国際協同組合年を発展のための出発点に
一つのセクターとして連携し行動する
◆国際的に高まる協同組合への期待
土屋 昨年12月国連で2012年が国際協同組合年(IYC)に決まりました。その背景には、一昨年にリーマンショックといわれた世界的な金融危機が起こりました。それ以前には、サブプライムローンとか、石油をはじめとした資源価格の高騰、ついには食料も投機の対象となって高騰し、いくつかの国ではそれに対して暴動が起こるということがありました。こうした、IYCが制定された背景などについてからお話ください。
吉田 基本的には行き過ぎた市場経済主義といいますか、倫理観の欠如した儲け主義が、サブプライムローンとその後に続くリーマンショックを起こしましたが、そういう市場経済主義と考え方を異にしつつ経済活動を行っている協同組合陣営に対する認識が高まったからではないかと思います。また、世界的には食料問題、貧困問題、さらに資源に対する投機的な動きなどを含めてアジア・アフリカ・ラテンアメリカにおいても協同組合の発展に期待するという背景があるのだと思います。
山縣 競争至上の原理主義的な市場経済主義に馴染まない農業とか住宅や福祉という分野があり、それはそれなりの論理で営みを進めていかなければいけないことを国際社会がきちんと認識したのではないかと思います。日本の実行委員会の設立趣旨によれば「協同組合は、市民たちが出資しあい、民主的に運営していく事業体としてますます期待されている」と書かれています。この「市民たち」とは普通の平凡な小さな市民、農民あるいは森林所有者たちが集まってということだと思います。
芳賀 産業革命が起きて以降、資本主義社会には長い歴史があります。そこでは一部に富が集中するという資本主義特有の矛盾が起き、そのアンチテーゼとして社会主義という考え方やそれによる国が生まれますが、うまく統治できず崩壊しました。資本主義が人びとを幸せにする仕組みではないかといわれましたが、それも行き詰り、ある意味で混迷状態にあるといえます。
その混迷状態のなかでよく見ると、資本主義でも社会主義でもなく、人びとの自治に支えられた協同組合ががんばっているという現実が見えてくる。そして人びとが幸せになる新しいモデルを考えるうえで協同組合という仕組み抜きに語れないということが幅広く共通認識として形成されつつあります。
もう一つ見逃せないのは、開発途上国では協同組合の役割について国家レベルで大きな期待をかけられていますが、国連の意思決定構造が大国主導からこうした多くの国々が参加するように変化したことです。
山縣 多くの途上国には、市場経済とは違う人びとの生活の営みがあります。日本でいえば“結い”という地域共同体があってそこにみんなが参加し支えあっている。それは経済行為ではあるが、誰かが富めばいいというのではなくて、平等に分け合う。経済学や社会学から見ると一見非効率に見えるが非常に重要なことではないかと見直されてきています。いささか文明論的な話にもなりますが、そういう知恵を大切にすべきではないかという考えもあったのではないかと思います。
◆持続可能な農林業を営んでいくために
土屋 IYCはリーマンショックで市場経済主義が行き詰ったからだけではなく、それぞれの現場の深刻な問題を背景にしていると私は考えています。そういう意味で、いまの日本の社会においてそれぞれの協同組合の課題をどう考えるかという問題があります。
農協・農村の現場では、高齢化が進みどんどん農業者が減っています。30年くらい前には規模を拡大するために誰かやめてもらった方がいいという話がありましたが、現在の実態は農業をやる人がいないという状況になり、農村部の経済的疲弊とか、集落組織の機能低下や維持の困難とかが大きな課題となっています。こうした問題は山林が先行しているように思いますが、山縣さんいかがですか。
山縣 森林は重要だといわれますが、林業は森林所有者の高齢化が進み、厳しい労働ということもあって新規参入者も少ない。一方で、国内の木材自給率は最近は少し回復してきていますが一時は20%を切ったこともあり、木材価格も低迷しているという厳しい状況のなかに生業としての林業があります。そうしたなかで、自分が所有している山(森林)がどこなのか分からなくなっているという問題があり、これをどう解決していくかが大きな課題になっています。
土屋 環境面などから森林は注目されていますが…。
山縣 環境保全という面からみると、ある地域の森林資源を一気に伐ったら、社会・公共に対してマイナスの影響を与えます。しかし、資本の論理を徹底すると全部伐ってそのままにする「略奪林業」になりかねない。しかし、森林には公益的機能があり、私たちは環境材・公共材としての役割を果たしながら林業をおこなっていかなければならないという責務があります。
日本の森林所有は、零細・分散所有といわれますが、平均1haくらいでそれも数箇所に分散しているので、これを持続的にするためには、地域みんなで植栽しその木々を保育したり、間伐するなど森林の施業を集約化して経営を行っていかないといけません。
