特集

【地域の絆といのちと暮らしを守るために 新たな協同のあり方を探る】
聞き手:岡阿彌靖正(本紙客員論説委員)

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協同組合運動に通じる『恕(じょ)』の精神を今に インタビュー:童門冬二氏(作家)

・日本を「有道」の国に
・閣議は善政自慢の場
・江戸時代の藩政に学ぶ「地方主権」の姿
・地方は特性打ち出せ
・国産品使う心がけを

 童門氏が"第3の戦国時代"にたとえる今の時代の特徴には、企業の国際競争力の強化がすべてに優先され、人と人のつながりが薄くなって、暮らしと競争力が対立している流れなどがある。これについて童門氏は古きを尋ねて「今、一番大事なのは『恕』(じょ)の精神」と説いた。これは常に他人の立場に立ってものを考えるやさしさと思いやりのことで論語の教えだ。『恕』は協同組合精神に通じる。また、地方の衰退という問題については、江戸時代はすべて諸藩の10割自治であり、それぞれ自力で財政確立へ必死の努力をしたが、これがほんとの意味での地方主権ではないかと歴史に学ぶことの大切さを説いた。さらに、地方はそれぞれの特性を打ち出して"売り"にすること、自給率向上には食料だけではない国産品愛用の心がけが求められること、などへと話題は発展した。

生産点に密着した改革者たち
江戸時代の藩政に学ぶ「地方主権」の姿


◆日本を「有道」の国に

作家:童門冬二氏(2012年国際協同組合年全国実行委員会副代表) 岡阿彌 ソ連が崩壊して約20年、2001年の9.11、2008年のリーマンショックとその後の経済危機、世界は激しく移り変わり、経済的にはグローバル化、政治的には多極化、社会的には格差の拡大が進みました。歴史的に見て、今をどのような時代の変わり目と捉えたらよいのでしょうか。
 童門 今の時期はちょうど第3の戦国時代じゃないかという気がします。その特性は世の中の評価基準が能力主義と実績主義になってしまったことです。数字が一番わかりやすい物指しになったのです。
 第1の戦国時代は下克上の時代ですが、刀や鉄砲などの武器が実績を示しました。第2の戦国である幕末ではそれが思想とか言説に変わりました。そこへグローバル化が加わり、列強の帝国主義というか植民地主義がせめぎ合う状況となりました。
 そうした時代を概括的に捉え、思想的に一番いいことをいったのは横井小楠【注】ではなかったかと思います。彼はこういいました。
 地球上は、徳のある王道政治を行う「道のある国」と、覇道政治を行う「道のない国」に別けられるが、現実には、道のある国は1つもないと憂えました。
 またペリー提督の米国艦隊は幕府の掟を無視して江戸湾の奥に侵入し、黒船の砲門を江戸城に向けた、こんな脅しは無道の国のやることだから日米の通商条約は破棄してもよいが、それでは戦争になって負けてしまうから、日本は「有道」の国になって国際世論の支持を得るようにすべきだと説きました。

(写真)
作家:童門冬二氏(2012年国際協同組合年全国実行委員会副代表)

◆考え直せ「競争優先」

 岡阿彌 例えば、日本には世界に類のない平和憲法があるわけですが、そのことも「道」があることを表しているわけですね。
 童門 そうです。日本はもっと国連で胸を張って“日本を見習いなさい”などと強調してもよいと思います。
 それからイランや北朝鮮の核問題ですが、国連常任理事国はみな核兵器を持っているのですから、自分たちからゼロベースにしないと核廃絶を相手に迫る説得力は増しません。
 岡阿彌 さて第3の戦国時代では、企業の国際競争力の強化がすべてに優先されています。市場原理ということですべてを競争に置き換えようとする流れが強まり、人と人とのつながりが薄くなって、暮らしと競争力が対立する状態です。こうした動きは社会をばらばらにする恐れも感じさせます。社会の維持とかをもう少し考えないといけないのではないかと思います。
 童門 バブルがはじけた後、経営評論家たちは日本式経営を棚上げしてしまいましたが、ピーター・ドラッカー【注】はこれに反対でした。彼は日本式の企業内部や客との間にある信頼関係、絆に着目していたのです。
 私なりに解釈すると、それは日常使われる「うちの社」とか「うちの社長」など「うちの…」という言葉に示されています。この心の絆が「客のために」という目標に向かう時に一体となって美しい労働慣行を生んでいたとドラッカーは考えていたようです。


