突如として浮上したTPP問題
◆米国は何を狙っているのか?
米国の壮大な戦略は、アジアの成長エネルギーを自国に取り込むことです。そのためには経済連携の枠組みとして、ASEAN+3のようにアジアがまとまることはいちばん避けねばならないことなのです。
そこで米国が組み込まれるようにと、まずAPEC21カ国全体での自由貿易協定(FTAAP)を提唱した。これでどれだけアジアの成長を取り込めるか、その可能性はともかく、少なくともASEAN+3といった議論を混乱させられるとの狙いがあったと思う。
ただし、APECではさすがに広すぎてそう簡単ではないことから、ここに来て目を着けたのがTPPというわけです。これを一里塚にして日本を取り込むことでアジアだけのまとまりを崩し、成長するアジアからの利益を自らに引き寄せようということでしょう。
日本はそれにあわてて、乗り遅れるな、と言っているわけですから米国にとっては、よく来てくれた、という感じでしょうが、日本には戦略があるのでしょうか。ついこの前まで東アジア共同体構想を打ち上げていたことと、唐突に出たTPPとは、どう整合性をとるのでしょうか。
長期的に見てどこがいちばん経済が伸びるかを考えてみれば、中国、韓国を含めたアジアです。うまく関係を築いてアジアの成長エネルギーをアジアで固めることは、輸出産業にとっても一番のメリットのはずです。その点でTPPには中国も韓国も参加しないでしょうから中途半端なかたちにならざるを得ない。しかも米国をのぞけば現在の参加表明国はいずれも市場が小さい。輸出産業にとっても長期的利益になるのでしょうか。
◆「両立」はあり得ない
にもかかわらず、米国の圧力もあってこれに乗ろうとし、しかも今までやったことがないゼロ関税を徹底、非関税措置も原則撤廃するという。
日本にはこれまで積み上げてきた自由貿易協定に対する努力があるわけで、その蓄積を無視していきなりTPP参加とは普通の思考では結びつきにくい、まさに「思いつき」なのでしょうか。
今回は参加表明しなかったわけですが、政府は1年後のAPEC会合で(ハワイで米国主催)基本的に全部ゼロ関税にする、非関税措置も撤廃するからと、表明したいように見えます。そのために農業改革本部などを立ち上げるとしていますが、これはゼロ関税を前提にして国内対策をやるということでしょうか。10年程度の猶予はあるかもしれませんが、コメもゼロ関税にする、と。そして来年6月までに改革方針を出すという。結局、1年後に参加表明するための準備期間として国内対策をどう表明するかという筋書きになっているように見えます。
農業がもっと強くなってほしいとはみんなが思います。しかし、そのためTPPに参加し、それと両立するなんてありえない。ゼロ関税を前提にして農業が元気になるというのは、そもそも前提に無理があるわけですから。TPPのようなことは選択せず、いかにもっと農業現場を元気にするかを議論することはいいれども、TPPのもとでは元気になる前に、農業がなくなってしまう。
◆世界の「あせり」に乗っていいのか?
