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クローズアップ・行き詰る米国

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【インタビュー】中岡望・東洋英和女学院大学教授に聞く  深刻化する経済危機と政治対立

・「保守」と「リベラル」の歴史
・「政府」はどうあるべきか
・オバマへの期待と失望
・ポリシーなき大統領
・力強める茶会運動
・膠着する国内政治

 「チェンジ」を掲げた米国のオバマ大統領が登場してほぼ3年になる。来年11月には大統領選挙を迎えるが、海の向こうからは景気の低迷と高失業率、さらにはねじれ議会で政治的な対立の深刻化などが伝わってくる。米国の今を同国の政治経済に詳しい中岡望・東洋英和女学院大学教授に聞いた。

米国は「チェンジ」したのか?


◆「保守」と「リベラル」の歴史


中岡望・東洋英和女学院大学教授 2008年の大統領選挙で、オバマは「変化」と「希望」を訴えて勝利しました。得票率は52%。民主党の大統領で50%を超えたのはジョンソン大統領ぐらいで、それ以外はみな5割に達しないなかで大統領になっています。 ここに表れているように、人びとは新しい時代が来たと思い、アフリカ系米国人として最初の大統領であることや、若さも魅力となり非常に期待をしたわけです。
 とくに期待されたのは、彼が米国政治の両極化、すなわち建国以来の共和党の「保守」、民主党の「リベラル」の対立を和解させ一致団結しようとアピールしたからです。
 米国の「保守」と「リベラル」について簡単に整理しておきましょう。
 リベラルな政策を明確に打ち出した大統領は、1930年代初め、大恐慌時のフランクリン・ルーズベルトです。彼のニューディール政策とは、国家が積極的に社会に関与して福祉国家をつくっていくというものでした。ルーズベルト大統領は国民の多数が幸せでも1割、2割が不幸であれば、われわれは満足してはいけない、医療、教育、住宅などは国がきちんと面倒を見なければいけないという考え方でした。「大きな政府」ですね。

 

◆「政府」はどうあるべきか


 しかし、第二次大戦を経て1970年になると米国経済の衰退、ベトナム戦争の失敗など国際的な地位の低下、戦費や福祉予算の拡大で財政赤字を招きます。社会的にもポルノ解禁など行き過ぎたリベラリズムという批判が出てきて、その反動として保守主義が台頭し80年に共和党のレーガン大統領が登場するわけです。
 当時、レーガン大統領はこう言いました。「政府が問題を解決するのではなくて、政府そのものが問題である」と。まさに「大きな政府」のニューディール政策を批判し、「小さな政府」を唱える保守主義の考えです。
 その後成立したクリントン政権は民主党政権ですが、財政均衡をめざした中道右派政権で、政権8年の最後の2年で財政黒字を達成します。
 そして2001年に成立したブッシュ政権は財政黒字を受け2度に渡る大幅減税を実施します。ブッシュが登場した2001年から米国は不況に陥りましたが、大幅減税を背景に年末には景気が回復するなど、戦後最短のリセッションに終わりました。もともと人気のない大統領でしたが、9.11のテロで危機に直面した米国人は強い大統領を求めたこと、また大統領がテロとの戦いを進めたことで04年の大統領選挙で圧倒的な支持を得て再選を果たした。
 経済を見ると、2001年のリセッション以降、FRB(米連邦準備制度理事会)の低金利政策を取ります。また大量の資金が中国やアジア諸国から米国に還流し長期金利も低下して住宅バブルが起きました。規制緩和で信用度の低い借り手に対して積極的な融資(サブプライム・ローン)が行われ、それがリーマンショックで金融危機を引き起こして、現在の景気後退を招いたのです。深刻な不況を前に「規制緩和」と「小さな政府」をめざす保守的な政策を見直す動きが出てきたところにオバマ大統領が登場したということになるわけです。

 

