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明日の日本農業を拓くために
【トップインタビュー】ギャビン マーチャント(Gavin Marchant)バイエル クロップサイエンス(株)代表取締役社長
聞き手:北出俊昭 元明治大学教授

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【トップインタビュー】ギャビン マーチャント バイエル クロップサイエンス(株)代表取締役社長に聞く  「生産者の意欲を高める政策で自給率を向上」

・世界をリードする「総合農業関連企業」をめざして
・世界的な人口増大により食料需要が大幅に拡大する
・技術的に自給率向上は可能だが強い動機づけが必要
・地域特性にあった指導・アドバイスがJAの役割
・グローバル企業の経験と知識を共有し緊密な関係を

 明治19年(1886年)に赤色直接染料が日本に輸入されたのが、バイエル社と日本との関わりの始めだという。その後明治30年に同社の医薬品が輸入され、同44年には神戸にバイエル社の全額出資子会社が設立される。その30年後の昭和16年に資本・技術提携による農薬会社が設立され、以後、日本農業との緊密な関係が保たれ70年近くが経過した。長年にわたって日本農業をみてきたバイエル社の立場から、明日の日本農業に対する率直な意見をマーチャント社長に聞いた。聞き手は北出俊昭元明大教授。

地産地消・日本型食生活で
輸入依存からの脱却を


◆世界をリードする「総合農業関連企業」をめざして


ギャビン マーチャント バイエル クロップサイエンス(株)代表取締役社長 ――バイエル社は、いくつかの事業を通じてグローバルにビジネスを展開していますが、重視している経営理念はどういうことですか。そのなかで農薬関連の理念はなにかをお聞かせください。
 「バイエルグループのスローガンは“Science For A Better Life”(よりよい暮らしのためのサイエンス)です。この言葉がバイエルの理念を非常によく表していると思います」
 「バイエルグループは、農薬事業だけではなく、医薬品などのヘルスケア事業、素材科学事業という3分野で多様な事業を展開しています。この3つの事業はそれぞれ違う事業のように見えますが、実は非常に強く結びついています。例えばマラリアなどの病気を媒介する虫を防除することで感染者数を少なくする努力をする一方、感染した患者さんへの医薬品の提供も行っています。また、素材科学事業部の革新的な製品群は医療技術の発展に貢献しています。例えば、発泡ポリウレタンは、創傷皮膜材として傷口を保護するのに使用されています」
 「このように3つの事業の柱が共通性・関連性をもっています」
 ――農薬関連についてもう少し具体的に…
 「クロップサイエンス事業では、単純に農薬とか作物を保護するということを超えて、“種子から収穫まで、解決策を提供する総合農業関連企業”として世界をリードしていきたいと考えています。ブラジル、ロシア、インド、中国などの新興国では、農業拡大の動きのなかで、私たちが担う役割を強化していきたいと考えています。一方で、日本のように確立した市場でも新規のイノベーションやサービスによってシェアを拡大していきたいと思っています。親会社のバイエル社も農薬関連に強いコミットメントをもっており、私たちの成長を後押ししています」

 


◆世界的な人口増大により食料需要が大幅に拡大する


 ――世界的には10億人の飢餓人口があり、一方で途上国での人口が増加するなかで、今後の食料問題についてどう考えていますか。
 「この問題は世界的な課題ですし、私たちの子どもや孫にとって非常に深刻な課題です。この課題が克服できなければ、食料の調達に苦慮する国が増え、国家間の紛争も起きかねませんので、各国政府が協調してこの問題に取り組んでいかなければならないと思います。この課題を乗り越えるには、1960年代から70年代に行われた第1次緑の革命に続く『第2次緑の革命』が必要だと思います」
 ――日本についてはどういう印象をもちましたか。
 「日本で仕事を始めて8カ月になります。これまでお会いした皆様に温かく迎え入れていただき、この国の美しさと、日本の方々の優しさと礼儀正しさに感動させられる日々を送っています」
 「その一方で日本が抱える諸課題についても認識しています。人口の少子高齢化や、他の先進国に比べて極端に低い食料・飼料の自給率、そして現在のデフレ経済の継続は、将来の日本社会に深刻な課題をもたらすでしょう。また、米中関係において日本が戦略的に重要な位置付けにあることも安全保障面での課題となっています」
 「日本の農産物の品質は極めて高く、世界第一級のレベルと言えます。私から見ると、伝統的な日本の食生活が食品や調理法の種類も豊富で健康的であるにもかかわらず、手軽に食べられる欧米型の食品の消費が増えていることは残念に思えてなりません。持続可能な発展と健康のためにも、今後日本の方々が伝統的な食習慣に立ち返ることを期待しています」
 「世界人口の増大により、人類は近い将来、世界人口を賄うための食料供給の問題に直面します。このことは食料価格の上昇のみならず、長期的には供給能力が需要に追いつかなくなる事態が起きることを意味しています。それゆえに私たちは食料自給率の向上を優先課題にあげて取り組まなくてはなりません」
 ――いまだに日本ではお金を出せば食料を買えるという意見がありますが…。
 「現在日本は富裕国ですから食料にお金を払うことは問題ではないかもしれませんが、今世紀中に食料価格が上昇するだけではなく、お金があっても食料が手に入らなくなる事態に陥る可能性があります」
 「もう一つ注目しなければならないのは、環境問題、地球温暖化問題です。いま世界では国家間で食料の輸出入、すなわち長距離輸送を行っていますが、これは持続可能なやり方ではありませんし、このやり方を継続していくことはできないのではないでしょうか」

 


◆技術的に自給率向上は可能だが強い動機づけが必要

 