森林組合は、森林所有者の5割、私有林の7割くらいをカバーしていますから、こうした課題を克服していかなければならないわけです。政府も「森林・林業再生プラン」を策定し、施業を集約化し、地域的に力を集めて、路網の整備などをして、林業の生産活動を効率的にやっていくとしていますが、森林組合がそれを主体的に担っていこうとしています。
土屋 農協の場合は、09年10月に第25回JA全国大会を開催して「大転換期における新たな協同の創造」を決議しました。それは、いままでやってきた事業をただ続けていればいいということではなくて、農業や地域において新たな課題がどんどん出てきていますから、そのことに対して、農協として農業であれ地域の場面であれ、組合員や地域住民と協同してどう取組んでいくかということです。
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山縣光晶氏(全国森林組合連合会常務理事)
◆生協が「買物難民」など地域の問題にどう応えるか
土屋 生協はどうですか。
芳賀 生活協同組合は、1970年代に全国各地で急速に伸長しました。当時、日本の人口の最大規模を誇る団塊の世代が子育てに入る時代で、その人たちの最大のニーズは「子どもに安全な食品を食べさせたい」ということでした。しかし、現在のように消費者行政が発達していないので、安全なものを得るにはどこに行ったらいいのかという要求が渦巻く。そのニーズに応える共同購入という仕組みを全国の生協が共有して持つことができたので、全国各地に一気に広がりました。これが90年代まで20年続きました。
団塊の世代の子育てが終わったいま、生協組合員の主たる構成員の要求は何かというと、年をとったこともあり、自分たち向けに少量でおいしいものを食べたいとか、健康であり続けたいなどに大きく変わっています。それは日本社会の構造変化とオーバーラップしています。
もちろん子育てしている若い世代のニーズに応えることについても引き続きこだわりますが、新しい分野の生活ニーズにどう応えるのかが生協の発展のために必要になってきています。
土屋 生協は全国的に大きな組織になり社会的な影響力もありますね。
芳賀 共通のニーズをもった人たちが、自分たちのニーズを満たすために集まった組織でしたが、いまは全世帯の3分の1をカバーし、食生活分野だけではなく社会的な課題についても取り組んでいます。組合員のためだけではなく社会の役に立つ公益的な仕事をすることも期待されていると認識しています。組合員の要求の変化と社会からの生協への期待との関連をどう組み合わせて、生協の組織や事業のあり方を転換していくかを議論中です。
土屋 その中心的なテーマはなんですか。
芳賀 生協がいまの地域社会の中でどんな役割を果たすのかです。具体的には、地域から店が撤退して買物する場所がなくなってしまった「買物難民」に、生協がどんな役割を果たせるかというようなことです。
高齢者に「一番不便なことは」とアンケートで聞くと、数年前は「近くに病院がない」でしたが、直近では「食べ物を買う場所がない」という回答が一番多いんです。
そこに生協がどういう役割を果たすかということで、冷蔵庫・冷凍庫を備えた移動販売車の実験が始まっています。あるいは、地域社会の助け合いから発展した地域社会全体の見守りの事業についても検討がはじまっていますし、これから伸びてくると思うのが、高齢者の方々への夕食弁当の宅配です。
こうした地域社会で起きているさまざまな苦労や問題を生協がどう自分たちの事業や活動としていくのかが要請される。現在、10年後の2020年に向けた生協のビジョンについて広く論議をしていますが、この先はそういう10年になるだろうと考えています。
土屋 生協は変わるわけですね。
芳賀 変貌する地域社会の中で、どう貢献できるか考え、変えていかないと生協そのものが社会の有用な存在としてみなされなくなってしまうという危機感を持ち論議しています。
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芳賀唯史氏(日本生活協同組合連合会専務理事)
◆生産者の組織として漁業の現状をどう打開するか
土屋 漁業はどうですか。
吉田 漁協の場合は、漁業者全員が組合員ですから、協同組合の問題は100%、漁業と漁業者の問題になります。いまの漁業者の状況を一言でいえば、家業としての漁業を子や孫に引きついでいけるかどうかという瀬戸際に立っていることです。
いま正組合員が18万人いますが、このままいったら10年後にどうなるかというシュミレーションをしたところ、5万人以上減って13万人になるという結果がでました。その背景には、かつては1KL当り3万円程度だった漁業用燃料が7万円になっているというコスト問題。そしてデフレや消費者の買い控えなどで魚の値段が安いことがあります。さらに、漁業資源の環境が非常に悪いことがあります。
