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明日の日本農業を拓くために
【トップインタビュー】一力 雅彦 河北新報社 代表取締役社長

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【トップインタビュー】一力 雅彦 河北新報社 代表取締役社長に聞く  「自立」と「支え合い」が米づくり・地域づくりのキーワード

・東北の土台は米づくり
・崩壊した兼業神話
・新たなライフスタイルと地域像を探ろう
・「環」の力で未来を拓く

 米の学名「オリザ」をタイトルに採用し世界の米づくりの現場から東北、そして日本の農業の未来を考えようと発信した河北新報社の連載記事「オリザの環」は大きな反響を呼んだ。同社の社是は東北振興。その土台には米づくりがある。今回は一力雅彦社長にメディアの立場でどう日本農業の未来を拓くべきか、話を聞いた。(聞き手:編集部)。

農商工連携で
新たな兼業農家像もつくる

◆東北の土台は米づくり

一力 雅彦 河北新報社 代表取締役社長 ――東北の農業、とくに米・水田農業の現状について地元メディアの立場でどう考えておられますか。
 河北新報は明治30年(1897)に創刊されましたが、一貫して東北振興を社是に掲げてきました。東北の基幹産業は米づくりを柱とする農業であり、東北振興の土台には常に米づくりがあります。米づくりを守り発展させていくことは河北新報の大きな役割だと思っています。
 米、あるいは水田農業の現状は厳しくなかなか明るい展望は描けません。新しく始まった戸別所得補償制度にしても水田農業の維持発展に役立つかどうかは、もう少し推移をみたほうがいいと思います。
 とくに20世紀後半からは、米には暗いイメージがつきまとってきたと思います。昭和40年代からは減反も始まり、さらにガット・ウルグアイ・ラウンドで米の自由化圧力も強まった。一方でライフスタイルの変化もあって米の消費が減少するなど、1980年代からは複合的な要因で米に重い空気が漂ってきたと思います。
 こういう状況をやはり新聞社としても変える必要があると考えていたわけですが、そのためにもっと広い視野から将来展望を見出そうと取り組んだのが、平成8年10月から翌年まで138回に渡って連載した『オリザの環』でした。
 私自身も世界中の米づくりの現場を取材し、21世紀の食料を支えるには米がいかに大事かが分かりました。
 まず、米そのものに厳しい自然条件でも育つという強い生命力があることを確認しました。高地でも寒い土地でも、湿地帯で何メートルも冠水するような所でも米づくりが行われていた。たとえば雲南省で見た稲穂は光を効率よく吸収するために黒かった。それを古川の農業試験場に持ってきて耐冷品種づくりに生かそうとしたんですが、こっちは暖かいのですぐに成長して倒れてしまう。
 稲にはその土地土地で生きる力があるし、それを引き出した人間の技術力を垣間見た思いがしました。


◆世界と問題を共有する

 もう一つ取材から学んだことは米の奥深さです。
 米は単なる穀物ではなく、その地域の文化や経済活動の根底にある何ものにも代え難い存在であることを確認しました。
 たとえば、カンボジアは長く内戦が続いていましたが、内戦の難を逃れた地域では、まず米づくりが復活するんです。そして米づくりが復活すると日本と同じように、さなぶり(早苗饗)や収穫祭が復活し神様が戻ってくる。そうすると都市に出ていった若者が戻ってくる。
 つまり、米づくりが復活することによって、地域に活気や伝統文化が戻ってくる。米は平和のシンボルでもあるんですね。
 焼き畑農業で陸稲をつくっている高地の少数民族もラオスや中国で取材しました。彼らは先祖からずっと山を歩いてローテーションで輪作してきたわけですが、焼き畑農業は環境破壊につながるから止めろと政府当局から言われている。
 実際、高地の人が政府が用意した低地に降りて水田農業をやる例もありますが、低地は熱帯雨林ですから蚊からマラリアに感染し死ぬケースが出てきた。なぜかといえば代々高地に住んでいて彼らには免疫がないからです。これは生命に関わる話でもあって、だから低い土地には行きたくない、自分たちの農業を守りたいということなんです。
 あるいは雲南省北部のメコン川上流の厳しい土地で暮らす人たちに、なぜここまでして米をつくるのかと聞いたら、やはり自分たちで食べるものは自分たちで作りたい、と。そういう言葉は胸を衝きますよね。
 その一方、メコン川の河口部はベトナムのホーチミンですが、そこでは24時間米の船積みが行われていました。ドイモイ政策で輸出に力を入れ南米やアフリカ向けに米が輸出されていく。隣のタイに追いつけ追い越せとばかりに米の増産です。そうするともう自給自足の米ではなく、完全に商品作物、外貨獲得の商品です。
 一つの川を上流から河口までたどるだけで、米の性格ががらっと変わる。
 これらを通じて感じたのは日本だけ、東北だけで考えるのではなく、世界と問題を共有しながら米づくりや地域づくりを語っていこうということです。そしてその結果、連載ではこれからの米づくりのキーワードは「自立」と「支え合い」だと訴えました。
 この連載をきっかけに宮城県農協中央会の当時の駒口会長のリーダーシップで「オリザ大賞」を創設していただきました。この賞は米を通して国際交流や地域づくりに貢献した個人・団体を表彰するもので昨年、5回めを迎えました。一言でいえば、全地球的な視野で発想し、それをもとに足下で地域で活動する、Think grobally, Act locallyです。
 東北の米づくりは作付け面積で1990年から08年の間に10万ha以上も減り生産額も約4000億円減など縮小の一途ですが、こういう傾向になんとか歯止めをかけ明るい展望を見出したい。こうすれば将来展望が拓ける、と手応えを感じる小さな成功例でもいいから、それを出しみんなで共有する。今後もこういう視点で訴えていくつもりです。


