特集

シリーズ・地域と命とくらしを破壊するTPP―その本質を考える
農業協同組合研究会 第16回研究会「TPPの本質を考える」

大妻女子大学教授・田代洋一氏

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真の狙いは「日米同盟」の深化―アジアと世界の平和こそ「国益」の視点を持って

・米国にとってのTPPとは?
・日米安保をめぐる確執が核心
・激化する米中の対立も背景
・さらなるデフレを招くだけ!
・農業から問題をどう訴えるか?

 農業協同組合研究会(会長:梶井功東京農工大学名誉教授)は3月5日東京都内で、「TPPの本質を考える」をテーマに第16回研究会を開催した。
 講師は田代洋一・大妻女子大学教授、司会は北出俊昭・前明治大学教授が務めた。
 田代教授はTPPをめぐる12の論点を提示した。そのなかでもとくに強調したのは、TPPを日米同盟の強化という政治問題として捉えるべきだということ。ここではその論点を中心に講演要旨をまとめた。

農業協同組合研究会 第16回研究会「TPPの本質を考える」

  そのほか田代氏は、WTO(世界貿易機関)、EPA(経済連携協定)・FTA(自由貿易協定)との関連での問題点も挙げた。
 WTO交渉ではこれまで日本は「多様な農業の共存」を加盟153か国に強く訴え、その哲学のもと関税率の引き下げが緩和される重要品目の十分な確保を強調してきた。それはWTOでは非貿易的関心事項に配慮する、との考え方があるからだ。しかし、関税ゼロのTPP参加表明となれば日本の主張は「国際的に破綻する」。その整合性をとるため重要品目数の見直し検討などが報道されているが「政府が悪い方向で見直すということ」と批判した。
 また、日豪EPAではコメが例外扱いできそうとの報道もあり、農水省などにはEPA締結がTPPの防波堤になる、といった議論があるが、豪州に輸出余力がないから例外を認めるだけであって、米国がコメを例外扱いするはずはなく「TPPでも例外にできるなどはまったくの幻想」と強調した。
 同様にTPPは「実質日米FTA」との見方もあるが、これも2国間協議で例外を求めることができるFTAの特徴をTPPは持っていないことから正しくない、と警鐘を鳴らした。「関税撤廃が原則のTPPをふまえたFTAでしかない」。

◆自給率50%目標と大きな矛盾

 報告を受けた会場討論では、田代教授の指摘をふまえ、世界の動向を見据えた議論も必要になるといった意見が相次いだ。
 また、TPPによって雇用も失われるとの指摘があるが「1に雇用、2に雇用と言っていたのは菅総理ではなかったか」との批判や、「そもそも自給率50%引き上げ目標との整合性はどう説明するのか」といった政権発足以来、掲げてきた基本政策との矛盾も指摘された。

講演要旨

 TPPをめぐっては、いろいろな論調が出そろってきたが、経済問題として捉えては視野が狭いと思う。結論からいえば、これは日米同盟の問題、つまり、政治問題ではないかということである。

 

◆米国にとってのTPPとは?


大妻女子大学教授・田代洋一氏 米国にとってTPPとは何か?
 最初にTPPを始めた4か国は、人口をあわせても2600万人と極めて小さな国々であり、そういう小国が通商国家として生きていくために、関税ゼロにしていこうと判断したのだろう。
 問題は、ここに米国が割り込んできたことである。それはなぜだろうか?
 これは09年11月に来日したオバマ大統領の演説に現れている。
 オバマは米国の新戦略として輸出に重点を置くことを明言した。これから伸びていく市場はアジア・太平洋だということを考えれば、その意味は、米国標準のアジア太平洋自由貿易圏をつくっていこうということだ。しかも関税引き下げだけではなくて非関税障壁も取り払っていくという考えだ。
 さらにこの演説では、自分は米国初の太平洋系大統領であることを強調、米国は太平洋国家に復帰すると明確に言った。
 当時の日本の鳩山政権はこのメッセージを読み間違った、あるいは十分に理解しなかった。
 アジア地域は自由貿易圏の空白地帯だったが、05年には中国がASEANプラス3(日中韓)で東アジアの共同体をつくっていこうと提唱し、そして、政権交代後、鳩山首相は胡錦涛中国国家主席と堅く手を握り、東アジア共同体の形成をアピールした。
 これに対して米国は激怒した。「米国を含まないアジア共同体」を、しかも中国のイニシアティブで作るのか、と。猛烈に反発したのが、古い勢力ではキッシンジャーであり、共和党のアーミテージ、民主党のナイといった米国の錚々たる知日派だ。
 これが米国に通商上の大問題として衝撃を与え、これに対してTPPで盛り返し中国に対抗、日本を自陣営に取り戻す姿勢を強めた。

