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平成22年度農業白書を斬る

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平成22年度農業白書を斬る「誰に読ませる白書なのか」 大妻女子大学教授・田代 洋一

・てんこ盛り白書
・東日本大震災を記述
・TPPには触れない白書
・白書をウラ読みする
・大規模農家の積極参加?
・集落営農を促進した?
・米価下落の原因ではない?
・主業・準主業分析は有効?
・担い手のいない水田集落?

 「白書」はわが国の食料・農業の姿を描き、国民への理解を広め今後の施策を考えるためのものだ。23年度白書はどう評価すべきか、田代洋一大妻女子大教授に分析してもらった。

◆てんこ盛り白書

大妻女子大学教授・田代 洋一 今年の農業白書の特徴は、まず厚い。本文の頁をみると、倍に増えた前年度のさらに3分の1増しの383頁だ。「東日本大震災の発生」(特集)、名古屋で開かれた生物多様性の国際会議(トピックス)等、触れねばならぬことが多すぎ、やむをえない面もある。
 他方、白書は昨年同様に「ですます」調で、事例、図表、写真を多用し、放射能物質に関するQ&Aなどもあり、読みやすさ、分かりやすさを狙い、国民に訴えたいのだろう。その気持ちはよく分かるが、厚く重いボリュームがそれを見事に裏切っている。結局、誰に読んで欲しい白書なのか分からない。
 そもそも「白書」の名は「白表紙」に由来する。しかるに最近の白書は「白」どころか極彩色だ。不必要な写真も多い。何も白書で「小林幸子さん」にお目にかからなくてもいい。もう一度、白書の原点に戻って脱色し、文章と内容で読ませてはどうか。
 内容的にも盛りだくさんだが、知りたいことはあまり書かれていない「てんこ盛り」白書というのが第一印象である。
 他方で詳細目次を追いかけるだけでアウトラインが分かってしまう利便性もある。お忙しい向きは目次にしっかり目を通して、後は興味のある箇所だけ開けばいいのではないか。


◆東日本大震災を記述

 特集として東日本大震災を取り上げたことは特筆される。被災状況も簡潔に数字でまとめられている。原発事故についてもかなり触れられている。さらに、この項こそ事例をもっと豊富に載せるべきだったのではないか。
 「被災地域の農業の復旧・復興に向けて」の項は、地震・津波被害についてのみで、放射能汚染については一言も触れられていない。昨年に頭出しした口蹄疫問題が今年は詳述されているが、原発問題等も来年度に期待したい。
 以下では多岐にわたる叙述のうち、TPP、戸別所得補償、構造分析に絞ってコメントしたい。

 

TPP問題はウラ読みしたい


◆TPPには触れない白書

 大震災前までの昨年度の最大の問題はTPPだが、TPPの文字は白書の地の文章には1カ所でてくるだけで、後は政府文書の引用のみである。つまりほとんど無視に近い。
  農水省は2010年12月、「国境措置撤廃による農林水産物生産等への影響試算について」を公表している。周知のように食料自給率が40%から13%に落ちるという壊滅的・衝撃的な試算だった。農業の多面的機能の喪失額も3.7兆円とはじかれた。元になった2007年2月の試算では機能の69割が失われるとされた。この貴重な試算を白書でも大いに活用するかと思いきや、完全な肩すかしだ。
 政権が推進することに異を唱える立場にはないということか。何も書かないことがせめてもの抵抗ということか。いずれにせよ世は政権交代時代、短命政権の政策に振り回されていたのでは、基本法に定められた「食料・農業・農村に関する動向」の客観的な報告はできない。政権交代時代の白書執筆のルールを決め、客観分析を保証すべきだろう。


◆白書をウラ読みする

 それはそれとして、前述のようにトピックスでは生物多様性をはじめ環境問題と食料・農業・農村の関わりが全面展開されている。自給率が13%になり、多面的機能の69割が失われるということは、この農業の環境保全機能が壊滅することを意味する。
 TPPについて書かず、農業環境問題をたっぷり書いたと言うことは、ウラ読みすれば、そういう形でTPPによる環境破壊に暗に警鐘を鳴らしたととりたい。

 


戸別所得補償モデル事業の評価


◆大規模農家の積極参加?

 白書は米戸別所得補償モデル事業が、農業経営の安定、米過剰作付けの抑制、集落営農の組織化等に一定の成果をあげたと評価している。
 白書は水稲作付け面積に占める5ha以上の経営体の割合が31%に対して(センサス)、モデル事業支払対象者の作付面積に占める5ha以上の割合が36%であることをもって、「大規模な農家が戸別所得補償モデル事業に積極的に参加している」としている。
 果たしてそういえるだろうか。そもそも同事業は規模中立的だったのではないか。白書は「農業経営体」についてのデータを「農家」と言い換え、大規模農家の参加を強調したいわけだ。だが農業経営体には集落営農(法人)等も含まれる。同じデータで13haのモデル事業参加割合は低くなっている。つまり13ha程度の「農家」は集落営農等の「農業経営体」の形で事業参加しており、それが5ha以上の「農業経営体」のウエイトを高くしたとも推測できる。
 集落営農(法人)は、たんなる販売・経理の一元化のみから完全協業まで実に様々なバリエーションがあり、農家にカウントするか農業経営体にカウントするかは、よほど内部に立ち入らないと分からない。つまりセンサスデータ自体がうかつに使えないし、いわんやセンサス以外のデータとつきあわせるのは危険である。


◆集落営農を促進した?