◆オバマへの期待と失望


クローズアップ・行き詰る米国 そのオバマ大統領は、「政府が大きい、小さいは問題ではない、政府が効率的かどうかが問題だ」と主張し、イデオロギーの対立を越え、国民に一致団結を唱えました。
 しかし、大統領就任以降、最大の問題はまったく景気がよくなっていないことです。就任と同時に09年2月には総額7800億ドルという史上最大規模の景気対策を打ち出しましたが、失業率はずっと増えている。就任当初は6%台でしたが、その後10%台となり、今も9%台と高止まりしています。住宅市況も依然として悪く、企業の利潤は上がっているが株価は低迷している。住宅市場の低迷、雇用不安に加え、所得の伸び悩みで消費に回さない。GDP(国内総生産)の70%以上を占める個人消費が回復ない限り、本格的な景気回復はないのです。
 結局、この2年半の間に何をもたらしたかといえば財政赤字の拡大だけだという批判が起きています。あげくの果てに、米国債の格付けが引き下げられるという事態まで起ってしまったのです。
 外交政策では核の廃棄をめざすとした「プラハ宣言」、イスラム社会との和解をめざすとした「カイロ宣言」、米国は太平洋国家であるとしてアジア重視を打ち出した「東京宣言」などをしてきましたが、具体的な成果は出ていません。核の問題でいえば自国では核実験を続けるという矛盾すらあります。言葉だけが先行し、具体的な政策が出てきていないのです。
 一方、社会政策では民主党が長年主張してきた国民皆保険制度は実現しました。しかし、この制度については地方裁では違憲判決が出ています。保険契約を結ぶかどうかは個人の選択であって国が強制するのは憲法違反だというのが、その理由です。今後、連邦最高裁判所がどう判断するかが焦点になっています。何よりもこの制度に対しては財政赤字をもたらすという「大きな政府」への批判が強い。米国民の半分以上は、国民皆保険制度は許容しないというのが実情です。共和党は来年の大統領選挙ではこの制度の破棄を打ち出す考えです。

 

◆ポリシーなき大統領


 外交、経済、社会のどの分野でも成果を上げられず、その結果、露呈してきたのは、オバマ大統領は言葉は大きいけれども、実は明確な政治理念がないのではないかということです。
 一致団結しようと共和党に和解を訴えはしましたが、保守とリベラルではあまりにも世界観が違う。昨年の中間選挙では民主党が負けて下院は共和党が過半数を握った。
 こういうなかで一致団結を求めることは野党ににじり寄ることになります。対決するというのは問題があるかもしれないが、ある意味では争点を明確にすることで自分の指導力を発揮する余地が出てきますが、お互い仲良くやろうと呼びかけていると指導力が見えてこない。それが支持を失うひとつの理由になっています。オバマ大統領を支持してきた民主党リベラル派は、妥協を繰り返し、企業寄りの政策を取るオバマ大統領に批判的になってきています。また大統領選挙でエネルギーを発揮し、オバマ大統領誕生の原動力になった若者層の政治離れ・オバマ離れも見られます。9月に行われたニューヨーク州とネバダ州の下院補欠選挙では民主党が議席を失っています。最近の世論調査でオバマ大統領の支持率は4割前後です。このままでは1期かぎりの大統領で終わるのでないかと言われています。
 これに危機感を持って9月8日に発表したのが追加的な景気刺激策です。ただし、内容は社会保障費(ペイロール・タックス)の減額の継続や失業保険の見直し、公立学校の補修などこれまでの延長が主で大規模なプロジェクトなどはありません。要するに小さな政策を積み重ねただけで、大きなポリシーがないわけです。しかも、共和党が多数を占める下院でこの景気対策の関連法案が通るかどうか不透明です。しかし、来年の大統領選挙までには何かやらなければならないということです。
 こうした状況のなかでエコノミストの予測では米国の景気が“2番底”に陥るとする確率は3050%とされています。来年も失業率が高止まりするのは間違いなく、オバマ大統領にとって再選を果たすことが非常に厳しくなりつつあります。

 

