明日のJA運動をどう展開していくか… 「地域の論理」打ち出して豊かな暮らし実現へ
「物語性」訴える販売へ 進化させよう直売事業
◆兼業農家は不屈…
松岡 まずは2010年の農林業センサス結果ですが、日本農業は正に「シルバー産業」といっても過言じゃないといった感じです。農業就業人口の高齢化など生産構造がこのまま進むと日本の農業生産力は4分の1くらい落ち込むのではないかという農水省の試算も、センサスとは別にあります。こうした現状について現場の受け止め方はいかがですか。
村上 土地条件の悪い広島県では高齢化や女性化が早くから進み、その比率は全国のトップクラスで他県よりも先に構造変化が起きています。「日本の天気と農業は西から変わる」という学者もいるほどです。
県は10年先をにらんだ農業振興の行動計画を作成中で、先日は知事と話し合いましたが、県は産業として成り立つ農業を目指し、集落法人の育成と企業の参入に焦点を当てています。
しかし、これまでも農業の近代化を唱えながら産業としての農業は成り立っていません。その反省なしに同じことを繰り返すのはムダです。また企業の参入は地域との連携が問題です。
産業としての農業にとってもう1つの問題は兼業農家の存在です。我々は兼業農家こそがグローバルな円高にも輸入農産物の嵐にも耐えていく農業ではないかと考えます。なまじっかの専業よりしたたかです。
我々としては地産地消条例の制定を求めました。12月県議会に議員提案される運びです。農村部と都市部が分け隔てなく1つの生活圏として交流し、往来し合い、県全体がバランスよく発展していく必要があり、県民全体が農的な暮らしをしていく方向へ進むべきだという趣旨です。私は日本人全体がライフスタイルを変えるべき時期にきていると思います。
松岡 「産業の論理」と「地域の論理」の融合を考えると6次産業とか地産地消というキーワードになってくるんでしょうが、そういうところにいかないとダメだ、従来の発想ではもうだめだということですね。村上さんの地元は中山間地域のJA三次ですが、次に都市近郊型であるJAはだののほうはいかがですか。
(写真)松下雅雄氏(共存同栄ネットワーク代表・JAはだの前組合長)
◆先が読めない不安…
松下 最初にひとこと、私事ですが、昨年5月に組合長を退任した後も地域でJA運動を続けています。協同組合運動に卒業はない、生涯現役だ、という思いで活動しています。
さて、センサスですが、ギクッっとするような数字が出ました。これをどう捉えて、それを基本にどう農業生産を守るかですね。
政府は食料自給率を50%に上げるといいますが、いったいどうするつもりなのか、そこが聞きたい。小手先の直接支払い制度をつくるとか何とかいっても、ほかにこれだという政策はなく、生産者としては全く打つ手がありません。
我々としては地域の農地を守っていきますが、同時に複雑な農産物流通をもっと明快にしながら生産者と消費者をつなぐ農業をつくっていきます。
松岡 直接支払いの話が出ました。稲作地帯として三次のほうはどうですか。
村上 一番困るのは政策が毎年変わることです。せめて3年間は固定してくれといいたい。それから戸別所得補償制度は農家所得が向上するわけだから、それはよいが、実際には地域性が考慮されていません。
今後の問題として米価が下がり、1400億円以上の財源が必要になった時にも、きちんと交付されるのか、そこをみんな心配しています。また来年から米の作付面積が減らされるかどうかも心配です。先が読めないというのが不安の種です。
松下 “ネコの目”農政といわれるように日本の農政には先が見えない点があります。戸別補償の全国一律10aあたり1万5000円の交付金について、農家はこれが農政の基本だというようなことは考えていません。もらえるものなら、もらっておこうじゃないかという程度です。
松岡 これまでは産地づくり交付金の活用で地域農業をどうするかの設計図を描くとか関係団体の協議会を設けて議論するとか、地域で企画を立てる流れがあったのに、今回の政策では全くばらまきになっちゃって自分たちで考えなくなってしまったという形です。
つまり地域で、担い手づくり、産地づくりなど、自らの農業問題を考えていくみたいなところが消えてしまったというところが今回の直接支払いの問題点ではないかと思っています。
(写真)村上光雄氏(JA広島中央会会長)
◆究極の農業振興策…
村上 農政には一貫性がありませんね。米の生産調整への一律参加は求めないことになり、転作の飼料用稲生産なんかは優遇されることになりました。しかし飼料用稲を買い取ってくれるはけ口は準備されていません。生産物を消費できるシステムができていないうちに政策を変えるのは無責任じゃないかと思います。やはり作物が作りやすいようにする政策を考えないといけません。
松岡 お二方のJAでは直売所も積極的に取り組まれていますね。
松下 8年ほど前、はだので作った農産物のうち地元で消費し切れないで市場出荷している品目はいくつもないというくらいに生産量が減っていた中で、では地元の農産物はすべて地元での直売で売り切ろうと発想の大転換をしました。
そして“販売なくして生産なし”の旗印を高く掲げてファーマーズマーケット「じばさんず」をオープンしました。ここでは価格も品種も納品時期もすべてが生産者の自由で、責任はすべて本人が負います。当初は年間売上げ3億5000万円程度でしたが、今は11億円と順調に伸びています。
