民族の心を子に伝えて
誇りを持って生きた父
◆毎日の食事こそが“薬”
吉武 韓国へ行って驚くのは女の人の肌がきれいで張りがあってシミが少ないことです。
ジョン やはり食べ物のせいでしょうね。キムチとかヤンニョムとか……
吉武 それは発酵食品?
ジョン そうです。韓国もコメを主食とする農業国ですが、山地が多く十分に作れないためそれを補う副食やスープが豊富です。食材は野菜、海産物、畜産物など日本に似ています。
おばちゃんたちのパワーは発酵食品とニンニク、トウガラシ、ショウガ、ゴマ、ネギ、ゴマ油などの薬味、調味料、香辛料が源です。それらを上手にブレンドし、例えば焼魚にしても、ひと塩するだけでなく、ヤンニョムジャンという薬味醤油みたいなものをかけます。
吉武 おいしそうね。
ジョン 韓国料理は薬食同源といわれ、毎日の食事こそが薬なんだという考え方です。だから高齢者も元気で精力的です。若い女性にしても元気でないと子育てができないし……
吉武 食事をおいしくいただくことが大事なのよね。
ジョン おいしいものを食べて怒る人はいませんからね。輝子さんと私は神楽坂女声合唱団の仲間ですが、創設者の小林カツ代さん(料理研究家)は「戦争は大嫌い」「拳を振り上げて戦うのはイヤ」「私は拳を握らずにおむすびを握るわよ」なんてよくいっていますが、確かに人間は、おいしいものを食べていれば人殺しやいじめをやろうとは思わないはずです。料理は朗らかに食べるのが一番です。
吉武 その通りだわよ。ところで私ね。韓国で鶏丸ごとのサムゲタンを食べて寿命が10年くらい延びた気がした。あれは中に何が入っているの?
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ジョン・キョンファ(全京華)
1956年東京生まれ。在日コリアン二世。朝鮮料理家、調理師・栄養士、KOREAN COOKINGジョン・キョンファスタジオ主宰。NHK「きょうの料理」などで韓国・朝鮮料理の普及に努める。エッセイ「オンマの台所」(大和書房)など著書も多い。
◆常備菜を作り置きして
ジョン モチゴメ、高麗ニンジン、クリ、ナツメ、マツの実、秋だったらギンナンを入れたりもします。サムゲタンは夏の暑い時季に食べる夏バテ防止の料理でしたが、いまは年中です。日本の土用の丑の日のウナギとよく似ています。
薬膳料理の話になりますが、何万円のコースを食べても1回分では体に貯まりません。栄養素は循環しますから、要は積み重ねが必要です。日常の食生活が1番大切なんです。
吉武 毎日きちんと3食をとること、とくに朝食ですね。
ジョン 朝食に炊きたてのご飯を2膳食べるのが私の健康のもとでした。しかし3年前からは1膳に減りました。もう53歳ですから。韓国人は炊きたてのご飯によく合う常備菜をよく作り置きします。例えばジャコを炒めて佃煮っぽくしたものや煮豆やノリの和え物です。
また朝食を大事にして例えば子どもの誕生日には朝から尾頭付きの魚や赤飯を出します。
吉武 夜じゃなくて?
ジョン いえ、夜もご馳走します。それから私の父は朝食後の果物を大事にし、朝の果物を金とし、昼は銀、夜は銅という教えも説きました。またご飯粒を1つ残しても「お百姓の苦労を思え」と叱りました。食事の場で人間教育をしたわけです。 私も料理教室で、「朝食をとる時間がない」という生徒たちに「化粧の時間があるのなら、ご飯を小分けして冷凍しておけば、後は納豆かみそ汁でよいのだから、とにかく食べること」と絶えずいっています。
吉武 マスカラをつけるよりも食べることね。
ジョン 「そのほうが体の内部からきれいになる」と教えています。栄養クリームやサプリメントよりも食事は歯を使うからアゴの線などもきれいになるなどとも説いています。
また朝食をとると“さあ今から仕事だ”という信号が脳に行きますからね。
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(よしたけ・てるこ)
1931年芦屋市生まれ。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。作家・評論家。小説、評論、伝記などの著書多数。近作は「病みながら老いる時代を生きる」(岩波ブックレット)、「老いては子に逆らう」(講談社+α文庫)。
◆各国の文化に優劣なし
吉武 お父さんのことを聞かせて下さい。
ジョン 在日朝鮮人の苦労を描いた小説や映画が増えましたが、父も家族と一緒に9歳で日本に来て苦労しました。チョゴリを着て差別されたり、キムチを食べるからニンニク臭いといわれたりした時代でした。
そんな中で父は自分の国のルーツと朝鮮人であることの誇りを持って生き抜きました。日本語や日本の歴史をしっかり学び、また小説を始め日本文学にすごく詳しい、すてきな父親でした。
事業もいろいろやりましたが、お金をもうけたとか会社を大きくしたといったことで人間の価値が決まるわけではないという考え方でした。後世の人の心に残ることをすることが大事であるというのです。
また、どこの国の文化にも優劣はないから、まず自分の国のことを知ること、それを土台にしてこそ相手の国の文化を受け入れることができる、それが、みんなと親しくしていく道だともいいました。
吉武 やはり自己肯定ができないと相手のことも肯定できないということですか。
ジョン そんなことから父は故郷朝鮮半島の食文化を伝えていくことが在日の役目でもあるとして調理師専門学校をつくりました。きちんとした教育施設のある認可を受けた学校で和・洋・中料理に加えて朝鮮料理があるのはうちだけでした。
吉武 あなたも先生として、いろいろ大変ね。
ジョン 1男2女の子育て時代を思い出したりします。自転車に母子の4人乗りで保育所に走ったりしました。保育所への連絡帳には家庭での食事を記入しますが、今もそれが残っていて私の宝物になっています。
娘たちはそれを見て「オンマ(お母さん)えらいわね。忙しくても、こんなにたくさん家庭料理を作ってくれたんだね」と感謝してくれます。今は末っ子が25歳になっています。
◆自宅の庭に菜園つくる
吉武 テレビであなたの料理番組を見ていて、ふと思ったのですが、トウガラシは日本と韓国で品種が違うの?
