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どうなるの? 私たちのくらし 【TPPと離島の農業】

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【TPPと離島の農業】 サトウキビが守る日本の領海  東海大学海洋学部教授・山田吉彦

・人が住んでこその島
・島の農業の大切な役割
・高級和牛も過当競争に
・0.6%の人口が日本を支えている
・事業仕分け人の不適切な認識
・歴史と文化とともに生きるために

 TPPを締結すればサトウキビや甘藷、テンサイといった甘味資源作物はすべて外国産に置き換わるというのが農水省の試算だ。このうちサトウキビは国境地帯にある「島」の基幹作物でもある。が、日本は島国だ、といいながらも国民の多くは「島」とは何か、よく考えたことはないのではないか。島の農業、持続的な経済活動の意義と必要性について東海大の山田吉彦教授に聞いた。

人が暮らす「島」は安全保障の基礎


◆人が住んでこその島


東海大学海洋学部・山田吉彦教授 日本は6852の島(周囲100m以上)からなっている「島国」ですが、そのうち6847が離島です。
 つまり、北海道、本州、四国、九州、沖縄本島以外は離島なわけですね。日本は海洋国家とも言われますが、島があっての海なんです。ですから海洋国家ニッポンの国土と海は、これら離島が形成しているといえます。
 この島々を基点としてわが国は447万平方メートルにおよぶ、世界で第6位の広大な海を持っています。これは領海プラス排他的経済水域(以下、EEZ)の面積です。
 EEZとは他国を排して経済的な権益が認められた水域です。この権益がどうして認められるかといえば沿岸から200カイリ(1カイリ=1.85km)までに島があるからです。
 ところで「島」とは何でしょうか?
 国連海洋法条約のなかに島の定義があります(第121条)。それによると島とは、▽自然に形成されたものであって、水に囲まれ、高潮時においても(陸地が)水面上にあるもの、となっています(第一項)。この定義では、たとえば、沖の鳥島も条件を満たしています。
 ただし、条文のなかにはほかに、▽人の居住もしくは独自の経済生活を維持できない岩は、EEZおよび大陸棚の起点とはならない、と記されています。
 つまり、人が住むことができない、あるいは経済行為を継続して行うことができないものは島ではなく「岩」なのであって、EEZは認めないという考えです。
 ということは島が利用されずに岩とあつかわれたら海もなくなる。つまり、人が住んでこそ島、なのです。
 その点を考えると八重山諸島や大東島エリアを中心としたおよそ80万km2のEEZを守っているのが、実はサトウキビだということになります。

(写真)東海大学海洋学部・山田吉彦教授

サトウキビが守る日本の領海

 

◆島の農業の大切な役割


 離島に人が住み続けるための振興策を考えるとどうしても漁業のことばかり考えてしまいますね。もちろん漁業は大事ですが、農業、商業も大事です。それらが一体となってこそ生活が成り立つわけですから。
 とくに大事なのが南の島々の特産品、黒糖です。細々と貧しいながらもサトウキビを栽培し黒糖を製造して生きてきました。
 一方、漁業といえば海に生きる、というイメージがありますが、船は陸から出ていく。魚も陸に上がってはじめて商品価値を持つわけですね。消費者がいてこそ漁業の価値がでてきます。
 すなわち陸と海は一体ということです。ということは南大東島にサトウキビ農家がいて産業としての黒糖工場があってはじめて漁業も成り立つわけですね。与那国島も同じです。観光だけでは生きていけません。季節性のある観光業だけには頼れず、そこに暮らしている人がいてお店も成り立つのです。
 これが兼業体制の日本の経済です。そのなかで島の主要産業である農業が突如なくなってしまったら、人々は生きていけるのでしょうか。

 

◆高級和牛も過当競争に


 サトウキビと並んで島ではたしかに和牛も盛んです。牛はミネラルが豊富なところで良質に育つということから、離島ではある種のブームとなってどこでも牛を育てていて、これも主要産業になってきました。
 TPPはサトウキビを壊滅させますが、実は島の牛にも大打撃を与えることになると思います。
 農水省の試算では関税撤廃でも牛肉は5等級、4等級の高級品は残るだろうとされていますね。しかし、当然、高級品の過当競争になるのではないでしょうか。
 島は輸送費がかかるから内地との競争には勝てない。そして島どうしでつぶしあうことになる―。日本の南西部の離島の農家は牛とサトウキビでバランスをとりながら生きてきた。それが両方ともダメージを受けてしまう。
 そうなると島から人が離れ、結果としてそこに眠っている海底資源も水産資源も失ってしまうことになりかねません。

