◆政権交代と白書
農業白書は21世紀に概ね薄くなる傾向にありましたが、今年は昨年の倍近いボリュームに反転。その理由は2つの傾向を盛り込んだからだと推測されます。
第1は民主党農政への「ヨイショ」。すなわち「特集」は「新たな農政への大転換」、「トピックス」は「戸別所得補償モデル対策の実施」。農業所得に占める直接支払いの割合がEU78%に対して日本も戸別補償により23%になったことが「農政の大転換に大きく舵をきるもの」というわけです。しかし構造改革を終え、直接支払いで過剰と環境負荷の軽減に重点をおくEUと、構造改革の途上にあり、自給率向上・増産志向の日本とは農政の課題と事情が違います。さらに白書は各章の随所で民主党農政に触れています。
第2に、小沢農政や事業仕分けからはオヤと思う叙述もちりばめています。すなわち農協や認定農業者が地域農業に果たす役割の強調、土地改良事業の必要性への異常な肩入れ、廃止に仕分けされた農業者大学校の高いパフォーマンス等々。「事例」や「コラム」の欄もこれでもかと貴重な現地情報を提供しています。図表も工夫されたものが多い。まことに「神(真実)は細部に宿りたまう」というわけです。
「大転換」とそれでは無視できない現実の両方に目配りしていたら「ふくらんじゃった」ということでしょうか。出色は口蹄疫問題に踏み込んだ点です。形式的には21年度白書の対象ではありませんが、来年度に取り上げたのではもう遅い。何よりも白書に痛みと血が通わなくなります。
反自民=善といった、ちゃぶ台返しの小沢民主党は早くも頓挫しました。政権交代にもルールが要ります。白書もそうです。白書のルールは、第1に政権にかかわらず食料・農業・農村の「動向」を客観的に報告すること、第2に口蹄疫のように直近の問題まで果敢にとりあげること。今年の白書はよくも悪しくもそのことを示唆しています。「ですます」調への切り替えもよかったですね。さっそく本稿も見習って「ですます」調にしてみましたが…。
◆自給率か自給力か
従来の白書は食料・農業・農村の三章仕立てでしたが、今年は、食料関係を「自給率向上と食料安全保障」と「食生活・食の安全」の二章に分けました。
しかし、食料自給率は、分子の国内生産と分母の国内消費の相関関係で決まりますので、自給率と消費の章を分けてしまうと両者の緊張関係が薄まりかねません。人口減少時代には、他の条件にして等しければ自給率は人口減により自動的に高まります。だから人口減少時代の真のテーマはもはや自給率ではなく、第1に「自給力」、第2に消費の質です。
第1の点について、白書は向上の鍵は「畑の作付け拡大の余地があまりない」ので水田の有効利用だといいます。しかし耕作放棄地は畑・樹園地の方が多いはずです(2005年センサスは田畑別を報告していません)。水田に水稲を植えて、用途を主食用から原料・飼料に変えればいいというのが民主農政ですが、主食向け水田の大幅減退が見込まれるなか、日本農業の課題は田畑輪換農法の確立、輪作や土壌団粒化など畑作のメリットを活かすことです。水稲偏重農政がその課題に応えるものとは思われません。
第2の消費の点についてフード・ポリティクス論の国際潮流が強調するのは、アグリビジネスが供給するジャンクフードの過剰消費に伴う健康問題です。食の安全性で急死する者はほとんどいませんが、不健康な食で緩慢死する者は極めて多い。白書も健康問題を論じてはいますが、安全性問題に傾いています。
自給率を高める食料消費減には、人口減に伴う減、ジャンクフードや無駄・ロスを省く減、そして財布が軽くなることによる減の三つがあります。白書は「価格低下により近年消費全体(国民の胃袋)が縮小傾向にある」と言いますが、縮小したのは「胃袋」ではなく「財布」の方で、その結果としての低価格志向→低価格です。低所得→低価格志向がもたらす食の健康問題、そして健康な農業が健康な食を生産する面にもっと力を入れるべきです。
◆価格支持政策をどう考えるか