ジョン 韓国産の辛みの成分は日本産の3分の1〜5分の1といわれ、辛くないので韓国人はピーマンかシシトウのようにボリボリかじります。ビタミンCが多いので韓国人の顔にシミが少ないのはトウガラシをたくさん食べるからではないかと皮膚科の先生はいいます。
吉武 日本でも作れるの?
ジョン ハイ、私は昨年、自宅の庭に「キョンちゃんの畑」と名付けた菜園をつくり、韓国から持ってきた種をまき、たくさん収穫しました。しかし品種にもよりますが、日本で作っているとだんだん辛くなります。気候風土の違いですね。
韓国の市場では辛いのと両方売っていますが、辛くないほうは、おみそやコチュジャンをつけたりしておかずにします。辛さの比較ではタイやメキシコのものがすごいと思います。
吉武 キムチについてはどうですか。
ジョン キムチは漬物の総称です。トウガラシで真っ赤になったキムチでも韓国のは見た目と違って外見ほど辛くありません。
発酵したキムチは乳酸菌が豊富です。自然発酵で微生物がつくりあげた味は何ともいえません。
キムチは100〜200種類ほどありますが、「水キムチ」というのもあります。正に乳酸菌飲料で、スプーンで飲みます。父は酒飲みでしたから母は毎朝これを出していました。2日酔いによいというのです。
吉武 日本の場合は甘酒がよいとのことです。昔の人は体によいものをつくる知恵があったけど、今はでき上がったものを買うようになりました。
ジョン ゴホンとセキをしたらショウガを煎じるとか、火傷をしたらみそを貼るなど祖母たちはよく知っていました。そうした知恵が途切れちゃうのはもったいないですよ。
◆元気の良い野菜が…
吉武 ところで、ソウルの市場ですが、なんであんなに野菜の元気がいいの?泥つきのものも並んでいるし……
ジョン 野菜が好きな民族なんです。お肉やお魚の何倍もの野菜をいただくのですよ。外食でもいろいろな野菜が食べられます。日本では農村部は別として都会ではコンビニのサラダなんか見かけだけで大した量はパックされていません。
韓国のスーパーは何種類ものゆでた野菜を売っていて家庭ではほんの少し手を加えるだけで食べられるから忙しい主婦には便利です。日本でも見習ったらよいと思います。
吉武 ニンニクについてはどうですか。
ジョン 韓国のは刺激が弱いのですよ。日本ではにおいが問題になりますが、私たちは毎日それを食べ続けてきているので、うまく消化できる体質というか、受け入れられるものができているんではないでしようか。だから私などくさいとはいわれたことがありません。
日本人はたまに食べるのでにおいを気にしますが、ニンニクも1つの香辛料であり、栄養剤です。敬遠しないでもっと食べて下さいと申し上げたい。
ニンニクの成分のアリシンは強壮成分で、薬をはじめ元気の出る飲料などに広く使われています。
吉武 最後にJAの女性たちに贈る言葉をお願いします。
ジョン 私も毎日の仕事で泣きたいことがあるし、疲れていて、きょうはご飯の支度をしたくないと思ったりもするけどそこで一歩踏みとどまって「でも…」と思って、つくったものには元気があり、買ってきたお弁当とは違います。
家族の食事をつくるのはやはり女性中心にならざるを得ない環境にありますから、お母さんの味を伝えていく気持ちで、ムリをしなくてもよいから、おにぎり1つでも、みそ汁だけでもつくったらどうでしようか。
だって女性ならではの特権もあるじゃないですか。それをプラスと思い自信を持って明るく美しく輝いていただければいいなあと思います。