◆実態を反映していない政府の試算
原子力発電(原発)についてこれまでは「クリーンで安い電力」でしかも「安全」だといわれてきた。
しかし3月11日に発生した東日本大震災による地震と津波によって、東電福島第一原発は原子炉冷却のための電源すべてを失い、冷却ができなくなったために原子炉内の温度をコントロールできなくなり、燃料の温度が急上昇し、圧力上昇回避のために弁を開放(ベント)したために放射能による汚染が始まり、さらに炉心の溶融が進行。12日には1号機が水素爆発し建屋が崩壊。2号機、3号機も同様の経過をたどり、いまだに終息しないことからも分かるように、その「安全」神話は完全に崩壊した。
それでは「原発のコストは安い」というのは本当なのだろうか。
表1は2004年に政府が発表した発電コストの試算をまとめたもので、原子力は1kWh当たり5.3円と他の電力より安くなっている。この5.3円が以後原子力のコストは安いという根拠として世間に流布されていくことになる。
大島教授はこの数字は実態を反映していないと2つの理由をあげる。
1つは、政府の試算自体がいわゆる「モデルケース」に基づくもので、実態とは異なることだ。例えば、表1の「設備利用率」(稼働率)をみると原子力は「80%」となっている。しかし、実際には02年以降、電力9社全体で原発の稼働率が80%以上になったことはなく、08年には60%にまで下がっている(09年66%、10年67%)。
大島教授にお目にかかったのは、京都が梅雨明けしたその日で真夏のよう日差し強い7月9日だったが、帰りに京都駅で買った「京都新聞」夕刊の1面トップには「原発稼働率6月36%」と日本原子力産業協会の調査結果を伝える見出しが踊っていた(同協会の正式発表は12日となっている)。
表1の政府試算5.3円の基になっているのは電気事業連合会の「モデル試算による各電源の発電コスト比較」だ。しかし、この資料では原発の稼働率が60%を割ると石炭火力やLNG火力よりコストが高くなると明確に書かれているのだが、そのことには一切触れられず「5.3円」だけが「エネルギー白書」でも使われ、「原発は安い」の根拠として一人歩きしている。
◆実態は火力より高い発電コスト
大島教授は、政府発表データは「モデル」なので、より現実に近いコストを知るために、年度ごとの「有価証券報告書総覧」で公表されるデータをもとに、原発をもつ電力9社の電源別発電単価を算出した。それが図1の実績だ。この数字は「いずれも設備の稼働率や減価償却などを含めた実態を反映した数字」だ。
1970年から2007年までの平均をみると原発は1kWh当たり8.64円で、火力より少し安い程度だといえるが、大島教授がここで注目したのは、「原発と揚水発電の関係」だ。原発は火力などと異なり出力調整ができないので、電力需要が下がる夜間でもほぼ100%出力する。その余剰電力で水を汲み上げておき必要に応じてその水を落下させて発電する「揚水発電が付帯されており、70年以降、原発の発電容量に比例して増えている」つまり「揚水発電は原発の必需品」と考えれば、発電コストも「原発と揚水を合わせて考えるのが適切」ではないかと大島教授は考えた。
そうすると、図1の実績の「原子力+揚水」で分かるように10.13円と火力よりもコスト高になる。
◆財政支出=国民の税金で成り立つ原発
ここまでは電力会社の原価であり消費者が電気料金として負担している部分だが、これに国からの「財政支出(国民の税負担)を足さなければ本当のコストは見えない」と大島教授は考えている。
財政支出には「一般会計エネルギー対策費」と「エネルギー対策特別会計」がる。「特別会計」は、田中角栄内閣時代につくられた「電源開発促進対策特別会計」がベースになっており、日本固有の交付金システムである「立地対策」(電源立地勘定)と「技術開発対策」(電源利用勘定)からなり、電気料金に課されている「電源開発促進税」がこの特別会計に直入される仕組みになっている。
この特別会計は原発だけを対象にはしていないが、「実態は大部分が原発関連の技術開発と立地対策にあてられ、原発開発推進の財政的な裏づけとなっている」と大島教授は指摘する。
こうした財政支出は「ざっくり4000億円」程度あるという。だが電源別に計上されている財政資料はないので、各年度の「國の予算」を基礎に「一般会計エネルギー対策費とエネルギー特別会計の費用項目を可能な限り電源別に再集計して積み上げ、これを当該年度の発電量で割って計算した」のが図1の「立地」と「開発」だ。「原子力」では開発1.64円、立地0.41円、計2.05円。「原子力+揚水」では1.68円と0.42円の2.1円が財政支出されている。火力は0.02円と0.08円計0.1円しか財政支出されていない。