 

◆日米安保をめぐる確執が核心


 では、菅内閣になってから突如として出てきたTPPの意味とは何か? 私は日米同盟の強化という最大のテーゼのためだと思う。
 09年夏の政権交代で鳩山内閣(小鳩内閣)が誕生したが、小沢氏はポスト冷戦期には日米安保を相対化していこうと考えた。
 日本的には「駐留なき安保」、「第7艦隊安保」で十分ではないか、ということから、別に沖縄に海兵隊がいなくてもいい、基地がなくてもいいと考え、鳩山氏も県外、国外に出していこう、という判断をしたのだと思う。その場合の抑止力は「核」のことだ。
 それに対して米国は、本当の抑止力は米国の軍人が日本にいること、海兵隊が沖縄にいることだ、と。
 こういう抑止力をめぐる米国の考え方と小鳩内閣は真っ向からぶつかってしまった。
 もちろん現実は海兵隊が抑止力を持っているわけでもないし、抑止力であるというのはウソであって、上陸部隊に過ぎない。
 この、海兵隊は抑止力であるというのはウソだ、ということをはっきり言ってしまったのが、先日の鳩山氏の発言、「海兵隊に抑止力がある、と言ったのは、単なる方便だった」である。あれをマスコミは叩いているが、実はまったく正しい。
 鳩山前総理は、こうした抑止力の解釈、つまり、日米同盟をめぐる解釈の違いから、降りざるを得なくなったということだ。
 そして、当時、基地問題をめぐって朝日新聞をはじめとする大マスコミが、米国は怒っていると連日騒ぎ立てたことから、菅総理は鳩山の失敗に身震いし、日米同盟べったりに転換した。

 

◆激化する米中の対立も背景


 一方、中国はGDPで世界第2位にはなったものの、国内には非常に大きな格差問題があって、その不満を表面化させないためにナショナリズムを外に向かって打ち出している。その一環として領土拡張を主張してきた経緯がある。
 今や、中国は南シナ海だけでなく東シナ海も生命線と考えるようになり、小笠原やグアムまでを守備範囲にしようという戦略を持っている。そうなると太平洋国家を標榜する米国と対立が深まり、環太平洋を舞台とした米中対立が激化する――。
 TPPに参加、あるいは参加表明しているベトナム、ブルネイ、フィリピンは、まさに南シナ海で中国と領土をめぐって争っている国である。つまり、TPPとは中国の脅威を感じている国が参加、それを米国が助っ人となって助けてやろう、という構図なのである。
 このように考えると昨年の10月の菅総理のTPP参加検討表明は、東アジアの時代からアジア・太平洋の時代に大きく転換する、すなわち、米中対立が抜き差しならぬものになってきたということであり、日本はアジア・中国重視から米国寄りに再び舵を切ったということだ。TPPの本質は、経済問題よりもこうしたもっと大きな日米同盟強化という点にあるということを忘れてはならないと思う。あるいは日米安保は経済協力を含むということだ。
 その意味では、今、日米同盟強化に進んでいくことが、日本とアジア、そして世界の平和にとってプラスになるのか、これを根本的な問題として考えていくべきだろう。おそらく米中間を取り持つ力を持っているのは日本しかない。日本は永遠に核武装しない国でありたい。その立場を活かしていこうと思えば、やはりこの視点からTPP問題を考える必要がある。

 

◆さらなるデフレを招くだけ!