TPPをはじめFTA議論が急速に出てきた背景には、世界の貿易ルールをWTO(世界貿易機関)交渉によってなんとかまとめようと努力してきたわけですが、それがいよいよ進まなくなりWTOでは仕方がないという認識が高まってきたことがあります。
しかし、FTAは、ある国と国が協定を結べば、自分たちは大変だ、仲間に入れてくれ、とかあるいは、それなら自分たちは別の国と協定しよう、といった動きが加速します。
WTOの枠組みはどの国に対しても無差別にルールを適用するのが原則ですが、2国間、複数国間のEPA・FTAは他の国と差別するための協定、つまり仲間はずれをつくる協定ですから、それが増え始めると世界全体にあせりが出る。
今は、それがどんどん複雑に広がっていって悪循環を生んでいる状況になっていると思います。
実際、環太平洋地域だけを見ても、ASEAN、ASEAN+3、+6(日、中、韓、印、豪、NZ)、日中韓、そしてTPPと、もう錯綜しているわけです。しかし、これがあるところまで行き着いてしまえばこの状況自体がもうだめだとなるでしょう。まさに第二次世界大戦前のように。
◆貿易コストがかさむだけ
大戦前は、今のようなFTAの動きが極端になり破局に向かった。世界経済のブロック化です。そこで戦後は現在のWTOの枠組みにつながる多角的貿易体制を、ということでスタートしました。
ところが、今はまたそれを繰り返している。この状況が進めば、貿易ルールは錯綜してものすごい費用がかかって結局、だれも得をしないことになる。貿易にコストがかかってくるわけです。
あっちとはこのルール、こっちとはこのルールですから、たとえば原産国証明書がやたらたくさんいるとか…。
だから、やはりこれはだめだということになって大きな揺り戻しが来るとは思います。しかし、進み始めると止まらないから問題です。
◆「協力」の視点を忘れてはならない
今のWTO交渉、ドーハ開発ラウンド(01年開始)は途上国の開発支援をめざした交渉で、日本が主張してきたのが多様な農業の共存ですね。
この考えのもとでこれまでEPA・FTAを推進しており、したがって、多様な農業の共存が重要だからお互いに困難な点は配慮しようと、たとえば日本側は米などの重要品目は対象にしないということを相手国と合意して交渉してきた。
その場合、こちらが自由化ができない分、相手国の農業、農村の発展のために協力しましょうと、お互いを思いやりながら協定を結び実践してきています。つまり、これまでのEPA・FTAには今回のWTO交渉の基本的な考え方が生かされてきたわけです。
しかし、米国や豪州が進めようとしているTPPはそうした考え方を無視したもので、日本が主張するような協定はダメ、例外は認めません、ということです。
その点でいえば、日本がWTO交渉に臨んできた考え方はEPA・FTAでも同じであって、日本はそれを守る姿勢で進めるべきだということは、この状況になっても主張すべきです。
◆農業以外が交渉を阻害
輸出産業は農業が障害になって今までEPA・FTAが推進できなかった、といつも言いますが、実は交渉を止めてきたのは農業ではなく、それ以外の分野です。
お互いを思いやりながら共存するというかたちで、農業分野は交渉のいちばん先に決まってきた。だから交渉をまとめようとするなら、農業部門のようにお互いの産業が共存できるようなかたちでやればいいはずでした。
しかし、自動車などでは相手に対して全部関税ゼロだと主張し、相手がそれなら産業協力はしてほしい、といっても、日本側はなぜそんなことまでしなければならないのか、そこまでして協定するつもりはない、と突っぱねてきた。そういう構図です。アジアの国々は日本はなんと大人げない国かと言っているわけです。農業ではなくて製造業のせいでそれが起こっている。貿易協定をきちんと進めたければ柔軟性、相手に対する思いやりを持たなければならない。それを持てるようにすれば解決する。にもかかわらず農業のせいにし、だから、TPPだ、というのはおかしいわけです。
◆国民の命を守る政策選択を
米国の食料戦略が大きな背景にあることも見逃してはなりません。07年から08年にかけての世界的な食料危機は米国が作り出した危機、人災でもあります。
米国が安い食料を輸出するから関税を下げろと言って、その国の農業をつぶしてきた。そのせいで少しショックが起これば食料価格が上がりやすい構造を作り出して、中米のハイチやメキシコのような騒動が起きた。それにともなって世界各国が輸出規制するような状況にもなりました。高くて買えないどころか、お金を出しても買えない、ということが簡単に起こる市場になっているわけです。
米国は自分たちで生産した食料で世界をコントロールしており、世界は米国の戦略に振り回されているわけです。食料は武器、それで世界をコントロールするんだ、と。食料はそれだけの戦略物資なのに、日本は今から自給率を14%にする選択をする。国土も荒れ果て地域経済も崩壊して、しかし、自動車や家電がまだ売れるからそれでいくらでも安く安全なものを大量に買えると。本当にそれで国民は納得できるのでしょうか。
農業の問題ではなくてこれで本当に国民の命を守れるかが問われているということです。