出荷者は男女半々です。女性が重視する加工については、JAが所有する加工場は総合的な加工指導機関であり、販売用の加工場はすべて生産者の所有ということで区別しています。
私は直売所を始める時に「これが成功しなかったら農業はもう何をやってもダメだろう」との決意を示したり「おいしいものは都会にはない、農村のお勝手にある」と強調したりしました。
はだのが成功したので神奈川でも今、県下10店舗構想に取り組んでいます。
村上 直売事業が農業振興策の最後の手立てだと松下さんがいわれましたが、私も同じ思いです。というのはこのまま海外農産物が増えれば卸売市場を通した販売だけでは対抗できません。
日本農業がつぶれたらどうなるか。水資源をはじめ自然の循環も景観も壊れます。すでに広島市街にはクマやシカやサルなどが現れて鳥獣害が増えています。
(写真)松岡公明氏((財)協同組合経営研究所常務)
◆豊かな都市は 健全な田舎から…
シャッター商店街の例をみても農業問題は都市問題の1つですよ。都市が豊かになろうと思ったら、そのバックグラウンドの田舎が健全でないといけません。
そこを生産者と消費者がいっしょに考え、地域が生き残るためには地元のものを買ってもらう必要があるという“物語”を理解してもらうことが大事です。
そんな議論をしながらJA三次は少量多品目の方向を打ち出し、平成13年には思い切って約70km離れた大消費地の広島市内にアンテナショップを出店しました。ほかにインショップが14カ所あり、年間売上げは合計約5億円です。こういう時代だから伸び悩んでいますが、生き残りをかけてがんばっています。
松下 管外の大消費地に店を開くというのは立派ですね。
村上 兼業農家の農外収入が減少していますが、直売事業には、その穴埋めとなるメリットもあるので広島県中央会としては「農家所得アップ作戦」に取り組んでいます。産直の県内総売上げを40億円から100億円にアップする作戦です。
松下 定年後のサラリーマンが家庭菜園の作物を直売所に出荷するケースもあり、その人は農業の理解者になってます。また、農協運動の応援団員です。
松岡 それは重要なことですね。農業を接点にすれば農協の存在感がぐんと増してきます。
ところでセンサスによると、全国で1万7000ほどの直売所のうち2割がJAのファーマーズマーケットですが、直売所も乱立傾向にあります。生鮮品だけの品ぞろえでは魅力が薄いとの指摘も出ている中で、「小さな加工」により付加価値を高めていく仕掛けも必要となっています。今後の直売事業をどう展開するか、戦略などをお聞かせ下さい。
◆組合間連携広げる…
松下 「じばさんず」には60kmも離れた東京から定期的に来て、近所から頼まれた買い物もしていく顧客がいます。そうした、はだのブランドの愛用者を育てていく対話が重要かなと思います。
村上 アンテナショップであってもポスシステムによる顧客管理が重要です。遅ればせながら、そこをしっかりやっていきます。
松下 家庭菜園が増えているので、種苗はすべて農家から供給できるようにしたい。また販売時には作り方をアドバイスする必要があると考えています。
じばさんずは平塚漁協から話があって相模湾で獲れた鮮魚も週に1回扱っています。秦野の水田から良質な水が湾に注ぎ、そこで育った魚貝類が店頭に並んでいますといった物語性を打ち出しています。
松岡 川上、川中、川下にまたがった流域経済は物語性に富んでいます。森林組合や生協を含めた協同組合間連携をもっと広げるべきだと思います。漁協の直売所に農産物を入れている提携もあります。
次に農商工連携の課題についてはいかがですか。
松下 酒造組合、観光協会と提携してキウイフルーツワインを3000本ほど作ったかな。また八重桜の産地なので、これを使ったお菓子なども作っています。
新東名高速道路のサービスエリアに出して、東京のメーカーの売店ではないぞというところを打ち出す企画も進めています。
村上 三次は商工会議所といっしょに米粉を使ったお菓子などの商品開発を進めています。そして三次市、商工会議所といっしょになって、ワイナリーや有線テレビ(CATV)の運営などで実績を挙げています。
松岡 高齢者福祉活動など、JAの地域貢献についてはいかがですか。
(写真)“販売なくして生産なし”を旗印にオープンしたJAはだのの直売所「はだの じばさんず」
◆福祉の風土つくる…
松下 デイサービスセンター事業では毎日60人近くの組合員を預かっていますが、支援のボランティア活動をしたいというグループが60団体ほど順番待ちになっている状況です。協同組合の事業に対する社会的信頼の強さを感じます。高齢者福祉事業は本人だけでなく、高齢者のいる家族を対象にした地域貢献でもあると考えています。
村上 三次もデイサービスやヘルパー養成などいろいろやっていますが、民間参入企業が多い中で、農協のデイサービスが一番安心できるとのことです。
農協でなければできない高齢者支援ができるはずだと、三次では介護保険法ができる前からモデル事業を実施しましたが、同法施行後は料金引き上げなど制度改悪があって、行政のやり方には腹の立つことがいろいろあります。