◆崩壊した兼業神話

 ――その後も農業をテーマにした連載では兼業農家に焦点を当てた「田園漂流」や中山間地域をテーマにした「日本開墾」がありますが、これらの企画で見えてきたことは何でしょうか。
 東北の農家の85%は兼業農家でこの人たちの存在は極めて大きい。しかし、今は景気後退、非正規雇用などで農外収入は減っています。
 かつて、兼業農家は担い手とは違う、あるいは都市のサラリーマンとも違うという一種の兼業神話があったわけですが、気がついたら兼業神話は完全に崩壊してしまった。それもきちんと伝えなくてはいけないと考えたのが「田園漂流」です。
 兼業農家は日本の米の6割を生産していると言われています。この兼業農家が危機になるということは日本の食料自給が危機になるということであり、日本全体の問題として取り上げるべき大きな問題だということを訴えました。
 また、「ニッポン開墾」は、平場よりももっと厳しい条件の中山間地域を取り上げた連載です。少子高齢化、過疎化、人口減の象徴的な地域で集落全体がなくなるのではないかと言われているところもあります。
 ただ、一方では宮城県の丸森町では都会から移り住む人もいて、そういう人をきっかけに山里の魅力に迫り、外から来た人によって集落の人々にも誇りがよみがえるという動きも伝えています。まだまだ小さな動きですが、これもやはり支え合うということですね。しかもその地域ならではの生き方、ものの作り方があるわけで、多様性のなかで中山間地域の良さをしっかり広める必要がある。
 むしろ農業を超えてライフスタイル全般を変えていくことを考えなければならないと思います。そういう受け皿として東北はありますよ、ということを改めて訴えています。


◆新たなライフスタイルと地域像を探ろう

 ――農業・農村の活性化のために農商工連携や6次産業化などの必要性が強調されていますが、どんな取り組み方が求められるのでしょうか。
 農商工連携とは、商と工が農を支えていこうということでしょうから、そのこと自体は評価すべきでしょう。しかし、単にマーケットで売れればいいという問題ではないと思います。たとえば、東北で収穫されたものが数時間後に保存状態もよく東京で売れる、といった話だけではない。
 大事なのは、まず人づくりです。東北でも東北経済連合会や東北大などが農商工連携プロデューサー育成塾をつくっています。これによって今まで農業に関わりがなかった人たちが関心を持ったことはいいことで、今後、どう育っていくかが楽しみです。
 それから兼業神話が崩壊したなかでは、農と商工の連携は新しい兼業スタイルをつくることにもなると思いますね。いわゆる村の工場は崩壊したわけですから、そこに今度は農商工連携という視点で新たな雇用を作り出す、といった発想です。
 このような大きな目標を持った農商工連携、地産地消にしないと。新しい地域のライフスタイルの変換ともなるような農と商工との連携といったことを視野にいれないといけないでしょう。しっかりと理念を確立して、その後はモデルケースをつくっていくことだと思います。
 東北にはその受け皿があるわけで新しい地域モデル、新しい兼業農家像をつくろうといった動きをつくることも大事です。


◆「環」の力で未来を拓く

 ――JAグループに対する期待や提言をお聞かせください。
「東北振興」が社是。農業問題の連載も多数 東北農業の将来をまじめに考えていくお手伝いをするのが創刊以来の私たちの一貫した姿勢です。JAグループと共通の思いはたくさんありますし、地域を維持していくための多様な農業の共存は欠かせないと思います。自然的・地理的条件や歴史的な背景が異なるなかで農業が営まれ農村が形成されてきました。平場と中山間地の違いだけでなく、大規模化・集団化できる地域もあれば、小規模でも安全・安心をキーワードに消費者と結びついている農業もあります。
 こういう多様な農業が存在すること自体が自然環境の保全や地域社会の結びつきを維持し強めていくわけですから、多様な担い手の存在が必要です。一方向だけになっては危ない。紙面を通じてこういう情報発信に努めていきます。
 都市と農村の交流、地産地消、農商工連携などさまざまな人の「環」が生まれ始めています。環が重層的に重なりあって力を発揮していくということが大事だと思いますので、ぜひJAグループにもこの環のなかでより主体的、中心的に役割を果たしていただきたいと思います。私たち新聞社としてもこの環に入っていこうと考えています。

 

(写真)「東北振興」が社是。農業問題の連載も多数

(2010.07.28)