特集

地域と命と暮らしをまもるために 協同の力で人間を主人公とした被災地の復興を
対談 人間を主人公とした被災地の復興を(後編)

出席者
内橋克人氏・経済評論家
神野直彦氏・東京大学名誉教授
(司会)
鈴木利徳氏・農林中金総合研究所常務

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【対談】「農」と「原発」は両立しない 新エネルギー産業を東北に 内橋克人氏・神野直彦氏・(司会)鈴木利徳氏 (後編)

・軍需に似た原発
・可能性を狭める
・復興計画の方向
・社会保障の谷間
・地域特性を重視
・中小工場復活へ
・大企業に復興債

 農林中金総合研究所常務の鈴木利徳氏を司会に経済評論家の内橋克人氏と東京大学名誉教授の神野直彦氏による対談後編。

今こそ大きな社会転換が必要

 

◆軍需に似た原発


内橋克人氏・経済評論家 内橋 日本の原発はアメリカの「そっくりさん」として一歩を踏み出しています。福島第一原子力発電所1号炉の建設当時のいきさつから私は書き始めたのですが、「フルターンキー」といって設計から建設まですべてアメリカGEに“おんぶに抱っこ”。アメリカからやってきた技術者たちのビレッジまで建ち、日本の技術者は完成後に「カギ(キー)」を受け取って、それを差し入れればたちまち稼働という状態で原子炉を引き継ぎました。この間、東電の技術者たちはアメリカに半年ほど研修に行っただけです。
 アメリカと日本では自然災害の種類が違う。一方はハリケーン、こちらは地震に津波です。が、頂いたのは「耐ハリケーン仕様」で、そのまま日本にもってきた。幸か不幸か、地震の静穏期といわれた時代が続いたのでやり過ごすことができたわけですが、それが今回、ついに通用しなかったのだ、と。
 日本の原発には欧米にはない格別の特殊事情があります。政治、電力会社、官僚、そして大学という政・官・業・学の「利益複合体」として肥大化してきたこと。それらを繋ぐのが“原発マネー”です。これは戦争中の軍需産業によく似通った構造です。
 私が取材を始めたころは、1980年代前半、日本経済は不景気のさなかにありまして、電力9社の発電設備の余剰率(ピーク時電力に対する)は31%を超えていました。つまり設備の3分の1近くがすでに余剰だったのです。にもかかわらずコストの安い水力や火力発電(償却済み)をどんどん廃止して原子力へとシフトしていく。発電コストは高く、リスクも高いことが明らかな原子力へ、と政治権力をフルに使って転換していったということですね。
 そうした構造において原発はかつての軍需産業とよく似ています。
 原発は1基3000億4000億円、今は5000億円ほど。巨大な商機の塊です。しかも利害得失を伴うはずの経済行為が、原発に限って例外なく「利得」の保障がついている。国家・国民が担保になっていて常に企業にとって「利益確保」の源泉であり続けたわけです。
 重電にはじまり造船、エレクトロニクス、鉄鋼、土木建築、セメント・・・ありとあらゆる産業にとって大きなビジネスチャンスが国策として守られてきたわけですよ。
 「どうして、これ以上、問題を抱えたままの原発が必要なのか」と問う声が世に溢れた時代、それでも原発新増設にブレーキはかからなかった。すでに償却ずみの、従って安いコストで発電できる水力や火力の設備をスクラップしてまで原発建設は進んだ。「安全」を捨て「危険」を選んだ意思はだれのものであったのか、ということですね。

 

