今日の貧困の特徴は「貧乏+孤立」
地縁・血縁ではない結びつきの「社会」を
◆「悩みを相談できる人は?」 「誰もいない…」が43%
――私は1943年生まれですが、子どものころに疎開先で経験した貧困は、「みんな貧乏」な「格差なき貧困」で、自分が働くようになれば抜け出せる貧困だと思いました。それに対して今日の貧困は、私の経験してきたものと違うと感じますが、今日の貧困の特徴をどうご覧になっていますか。
まず私は「貧困」は「貧乏」とは違うと考えています。そして今の貧困は貧乏+孤立で、単なる低所得だけではなくて地縁や血縁によって保護されていません。
07年に厚労省が「ネットカフェ難民調査」を行いそこで「悩み事を相談できる人はいますか」という質問に「親」と答えた人は2%、「誰もいない」と答えた人が43%います。日本は欧州に比べると家族福祉が強いので、家族福祉が切れるとセーフティネットから弾かれることになります。
それから社会全体が段々と成長していくプロセスのなかでの貧乏と、どちらかといえば下降していく社会での貧乏との将来展望の違いがあると思います。例えば65年から70年の「いざなぎ景気」のとき、雇用者所得は約1.8倍になりました。私の父親が30代前半のときでした。他方、私が30代半ばにあった02〜07年の好景気では、雇用者所得はまったく増えませんでした。20代30代の人たちが「こつこつやっていればそのうちよくなる」というイメージが持てないのには、理由があります。
――貧困とは「孤立」だという話ですが、私の時代には「みんな貧乏」だから助け合っていこうということで、孤立はなかったと思います。60年代のヨーロッパは「福祉国家」をつくっていきますが、日本は家と村と企業に福祉はお任せで、家族とか地域から弾かれるとどうにもならなくなってしまう…。
日本は産業育成支援と公共事業中心だったので、国―企業―正社員―家族というお金(税金)の流し方が主流だったし、それなりにうまくいっていた時期があるので、その流し方からいまだに切り替えられていません。当時は企業は正社員に1.5人分の賃金を払い、正社員は2人分働いていて、だから家計の補助的な存在のパートやアルバイトは安くてもいい、と0.5人分の賃金に抑えられた。しかし残念ながら90年代以降は、企業にお金を流しても、必ずしも正社員―家族に流れなくなってしまい、好景気でも雇用者報酬は下がり、パート・アルバイトで生活する人が増えました。
◆限界に近づいている家族の支える力
――今日の貧困を具体的に押さえるとどういうことですか。
私は「五重の排除」といっています。それは、そもそも「家庭の貧困=親世代の貧困」があり、それが背景にあって「教育課程」からの排除があります。東京では定時制高校にもいけない子どもがいます。そうなるとどうしても「労働市場」からも排除されますが、「まだ働けるだろう」ということで「公的福祉」が機能しません。
そして最後は「自分自身からの排除」です。こうした排除が重なってくると、「どうせ自分なんか何をやっても…」と自分自身の尊厳を大事にできなくなり、「がんばればなんとかなる」といわれても「そうだな」とは思えなくなるわけです。
――そういうなかで、セーフティネットを張るポイントはなんでしょうか。
湯浅 国際比較した場合の日本の特徴は、社会保障給付全体が少ない中で、そのほとんどを医療と年金に使っているので、それ以外の家族関係支出が極めて細いことです。そこはいままでは、企業頼み・家族頼みだったわけですが、企業は今はもうそれは自分たちの仕事ではないと言っています。にも拘わらず企業支援にお金を使うことで、地方の疲弊が起こっていますし、「無縁社会」といわれるように家族の支える力も弱ってきています。
そこでセーフティネットの出番です。つまりもともとしっかりしたセーフティネットがあり、それがボロボロになってきたのではなく、家族と企業に頼ってきたから大きくなくてよかったが、もう少し充実させていかないと、誰も支えない状態になってきたということだと思います。
「派遣切り」を支援したときに、ほとんどの人は実家から通っていたか、切られたら実家に戻っていました。そして彼らの明暗を分けたのは家族の支えがあるかないかでした。そのように日本の一番のセーフティネットは家族だと思います。
その家族が支える力が次第に限界に近づいているというのが現実です。
◆いままでとは異なる社会サービスの充実を
――パラサイトシングル(卒業後も親と同居して、基礎的生活条件を親に依存している未婚者)問題との関係では…
ある調査では、介護で働いている正社員の3割は国際的基準でみて「相対的貧困」状態にあり、4割の人は所得が少ないので一人暮らしができないと答えています。こうした「家から出たいけれど出れない」のは、地方なら最低賃金の低さ、都市部では住宅費の高さのためだといえます。
