日本の水田を地球の課題に貢献させる
◆担い手論の再整理が必要
冨士 担い手論の再整理が必要だし、それはやらなければならないと考えています。
逆にいえば小規模でいいということだけではない。小規模、兼業農家の位置づけを再認識するという点で今回の政策はいい部分もあるわけですが、では、それだけでいいかといえば、現状は高齢化が進行し後継者がいないという現実がある。そこをどうしていくかについては、どのように営農の担い手である人や組織を作り上げていくのかという観点で担い手論を再整理をすべきだと思います。
そのうえで作物政策では岩盤対策などの所得政策をつくり、さらに農業の多面的機能に着目したり農村コミュニティ維持のための直接支払いをつくる。これはあまねく対象にする。
そしてもう一方で、担い手が育っていくように誘導していく政策を打つのかどうか。たとえば、担い手がいない地域で集落営農を組織化した場合はこういう支援をする、といった誘導、助長をしていくのか、それともそれはしないのか。ここも課題になってくると思います。
鈴木 担い手といえば、40万経営体ということがどうも一人歩きしてしまっています。ですが集落営農や、兼業農家などいろいろなタイプの農家で農村コミュニティを形成しているわけで、その役割をどう位置づけていくのかというイメージを担い手論で出していくことが必要だと思います。
阿部 日本の地域農業構造を前提にした政策でないと地域は活性化しないということだと思います。その転換を打ち出してほしいですね。
◆地域性への配慮が不可欠
阿部 さて、これまでの話で今後の政策の課題となる点がいくつかピックアップされました。まだモデル段階だからという問題もあるようですが、全中としてはこれらの課題にどう対応する方針でしょうか。
富士 23年度から本格実施ということになっていて、政府は今年秋の臨時国会には法案も出したいということのようです。 われわれとしては、それに合わせて今回現場で実践してみて、本当にどういう問題があるのか、それを全部出してもらい、モデル対策の課題を再整理したいと考えています。そのうえで今度は麦、大豆、戦略作物を含めた土地利用型農業の戸別所得補償制度のあり方を提起していく方針です。
とくに、構造政策的な部分ですね。団地化した場合や品質向上に対する支援といった面が今は明確ではないので、そこをわれわれも整理していこうと考えています。
その際に課題にしたいのは、岩盤対策や新規需要米への8万円水準の支援は評価するものの、そういった一律的単価のほかに、地域性への配慮が必要ではないかということです。一刀両断で全国一律にするのではなく、地域性を加味し地域が選んだ作物に対する支援を乗せる仕組みを入れ込む。
米価で言えば銘柄間格差は60kgあたりで1万円もありますから、そういう銘柄間格差を反映するような2階建ての所得補償といった、地域に立脚した仕組みを導入することが求められていると思っています。
阿部 いわゆる欠陥部分を補正するような政策を具体的にまとめあげて国に提案していくと。
私はもっと言えば国に対する建議権があるわけですね、全中には。今回は単なる要請ではなく、これを使って政策提言してはどうでしょう。それぐらいの覚悟を持って運動を展開してもらいたいと思いますが。
富士 行政への建議はその範囲にいろいろと議論もあるようですが、おっしゃるように建議という手法も含めさまざまな方法を考えていきたいと思います。批判をするのではなく、より良い政策にするためですから。
阿部 鈴木先生は今後の課題についてどうお考えですか。
◆備蓄運営方式、早急に示めせ
鈴木 生産目標数量の設定の問題があると思います。
本格実施の際には麦、大豆や米粉、飼料用米にも生産目標数量を導入するといっているわけですが、それがどういうかたちで設定するのか。まだよく見えないところがありますが、ガイドライン的な数量とし、それ以上を生産してもいいけれど補てん対象は目標数量の枠内とする、というのがひとつのアイデアといわれてもいます。
それが現実的に可能かどうか、現場にとっていいことかどうか。また、そもそも目標数量を戸別農家ごとに決めるのか、それで現場は対応可能か、といった問題もあります。
富士 基本的に過剰で計画生産をしなければならない主食用の米と、戦略作物である麦、大豆、新規需要米などとは、目標数量の設定の仕方が違うはずだという問題があると思います。
さらに数量の設定も作物によって異なる。麦や大豆は作況変動が激しく、作物特性による作柄変動を織り込んでおかなければいけません。
それから主食用米の計画生産に関連していえば、鈴木先生も重要だと強調された出口対策がないわけです。とくに政府備蓄米の備蓄方式。回転備蓄なのか棚上げ備蓄なのか、その併用なのか。量は100万トンなのか、300万トンなのか、相変わらず先送りですよね。
政府備蓄米をどう運営し、豊作対応、過剰作付けをどうするのかという出口対策について、かりに何も手を打たないとなれば、過剰在庫がたとえば30万トンになれば、それは翌年の生産目標数量から削らなければいけない。それは古米として売れていくわけで新米の生産量は30万トン減らした量ということになる。つまり、出口対策は生産数量目標の配分と関連していくわけです。
したがって、生産数量目標といっても、主食用の場合は持ち越し在庫や豊作分の扱いとセットで明確にしてもらわなければならないわけです。
それから米粉用、飼料用にしてもストックポイントや流通についての対策も必要です。それがなくて全部生産現場の負担だということになれば10a8万円の支持といっても減殺されてしまうわけですから。
◆環境対策、エネルギー対策としての展望を描く
阿部 その戦略作物についてですが、私はバイオ原料米という点を改めてしっかり位置づける必要もあると思います。
水田の利活用で地球温暖化対策に挑戦し今度の政策を環境対策にも活かしていく。全農が新潟県で取り組んでいますが、そうした取り組みを水田利活用のなかでもっと位置付ける―。
鈴木 米を燃料にするのかという見方をする人もいますが、そうではなくてバイオ燃料用の米も作りながら水田を維持し、いざというときには食用にまわすという、まさに食料の安全保障にもつながり、地球温暖化対策にもつながる大義名分があると思いますね。
阿部 これこそ国民的合意が得られると?
