特集

【第56回JA全国青年大会特集号】日本の明日を考える
特別企画対談
部落解放同盟中央書記長 松岡徹氏 -- JA全農専務 加藤一郎氏

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【特別対談】後を絶たない人権侵害=被害救済を考える=

・こんな差別体験も…
・「人権委員会」設置を
・ネットでの差別も…
・人間に光りあれ
・孫たちに期待かけて

 人権問題とは人の心の痛みを感じる感性を磨き、その痛みの本質を考えることにある。人権・同和問題はいまだに今日的課題であり、様々な人権侵害がおこり、貧しい人同士がいがみ合う風潮が続く。人々が地域で支えあう協同体をつくることが、農業・地域を元気づける。息子たちはサラリーマンになってしまったが、孫たちが農業の後継者になる可能性が出てきた。新たな絆の誕生。

人間の尊厳を守る基本理念の発信を
  
支え合いの協同精神が必要

 

◆こんな差別体験も…

部落解放同盟中央書記長 松岡徹氏 加藤 JA全農が部落解放同盟に人権・同和の講演会を依頼してから昨年で10年になりました。私は人権問題とは、知識を身につけることではなく、他人の心の痛みや、悩みを感じる感性を磨き、その痛みのよってきたる本質を考えることだと思います。先生ご自身も非常につらいご経験をされたとうかがいます。よろしければ、その一端をお聞かせいただくことから対談を始めたいと思います。
 松岡 小さい時は分らなくても後になって、あれは実は差別体験だったんだと思うことがあります。そんな例を少し話しますと……。
 私たちが育った地区の人々はみな貧しくて内風呂を持っていませんでした。銭湯は国鉄踏切を越えた一般地区にあるのですが、そこへ行くと「入ったらあかん」と露骨に断られるのですよ。仕方なく湯を沸かして冬でも戸外で行水していました。
 小学校では学校給食を食べられなかったという思い出もあります。給食費が払えず、昼食抜きだったのです。父は町工場で働いていましたが、子ども4人を抱えて苦しい生活でした。
 3年生の時、親にねだってやっと給食をもらいました。初めて食べたあのおいしさは今も忘れません。しかし母は月末になると給食代を入れる袋に先生あての手紙を入れました。
 「支払いを待って下さい」と書いたのでしょう。それが何か月か続くと書きづらくなったのか今度は「持ってくるのを忘れた」という言い訳を私に教えました。しかしそれが続くと先生は「忘れたんなら取りに帰れ」と命じました。
 私としては家におカネのないことがわかっているので帰宅せずに学校の外で遊んで時間を稼ぎましたが、翌日先生は「私は給食代を忘れました」と書いたプラカードをつけて運動場を10周しろという罰を与えました。

◆「人権委員会」設置を

JA全農専務 加藤一郎氏 教室の窓からは運動場を歩く私を指差して子どもたちみんなが笑うのですよ。子ども心にはこれがつらかったですね。先ほど専務がいったように思いやる心がないのですよ。
 部落の家庭ではほとんどが学校給食費を払えないから同じ罰を受ける子が多い。その姿を見て親たちは「子どもたちに罪はないのに貧乏は学校教育まで奪ってしまうのか」と嘆き、やがて教科書無償化などの教育運動が始まり、全国に広がって義務教育の教科書無償が実現し、同和対策事業としても教科書が支給されるようになります。
 部落の子どもたちは教科書が買えず、兄姉や近所の年上の子の古い教科書を使いましたが、改定教科書とは表紙が違っているので、それが恥ずかしく、古新聞などをブックカバーにして表紙を隠していたのですよ。
 加藤 人はたった一つの言葉で傷つき、一つの言葉で勇気づけられる存在です。教育基本法や憲法14条には法の下の平等が書かれ、経済的、社会的に差別されることはないとしていますが、現実とはギャップがあるという気がします。現在でも出身地を理由に就職できなかったり、結婚を断られたりする現実があると聞きます。そういう中で先生が取り組んでおられる「人権侵害救済機関の設置」は現在どのような状況ですか。
 松岡 公正取引委員会や中央労働委員会のような国家から独立した救済機関として「人権委員会」を設け、そこで人権侵害の認定をして被害者を救済しようという法律をつくる作業が進んでいます。
 現代社会はね、思いやりの心が希薄です。憲法などには「差別されない」と書いてありますが、「差別してはならない」とか人権侵害による被害の状況、この法律をつくるべき立法事実には目が向けられていない。そういうところに手を差しのべようという趣旨です。
 国家権力が個人の人権を侵害した例では足利事件や免田事件が有名です。85歳の免田栄さんは昨秋、私の事務所に「年金がほしい」と相談にきました。