それはそれとして、私は地域にみんなで支えあっていこうという福祉の風土をつくっていくことが大事なんだと考えています。
松岡 地域全体でお年寄りや子育てを大事にするとか、助け合うとか、教育を含めて福祉の心を育てていくことが大事だということですね。
次はJAの組織・事業・経営の課題ですが、はだのは組合員の加入促進で実績を挙げておられますね。
松下 組織の実情に合わせた組合員増加運動を展開して、准組合員は28%、女性の正組合員は30%に達しています。農業者の中で女性比率が高い地域は女性を増やす、JA貯金の利用が多い地域では准組合員を増やすといった具合です。
また正准組合員を区別しない活動も進め、組合員数は今、約1万2000人です。今後は次のステップとして組合員戸数を増やします。
村上 組合員が高齢化して次々に亡くなられるが、その補充ができないという危機意識の中で取り組んでいます。昔は家父長が貯金通帳を持っていればコトが足りましたが、今は「戸」ではなく「個」で女性もみな口座を開いています。そうした実情に合わせて女性組合員を増やし、JAの理事枠も広げています。
松岡 直売の売上げもお母ちゃん自身の通帳に入るといった実情です。正組合員になるための出資金も、そこから出せるわけです。ところで、はだのはどこをねらって組合員戸数を増やすのですか。
(写真)広島市安佐南区中須にあるJA三次のアンテナショップ「三次きん菜館」の外観と店内
◆総合性を土台に…
松下 それは一般市民ですよ。協同組合運動はやはり数ですから。
村上 准組合員をどう位置づけていくか法的な問題を含めて本格的な議論をする段階にきました。
松下 農業収入のないのが准組合員です。しかし生活面では文化活動や健康面なども含めて大いにJAを利用すべきじゃないかと思います。うちでは法律上は別として、長い間の習慣で運営上は正も准も区別はありません。
松岡 では次に農協事業経営の総合性と専門性について議論いただきたいと思います。
松下 専門性は極めて重要ですが、それ以前に農協職員としての理念を明確に打ち出しながら、それにプラスする専門性を求めるべきだと考えます。例えば金融にしても専門性は重要ですが、農協は一般金融機関と理念が違います。そこが前提になります。
松岡 競争が激しい中で農協がここまでやってこれたのは総合性の実践の結果であり、その上に専門性がプラスされていると…
松下 そうです。
村上 農業を守っていくといっても結局は組合員の暮らしを守っていくわけです。それは総合的に守らないといけません。農業だけを守ればいいということではありません。
松岡 議論の行き着くところは職員教育、人づくりですが、レイドロー報告は「今までの協同組合には教育怠慢の罪がある」「協同組合は事業組織であるとともに、教育組織でなければならない」といっています。そうした中で、はだのが教育基金を積み立てて来たのはすごいと思います。
松下 先輩の努力でバブルの時代に「不況が来ても組合員教育の事業は確実にやっていこう」という信念で積み立て、今では5億5000万円(1組合員5万円の基金)になりました。この教育活動で組合員の“おらが農協”という意識も高まっていると思います。
◆トップが理念を語る…
教育では、JAトップ層が自ら協同組合理念を熱く語ることも重要です。その思いを職員に伝えることがトップの重要な役割です。
村上 私も三次では毎年の新年行事として組合長を講師にした職員研修会を開いています。1時間半ほど私の思いを語りますが、そこには組合長が何をやろうとしているのかという新年の抱負を織り込んで、徹底を図っています。
職員がミスをした場合、“どうせ農協職員だから”という一段見下げたような反応がありますが、あれは頭にきますね。職員が悪いのではないのですよ。それは職員教育をしないJAが悪いのです。だから私はそういうことをいわれないJAを目指しています。
松岡 協同組合の基本原則にある「参加」という言葉は、これからの社会のあり方を考えるうえで重要なキーワードだと思いますが、はだのではもう一度、組織基盤を見直そうとしていますね。
松下 JAの基礎組織である集落組織を活性化する取り組みです。役員は集落組織の農協運動のトップリーダーでなくてはならない。
村上 私も全く同じ考え方です。JAの相互扶助の源は集落です。そこで集落法人をどんどんつくっていくお手伝いをして今、25できており、うちJA出資法人は14ほどです。
出資については、集落の運営に口出しをするためではなく、運命共同体であるJAと集落がいっしょに今後を考えていこうという気持ちの表れです、などと説明しています。
集落法人同士の協議会もできたのでJAはコーディネーターをやればよいわけです。組織が大きくなればそういうふうな協同組織をいろいろつくっていく必要があります。
松岡 最後に国際協同組合年についてひとことずつお願いします。
松下 全中や県中だけの行事にしてはいけません。すべてのJAや基礎組織が協同組合を考え直すチャンスにすべきです。でないと一時の風が吹いた感じで終わってしまいます。
松岡 イベント主義でなく地域の運動にしなくてはダメですね。
村上 広島では、これをきっかけに生協と提携するなど協同組合セクターとして何らかの行動を起こす必要があるのではないかと考えています。