これを「実績」のデータに加えた総合的な電源別発電コストが図1の棒グラフの上の数字だ。これを見ると、原子力単体で10.68円、原子力+揚水で12.23円となり、財政支出まで加味したコストは、「原子力が一番高い」。まさに原発は「補助金漬け」といえる。
◆使用済み核燃料処理に19兆円もかかる
そして原発が他の電源と大きく異なるのは、「原発のコストは今後さらに膨らむ恐れがある」ことだ。それは「バックエンド」つまり使用済み核燃料の取扱いで、今回の福島第一原発事故が起こる前からコスト上昇要因として存在していたと大島教授は指摘する。
使用済み核燃料の処分としては、「放射性廃棄物として埋設処分する方法(直接処分)」と「再処理によって使用済み核燃料に含まれるプルトニウムとウランを抽出して再活用する「核燃料サイクル」の2つがある。日本は全量再処理する方針を掲げてきており、09年から再処理して抽出したプルトニウムを混合したMOX燃料(混合酸化物燃料)を軽水炉でプルサーマルが始まっている。福島第一原発3号機もその一つだ。
現在は再処理を英国やフランスに委託しているが、最終的には国内で全量再処理する計画で、日本原熱が青森県六ヶ所村に再処理工場を建設中だ。
それではこのバックエンドにはどれくらいの費用がかかるのだろうか。表2は04年に政府の総合資源エネルギー調査会に報告された数字だ。六ヶ所再処理工場を40年動かすとして、建設・操業・廃止を含めた「再処理費用が11兆円」。放射性廃棄物の処理・貯蔵・処分やMOX燃料加工など関連費用を合計すると「なんと18兆8800億円もかかる」。
これを誰が負担するかだが、実際には「この試算をベースに06年からバックエンド費用を電気料金に上乗せし徴収」されているのだという。電気料金明細には載っていないが、大島教授が「有価証券報告書総覧」の記載から計算した1世帯当たりの負担額は表3のように07年で240円になる。
◆さらに増えるバックエンド費用
問題はまだある。表2のバックエンド費用は「今後想定される事態の一部しか反映されておらず、この試算自体も不確実性が非常に大きい」と大島教授は指摘する。
例えば、再処理費用11兆円には建設中の六ヶ所再処理工場で処理する分しか含まれていない。しかし、年間に発生する使用済み核燃料はウラン換算で1000トン以上あるといわれているが「六ヶ所の再処理能力は年間800トンしかない」。これまで原発の操業で発生し保管されている(福島第一原発にもある)大量の使用済み核燃料まで処理しようとすれば、六ヶ所の1工場だけでは足りないことは明らかだ。しかし、第2処理工場による再処理は、この試算には含まれていないので、今後発生する可能性は高い。
さらに大島教授は「11兆円に限っても、再処理工場の稼働率を100%と想定しており、現実的ではない」と指摘する。フランスのアルバ社の再処理工場の稼働率は56%(07年)程度だ。しかも六ヶ所については度重なる工事の延長で操業開始はいまのところ12年で、当初7600億円だった建設費用はこれまでに2兆円以上に膨らんでいる。「これらの追加費用が電気料金に跳ね返ってくるのは避けられないのでは」という。
◆12兆円も投資して回収はわずか9000億円?
そしてこの試算では、六ヶ所再処理工場で40年間に使用済み核燃料3万2000トンを再処理するのに11兆円かかることになっている。これにMOX燃料加工の1兆1900億円を加えた「12兆円超をかけて獲得できるMOX燃料は、ウラン換算で4800重金属トン、価格にして9000億円程度という数字が政府の審議会に報告」されているという。
「その資料をみたとき、わが目を疑いました」「民間のビジネスでは考えられないこと」だと驚愕したと大島教授。しかも「これは処理だけの話で、発電すればまたコストがかかる」のだから。
このほかにも、劣化ウラン・減損ウラン処理は対象外、高速増殖炉サイクルに関する事業も対象外など、バックエンド費用はさらに増える要素や疑問点があり、まだ確定したわけではないが、こうしたコストは誰が負担するのか。「必要になったら追加追加で入ってくるのが原子力のやり方」なので、気がついたら消費者が負担していることになる可能性は高い。しかも「いますべての原発を廃炉にしても、大量に蓄積された廃棄物の問題から逃げることはできない」。バックエンド事業は数十年、数百年かかる事業だと政府も説明している。
今後、日本のエネルギー政策をどうするのか再検討するときに「原発のコストをもう一度、洗いなおす作業は欠かせない」。なぜなら「原発は安い」は、大島教授が指摘しているように「破綻している」からだ。