展望を持てる
具体策づくりに期待
◆新基本計画は「国家戦略」
農林水産省からは基本計画策定の担当部署である大臣官房政策課から大浦久宜参事官が出席し、新基本計画の概要を説明した。それを受けてコメントしたのは、冨士重夫・JA全中専務、高橋宏通・パルシステム生協連食料農業政策室長と小池恒男・滋賀県立大学名誉教授。
食料・農業・農村基本計画は現行の基本法で策定することが定められており、10年程度を見通して農政全般にわたる方向を示す。概ね5年ごとに見直すこととされ、今年3月末に閣議決定された新基本計画は基本法下で3回めの策定となる。
大浦参事官は新基本計画についていくかの特徴を強調して解説した。
(写真)農林水産省大臣官房 参事官 大浦久宜氏
◆改革を全面に打ち出す
1つは全体として改革の姿勢を大きく打ち出した点。基本計画の本文「まえがき」でそれを強調している。
具体的には、世界で食料需給がひっ迫し環境問題も深刻化しているなど食料をめぐる状況が厳しくなっているが、わが国は「『経済力さえあれば自由に食料が輸入できる』という考えから脱し切れていない」と強調したうえで、食料の安定供給確保は「国民に対する国家の最も基本的な責務」と初めての認識を示した。
さらにこれまでの反省に立ち、食料・農業・農村政策を「国家戦略の一つ」として位置づける、と明記している。大浦参事官によると、この記述については新政権が設置した国家戦略室とも調整したという。
また、農業・農村が有する価値は「お金で買うことができない」と明記し「国民全体で農業・農村を支える社会の創造をめざす」と社会全体のあり方にも踏み込んだ。
これらが新基本計画の「思想」であり、それに基づき平成32年にカロリーベースの食料自給率を50%まで引き上げるという意欲的な目標も初めて掲げた。
(写真)JA全中専務 冨士重夫氏
◆何がどう転換するのか?
こうした思想のもとに、新たな基本計画ではこれまでの施策を検証したことも特徴のひとつだ。
農業・農村が国民全体に利益をもたらすものであるにもかかわらず、農産物価格下落が続き農業所得が過去15年間で半減したなどの現状をふまえ、兼業農家や小規模農家も含め「再生産可能な経営を確保する」施策への転換を打ち出した。
また、農産物を用途・需要別に供給し「生産拡大」する取り組みの後押しと、付加価値を高める「6次産業化」の推進も柱としている。
また、これまでと大きく転換するのが担い手政策である。施策対象を選別する政策ではなく、「意欲ある多様な農業者」を育成・確保する方向をめざす。そのために戸別所得補償制度を導入し、農業者全体の「底上げをはかる」。大浦参事官は新基本計画の特徴として「担い手政策、構造政策の考え方を変えたこと」を強調した。
(写真)パルシステム生協連食料農業政策室長 高橋宏通氏
◆食料自給率目標は何を意味しているか
このような改革方向と農政の大転換をうたう新基本計画だが、基本となる政策について第1章の最後に改めて整理、強調している。
それは(1)戸別所得補償制度の導入、(2)「品質」、「安全・安心」といった消費者ニーズに適った生産体制への転換、(3)6次産業化による農山漁村の再生、である。
ただし、大浦参事官が強調したのは、この3つの政策は中心ではあるが、食料の安定供給の確保に関する施策から始まる第3章で記述された政策と「一体となって推進することだ」。
3つの基本政策は民主党政権がマニフェストで掲げたもので、そのため今後の経営所得安定対策、担い手育成策は「戸別所得補償制度一本で行くのか?」との声がしばしば聞かれるが、基本計画では各般の施策との一体的な推進を明確にしていることを強調した。
研究大会では、この報告をもとに議論が行われたが、それに先立ち谷口信和東京大大学院教授が司会と解題を務め、議論すべき課題を指摘した。
そのひとつが今回の食料自給率目標の意味である。
今回は自給率向上の観点から飼料用米や麦、穀物、大豆などの生産数量目標は大幅に拡大させた。10年後に飼料用米は20年度の70倍(70万t)、米粉用米は500倍(50万t)とした。小麦も100万t増である。
しかし、野菜や畜産物の数量目標は微増や横ばいなどで積極的な生産拡大はみられない。これについては野菜農家や畜産農家の所得増大の意欲がわかない、とJAグループも批判的だ。
谷口教授は一例として生乳自給率を挙げた。基本計画では生乳の自給率目標は1%増の71%に過ぎない。
ただし、粗飼料自給率目標を79%から100%としているため、飼料自給率を考慮した自給率では、30%から47%へと17ポイントも上昇することになる。ちなみに、生産数量目標としては20年産の795万tが800万tとなるだけ。
「つまり、国産の生産を増やすことで自給率向上を図るのではなく、国産飼料を使うとうこと。酪農家に対して、生産のやり方を変えてくださいと言っているに過ぎず生産意欲につながらないのでは」と指摘した。
(写真)滋賀県立大学名誉教授 小池恒男氏
◆農業構造と集落営農
また、構造政策も大きく転換し、多様な担い手を支援する方向を打ち出した。
上表は今回提示された構造展望の数値から谷口教授が整理したものだ。
ここに示されているように集落営農が占める農地面積が突出して増える見通しだ。法人経営は34万ha増えることになるが、その増加分の20万haは集落営農が担うことになっている。
「しかし、新計画のどこに集落営農の経営展望や夢を語るメッセージがあるのか」。
集落営農を否定するものではなく促進する、との記述はあるが、10年後の規模イメージや経営発展の姿について語られているとはいえない、と指摘した。