 ――日本型食生活を大事にというご指摘がありましたが…。
 「世界で現在行われているような国家間の食料輸送は、持続可能なやり方ではありません。日本には優れた品質の食品・農産物がありますから、それを地産地消する比率をもっと高めることで、輸入に依存することで生じる環境負荷を低減することができます」
 ――非常に貴重なご指摘だと思いますが、日本の自給率を向上させるためには何が必要だと思いますか。
 「それほど単純なことではないということを認識しておかなければなりません。なぜなら、1つは日本で農産物生産に適している土地は、国土のわずか13%といわれています。2つ目に日本の農家の規模が小さく農業者の数が多い、つまり農地が細分化されています。3つ目として、農業人口の高齢化と少子化により、今後の労働力確保が難しくなっています」
 「技術的にはこの課題を克服することは可能だと思います。種子にしても肥料や農薬、農業機械、そして金融面でも、日本の農業生産を拡大するための技術は整っていると思います」
 「問題は動機づけだと思います。いま日本の補助金制度は、最低所得の保障を目的としており、生産性を向上させる真の動機づけにはなっていないのではないでしょうか」
 ――生産性向上の動機づけになる助成とは…。
 「国内の農業生産を拡大し輸入を減らすことが重要ですから、特定の作物については農家の生産量が拡大できるように政府が奨励し、そのことで生産量が増え、農家にもプラスになるというように、農産物の質を犠牲にしないで生産量を増やすような生産者の意欲を高める動機づけです。それは可能だと思います」

 


◆地域特性にあった指導・アドバイスがJAの役割


 ――そのときにJAの役割は…。
 「生産コストと生産量の関係についてもう少し啓発をする努力が求められるのではないかと思います。生産資材コストは重要ですが、一番の目的は農家の方々の収益を最大化することです。そのために、生産資材や栽培手法への投資と、そこから得られる収益のバランスについても再検討してみる必要があると思います」
 「地域や作物によっては、もっと大規模な工業的農業を促進することも可能だと思います。それと同時に、小規模な生産者同士の共同作業を奨励し促進する制度の整備も、生産効率の向上のために大変重要だと考えます」
 ――日本は規模が小さいですが、EUなどとは異なり水田が基本となった農業です。そうしたなかでJAの果たす役割をどうお考えですか。
 「専業農家、兼業農家もある。高齢化の問題もある。各地の気候も異なる。こうした中、JAは、あらゆる地域でその地域の実情に即したアドバイス・指導を行うという重要な役割を果たしています」
 「農業情勢の変化に応じてJAも進化していくことが必要ではないでしょうか。例えば現在様々な農業の形態が出現しています。大規模な集約的農業を行っている農家もあれば兼業農家もあります。当然、農業の形態によって農家のニーズも異なります。こうした多様なニーズや目的に対応した、具体的でプロフェッショナルなアドバイス・指導を行っていくことが重要ではないかと思います」

 


◆グローバル企業の経験と知識を共有し緊密な関係を

 

 ――ビジネスパートナーとしてのJAに感じておられることはありますか。
 「2011年はバイエルが日本に誕生して100周年の年になります。これからの100年もバイエルは日本に存在していると思いますので、これからもっと緊密な関係をJAともてるよう模索していきたいと思います」
 「JAの今後の戦略的な課題についてもっと対話・議論させていただきたいと思います。私たちはこれからも研究開発への投資を継続しますが、その方向性がJAの目指す方向性と同じでないと、日本農業のニーズに対応した仕事をしていないことになるからです」
 「バイエルはグローバルな企業として、いろいろな経験や知識をもっています。それは農薬だけではなく包装材料のリサイクルなど広範囲にわたっていますので、そのことをJAと共有できればと思います」
 ――最後に全国のJAへのメッセージを…
 「バイエル社は日本の農業関連業界に強いコミットメントを持って事業に臨んでおりますが、決して現状に甘んじてはならないと肝に銘じております。JAと弊社の相互理解を向上するため、JAの皆様とこれまでより頻繁にさらに質の高い交流やコミュニケーションを行うことを希望しております。JAと弊社のみならず、何よりも農家の皆様のお役に立つためです。JAと弊社の相互理解を深め、目標や目的を共有して初めて、弊社が最善の形で日本農業の発展に貢献することができるからです」
 「是非JAの皆様方と、形にとらわれないオープンな協議をさせていただきたいと思います。その中で、バイエル社が改善できる点について、あるいは農家の皆様がどのような新製品、サービス、支援を望まれているかなど、忌憚のないご意見をいただけたら幸いです」
 「また、日本の農産物の品質は非常に高いですから、その輸出先を開拓する余地がもっとあると思います。生産物の輸出チャンス拡大のために、JAには農家の方々に対するさらなる助言や支援を行っていただきたいと思います」
 ――今日はどうもありがとうございました。

 


【インタビューを終えて】

 バイエル社は120カ国以上に事業を展開する世界を代表するグローバル企業で、バイエルクロップサイエンス社はそのグループの一つである。はじめにギャビン マーチャント社長から、経営理念として「Science For A Better Life」が強調されたのは印象的であった。そのあと日本が当面している4つの課題と食料自給率向上のための3つの問題点が示されたが、問題は単純ではないとしながらも技術的には克服可能なので、動機づけが必要なことと農家を指導・アドバイスする農協の役割を強調されたことは重要な指摘である。
 とくに日本の食料自給率が非常に低いことを問題とされ、欧米型のジャンクフードではない高品質な農産物や新鮮な水産物もある条件を活かした「日本型食生活」が必要とされた。日本国民としても大いに反省すべきことであると痛感した。
(北出)

(2010.07.21)