農業者こそ地域復興のリーダー
◆「おでん」を被災地に
今村 さっそくですが、3月11日午後2時46分、どうしていました?
黒澤 群馬に帰るため関越自動車道を走っていました。
かなり揺れたので相当の災害ではないか――、日本青年会議所役員時代、阪神淡路大震災の対応に追われた経験があったのでそのことが頭に浮かび、やはり被害を受けた方々の命をつながなければならないとまず思いました。水、電気といったライフラインが心配されますが、実は食べ物なんです。今晩、夕食を食べられる人はどのくらいいるのだろう、と。
被災地で支援して分かるのは、本当に明るい顔が出るのは食べるときだけということです。命をつなぐという意味では冷たいものでも必要でしょうが、やはり温かい食べ物を得たときの顔は、支援に行った側をも勇気づける原点ではないかという気がしています。
今村 それが今回「おでん」を増産し供給するという行動になったわけですね。
黒澤 中越地震のときも携帯電話も含め全部通信がダメになりましたから、早く対応しなければと、車の中からどんどん指示を出しました。
会津に工場があり、実は冬商品から春商品への切り替え時期にあたっていたんですが、そのままおでんの製造を続けろと。もうひとつは多品目をつくるな、ということです。
(写真)
黒澤賢司氏
◆「食」の意味が問われる非常時
今村 おでんは野菜もあればタンパク質もある。それにつゆもあるから冷たいにぎりめしを混ぜればおじやにもなる、と。
黒澤 そうですね。やはり温かさを被災者に届けられるし、おでんのつゆは実はバランスがとれています。これにコンビニが支援で出しているおにぎりの具を抜いて混ぜて和風リゾットにして食べていただく。
被災地に行って思ったのは食が滞っている避難所と、食が行き渡っている避難所では、人の顔が違うということです。今回の場合でいえば、3月11日の夜、12日の朝と昼、やはりこの3食が人間が行動するかどうかのポイントになるという感じがしました。
今村 いちばん喜ばれた具は?
黒澤 やはり大根ですね。量はありますし、大根は歯茎だけで食べられるものという面もあります。調理は簡便でお湯さえ沸かせればできる。高齢者にも大変喜んでいただけたということです。
食品産業とすれば、やはりフードライフラインをきちんと構築することが大事だと思いました。被災者でも健常者は自らが周囲を助けていかなければならないわけです。そういう面では、行動ができる食を、という面も大事です。
フードライフライン形成をJAの力で
◆被災地で信頼された直売所
黒澤 ただ、フードライフラインという意味で今回残念だと思ったのは、東北は日本最大の米地帯ですが、一般家庭はほとんど小量のストックしかありませんし、電気が来ないとなると玄米はあっても精米できない事態になったことです。
農業という産業は地域資源をオペレーションしているわけですから、やはり一気通貫といいますか、部分ではなく全体をカバーできる仕組みをどうするかという視点を持っていないとこういうときにはまったく役に立ちませんね。
今村 極限状況のなかでそれが出てくるということですね。
黒澤 一方で農産物直売所、これは農家のみなさんが生産・製造して出荷していますよね。だからコンビニに商品がなくて休業やむなし、あるいは地方中堅スーパーも物流が滞ってしまったということでしたが、被災地で見た限り直売所は休業しないで食のデリバリーができた。
今回はいちばん信頼を勝ち取って組合員だけではなく一般消費者のみなさんが、農産物直売所、ファーマーズマーケットは、こういう時も大きな役割を果たしてくれる食の施設なんだということを認識したのではないかと思っています。
それほどお金をかけてつくっていませんし平屋ですから地震被害を受けたところは少ないし、立て直るスピードは抜群にありますよね。そのなかの加工食品、とくに商品開発のプロからみればいいヒント、いい知恵が詰まっている宝の箱が地域の農産物直売所だという感じがしています。
◆震災から考える農村の価値
今村 今までは食品コンビナートで万民が喜びそうな食品を製造してどんどん売り込んできたことも、これを契機に考え直さなければならないかもしれません。
黒澤 経済効率性だけ、合理性だけを求めてきたと思います。大メーカーがナショナルブランドとして日本全体に供給していた商品基地が被災地域にもいっぱいありますが、まだどこも復活していません。効率性を求めて機能分担をするために、たとえば味をつくるところと、素材を半調理するところと全部違う場所です。ですからどこかがダメージを受けてストップすると商品にならなくなる。
そういう面では、農業、農村のなかというのは一気通貫できる場面が非常にあると思います。
東北は食の宝庫です。直売所同士も比較的ネットワークが作られてきた。これから復旧から復興に向けて歩んでいくなかで、これが地域循環型の食の供給をしていく起点になるのではないかという気がしています。
今まではこういう施設がなかったわけですから、供給したくても個別経営体ではできなかった。それが協同活動のなかで供給する拠点ができて大勢の消費者のみなさんが簡便に、しかも地域に根ざしたものを購入できるという仕組みができた。大きな地域貢献、社会貢献になっています。
考えてみれば、今までは素材供給だったんだと思います。倉庫のなかに米がいっぱいあっても、食べられない玄米ではだめですよね。
◆地域を熟知しているのは誰か?
