◆変わらぬ「消費者」からの観点
この6月、JA全中から「協同組合の役割発揮による農業・農村の活性化に向けたJAグループの政策提言」、日本生協連から「食料・農業問題と生活協同組合の課題〜食卓と農業をつないで〜」(以下、「報告書」)という、わが国を代表する協同組合グループから食料・農業・農村に関する政策提言が発表された。
とりわけ日生協の政策提言は04年7月の「『食料・農業・農村基本計画』見直しにあたって生協からの意見」で、高関税による国内農業保護施策から、内外価格差の是正を前提として、直接税金を農家経営に注入するという直接支払い制度への転換、ならびに法人もしくは担い手農家に限定した直接支払いの実施を提言したことから、多くの協同組合人からその視野の狭さが批判されたこと、また09年10月の「新たな『食料・農業・農村基本計画』に関する意見書」でも、(関税の大幅引き下げを前提とした)財政投入による直接所得補償制度の充実、ならびに「米の生産調整が最小限で済む方向での施策の推進」を提言したことから、最終報告がどのような形でまとめられ、発表されるかが注目されていた。
結論からいえば、完全な肩すかし。本編では触れられずに終わっている。5年後(2015年)の「食料・農業・農村基本計画」への提言策定の際に検討されることとなった(報告書19頁)。
ちょっとひっかかるのは、全国各地で開かれた討論会では、「日本生協連05年提言は、消費者の立場でのみ捉えている」とか、「日本生協連05年提言を基にした『国内農産物の負担が消費者にとっては大変だ』という主張を180度転換していくことを求めたい」など、全体としては日生協の提言に対して“観点の見直し”を求めているにもかかわらず、「日本生協連は、(中略)消費者の立場から日本の食料・農業政策について積極的な意見表明を行っていきます」(報告書18頁)と述べ、消費者の観点にこだわっていることである。
消費者が、ともすれば対立しがちな食料・農業問題について、生産者と課題を共有しようとすれば、討論会での多くの意見表明者が指摘するように、消費者・生産者の共通の特性である「生活者」の観点に立たなければ、政策提言は提示できないはずである。
実際、現場では生活者の観点からの取組みが幅広く展開されており、また報告書もそうした活動や事業を的確に伝えているにもかかわらず、残念な表明といわざるをえない。
(写真)2010年5月発行。6月18日の総会で配布された。
◆突出した米政策の提言
それにしても、報告書全体からすると、09年10月意見書の「米の生産調整が最小限で済む方向での施策の推進」だけが突出した印象が強い。そこでは、次のように書かれている。
「米の生産調整によって、国内に潜在的にある自給力が活かされていないと認識しています。また、現状の制度内容では、米価下落に歯止めをかけることができず、生産調整に取り組んでいる生産者とそうでない生産者の間に不公平感があるなどの問題が生じており、このまま維持できる状況ではないと認識しています。生産調整には、生産過剰の際の調整機能や価格下落抑制機能が一定程度あると評価しますが、直接所得補償制度の充実を前提として、調整が最小限で済む方向での総合的見直しを求めます。」
以上の記述を読む限りでは、どういう米政策の展開を求めているのか、必要な論理が提示されていないため、皆目見当がつかない。わかることは、自給力が低いのも、米価が下落するのも、生産者間で不公平感が生じるのも、すべて生産調整、より限定していえば、自民党政権下で実施されてきた生産調整の仕組みの悪さが原因である、ということだけである。
また、ここでいう直接所得補償制度がどのようなものか説明されていないため、民主党の戸別所得補償制度をイメージしてよいのかどうかもわからない。すべてがあいまいな表現で終わっている。
「生産調整が最小限で済む」とはどういうことか。自民党政権末期の生産調整は、実質的な選択制に移行していたと考える筆者からすれば、生産調整そのものの廃止を主張しているように聞こえるが、それが日生協の本心なのかどうかもわからない。
このほか、企業の農業参入や米の輸出産業化など、違和感を覚えるところもないとはいえないが、全体からみれば、現に展開されている、あるいは展開が期待されている自給力強化・自給率向上のための政策が網羅的に指摘されているといってよい。
04年の意見書と決定的に異なる点は、「多様な担い手」のなかに主業農家と兼業農家の両方を組み入れ、兼業農家の営農持続を図るための直接所得補償制度の充実や技術・営農支援サービスの展開を求めていることである。04年の意見書では、兼業農家へのこの種の配慮は示されていなかったから、大きな方針転換といってよい。水田農業は多様な農業者の協力・共生のもとで展開されていることを考えれば、協同組合として当然の配慮である。
(写真)農と自然の価値共有が求められている(東都生協協同組合HPより)
◆食料・農業問題に対し生協は何ができるか
ともすれば対立しがちな食料・農業問題について、生産者と消費者が課題を共有しようとすれば、生活者の観点に立たなければならないと述べた。では、その場合の活動や事業とはどういうものか。
これについては九州地連ですばらしい意見が開示されている。紹介すれば、「生協組合員と生協事業を通して地域社会、地域経済、地域の暮らしに、どう貢献するのかという具体的な実践課題で整理すべきではないか。産直活動を通じた(農業の―筆者追加)後継者育成と組合員による支援活動が定着することで、生産者と消費者がお互いに価値を共有してきたという社会的な意味をきちんと評価すべきだ」(報告書90頁)というものである。
全国の生協でこのような価値共有の取組み(協同組合運動)が実際に行われている。参考資料にその実例が紹介されている。なかでも筆者が注目した取組みは次のとおりである。
◆自分たちのいのちは農業生産があってこそ
コープネット事業連合の「ハッピーミルクプロジェクト」。これはコープマークの牛乳1本の購入につき1円をユニセフに寄付し、アフリカ・モザンビーク共和国の子供たちの栄養プログラムを支援しようとするもの。
NPO法人生物多様性農法支援センター(BASC)が行っている「民間型環境直接支払い」。BASCはパルシステム連合会や生活クラブ生協連合会、東都生協、JA全農、JAささかみ、大地を守る会などの生産者・消費者団体が設立したもので、商品価格に一定金額を上乗せしたものを原資(環境支払い金)とし、環境保全型農業に取り組む生産者に還元するもの。
京都生協の「飼料米・飼料稲応援ボランティア」。これは、耕作放棄田の復田作業や飼料用米の生産など、農業・農村を再生したいという思いを共有する生産者を応援するために結成された職員のボランティア組織。
おかやまコープの「コープ産直たまご生産者支援基金」。これは、産直たまご農場での疾病発生など不慮の被害に対して、損害補償の補てんや事業再開への支援を行うことを目的に、産直たまご利用時に1パック1円の募金を積立てるもの。
生協ひろしまの「農業生産法人の設立」。これは生協による福祉農場づくりで、知的障害者の自立支援を行いながら、葉物を中心に生産し、店舗販売のほか、規格外品は加工に回したり、夕食宅配の原材料に使用するというもので、労協の取組みに似ている。
協同組合は、組合員のニーズや願いに基づいて事業・活動を行い、組合員を助成する組織ではあるが、組合員の言いなりで動く組織というわけでもない。地域社会、地域経済をよくするという社会的責任を果たすため、組合員のニーズや願いを創り出すことも協同組合の大きな役割である。「1円でも安く」も組合員の声ではあるが、自分たちのいのちは地域の農業生産があって成り立つという運動論も大切にしていくべきである。