別のデータでは、40代50代で独身で親と同居している人が193万人いて、10年間で1.7倍に増えています。そのうち132万人は男性です。80歳代の両親の年金を命綱にぶら下がっているのは特殊な事例ではないということです。最近の「消えた100歳以上の高齢者」問題の背景にはこうした問題があります。
――家族や企業、地域だけでは支えきれないので、そこへ新しいセーフティネットを張らないといけないということですね。
政府がいう標準世帯(夫婦と子ども1人)はどんどん減っていて、05年で29.9%です。一方、単身世帯は29.5%で増えていて今年逆転するといいます。そうなると日本の標準世帯は単身世帯となり、「家族に支え手がいるだろう」といういままでの前提を取り払い、社会サービスの充実を考えないと、「孤独死」などが果てしもなく起こってくると思います。
――最後のセーフティネットといわれる生活保護については…。
生活保護は最後のセーフティネットですが、生活保護に過重な負担がかかり過ぎて「最初で最後のセーフティネット」になってしまっていますから、その手前の雇用保険とか年金や障害者への補助などのネットを強化し、本当の意味で最後のセーフティネットにしないといけないと思います。
◆夏休みには子どもの体重が落ちる
――貧困と食の関係を見ると、多くの国で食の安全性が政策の中心になっています。しかし、安全性の問題で死ぬ人はほとんどいなくて、先進国でも途上国でも貧しい人ほど多国籍企業などが繰り出す、栄養過多のジャンクフードによる肥満で死ぬ人の方がはるかに多いわけですが、この貧困と食の関係をどうみておられますか。
明らかにジャンクフードに頼らざるをえない人が増えています。それは食費が一番調節しやすいからです。日本福祉大学の近藤克則教授が「健康格差社会」という著書で、社会的格差が健康の格差を生むと指摘され、そうした社会では高ストレスで金持ちも短命になるといっています。
――「家計調査」によると若い世帯主世帯ほど食費の減らし方が激しいですね。
今年のように猛暑だと光熱費が高くなります。若い人の社会とのつき合いは携帯などの通信ですから、住宅・光熱・通信費は固定化していますし、光熱費が上がれば食費を削ります。よく言われることですが、夏休みになると学校給食がないので、低所得層の子どもの体重が落ちます。
――そこを変えないと新鮮で安全な日本の農産物を生産しても売れないことに…
消費者に購買力がなければ、高ければ売れず中国に輸出した方がいいとなると、国内でよいものが流通しなくなり、質が悪くても安いものとならざるをえないと思いますが、このサイクルをどうにかしないといけないと思います。
◆協同組合機能の社会的な発揮を
――貧困+孤立という指摘がありましたが、それに対して地域に必要な観点はなんでしょうか。
「社会」という観点です。社会はもともと地縁・血縁でない結びつきをするから社会です。日本で地縁・血縁がなくなってきて「無縁社会」といわれますが、それこそ「社会」の出番で、地縁・血縁以外の結びつきを私たちはどうつくりますか、日本社会は本当に「社会」をつくれますか、ということがいま問われていると思います。そういう結びつきをつくってきたのが、協同組合なので、その本来の姿が社会的に発揮されるかが問われるということだと思います。
――ありがとうございました。
インタビューを終えて
「ここは経済財政諮問会議の開かれたところですよ」とおっしゃる部屋でインタビューした。経歴をうかがうと、法学部の頃から運動に取り組みつつ、大学院で丸山真男の研究をされたという。熱い心とシャープな頭脳で静かに理路整然と話される、新しいタイプの活動家の登場をみる思いだ。
今日の貧困は「貧困+孤立」だというお話には目を開かれた。グーロバル化でまとまっていたものがバラバラにされてしまう「ばらける社会」の貧困。それに対して地縁血縁に依存しないほんとうの「社会」を創れと言う。私はそれを「協同を創れ」と受け取った。
党首選直後のインタビューだったが、こういう人が政府の参与になるところに、それでも政権交代の意味はあったのかとも思う。新成長戦略でアメリカと財界の受けのよい菅内閣が、どこまで湯浅さん達の思いを活かせるのか心許ない面もあるが、その活躍と発言に大いに期待しつつ、協同組合に何ができるのかを考えたい。
(田代)
PROFILE
ゆあさ・まこと
1969年東京生まれ。95年 東京大学法学部卒業(日本政治思想史専攻)、2003年同大学院博士課程単位取得退学、95年大学院在学中からホームレス支援などに関わる。2000年炊き出しの米を集める「フードバンク」を設立。