そういう中で漁協に課せられた課題はまさに日本の漁業の問題をどう解決していくかです。09年10月にJF(全漁連)全国代表者集会を開き論議しましたが、小手先のことでは解決しないということで、漁協は「生産者の組織である」そして「協同組合である」という2つの原点に立ち返って、どうすれば現状を打開できるかを検討しました。その結果、販売事業改革等2つの強みを活かした組合員のための事業改革と、社会からこの組織が期待されていることは何か。そのダブルところに組織の再生の道があるのではないかと考えました。
土屋 具体的には…
吉田 一つは、安全・安心な日本の水産物を責任をもって供給していくことです。二つ目は、自ら資源管理と漁場管理に取組んで、持続可能な漁業を実現していこうということです。これは環境とか生態系保全という社会的な要求と一致してきます。三つ目は、漁業者は離島・半島漁村に多くおりますので、リクリエーションや漁村文化の伝承さらに国境警備などを含めて、漁業の多面的機能への期待感に応えることを基本にした5カ年計画に取組んでいくことを決めました。
山縣 森組もいま来年以降の方針を検討中です。地球温暖化防止とか、森林は漁業以上に追い風が吹いていますが、それを生業との関係でどう活かすかが大きな課題だといえます。いまお話を聞いていて感じたのですが、森林組合自らが社会の期待に応えるように変わっていかなければいけないと、これは森林組合も同じ思いです。
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吉田博身氏(全国漁業協同組合連合会代表理事専務)
◆同じ協同組合として社会にアピールしていく
土屋 鳩山内閣のときに「新しい公共」円卓会議が設置され、人と人とが支え合う協働の場としての「新しい公共」を推進しようと宣言をとりまとめましたが、その議論の過程でもとりまとめのなかでもNPOとか社会的企業あるいは企業の社会的貢献は出てきますが、協同組合は片隅に追いやられたものになっています。また、規制・制度改革会議では、協同組合に対する独禁法の適用除外の廃止が議論になりました。
このように協同組合の認知度が低い原因はなぜなのか、認知度を向上させるためにはどのような取組みが必要だと思いますか。
芳賀 生協には地域生協だけではなく多種多様な生協があり、それらの生協が活動することで、政治のなかでその活動が位置づけられるような系統的な取組みがされてきたのかという反省があります。さらにマスコミとの対応も社会に対して開かれた組織として意識的に活動してきたのかという点でも反省をしています。「2020年ビジョン」論議の中でも、もっと社会に向かって開かれた組織として発信するために広報機能を全国の生協でしっかり強めようということもいわれています。
吉田 認知度の問題というよりも、日本の食料産業や第1次産業をどう位置づけていくかという認識の問題に根があるのだろうと思っています。新成長戦略にしても新しい公共にしても、独禁法適用除外の廃止の議論も、もっといえばEPA、FTAにしても国にとって必要でしょうが、そのときに農林水産業についてどのように考えるのかから深く議論していかないと理解は進まないという感じはします。
山縣 森林・林業の立場からみると、都市部での認知度は、食につながる農協・漁協は高いと思いますが、森林はきわめて弱いといえます。森林が大切だというコンセンサスはありますが、そこで森林組合がこんなに重要な働きをしていることをどうアピールしていくかが課題だと考えています。
芳賀 認知度があがらない一つの要因として、農協、漁協、森組、生協が同じ協同組合だというアピールがほとんどないことがあります。IYCを機会に同じ志・同じ理念・同じ協同組合原則に基づいて活動している「一つのセクター」だということを、一緒にアピールすることが大切だと思います。地方レベルでは多様な連携事例があり「全国レベルでは弱い」と地方の人からよくいわれます。
山縣 地方では「山は海の恋人」といって漁業や農協と互いに支えあうことができますが、全国レベルでは弱いですね。
吉田 セクターとして取組まないと、それぞれの存在意義もアピールしきれないですね。
土屋 広報関係にも相当の予算を組んでいますが、組合員や利用者向けが中心になっていて、さらにその外側に向けて協同組合をアピールすることは少なかったのは事実で、その反省に立って、事業別ではなく全体を束ねた広報を始めたところです。同じように協同組合全体をアピールしていく取組みが必要だと思います。
吉田 高度成長のころは基本的には企業が終身雇用制などで面倒をみるということで企業に寄り添って暮らしていた。それが終身雇用制が崩れるなど変化が起きて、農漁村だけではなく都市の人にも理解される助け合いなどの共通項ができてきているのではないか、協同組合が広く共感される土壌ができているという気がします。