◆やさしさと思いやり

 童門 今はそれが封じ込められていますが、しかし潜在的にはそれは心の接着剤になっています。また「あの人のためならがんばろう」の「なら」も心のつながりです。人にそう思わせるには人望や風格など一種のオーラというか「気」を発しないといけません。
 中国の文学者は、それを「風度」といっています。風度を発するのは論語にある「恕」(じょ)という言葉です。それは常に他人の立場に立ってものを考えるやさしさと思いやりのことで、孔子が弟子の子貢に教えた言葉です。
 岡阿彌 「恕」は協同組合の精神にも通じますね。
 童門 今、一番大事なのは「恕」だと私は思います。政治家は国民のため、企業の経営者は客のためといいますが、本当に「恕」の精神があるのかどうか大いに疑問です。
 岡阿彌 話題を移して、今地方は産業の空洞化、農産物価格の低下、高齢化などで衰退してきています。地方の衰退は日本全体の衰退につながると思われますが、この問題については歴史的に見ていかがですか。
 童門 江戸時代の全国270藩はすべて10割自治で、破産寸前になっても、中央政府である幕府の援助は一切ありませんでした。だから自力で藩財政を確立するため必死の努力でそれぞれ市場価値のある特産品を作りました。その根本になっているのは農業です。


◆閣議は善政自慢の場

 童門 中でも幕府を倒した薩長土肥の各藩は徹底的な藩政改革で、外国の武器を買えるほどの黒字経済を実現しましたが、そこにはソロバン改革だけでなく意識改革がありました。改革の指導や倒幕の主力になったのは下級武士で彼らは生産点と密着し、農民のためになることをするという目的意識を持っていました。
 下級武士たちは維新後に中央政府の大臣になりますが、今でいえば県庁の係長クラスが大臣になったようなものです。しかし彼らは藩規模の改革の経験があるから、国政の運営を担うことができたと思います。
 岡阿彌 藩政改革の経験と自信を国政に生かしたというわけですね。
 童門 そうです。さかのぼれば江戸時代には地方の首長が大臣を兼ねたという特性もあります。幕閣を構成したのは大名であり、今でいえば選ばれた知事が中央政治を担当しました。
 だから自分の藩で行った善政を自慢し合って、そのうちのどれかを採用するといった閣議の進め方にもなったわけで、これが本当の地方主権ともいえます。
 岡阿彌 これからの日本をどうつくるか、もう一度地方から出直すというか、そういうことが大事です。
 童門 話は再び戦国の世になりますが、毛利元就の唐傘連合というのもあります。当時の中国山陰では大内氏と尼子氏という強大な大名が、小さな領主たちを切り従えていました。
 今に例えれば大企業のM&Aです。これを防ごうと小企業の毛利は小領主たちを糾合して連盟をつくり、足し算でなく掛け算の論理を掲げ、相乗効果をねらいました。


◆地方は特性打ち出せ

 童門 唐傘を連判状にしたのは傘を開いて放射状の骨に沿って氏名を書けば筆頭となる首謀者がわからず、みんな平等だという考えです。
 今でも財政力の弱い自治体は近隣の自治体と広域の組合をつくって例えば消防とかゴミ処理などの住民サービスを実施しています。
 企業の特性をいうコーポレート・アイデンティティをコミュニティ・アイデンティティと読み替えて、地方も経済とか福祉で特性を出さないとダメですね。
 例えば「教育なら○○県」とか「死ぬのなら△△県」といった具合にです。もっとも最近は生きがいがないから、死にがいもないけど(笑)。
 岡阿彌 最後に、日本の食料自給率は、食糧危機ががくればひとたまりもない状況です。農協は自給率引き上げでがんばっていますが、この地域的な協同組合が果たす役割はたくさんあると思います。農家や農協職員に向けてのメッセージも含めてお聞かせ下さい。
 童門 自給率向上は広範な世論の支持を必要とします。私は食料だけでなく工業製品でも国産品愛用を提唱したい。たとえ割高でも国内消費は国産でまかなう習慣を取り戻したいと思います。これはコスト論でなくヒューマニズムですよ。
 多くの企業が安い工賃をねらって海外生産に走っていますが、これは中国に見られるように現地の従業員が独立する時などに日本の高い技術がパクられるなどの結果をも、もたらし、日本の損失になっています。


◆国産品使う心がけを

 岡阿彌 みんなで国産品を使うように心がけるというわけですね。そうしないと経済構造が崩れてしまうことになりかねません。
 童門 農協への期待については、JA綱領の中にあるように地域との溶け合いですね。孤立しているのでなく、開かれた農協になるということです。
 それは地域の特性をつくっていく過程に参加し、それだけではなく、知恵を出していくこと、積極的に地域の行政などに意見を具申するとか、また意見を求められた時には前向きの回答を出していくことなどが期待されます。地域における1つのコアになり、柱になっていく努力が必要です。


【注】
▽横井小楠(1809-1869)熊本藩士。儒学者、思想家
▽ピーター・ドラッカー(1909-2005)オーストリア生まれ。経営学者、社会思想家。


どうもん・ふゆじ 1927年東京生まれ。代表作に「上杉鷹山」(1983年集英社文庫)、「情の管理・知の管理」(同年PHP研究所)、「吉田松陰」(2001年集英社文庫)、「前田利家」(2002年小学館)。近著に「戦国武将引き際の継承力」(2009年河出書房新社)などがある。

(2010.10.19)