◆力強める茶会運動


 一方、共和党は来年の大統領選挙に向けた予備選挙の動きが活発になってきました。
 ただ、この予備選挙で候補者になるにはティーパーティの支持を得る必要があるのが今の状況です。ティーパーティは財政均衡や減税を唱える極端な財政保守主義運動です。「財政赤字を改善しろ」、「減税をせよ」という運動ですから、誰も表だって反対できません。この運動は多くの国民の共感を得て、政治的な力を高めています。この運動によって共和党の大統領候補も含めて、政治は右へ、右へとシフトしているといえます。
 たとえば共和党の大統領候補としてトップランナーと言われているのがテキサス州知事のリック・ペリーですが、財政保守主義者であると同時に、宗教的にも右派で、「キリストの教えを受け入れることができない人間は地獄に行く」などと発言しています。彼は犯罪にも強硬で、彼は知事として250件近い死刑の執行を命令しています。また中絶や同性婚に反対しています。ミッシェル・バックマンという女性下院議員も有力視されていますが、彼女も宗教的で先日ワシントンで何十年ぶりの地震があったとき、これは”神の警告”だと公然と言っています。
 バランスが良いのは前マサチューセッツ州知事のミット・ロムニーでずっとトップを走ってきたのですが、8月にペリーが立候補宣言をすると逆転されてしまった。
 ただ、ティーパーティ運動は共和党にとって痛し痒しの面もあります。昨年の中間選挙では共和党予備選挙で穏健派議員がティーパーティが支持する候補に敗れ、本選挙ではそうした候補が落選するケースがありました。その結果、共和党が幾つかの選挙で取りこぼし、最終的に上院で過半数を制することができませんでした。ティーパーティは共和党内では大きな影響力を持つようになっていますが、本選挙での影響力はまだ限界があるのです。過度にティーパーティに依存すれば本選挙で負けるかもしれないが、共和党の予備選挙で勝つためにはティーパーティの支持が不可欠なのです。
 世論調査でオバマ大統領か、共和党の候補者のいずれに投票するかを聞くと、共和党候補者のほうが上回ります。しかし、オバマ対ペリー、オバマ対ロムニーといった具体的な質問になると、まだオバマ大統領のほうが上回っています。これは、オバマ大統領は支持できないが、かといって現在の共和党候補者では不満だという国民の気持ちを示したものでしょう。

 

◆膠着する国内政治


 このように米国の政治は行き詰っています。そして今後、膠着状況はもっと厳しくなり、イデオロギー的な対立が深まる可能性があります。
 その要因はすべての問題の根幹が財政赤字にあるという論調が政治をおおっているからです。しかし、財政赤字を縮小しようとすれば景気は悪化する。ですから本来、財政赤字解消は短期的な政策目標としては問題があるのですが、政治的にはこの問題一辺倒になってしまっているわけです。
 いずれにしても米国の政治はすべて来年の大統領選に向けて動き出しています。大統領選で勝つためにお互いどう政策を打ち出すか、です。その意味では新たな政治的な動きはないでしょう。
 外交・貿易問題でもTPPより先に米韓FTA(自由貿易協定)の批准問題があります。両国政府は正式に調印しているのですが、両国政府はまだ批准していません。この協定はNAFTA(北米自由貿易協定)に次ぐ規模のものです。米韓FTAが発効すれば米国も自動車を関税ゼロにするわけですから打撃があるとしてなかなか批准しません。景気が悪いのは自由貿易協定で米国企業が海外進出をして、雇用が失われるからだという抵抗感が国民の中にある。以前のように財界も積極的に主張していません。自分のことで精一杯です。米国が自由貿易一辺倒だというのは、間違いなのです。景気の低迷と政治的な対立の深刻化、これが米国の現在の状況だといえます。


【略歴】
なかおか・のぞむ 1947年広島県生まれ。国際基督教大学卒。東京銀行を経て73年東洋経済新報社に入社、編集委員などを務め02年退社。8182年フルブライト・ジャーナリスト、ハーバード大学ケネディ政治大学院のフェロー。

(2011.09.21)