◆可能性を狭める


 内橋 日本は昭和恐慌から脱出する時、消費者がいなくても成り立つ軍需産業にすがりましたが、原発もまた庶民の消費購買力が衰えたままでも産業として成り立つし、経済成長戦略の中に位置づけられます。
 総括原価方式で、とにかくたくさんの設備投資をして、たくさんのカネを使えば使うほど電力会社の利益が上がる。つまりいつも最終消費市場が保障されているのですから・・・。そういう構造なのです。
 このようにして、日本は原発一極依存を猛烈に進めてきたために、ほかの多様なエネルギー選択をする力がなくなり、可能性を自ら狭めてしまった。
 地震の動乱期に入った日本列島で原発は許されませんね。
 農の基本は“土づくり”といわれますが、その土づくりに精魂込めてきた人びとに対していま、「もう種子は撒くな」と。これほど残酷な言葉はありますか。基本的に「原発」と「農」は併立しません。だからこそいま大きな社会転換が必要なのです。それを避けてやり過ごせば、日本はいつか国家存亡の危機に立たされるでしょう。
 鈴木 “原発マネー”が戦争中の軍需産業と同じだというのは実感としてわかるような気がしました。もう1つ“国家存亡の危機”という言葉が出ましたが、日本の今後のあり様について、今の状況をどういう形で変えていくことが可能なのか。庶民から見ると国家組織や国家制度は大き過ぎますが。
 神野 私たちがいつも考えなければならないのは、大災害とか大戦争の責任は事前責任が重要だということです。つまり来るべき災害や戦争を前にして、私たちは何ができるのか、何をなすべきかを問うべきです。
 私達は今回の大震災で、事前責任が果たせなかったのであれば尊い人命を犠牲にされた方たちに対してできることは、事後責任を果たしながら、事前責任を果たすことです。

 

◆復興計画の方向


神野直彦氏・東京大学名誉教授 神野 つまり、次の新しき社会をどうやって形成していくのかということですね。それはどんな価値観にもとづいて、社会を築いていけばよいのかを認識して初めてできると思います。
 しかし今の復興計画などを見ていると、舵を切り間違える方向に行きつつある危険性がかなり高いと思います。
 最近は寺田寅彦(物理学者)の言葉がよく引用されますが、彼の随筆には関東大震災について、20世紀の文明という空虚な名を頼んで安政以来の江戸の知恵を無視したが故に、東京は焼き払われたのであるという過激なものもあります。
 11月4日に安政東海地震、翌日に安政南海地震、さらには翌年に江戸の直下型大地震が発生しています。こうした安政大地震の事後責任に学び、事前責任を果たさなかったからこうなったと、寺田寅彦は警告しているのです。
 阪神淡路大震災ではその2年8か月後にEUのジャーナリストを集めたシンポジウムが開かれました。
 参加者はハード面の復興の速さにびっくりしながらも、そこに至るまでには県市町村の首長などが何百回となく中央に陳情に出向いたことを知り、これではまるで“陳情復興”だと評しました。また被災地の考えた復興計画が実現できないシステムを批判しました。
 さらに仮設住宅に住む人たちが多く、しかもコミュニティから切り離されているため孤独死や自殺という悲劇が生じ、生活は一向に好転していない実情を、“生活復興”ではなく、“開発復興”だと指摘したりしました。地方自治が進んだEU諸国の記者たちの意見などもよく学んでおく必要があると思います。
 TPPも環太平洋で大地震対策を率先して打つのならともかく、環太平洋でまたもうけ話をしようというようなことは、歴史の教訓に学びながら、次の社会のビジョンを示したことになりません。
 私たちは経済の自然的基礎と市民的基盤(人間的な基礎)の2つを失ってきました。この“死の論理”というか、工業社会だから機能できる市場を、次の社会のあらゆる局面に当てはめようとしています。
 農業の工業化によって失敗しているので、今度の災害と、それからこれまでの新自由主義的な社会がもたらして来た大失敗を解決していくためには、自然的な基礎と、人間的な基礎を再度取り戻す必要があります。
 そこでポイントとなるのは地域ごとのコミュニティーの機能ではないかと思います。

 

