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全農畜産事業におけるETセンターの役割と今後の課題

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生産者の「もっと、近くに」を実践  全農ETセンター(上士幌町)現地取材

・国内最大1万2750個の受精卵を供給
・3拠点を設置、より生産者の近くに
・飼養管理技術指導まで行い高い評価を
・米国へ輸出されているET産牛肉も
・生産者のニーズに積極的に応える技術開発も

 全農が北海道上士幌町にETセンターを設置したのは、平成11年1月のことだった。その後全農ETセンターは、牛受精卵移植関連技術の積極的な研究開発を行うとともに、その成果の応用である生産事業部門の確立とその技術の生産者への活用法を提言することで、JAグループの酪農・肉牛生産基盤の確立に大きな役割を果たしてきている。そこで、改めて全農畜産事業におけるETセンターの役割と今後の課題について北海道・上士幌町のETセンターに取材した。

現場での受胎率向上で
生産者のコスト負担を低減


◆国内最大1万2750個の受精卵を供給

平成11年の設立以来、JAグループの酪農・肉牛生産に貢献 現在、全農ET(※1)センターは北海道上士幌町の本場のほかに、茨城県笠間市の東日本分場(平成19年4月設置)、岩手県滝沢村の北日本分場(21年10月設置)があり、約800頭の供卵牛(本場500頭強、東日本分場200頭、北日本分場100頭)と受卵牛1400頭弱(本場、全農所有と預かり牛がほぼ同数)を飼養している。
 センターの黒毛和牛を中心とした体内受精卵供給実績は、図のように20年度が1万2531個、21年度はこの3月末の見込みで1万2750個となっている。
東大雪山麓の日本一広い牧場、上士幌町営ナイタイ牧場に隣接する全農ETセンター また、センターにおける受胎率は、凍結卵と新鮮卵(※2)をあわせて21年度は約70%の見込みだ。センターでは毎年、国内で最大規模である2000頭以上に移植を実施し、70%前後の受胎率を確保している。これはセンターの技術力の高さを証明しているといえる。
 肉用牛や酪農における優良牛増産や黒毛和牛の受精卵を乳牛に移植し分娩させ、それを販売することで酪農家の所得確保につながるET技術は、いまや日本の畜産に欠かせない技術だといえる。
 しかし、長引く景気の低迷による消費の伸び悩みと価格の低迷、そして飼料価格の高止まりなどによって、畜産・酪農生産者の状況は厳しい。

(写真)
上:平成11年の設立以来、JAグループの酪農・肉牛生産に貢献
下:東大雪山麓の日本一広い牧場、上士幌町営ナイタイ牧場に隣接する全農ETセンター

 

受精卵の供給実績

※拡大図はこちらから:全農畜産ETセンターの図.xls

◆3拠点を設置、より生産者の近くに

 

受精卵を移植 そうした影響もあって、図のように最近の受精卵供給個数は、減ってはいないが、以前のように大きくは伸びていない。センターでは、受精卵供給価格を低減するために、21年度は「削れるところは徹底して削り、価格を下げて供給した」と青柳敬人ETセンター所長。そして、供給価格もあるが、「現場における受胎率を高めることで生産性を向上させ」、生産者のコスト負担を実質的に下げる必要があるという。
 そのための一つの施策が、東日本と北日本の2つの分場の設置による「より現場に近いところで、生産者がメリットを受けやすい形での拠点づくり」だと青柳所長。つまり、笠間の東日本分場は関東地域を、岩手の北日本分場は東北地域を中心にした、地域に根ざした拠点づくりということだ。
 「いままでは、どちらかというと、生産者の収益性が高まる受精卵をつくって供給。移植などについては“現場は現場でがんばってください”というイメージだった」が、それだと地域ごとに受胎率が50〜70%というバラツキが生じた。
 そこで受胎率の低い地域に「われわれが入り、直接、生産者の庭先で移植などを行う」方向にセンターのあり方を変えてきている。

(写真)受精卵を移植

 

◆飼養管理技術指導まで行い高い評価を

toku1004051105.jpg そうした方向のモデルづくりとしていまセンター(本場)では、センターがある北海道十勝支庁管内(24JAがある)を4つのブロックに分け、各ブロックごとに月に1回、生産者からJAを通して受卵牛候補をセンターに申請してもらい、センターが候補牛を選定し、移植のために必要な発情同化措置などを施した後、受精卵を供給する。そのときにJAから依頼がある場合は、センター職員が生産者のもとに行き移植を行う。
 このことで受胎率を向上させるだけではなく、飼料分析や牛の状態などを調べ、現地の農協組織である十勝農協連を通じて、飼養管理等の技術指導や研修会を開催するなどのフォロー体制をとることにしている。
 酪農家で乳牛に移植して黒毛和牛を生ませた場合その子牛は「牛は牛だが、乳牛子牛と違い和牛子牛は別の生き物と思ってもらい、きちんとした哺育をしてもらわないと、いい和牛素牛に育たない」からだと大野喜雄研究グループリーダー。
 生産者からは「全農さんがそこまでやってくれるの」と高く評価され、受胎率も上がってきている。大野リーダーは「現場の生の声、農家の声が聞こえるようになった」し、いままでの「待ちの姿勢から、生産者のより近くに行くことで、見えてくることがたくさんある」という。
 これを一つのモデルにして、こうしたシステムを各地域に確立していきたいとセンターでは考えている。