第三章「農業の持続的発展に向けて」の冒頭では、農業生産額の減少は価格要因と生産要因が半々と分析し(図3?2)、大いに参考になります。また純生産額の減や農業の交易条件指数の悪化が専ら価格下落によることも明らかにしています。つまり白書が語るのは価格下落が農業問題の根源にあるということです。それに対して白書は、農業所得増大には、戸別所得補償による政策支援と農業者「自らの取組」が重要としています。その間にも米の相対価格はどんどん下がり、農水省も米の値引き圧力防止に取り組まざるをえなくなっています。量販店等の圧倒的な低価格攻勢には農業者「自らの取組」だけでは対抗できません。
白書は、価格低下は「消費者に大きな便益」としつつ、他方では食料分野でのデフレスパイラル化を懸念しています。関連して興味深いのは1990年から2009年にかけての食品の購入単価と購入数量の増加率の相関図で(図3?3)、達観的にみれば価格が上昇するほど購入数量の伸びが大きい(と言うより価格が下がっても消費が伸びない)。
これらは「デフレだから価格政策には限界があり戸別補償だ」、「価格低下は消費者利益なのだから、それを補てんするための戸別所得補償の財政負担を理解してね」というメッセージとも読めますが、価格下落を放置しての直接支払い・財政負担には限度があります。民主党はお嫌いのようですが、価格支持政策をどう考えるかが農政の正念場です。
◆農業の持続的発展の担い手は?
もう一つのアキレス腱は構造分析です。今年の白書は民主党に忠実に「多様な農業者の育成・確保が重要」としますが、それは何も言わないに等しい。日本でも欧米でも経営の8〜9割を家族経営が占めることを強調しますが、ここで言う家族経営とは法人・組合でないという法形式の問題に過ぎず、雇用者数や農業経営者所得概念の成熟度といった内容に立ち入って家族経営の質的相違を見るべきです。
白書は集落営農や農業法人にも一応言及しており、新計画でも両者の農地シェアは大いに高まることになっていますが、両者の伸び率は「農政の大転換」により明らかに鈍化しました。「戸別」を強調するなかで組織体や協業が伸びるはずがありません。
白書は「兼業農家については、一律的な位置づけを行うことは困難」としつつも、「主業農家だけでなく兼業農家も含めた地域農業の担い手が規模拡大に取り組める環境」を強調します。
兼業農家が集落営農・協業化で規模拡大するのは合理的ですが、農地流動化に絡む規模拡大についてはいかがなものでしょうか。上層への農地集積も徐々に進んでいることが指摘されています。土地利用型農業も集約・直売所・高齢・都市農業もごっちゃにして「多様な農業者」ですますのではなく、固有に規模の経済が働く土地利用型農業の構造・担い手がどうなっているのか、どうすべきかという構造問題が「農業の持続的発展」のポイントです。
◆地域農業支援システムの構築が急務
今年の白書は農村には食料・農業の半分しかスペースを割かず、内容も6次産業化のオンパレードで、充実していた昨年度には見劣りがします。6次産業化では、小沢の農協嫌いで割を食っている農協に対し、地域ブランド化、量販店との直接取引など、「農協が中心となって地域の農業者を結びつけ、取組を進めている」と、農業所得増大の面で大きな期待を寄せています。農業者が農協に期待するのは販売力の強化と資材価格の引き下げと指摘していますが、とくに販売力の強化は03年の39%に対して08年は77%と倍増で、期待の大きさがうかがわれます。
農協や自治体をバイパスして国と農業者をカネで直結する民主党農政ですが、事例やコラムにみる通り、地方を回ってみれば、行政の地域農政はガタガタ、民主党が頼みの農政事務所などたんなる陪席者に過ぎず、地域農業支援システムはかろうじて農協が支えているのが現実です。国もそういう地域農業支援システムの実態をみつめてきちんと位置づけ、その支えに回ることが真の地域主権国家への道ではないでしょうか。