◆社会保障の谷間


鈴木利徳氏・農林中金総合研究所常務 鈴木 内橋先生は今回の災害対策について地域でやるべきことのうち県の役割をどうお考えですか。
 内橋 国は仕事を復旧作業から資金負担まで、すべて県に丸投げしていますが、被災3県にはいま地域主権を前面に押し立てるほどの力は残っていないと思います。
 その中で宮城県の村井嘉浩知事は唐突に「水産業復興特区」なる構想をもち出しました。漁業権を緩和して民間資本にも与え、その資金力に“おすがり”するのだという。市場原理の導入ですね。私は、再生の難しい地域には、格別の支援策が必要だと思いますが、それが特区構想となると、簡単に賛成することはできません。
 耳にこびりついて消えないのは、海沿いのある地域の市長さんの言葉です。
「家が流されても、農地をさらわれても、私たちには海がある、海が残っている、と思っていた。すると、その海(の産物)から放射性物質だ、と!」
 この絶望の言葉を耳にして、私は言葉を失いましたね。
 鈴木 神野先生は財政学者の立場から、財政的な地域主権みたいなものがもっとあったほうがよいと思いますか。
 神野 復興プランは下から地方自治体がつくるしかない。ただ当然のことですが、そのための財源は、国に保障する責任があります。
 交付税はドイツで創設されましたが、東西ドイツが統一した時に、財政力の弱いところが多く受け取るルールなので、東独側へ全部流れかねないため、別に統一基金というのをつくって5年間は、そこから東独へ交付しました。そういうことも参考になります。
 私は三陸の漁村の調査をして来ましたが、漁業者は日本の社会保障制度の谷間にあります。農業者には所得比例の2階建て部分がありますが、漁業者には基礎年金しかありません。
 しかし、掛金も不漁の時は払わなかったりです。加入期間も40年は少なく、たいていは15年程度です。
 漁師は高齢でも働き、年金をあてにしていなかったのです。したがって漁師をやめろということは、生活保護者になれということを意味します。
 大震災は職域別・分立型の日本の社会保障制度の欠陥をあぶりだしました。生業で生きる道はなくなってきています。

 

◆地域特性を重視


 漁業権は日本に昔からあった自然保護と、人間が生きていくことを両立させる知恵です。明治政府が習慣上、存在していた漁業権を近代化しました。
 岩手・宮城両県には1万3000世帯ほどの漁業者がいて、うち1万世帯はいわゆる家族漁業です。残りが北洋漁業の伝統をひく雇用されている企業漁業です。
 家族漁業はそれなりの知恵で養殖などもやってきました。ところが被災した家族漁業者をそうした経営面からサポートする仕組みが全くありません。
 漁業・漁村の復興計画は漁業者がたてる、それは漁業者の権利だ、というと「彼らにはそれを具体化する能力がない」という人が出てきますが、そんな能力は中央政府がいくらでもサポートすればよいのです。
 下手をすれば東北では漁業も農業も全く成り立たなくなります。農業の荒廃は中国地方の山間部から進行し、東北地方では比較的伸びていたりした面もあったのですが、その東北が今はピンチにあるのです。
 鈴木 神野先生は、復興プランは地域でつくるべきだと話され、内橋先生は国がなすべきことを力説されました。復興プランには多分いろいろなレベルがあって多層的であると……
 神野 土も水もそれぞれ地域に固有なものです。土には微生物の違いもあり、水も単なるH2Оではなく、いろいろな成分を含んでいます。そういう固有な自然を管理するための言い伝えを「暗黙知」といいますが、復興計画にはそれを基礎にして発展させる固有の立場が必要です。しかし財源は中央政府が最終的に負わないといけません。
 暗黙知の象徴は神社で、巨大津波もたいていは境内の手前で止まっています。日本の神道はアメリカインディアンと同じく自然の万物には神々が宿っていると考えていたので津波が止まる地点に畏敬の念を持って神社を建立するのです。
 鈴木 復興と地域の特性についてはどうでしょうか。

 