◆米国へ輸出されているET産牛肉も

toku1004051103.jpg センター(本場)では、地元北海道だけではなく、西日本地域への対応も行っている。凍結卵の配送先を書き込んだボードには、九州他各県のJA名が並んでいた。また、本場には1400頭弱の受卵牛が飼育されているがその半分は預かり牛で、北海道内はもちろん全国各地から預かっている。その多くは東北や九州からだという。
 このほか、センターと各地域のJAが連携した取り組みも数多くある。その一つが、JA上士幌、JA帯広大正、JA帯広川西、JA更別、JA豊頃、JA士幌、JA足寄、JA伊達などと連携して、地元のホルスタイン種未経産牛が預託されている公共牧場やJAの育成牧場で、センターの和牛受精卵をETする借り腹事業の展開だ。
 上記JAで合計年間1000頭以上のETを実施。受胎率は60〜75%。基本的には分娩した産子は初乳給与後すぐにJAが引き取り和牛繁殖農家に引渡し哺育・育成、メスの一部を除いて家畜市場で素牛として販売する。
 ホルスタイン種の未経産牛や経産牛に和牛受精卵をETし、酪農家が自ら哺育・育成し家畜市場に販売するパターンもあり、全国の多数のJAで実施されている。この場合、経産牛が多いので受胎率は前の例より下がる。
 また、F1交雑種(乳牛×和牛)を受卵牛にし、受精卵をETし、多産取りで和牛産子を増産、その子を一貫で肥育出荷する地域もある。JAちばみどり管内の農場では、年間300頭前後ETし、そのET産子はメス・去勢すべて肥育し出荷。現在までに340頭のET肥育牛を出荷したが、4等級以上の上物率が92.9%、5等級は55.3%という成績をあげ、そのうちの一部は米国へ輸出されているという事例もある。

◆生産者のニーズに積極的に応える技術開発も

受精卵を一つひとつ品質判定 こうした取り組みとは別にセンターでは、現在の畜産・酪農経営の悪化、国内産牛肉価格の下落や素牛価格の低下をみれば受精卵供給価格の低減は必須と考え前にもふれたようにコスト低減をはかると同時に、受胎率向上などの技術開発によるコスト低減を早急にはかる必要があると考え、21年度から熊本・北海道・関東・東北の4カ所で「現場における受胎率向上実証試験」を実施し、2000個の受精卵を供給した。現場での受胎率のバラツキを少なくするために22年度も取り組むことにしている。
 乳牛の場合、産子がメスかオスかではその経済的な効果が大きく異なる。そのため乳牛雌性判別受精卵の妊娠牛や乳牛雌凍結卵への要望が強い。これに応えるためセンターでは、乳牛X精子を利用して生産した乳牛雌受精卵の供給を昨年10月から開始した。
 そのほか、泌乳牛の遺伝的能力が急速に高まる一方で繁殖性の低下、とくに人工授精による受胎率の低下が世界的に報告されており、人工授精やETにおける受胎率向上は極めて重要な課題となっていることから、関連機関との共同研究で受胎率向上の基礎試験も実施している。
 このように全農ETセンターでは、直接的に生産者の収益確保につながる受胎率向上のための現場での技術から、将来のあり方までを視野に入れた基礎的研究まで幅広い取り組みを行っている。そしてその成果はJAグループの酪農・畜産事業に、これからも間違いなく貢献していく。

(写真)受精卵を一つひとつ品質判定

 

【用語解説】
※1
)ET:ET(Embryo Transfer=受精卵移植)技術とは、優良血統の雌牛にホルモン注射をして多数の卵子を排卵(過剰排卵処置)させ、優良な雄牛の凍結精液を人工授精し、授精後7日目に子宮を洗浄して受精卵を採卵。品質の良い受精卵を選抜する。選抜された良質な受精卵は、凍結され保存し、生産者などに供給される。
 凍結保存法はいくつかあるが、平成6年に確立された全農のダイレクト凍結法は、マイナス196度の液体窒素で凍結することで、A1(人工授精)とまったく同じように農家の庭先で3〜5分で簡単に移植ができる。日本だけではなく、カナダ・米国・豪州で特許を取得している世界に誇るものだ。
※2)新鮮卵:採卵された受精卵の内、凍結保存できる良質なものと、受精卵として使えないもの、そして凍結はできないが半日以内に移植すれば使えるものがあり、これを「新鮮卵」という。

(2010.04.05)