 TPPの経済的な意味としては、菅総理は日本の韓国化を考えているようだ。
 しかし、韓国は「北東アジアの新冷戦時代」を生きている。北朝鮮を後から中国が支えているという非常な緊張感のなかにあって、韓国は米韓軍事同盟を強化していく。軍事同盟を優先し、そのなかで食料安保、自給率も解決していこうということだし、それを背景に海外に農地も求めている。
 また、韓国の輸出依存度は09年で対GDP比39%、日本は16%である。貿易依存度では76%で日本は30%だ。日本は輸出大国だといわれるが輸出依存度は意外に低く、内需に依存しつつ、その上に輸出大国を築いてきた。韓国とは経済構造が大きく違う。
 その韓国はTPPに参加せずコメを例外にしながら米国、EUとFTAを締結したわけだが、これは考え抜いた戦略といえる。
 ただし、1年間で輸出を3割程度伸ばしてはいるが、それは菅総理が言うように次々とFTAを締結したからではない。4年間で対円為替レートを半分に切り下げたことが要因だ。韓国とは政治的にも経済的にも大きく違うことを押さえておく必要がある。
 しかし、国内にはTPPに参加しないと国益に反するという考え方がある。
 経産省試算では、韓国が米・EU・中国とFTAを結び、日本がどことも結ばなかったとすると、自動車と電気と機械、この3つの分野で10.5兆円の損失になるという。つまり、この試算は、クルマと電気と機械だけは儲かるということを示しているといえる。
 問題はTPPによって輸出が促進され、それらの企業が儲けた利益を国民に還元してくれるのかどうかだ。グローバル企業は、グローバル競争に打ち勝ち輸出を伸ばすためには賃金も引き下げなければならないとして、非正規雇用を増やしていく。最新の報告では非正規雇用の割合が過去最大になった。
 グローバル企業が輸出で稼ぐために賃金相場を下げ、そのことによって内需がさらに冷え込んでいってデフレがさらに強まり、内需産業の不況が続くということになる。そういう点からしてもTPPは国益にプラスにならない。さらにグローバル企業は輸出で稼いだ金をすべて内部留保に回し、自社株買いをしており、その面でも内需に振り向けない。しかも、興隆する広大なアジアに背を向けて沈みゆく米国と付き合うということが得策なのか。
 さらにTPP論議の背景には、行政刷新会議がある。「開国」を地ならしする「トロイの木馬」としての行政刷新会議である。
 この会議では、政権交代後も温存されてきた新自由主義を今こそ羽ばたかせるために、内部から規制緩和をしようということだろう。
 JA関係でいえば、米国も今は直接、信用・共済事業を挙げてはいないが、たとえば、共済事業を一般の保険に変えろ、ということを主張してくるとみられる。それが刷新会議の信・共分離論とマッチングしてくることを見ておかなければならない。

 

◆農業から問題をどう訴えるか?


 では、TPPに対してわれわれは何をしたらいいのか?
 ひとつは、農業や農協だけが反対しており、国民から孤立した動きだという方向にマスコミや政権の力が作用していることをはねかえさなくてはならない。農業者だけの問題ではなく、やはり広く国民の生活に関わることだと訴えることが大切になる。
 そうした国民的運動を作り出すことが大事だが、同時に農林水産業の危機を正面から訴えていく必要がある。農業サイドが孤立してはまずいが、同時にTPPによってもっとも農業が影響を受けるということも訴えていくという2正面作戦が求められている。
 ところが、日本生協連のTPPに対する今の態度は、米自由化問題のときとまったく同じ。当時も組合員には賛成する人もいるため、われわれは軽々に反対とはいえない、と言った。さらに日本生協連は05年の日本農業への提言で「高関税の逓減による内外価格差の縮小」をはっきりと打ち出した。高関税の逓減とは、すなわちTPPではないか。しかし、一人ひとりの生協組合員に対してはどんどん問題点を訴えていくことが大事だろう。
 一方、政府の「食と農林水産業再生会議」の議論も注視しておかなければならない。
 ここでは「攻めの担い手」論が議論されている。しかし、担い手というのは、地域のみんなが信頼して農地を貸してくれるようになるという待ちの姿勢こそが、日本の担い手ではないか。
 「攻め」の意味を鹿野農相は、輸出、と考えているようだ。しかし、すでに報告があるように、中国での日本産米の販売価格はキロ1400〜1500円なのに対して、現地産の日本品種は140〜150円と10倍の差があると報告されている。しかも検疫が非常に厳しい。
 生産調整をやめて米価を下げ60kg9500円にすればというがそれでも中国内での販売価格はキロ381円。生産調整をやめたとしても輸出がどんどん伸びるという話ではない。農林統計によると15ha以上の全算入生産費は60kgで1万1507円。米国産は3420円だ。この差額を補てんすると10aあたり7〜8万円程度になる。ここまで政府から支援されていて「攻めの担い手」と言えるのだろうか。

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 メディア研究の重要性も強調しておきたい。大マスコミと米国と官僚一体となってTPPを推進している。とくに小沢一郎をめぐっては、自民党幹事長時代から全国紙政治部と対立し、それが現在の小沢批判へ、そしてTPP推進へとつながっている。
 米国の新米国安全保障センターが東京財団と一体で「日米両国と『自由で開かれた国際秩序』(2010年10月)をまとめているが、これは日米同盟の基盤強化にTPPは役立つという論で、当時、朝日新聞の主筆の船橋洋一氏がメンバーに入っていた。船橋氏は朝日新聞でTPP推進と日本の通商国家化のキャンペーンを張った。
 この問題の根は深く、やはり、日米同盟まで考える必要があると思われる。

(2011.03.16)