◆中小工場復活へ


 内橋 私は「FEC自給圏」の形成がとりわけ東北には最適だと思います。Fは食料と農業。Eは再生可能な自然エネルギー、Cはケア、福祉から地域コミュニティ再生まで。
それら3つの自給圏を一定の地域内にそれぞれ築いていく。
 Eについては東北の特徴をハイテクに結びつけて新しいエネルギー産業を開発できる可能性が十分にあります。
 震災前、東北には国内産業空洞化の中でIT産業その他、真のたくみ(匠)たちが残っている、第3の工業地帯だったわけです。それも、普通の工業地帯ではなく、生産の場と生活の場が重なり合った、他の工業地帯にはない特長がありました。
 工業地帯があって産業が成り立っているのでなく、生活の場に6次7次の下請け工場などが点在していたわけですよ。
 こうした特徴を生かして技術力を高め、中小工場を復活させて新エネルギーの開発に取組めば、新基幹産業として立ち上がれる可能性は十分にあると思います。多くの日本人がいま東北の人びとに心ひかれています。律儀で我慢強く器用で義理堅く、とても工夫好き。そんな気質をあらためて東北の方々のなかに発見し、再認識したからですね。
 鈴木 問題はまた財源になりますが、中央政府の官僚は「国にはもうおカネはありませんよ」といいます。
 神野 いや、おカネはいくらでも調達できます。国債では調達できないといいますが、円高基調で動いているし、金利もずっと上がっていません。欧州がひどいことになっているので日本の国債は安全なわけです。さらに消費税率が低いので市場からの信任が強いのですよ。
 いま10兆円ほどの財源が考えられていますが、円の状況と、世界の金融状況を考えていけば、増税と抱き合わせなら調達不可能ではありません。むしろ規模を小さくしないほうがよいと思います。
 鈴木 では最後に、いい残したことがあればお願いします。

 

◆大企業に復興債


 内橋 日本は世界第1位の債権大国です。日本の多国籍型企業もまた巨大な海外資産をもっています。それらを総動員する。例えば大企業に復興債を持たせるなどです。
 緊急令を布いて、東北復興公共事業体といったようなものをつくって、各企業に復興債をこれだけ持ちなさいと命ずるようなことがなぜできないのでしょうか。
 日本経団連の歴代会長企業などに対しては、この国難に際し、やるべきことをやっているかと問うべきです。いまの米倉会長は政権批判、東電擁護に弁を振るっていますが、彼らの意見に私は頷くことができません。たとえば、原発がなければ空洞化だという。
 仮に原発でエネルギーの安定供給ができるとして、これから母親になる女性、若いお母さん方が安心して子どもを産み、育てることができるのですか。そういうリスク社会がすでに始まってしまった日本で、彼のような愚論が成り立つのか、と。
 たださえ、人口減少だ、高齢化だ、と危機感を煽っている財界人に聞きたいのですが、人口のさらなる減少に拍車をかける放射性物質の恐怖、危険をそのままに、どうやって人口減少に歯止めをかけるのか、日本経済の活力など生み出せるのか、と。彼らはこの激しい自己矛盾に気づいていない。今回の原発事故で若い女性、母親たちはもう子どもは生まない、と。そこまでリスクはきているのに、愚かにも幾度も幾度も「空洞化!」と脅しを口にする。私は長い間、経済人を見てきましたが、かつては関西電力でも太田垣士郎さんのように優れた財界人がいました。いま尊敬できる財界人にお目にかかることがない。
 「去る者は去れ」と。どうぞ、出て行って下さい、と。後は私たちで立派にやりますから、と。そういえるのが「使命共同体」としての協同組合です。
 協同組合の役割というのは、政府に対して陳情とか、請願とか、そういう姿勢でなく、政府に対して毅然と「こうするべきだ」「こうしなさい」と対等な関係のなかで問題提起をし、行動を促すことにあると思います。「正統な政府機能をきちんと果たせ」と。権論に対する民論の旗を押したてるときですね。でなければ、この国の政治はこの危機から立ち直ることは難しいでしょう。協同組合に求められている社会的役割ではないでしょうか。
【対談】「農」と「原発」は両立しない 新エネルギー産業を東北に 内橋克人氏・神野直彦氏・(司会)鈴木利徳氏 (後編) 神野 原発事故というと、『聞け、わたつみの声』を想い起こします。けっして悪いことをしたわけではないのに(戦犯として)絞首刑になる学徒が、世界の人民が怒るのもムリのないことを日本はおこなってきたので、軍部のために殺されると思えば腹は立つが、日本人の歴史的な責任を担って死んでいくと思えば安らかに死ねると書いています。
 原発事故で日本は、命ある「宇宙のオアシス」である地球を台無しにしかねないことをやったのです。これからはエネルギーの質を考えた生産やライフスタイルを目指すことが大切です。
(終わり)


前編はこちらから

(2011.08.12)