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漁船と林業現場(イメージです)
◆ここを出発点にさらなら発展を
土屋 IYCに向けて具体的に取組んでいることはありますか。
芳賀 いろいろ検討をしているところですが、具体的に取組み始めているのは日本生協連の初代会長でもある賀川豊彦の復刻されていない文献の復刻です。「協同組合要綱」という、コンパクトに協同組合の本質を書かれた冊子を発行予定です。
吉田 これからですが、協同組合間の事業面での提携を具体化するきっかけにできないかということです。例えば、流通施設や加工施設とか店舗の共同利用とか商品の共同企画ができないかについて申し入れをしたり、検討を始めています。
芳賀 9月に北京で開催されたICAのアジア・太平洋地域総会でIYCの取組みについて論議を深めましたが、そこで改めて感じたことがあります。それは12年のIYCは準備していろいろ取組むけれど、それでおしまいにするな、ということです。12年はこれからの協同組合の発展にとってのきっかけ作りであり、始まりだということです。
土屋 これを出発にして発展していくと考えた方がいいですね。
◆「協同組合憲章」についても検討が必要では
山縣 IYCの目標として「法制度等の政策の確立」がありますが、日本の場合はできていると考えていいのでしょうか。
土屋 8月の日本の実行委員会で「協同組合憲章」をつくらせたらいいのではという意見が出され、検討することにしています。日本の場合、農協法とか生協法のように各協同組合ごとに法律があり、事業や組織のあり方は書かれていますが、政府として協同組合を発展させるということは書かれていません。
吉田 開発途上国などで協同組合法制が十分でないところでは国に要求しなさいということと思いますが私たちの場合は後退させられないようしっかり維持しなさいということになるんでしょうね。
山縣 いろいろな改革がされ長年の膿とかしがらみをなくし新しい社会をつくることはけっこうですが、せっかくの良いものまでいじくり回して非常に大きな役割を果たしているものの存立基盤を脅かさないようにすることは重要ですね。
土屋 中小企業の場合は中小企業基本法がありますが、そのうえでいまの経済社会を踏まえて、中小企業を振興することが必要という「中小企業憲章」をまとめ閣議決定されています。
日本における第一次産業や地域コミュニティ、生活の場で深刻になっている問題を解決するために、協同組合をさらに発展振興しなければならないということを「協同組合憲章」としてまとめてもらうことができないかということです。
山縣 環境法制の場合はまず民間が先行し、政府や政治は後追いしています。協同組合も国を待つのではなく、私たちが先に出し実現してもらえばいいのではないだろうか。そしてこれを起爆剤にして結集していくことも十分に考えられると思います。
土屋 株式会社の自由な活動を確保したいということから、協同組合への優遇措置をなくしたいと独禁法の適用除外廃止とかの攻撃があるわけです。国連は協同組合を発展させないといまの社会的経済的問題はうまくいかない、そのためには法制化や政策が必要だといっているわけです。協同組合に対する政府の姿勢を明確にする取組みが必要だということです。
芳賀 協同組合基本法が必要だという意見は以前からあります。イタリアでは憲法で書かれているそうですし、いくつかの国で協同組合基本法があります。日本は業法による協同組合なので「国として育成すべき」という基本法が必要かどうか、「協同組合憲章」の制定を求めるのかどうか、IYCに向けた一つのテーマであると思います。
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土屋博氏(全国農業協同組合中央会常務理事)
◆組合員や職員が自信をもてるIYCの企画を
土屋 最後に一言ずつお願いします。
山縣 基礎的な情報収集を早急にやり、社会的な認知度を高めるためにも、IYCに向けたさまざまな企画やフォーラムなどを華々しく成功させていくことが大事だと思います。
吉田 協同組合陣営はいずれも経営的に厳しい状況にありますが、経営危機が思想の危機になって自信をなくさないようにしないといけないと思っています。IYCは外に打って出るいい機会ですが、同時に内を再確認して、一人ひとりの組合員や職員が協同組合にいて良かったなと思い、自分たちががんばればいい時代がくるなと思えるような共通企画にしたいですね。
芳賀 これから社会を担う子どもたちへのアプローチをしていきたいと考えています。協同組合セクターとして、子どもたちそのものをターゲットにしたことが何かできないかと強く感じています。
土屋 いままでにはありませんでしたが、小学校教育に協同組合を組込んでもらうとかですね。
芳賀 そうですね。
土屋 貴重なご意見をありがとうございました。