鈴木 そういうことです。CO2削減に役立つというのは大きな国民合意のポイントだと思います。そういう観点をどんどん政策に取り込んでいくべきだと思いますね。
抽象的に農業の多面的機能と言っていても、国民にとってはそれは農業保護の言い訳としか理解されない。そこを実感できるようにできるだけ具体的に数値化していくことが必要で、その努力がこれまで足りなかったのは事実ですから、早急に取り組む必要があります。
予算にしても、農業予算は全体としてカットしなければならないから、戸別所得補償制度導入の分だけ増えたのなら別の予算を減らせ、といった議論ではなく、農業が果たしている役割、単純にはGDPには出てこない部分、これを説明しそのために農業にはしっかり予算がいることと、同時にこれは農家のためではなく国民全体のためであるということを説明できなければならないと思います。
(写真)
政府備蓄米は何万トンでどういう方式にするのか?いまだ明確ではない・・・
◆多面的機能、農村コミュニティに国民合意を
富士 その通りですね。そのうえで農業の多面的機能と農村のコミュニティ維持に着目した直接支払いをしていくという話になると思います。
今は中山間地域直接支払い制度がありますが、これは条件不利にともなう掛かり増し経費分といった話でしかない。そういう位置付けではなく、平場は平場としての多面的機能、そして中山間地域には中山間地域のそれをきちんとカウントしたうえでの直接支払いというものを、国民に分かりやすく説明すべきだと思います。
それを柱として立てるべきです。中山間地域直接支払いや農地・水・環境保全向上対策をリニューアルしてですね。
◆農業政策を国家戦略の柱にする
その点から考えると、今回の戸別所得補償制度は多面的機能にも着目した交付金だというけれども、ここは一緒にしないほうがいいというのが最初に指摘したことなんです。
鈴木 さらに言えば、米はもっと潜在生産力を生かして作って備蓄もしておき、世界で10億人もの栄養不足人口がいるのだから、そこにもルールを決めて貢献していくというかたちで備蓄運営を位置づけていけば、まさに農業予算を超えて、防衛予算でもありODA(政府開発援助)予算でもあるということになる。
日本の食料が国内はもちろん国際的にも活かせるという大きな視点が出てくるわけですね。そのあたりの視点がしっかりしていないため、備蓄運営の議論でも、余ったときに市場から買い上げるのはけしからん、といった議論にしかならない。
阿部 世界の飢餓や貧困にも貢献できる備蓄対策という大きな視点ですね。
冨士 結局、こうした視点が打ち出されないから、現場からも今度の対策は米価下落を容認する仕組みなのではないかと言われるわけです。
鈴木 つまり、地球温暖化や世界の食料安全保障の問題といったこともふまえた政策として大枠で考え、国民にもこれは日本としてとるべき政策であるということを示す。そこが納得され理解を得た上で、結果的に農家にもさまざまな支援が回っていく、という順序で整理しなければならないということだと思います。
阿部 今度の政策はどうかすると参議院選挙をにらんだ政策ではないか、だから詳細があいまいなんだと捉えている農家もいっぱいいます。そういう場当たり的な政策であっては困る。やはり本当に日本の農業、食料安全保障、あるいはエネルギー問題をどうしていくのか、といった考え方が今こそ大事で、基本計画のなかにもそこをしっかりと書き込んでもらいたいです。
◆自由化論への不安払拭も急務
鈴木 そうですね。国民にしっかりとメッセージが届くようなものでなければなりませんし、その上で具体的な政策はこう動くんだという安心感が農家にも届かなければなりません。
さらに財務省の今の査定システムも即刻やめていただく。あれがあるかぎり、こっちの予算を増やすのならこっちを削れ、が続いてしまう。結局農家の負担は変わらないではないかという議論から抜け出せない。新政権になって国家戦略室ができたといっても、そこはまだ変わっていません。
阿部 これまでの議論をふまえて思うのは、すべてを戸別所得補償制度にいわば押し込めるような話ではすまない時代だということです。わが国の食料、環境、エネルギーをどうするのか、それを包括する新しい法律をつくって、そのもとで制度を仕組むぐらいの取り組みが求められていると思います。
そこで最後に、現場から常に出てくる問題を。WTO合意、FTA締結推進についてです。今回の政策はそのための新たな仕掛けではないか。実は裏があって合意・締結のための国内対策でないかという声が出ます。
冨士 その不安を具体的に払拭するひとつの方策が、今日、再三強調したしっかり出口対策を示す、ということになるわけです。
鈴木 貿易自由化と日本の食料・農業政策をどう関係づけているのかというのは避けて通れない問題です。そこもしっかり整理しないといけません。農家のみなさんも安心して取り組めないというのはその通りだと思います。
阿部 長時間ありがとうございました。
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