◆ネットでの差別も…

 その話によると、厚労省の窓口は「あなたは掛金を1円も掛けていないから年金はもらえません」といい、「刑務所にいたから掛けられなかった」との説明には「それなら刑務所の中で掛金の免除申請をすればよかったのに」といったそうです。
 明日死刑になるかも知れなかった人に向かってよくそんなバカなことがいえたものだと思いましたが、今のところは法務大臣と厚労大臣の間で何とか免田さんの市民権回復の道が開けないものかと考えています。
 加藤 農業問題は産業としての農業という視点だけではなく、食糧の安全確保や、環境・気象問題、地域社会の活性化などと密接に関連して、縦割りの行政ではなく、日本の社会・経済政策として総合的に考えなければならないと思います。人権でも障害者基本法、男女共同参画社会基本法、人権教育・啓発推進法、ハンセン病問題解決促進法など所管省庁が多岐にわたり、個別分断人権の状況のような気がします。
 松岡 日本では人権というものの定義が社会や政治の中で確立されておらず、各省ばらばらの対策を実施しています。やはり総合的な施策をきちんとするような機関が要りますよね。
 子どもの権利もそうです。一家心中は日本独特らしい。親は残していくのはかわいそうだ思うのでしょうが、子ども自身は死にたくないのに無理に道連れにされ、人権を踏みにじられます。子どもであっても1人の人間としての尊厳をどう守っていくかを考えないといけません。
 その基本的な考え方を発信するところが日本にはないから個別ばらばらの対応になります。
 加藤 人権を守る新たな課題としてはインターネットによる人権侵害への対
応など新たな問題が出てきました。
 松岡 そこには匿名性という特徴があります。それをよいことに部落出身であることを暴いたり、障害者を虫けらのように表現したり、在日外国人は日本から出て行けと煽ったり、極めて露骨な差別表現が最近見られます。しかもその内容が排他的で攻撃的になっています。

◆人間に光りあれ

 しかしその目的がよくわからない。これまでの事例では失業とかホームレスになりそうだとか人生の目的が見つけられないなどの悩みを克服できないそのはけ口としてやったというのが多い。つまり差別した側が問題を抱えていたわけです。
 大阪の個室ビデオ店で15人ほどが焼死した事件も、カネがなく、寝泊りできない状況になっていたからだと聞きました。そういった問題をみて対処することが大事です。
 加藤 昔は“1億総中流”社会なんていわれましたが、最近は貧しい人が増えて貧しい者同士がいがみ合う風潮も目立ちます。今重要なことは、生きていることは他人に支えられているんだということに気づくことだと思います。
 「人の世に熱あれ、人間に光りあれ」1922年の水平社宣言の言葉は時代を経ても今日的であり、不滅の言葉ですね。
 松岡 まったくそうです。私も改めて宣言を読み返してみる時に大変教えられます。「人間に光りあれ」といっているのは部落民だけのことをいっているのではなく、目指すべき社会全体についていっているのだと理解します。非常に意味のある言葉だと思います。
 加藤 JAグループは人と人のきずなを大切にする協同組合精神に支えられていますが、近年は効率性や収益性が強調され株式会社万能論も出ています。そうした中で第25回JA全国大会は「新たな協同」を決議しました。JAにとって、人権が尊重される地域社会をつくることも重要な役割だと思います。最後にJAグループへの期待があればお聞かせ下さい。
 松岡 過酷な差別社会から身を守るために部落は協同体を大事にします。部落解放同盟の中にも農業者がたくさんいます。栃木県の同盟支部を訪れた時にこんな話を聞きました。
 その人はイチゴ農家ですが、以前は米を作っていて毎日、食事のたびに「こんな仕事はつまらん。朝から晩までしんどい思いをして働いても生活は全然豊かにならない」などと口癖のようにいっていたというのです。
 長い間それを聞かされた息子たちは後を継がずに、みんなサラリーマンになってしまった。そして家族というか協同体もつぶれてしまった。

◆孫たちに期待かけて

 ところが、小学生の孫たちは違います。おじいちゃんのグチやぼやきを聞かされておらず、一生懸命働く姿だけを見ています。もうかるか、もうからないかなんて考えません。
 だから、おじいちゃんはものすごく大事な仕事をしているんだと思っていて、いつも農作業を手伝ってくれるといいます。
 それで、今は息子たちにグチをこぼしたことを反省し、孫たちに期待をかけているとのことでした。その人は70代ですが「孫が大きくなるまではがんばる」といっています。
 JA組織は大事な協同体ですが、それが崩れて来ているのは数字のせいだと思います。生産性がどうのこうのとかいって数字で評価され、大事なものを置き忘れてきたために次世代のサラリーマン化を生んでしまったのと違いますか。
 今になって家の中でそれに気づいて孫たちといっしょに農を守って生きたいということになったわけですが、それは食料自給率の向上や食生活を守っていくことにもつながります。われわれは、この栃木のような反省と希望の例を全国に広げたいと思います。
 JAは数字だけでなく、生産地で協同体をつくっていくといったところを、もう一度取り戻すようなやり方を進めていけばよいと思います。
 だから地産地消も義務化するようなやり方はダメです。きずなをどうつくっていくかが大事です。支え合いなんですね。それが農業が元気になっていく基礎であると考えます。地域にいる人を大事にする政策を進めていきたいと思います。

【略歴】
(まつおか・とおる)
1951年11月大阪市西成区生まれ。初芝高校卒。91年大阪市議会議員、3期。2002年部落解放同盟中央書記長。04年参議院議員(民主党)。

【特別対談】後を絶たない人権侵害=被害救済を考える=

 

 対談を終えて

 全農グループ役職員行動規範には「私たちは、お互いを尊重し、働きがいのある職場をつくります。」とし、「人権・民族、出身、性別、身体的障害など事由のいかんを問わず、差別や嫌がらせを行いません」と基本的な姿勢を明記しました。
全農グループは、強者の論理が跋扈する時代に「新たな協同」へ受け継がれた人権を尊重する助け合いの精神を具現化する組織をめざしていきたいと考えます。
 松岡書記長は、全てを包み込む包容力があり、人権・同和問題を難しく語らず、人の心に沁み込むお話をされるので、時が過ぎるのを忘れてしまいます。部落解放同盟組坂委員長、吉田財務委員長、堀田中央委員をはじめ多くの方々の交流を通じ、我々の人権問題の認識がたかまりました。今後とも差別や嫌がらせのない職場・社会にしていきたいと改めて決意する次第です。
全農代表理事専務 加藤一郎

(2010.02.18)