 

◆0.6%の人口が日本を支えている


 人が暮らすということは、安全保障上、最大の抑制効果です。人が暮らす島にあえて上陸をして戦争を起こすということは現代社会では考えられないことです。人々が安定して暮らしていくことが現代の安全保障には重要です。
 つまり、国境の島々には人が暮らせる環境をつくっていかなければなりません。そうでなければ安全を守るために警察や自衛隊の配備が必要になってくるわけです。
 たとえば、北の守りである礼文島には自衛隊が常駐していますが年間の維持費が3億円です。
 これが対馬では年間維持費30億円です。礼文島の人口は3500人ほど、対馬が3万5000人と10倍ですから、人口に見合ったコストがかかっていることが分かります。
 離島のうち有人島は約320で人口は約70万人です。前原前外相は農業はGDPの1.5%に過ぎないと言いましたが、そもそも国境離島の人口は0.6%。つまり、99.4%の人口が海洋国家ニッポンの生活の安全と未来を0.6%の人口に負わせていることになるのです。
 今後、島から70万人もの人がどんどん離れていくことになると、住民の代わりにこのように自衛隊を派遣しなければ領土は守れないということになります。どれほどのコストになるでしょうか。

 

◆事業仕分け人の不適切な認識


 しかし、決して離島の人々は恵まれているわけではありません。与那国島では高校がないため15の春に島を離れなければいけません。島に帰っても仕事がなければ島には戻らない。
 今はサトウキビ工場があるために、短期的にでも島に若い人が戻ってきて、それが島に若い力を保たせている。
 日本という国は、農業、漁業といった第一産業と2次、3次産業が力を合わせながら生きてきたのだと思います。どれ一つ欠けてもいけない。これがかりにGDPの1.5%であっても、この1.5%がなくなったら終わってしまう。
 今日のテーマでいえば、日本の海を守っているのは誰なのか、もう一度考えようということです。また、産業が連関しているということを考えて島の暮らしを考えていかなければなりません。
 にもかかわらず事業仕分けで離島航路の補助金が問題になったとき、仕分け人は「離島は大きな老人ホームだ」、「離島の人間が都市に迷惑をかけていいのか」と言いました。
 それはまったく不適切であり「離島は日本の将来を支えている」のです。離島の人たちのみなさんは宿命だと思って生きていらっしゃる。
 逆にいえばダイナミックな離島振興が必要です。それも農業をどうやって活性化させ2次産業、3次産業とのバランスをとるか、です。
 新しい商品開発の努力なども必要です。サトウキビ農家も努力し糖度の高いものをどう作っていくか、安定的に供給できるか、工夫をしてきているわけですね。工場が動くことによって人が集まり、トラックでサトウキビの運搬も行われ船で運び出すというかたちで経済が動き出す。それによって島は潤うわけです。この様な複合的な振興策が大切です。

 

◆歴史と文化とともに生きるために


 今回の震災による計画停電で東京などは大問題になりました。しかし、島では台風が来れば23日電気が止まるということはしょっちゅうです。お店から品物もなくなる。こういうリスクを負っている人たちによってこの国が支えられています。
 TPPは「この国のかたち」に関わることだと当初から言われていますが、そもそもこの国のかたち自体をどれだけ認識しているのでしょうか。
 この国の領海を含めた「かたち」を支えているのは離島であって、その生活は農業、漁業などいろいろな産業が組み合わさって成り立ってきた。
 島に人が定着してきたのは歴史や文化があったからです。これは精神的な面が大きいですが、物質的には農業や漁業があったからです。だから、美しい自然、海を愛し、できればこの土地から離れたくない、ぜいたくな暮らしができなくてもサトウキビを作り続ける、ということでした。
 文化がなければ人はその土地を離れます。逆にいえば、文化を守ろうという人たちが生きていける経済的な環境をつくっていくことこそが求められているのだと思います。

(2011.06.03)