 白書は個別農家は飯米分10aが定額1万5000円の交付対象から除外されるのに対して、集落営農だと組織全体で10aの除外で済むことが、集落営農の組織化を進展させたと評価している。つまり各戸が1万5000円の利益を求めて集落営農に踏み切ったという解釈だ。そんな話は現地で聞いたことがないし、白書でも集落営農の活動目的は「地域の農地の維持管理のため」「生産調整の実施主体になるため」となっている。1万5000円をはるかに超える深部からの動きなのだ。
 白書は集落営農の解散理由を調べ、「モデル対策に個人加入」が第二位にあがっていることを示しつつも、解散・脱退は少なく、全国的現象ではないとしている。しかしこれもおかしな記述で、そもそも解散・脱退事例が少ないとするならそれにとどめればよい。わざわざ理由まで確かめれば、やはり戸別補償がマイナスに作用したことは否めない。


◆米価下落の原因ではない?

 また同事業による交付金があるため、業者が買い叩いて米価が下がったという推測に対しては、全農がヒアリングした51業者は、相対価格を競合産地(銘柄)の価格動向を踏まえて決めたという回答が多かったとして、全国的価格下落の原因は、価格形成力の弱い産地の値引きに他産地も連動したためであり、戸別補償のせいではないと解釈する。
 この解釈は苦しい。なぜ全国の産地が弱い産地に連動しなければならなかったのかを考えれば構造的な原因があるはずだ。白書は戸別補償で過剰作付けが減ったことも強調している。にもかかわらず価格が下落した。それに対して白書は「過剰米対策としての政府買入れは実施しないこと」としたと述べている。このような価格下落に対する歯止めがない状況下では、業者が交付金を織り込んだ価格を引き下げることは経済学のイロハだ。
 問題は少数業者が「ああ言った、こう言った」ではなく、制度の仕組みの問題である。EUの直接支払いは、政府保証価格の引き下げに対する補償としてなされている。そもそも「政府買入れ・保証価格ありき」の直接支払いであり、それ故に不当な買い叩きにも歯止めをかけられる。日本の戸別補償は、そういう政府買入れ・支持価格抜きの、バケツの底に穴の開いた「ザル直接支払い」であり、それ故に戸別補償の分だけ価格下落させてしまうのである。

 


精彩に欠ける構造動態分析


◆主業・準主業分析は有効?

 いま日本農業の焦眉の課題は担い手の育成確保である。その点に付いて白書は戸別補償モデル事業で経営安定が図られたと自賛しつつ、他方では、主業農家の減少、高齢化、担い手不在地域が過半など否定的減少も羅列している。
 組替え集計は白書ならではのものだが、その一つが図(下、白書P208)である。この図で、主業→副業・準主業・その他(自給、土地持ち非農家)が18.6万戸、その逆が11.7万戸で異動性が激しいことが注目される。準主業・副業間も同様である。
 問題はその理由だが、「高齢化」以外には触れられていない。そこで定義をみると、主業農家は「農業所得が過半で65歳未満の農業者がいる」、準主業は「農外所得が過半で65歳未満がいる」、副業的は「65歳未満がいない」である。この定義からして、異動の主因は、(1)は兼業所得減、(2)は農業所得減、(3)は定年帰農、(4)は高齢化、(5)は定年帰農、(6)は高齢化と推測できてしまう。(1)(2)を除けば年齢要因であり、これでは構造分析にならない。

主副業別販売農家数の累計異動


◆担い手のいない水田集落?

 もう一つの組替え集計では、「農業を主とする65歳未満の農家のいない水田集落の割合」を全国54%とし、西日本では6割を超えていることを指摘している(白書P224)。
 これもおかしい。なぜ「農家」だけを取り出すのか。担い手には「農家」だけでなく集落営農をはじめ前述の「農業経営体」もあるはずだ。別の農水省の組替え集計では「主業農家も集落営農もない」集落は35%にのぼるが、その農地は10.5%だ。先の56割とは印象がだいぶ違い、集中支援を強めるべき対象は絞られてくる。
 土地利用型農業の担い手に係る構造分析に必要なのは、年齢要因で動く主業・準主業といった分類に基づくものではなく、ずばり経営耕地規模別の動態分析だが、それこそセンサスに先立って白書がいち早く示して欲しいデータだ。
 その場合に注目すべきは割合ではなく、大規模経営体の実数である。今や規模拡大経営や集落営農(法人) は、層ではなく点として地域農業という「面」を担う時代である。そして「点」は実数としてカウントし、事例として紹介するしかない。白書は事例紹介を満載していてその「事例一覧」まで掲載しているが、力を注ぐべきは、担い手経営体や世代交代(農業後継者、新規就農者)のそれだろう。来年度の分析に期待を繋ぎたい。

(2011.06.30)