加重な生産調整に苦しんでいますが、しかし、すべて米を生産しても当該県の消費量を満たすほどの生産量はない。だから、そういう地域は米の生産をしたければするが、一方、他の作物にも思い切った転換ができる対策を準備しておき、こっちを生産するなら生産してほしい、とする。というのは、西日本は二毛作などの多様な取り組みが可能だからです。
一方、北日本については雪が降りますから米しか作れないところが多い。米が中心にならざるを得ないから米を作って下さい、としますが、その代わり飼料用米、加工用米、米粉用米としてきちんと区分し出荷することを厳重に守ってもらう。そこを守り主食用の数量目標が確保できれば所得を補てんします、という仕組みにする。もちろん地域を区切ることは難しいので、自分たちの地域はこれでいくという申請でやる。支援水準が十分ならこうした仕組みで対応できるのではないかと思います。
◆市場原理主義と決別する
後藤 それは今までにない構想ですね。ところでWTO交渉では新政権をどう見ていますか。
山田 私は予算委員会で岡田外相に質問をしました。外相は国益の観点から政治主導で決断するとの答弁でした。WTO交渉の合意、EPA・FTAの締結に本当にのめり込んでいるなという印象でした。これは極めて危険です。関係閣僚委員会を作って対応すると言っていますが、私は、赤松農相に対してよほどしっかり主張しないと流れが決まってしまいますよ、と申し上げた。所得補償制度で補てんするから自由化して価格が下がっても構わないんだ、という小沢幹事長発言のようになってしまっては、この国の農業の展望は開けない。そこは極めて重要な話です。
後藤 最後にこれからの日本農業の進むべき方向や、そのためにはどういう政策が必要なのかということを話題にしていただければと思います。
山田 どうしても考えなくてはならないのは、市場原理と構造改革で進めようという流れが自民党政権のなかでもずっと続いてきたということです。
ここは改めて、市場原理主義では農林漁業は律し切れない、と腹を固めなければいけない。新政権も腹を固めなければいけないし、自民党も麻生前総理は昨年の衆院選公約のなかで、行き過ぎた市場原理主義と決別すると宣言したわけですから、その立場に立って農林漁業政策を描くということがいちばん大事だと思います。
もうひとつは農家の後継者も含めて多様な担い手を意識的に作り上げなければ地域の元気は出ませんから、担い手の育成・確保のための新法が作られてしかるべきだと思っています。
私自身は野党になりましたが、担い手育成確保法というものを議員立法で作り上げたいと考えています。これまでも対策がないわけではないですが、それらを集約して一本化し、とりわけ新しい担い手については一定年数の所得を保証をする、技術などの教育研修も実施する、それから資金対策や規模拡大のための農地利用集積の条件整備を実施する、など5本柱ぐらいを盛り込んだ法律が必要になると思っています。ぜひ与野党共同で提案できるような立法化をめざしたいと考えています。
後藤 ありがとうございまいした。
農業再建は政治の責任
聞き手:後藤光蔵
武蔵大学経済学部教授
経営の確立と自給率向上を目指す、民主党の戦略作物の戸別所得補償制度を核とする政策の枠組みは、筒井議員の説明からわかるように論理的には筋が通っている。
しかし大型小売業者の価格形成力が増大している中で交付金は本当に生産者の所得増大に結びつくのか、米粉用などの新規需要米はきちんと消費に結びつくのか等々、想定通りに機能するのかどうか、期待の反面不安も大きい。山田議員の地域特性を踏まえた制度設計という議論にも通じるが、生産調整を通して地域が模索してきたそれぞれの地域農業のあり方の追求を大切にする視点も重要だろう。
とはいえコメを含めた戦略作物を対象に、生産費を基準とした所得補償という考え方はこれまでの自民党農政からの一歩前進である。しかし現時点では準備不十分との印象はぬぐえない。本格実施に向けて更なる検討が必要だろう。農業再建を可能にする岩盤対策の確立は緊急課題であり、お二人の話からは党派を超えて協力できる点も多いと感じられた。
WTO/FTA交渉やコメのミニマムアクセス等々、外枠の課題の重要性について両議員の考え方には共通している点が多いようだが、政治を動かすためにはそれぞれの党内をまず説得するという課題があるようだ。世論を高めると同時に、それを背景にこの点でもお二人の奮闘を大いに期待したいと感じた。
(筒井信隆衆議院農林水産委員会委員長へのインタビュー記事はコチラから)