今村 黒澤さんは米ができない地域で生まれ育ったから、逆に非常時の食のあり方が見えてくるのかもしれませんね。
黒澤 群馬では、利根川が荒れるので河川に近いところに水塚というものがあります。塚の上に防災食をストックしておく蔵があって、その軒に小舟を吊してあった。地域の安全を地域で担保するという昔の仕組みがあったんだと思います。
私も被災地で思ったんですが、比較的村の原型を保っている地域では復旧が早いですね。けれども混住化が進んで価値観が多様になっている地域はなかなか復旧に向けた足並みがそろわないと思いました。
やはり昔から住んでいた人のリーダーシップだと思います。実は昔からその地域のことをいちばん熟知しているのは農業者なんですよ。水系が分かるし、地滑りしそうな山はここだ、今の時期は風はどう吹くか……、こういった土地条件を知っている人がいる地域か、いない地域かによって被災したときのスタートラインが違うと思います。
混住化が進み無縁社会などともいわれていますが、もっと農業サイドからコミュニティに対して農業はこういう役割を果たすことができるということを示すことが必要だと思います、たとえば、ここには200年住んでいたから、あそこに井戸がありますよ、と教えることができる、とか。この地域に井戸があるなんて誰も知らないわけです。
実際、今回も被災地で、水が涸れてしまったのではないかと行ってみたらこんこんと出ていた、という話も聞きました。それでその地域は水を確保できた。一つの井戸で120?130世帯の生命を維持するための水は確保できるんですね。
やはりこういうことが地域のなかには周知されていない。この地域に後から住んだ人はあくまで後から来た住民、もとからいた住民はもとからの住民、ということなんでしょうか……。しかし、そんなかたちで分離しているとコミュニティにならないですよ。
◆未来に向けたJAの役割発揮を
今村 フードライフライン形成とコミュニティの再生、これはJAの役割も大きい問題ですね。
黒澤 そう思います。高い確率で発生が予告されている東南海地震もありますし、有事にそなえて平常時に地域の農業・農村が持っている資源を冷静に検証し評価して、地域力をつけなければならないと思います。 それとJA間連携も大切になっていると思います。災害はなくても農業生産は天候に大きく左右されますから、フードライフラインづくりにはネットワークも大事です。そしてそうした価値の共有化をJAがコーディネートすることが重要な機能であり仕事だと思いますね。
JAにとっては組合員の拡大も課題ですが、こういう震災があった後の組合員の拡大とは、農業や農村を維持してきたみなさんが本当にリーダーシップをとって復旧・復興に向けて動くんだということをコミュニティに向けてプレゼンテーションできるかどうか、ということだと思います。
1000年に1度と言われる今回の震災はいろいろな教訓を、地域コミュニティや農業はもちろん、ありとあらゆる産業に与えていると思います。残念ながら命を落とされた方には本当に言葉もありませんが、生き残った人たちにはこれからが仕事です。まだ復旧段階ですが、この段階から一緒にやるという協同活動をどうつくっていくか――。JAも地域に共有できるものを提案し、地域のなかでスクラムを組むことが大事だと思っています