自給率向上は最大の政策目標であり、これは一部の担い手の経営だけでは実現できないことは従来から強調されたこと。その点で支援すべき農業者の「裾野を広げる基本的政策」は打ち出したが、所得目標が掲げられなかったことも含め、農業者が夢、展望を持てるメッセージとしては不十分ではないか、というのがディスカッションの論点の一つとなった。
(写真)東京大学大学院教授 谷口信和氏
新基本計画のポイント
●国家の最も基本的な責務として食料の安定供給を確保
●食料・農業・農村政策を日本の国家戦略として位置付け
●「国民全体で農業・農村を支える社会の創造」を明記
農業協同組合研究会の研究大会より・・・
農の価値、発信し、
自給率向上と地域再生
生産者と消費者 本気になって手を結ぼう
農業協同組合研究会が4月17日に開いた「新基本計画」をテーマにした研究大会では、新基本計画が掲げた「国民全体で農業、農村を支える社会づくり」の理念をどう実現するか、今後の具体策のあり方が議論された。
◆意欲出る生産目標を
JA全中の冨士重夫専務は、新基本計画について▽農業所得の増大目標の設定とそれを実現する政策、▽産地単位の協同で取り組む6次産業化の視点、▽生産意欲が出る目標数量の設定などを盛り込むべきだったことを強調した。
また、畜産など品目別の戸別所得補償制度の考え方や、この制度を導入しないとする品目の今後の経営安定対策についての考え方も早急に示すべきだとしたほか、米をはじめとして作物ごとの需給調整対策の考え方が示されていないことに生産現場は大きな不安を感じていることも指摘した。
とくにモデル対策として実施される戸別所得補償制度は、コスト割れを補う「不足払い制度」という性格と、農業、農村の多面的機能に直目した「環境支払い」的な考え方が混在しているのではないか、と問題点を挙げた。
そのうえで地域農業の担い手を育成していくためには、最低保障部分としての戸別所得補償制度と、担い手育成のための支援措置の上乗せという「2階建て」の制度として整理し直すことを提唱。そこに中山間地域直接支払い制度などを整理し直した「環境支払い」を組み合わせる体系を考えるべきなどと主張した。
(写真)農政転換のなかで農協の役割を問う声も
◆生産との距離を縮小
パルシステム生協連の高橋宏通食料農業政策室長が強調したのは「自給率向上のため本気で生産者と消費者が手を取り合うこと」だ。
そのために消費者が生産現場に踏み込む活動が重要になるとし「農業をただ単に食料を調達するものと考えない」消費者を増やすことだと強調した。
同生協連が進める飼料用米の利用による畜産物の生産、供給や産地交流プロジェクトなどを紹介しながら、これらが後継者育成事業にもなることを指摘、「産直で若い人にも農業にやりがいを持ってもらえるはず。大きな儲けはなくても先が見える農業が実現する」と提唱し、農の価値を農協側ももっと発信すべきではないかなどと話した。
◆農協、自治体の役割は?
新政権下で策定された今回の基本計画は、多様な担い手を支援する戸別所得補償制度をはじめとして農政の大転換を打ち出しているが、参加者からは政策を具体的に浸透、実践していくうえで「農協をどう考えているのか。農協が推進しなければできないはず」との意見があった。
同時に農協だけでなく地方自治体の農政について「後退させるものではないか」と小池恒男滋賀県立大学名誉教授は指摘した。
戸別所得補償制度は、「国から農業者への直接(=戸別)支払い」という政策でもあり、現場で政策の改善、見直し等を行っていくべき市町村、都道府県の役割は基本的に排除の方向にあるのではないか、という。
また、意欲ある多様な担い手を支援するとしながらも、政策手法として「可能な限り施策対象に直接作用するものに改善」と基本計画に明記するなど「担い手育成の中央集権化」ではないかと小池氏は指摘した。
しかし、民主党は地方主権を掲げており、また、基本計画のなかでも、所得向上のための産地単位の取り組みや関係機関一体となった支援などの重要性も記述しており「2つの論調の矛盾と調和をどう現場は考えればいいのか」などとコメントした。
◆具体策をどう描くか
農業所得の増大目標設定について大浦参事官は「国が設定することが適当かどうか」とし、作物ごとの生産課題と対策を今回、農水省は「対応方向」として示したことから、これに現場で取り組むことが必要で所得増大は個々の努力の結果だとした。ただ、今後要望があれば「検討する」とも付け加えた。
また、畜産物や野菜、果樹などの10年後の生産数量目標が現状から大きく増えないとしたことについては、人口減少(10年後4%減)と高齢化の進行(同65歳以上人口7%増)を見込んだもので、むしろ「現状を維持する生産数量目標」となっていると強調した。
そのほか、農協の役割については、赤松農相が会見でその役割を評価していると発言していることや、産地単位や地方自治体など関係機関と農業者の連携で農政を展開していく方向が新基本計画で否定されているわけではないことも指摘した。
こうした議論を受けて参加者からは、施策の内容や方向性について政府が広報に力を入れていくことが重要で「消費者の成熟度を上げていくことも大事」との意見が出たほか、WTOやEPAなど国際交渉では、農業・農村に影響させない方針を明記したことを受けて「食料主権を対外的にも主張しながら自給率向上策を進めるべきだ」との指摘もあった。
基本計画をめぐる今回の議論、「まえがき」に明記された理念について評価し期待するものの、生産現場が今後どう意欲をもって取り組みを進めるべきか、今後の具体策づくりの重要な論点がいくつか示されたといえる。
新基本計画のポイント
●平成32年度の目標として50%まで引き上げることを明記。
●「戸別所得補償制度」の創設により、意欲あるすべての農業者が将来にわたって農業を継続し、経営発展に取り組むことができる環境を整備するとともに、競争力ある経営体が育成・確保されるようにする。