◆関税撤廃「除外」は難しく
TPP協定の前提はすべての物品関税を原則撤廃するというものだ。日本はこれまでのEPA(経済連携協定)で米、小麦、砂糖、乳製品、牛肉などを「除外」や「再協議」としてきたが、TPP交渉ではこれら940品目の関税撤廃が求められる。
外務省の報告ではこの関税撤廃を議論している物品市場アクセス分野の交渉は遅れており、とくに各国の重要品目(センシティブ品目)の扱いについては、関税撤廃からの「除外」や議論を先送りして「再協議」するといった協定を認めるべきではないとの意見がある一方、状況によって個別の対応を考える必要性はあるとの考えを示す国がある、とした。ルールの合意には至っていないとの認識だ。
しかし、カナダのTPP交渉参加意向を現在の参加9カ国が拒否したことについて、乳製品の除外を水面下で打診したことから拒否された事情を外務省は説明。党内では「関税ゼロを宣言しなければ門前払いになることが改めて確認された」との指摘もあり、TPP参加が農業分野に大打撃を与えることは必至だ。
また、農産物以外では医薬品について特別のルール規定が盛り込まれる可能性についても外務省は指摘した。
その理由は、米豪FTA(自由貿易協定)や米韓FTAに医薬品・医療機器に関する協定があるからだ。米韓FTAで韓国は医薬品と医療機器の価格決定について国から独立した機関を設置し、米国からの要請によって見直すことが確認されている。つまり、自国の制度で価格決定ができないということだ。TPP交渉で米国は米韓FTAの内容よりも高い水準の協定とすることをめざしている。農業以外にも国民生活に大きな影響が出かねないことを認識する必要がある。
◆食の安全性も対象に
食の安全確保、原産地表示などのルールについてもTPP協定ではそれぞれの国の制度や議論を認めず、一律のルールを締結する可能性もある。
たとえば、現在、わが国は米国産牛肉の輸入については20カ月齢以下のものしか輸入を認めていない。それは国内で21カ月齢でBSE発生が確認され、それをもとに食品安全委員会が安全性の評価をしたため。さらにWTO(世界貿易機関)協定では、科学的に正当な理由がある場合には、国際基準よりも高い水準の措置を導入することが認められていることから、現在の輸入規制が行われているのである。しかしTPP交渉で国際基準との調和を義務づける規定が盛り込まれるようなことになれば日本は現在のような対応ができなくなるおそれがある。
また、米国は日本に対して国際慣行に従った残留農薬基準を導入するよう求めている。こうした案件を受け入れることが日本がTPP交渉参加の条件とされる可能性も否定できない。
各国は安全や環境保全の観点から製品や生産工程についての「規格」を決めている。これが貿易を阻害しないように協議する分野が「貿易の技術的障害(TBT)」と呼ばれる分野だ。外務省はこの規格づくりについて、相手国関係者の参加を認め、自国民と同じ条件での関与を認める可能性にも言及した。
さらに個別分野ごとに規則が設定される場合、一例として遺伝子組換え作物の表示ができなくなるなどの可能性もあげた。
これらの点は外務省が慎重に検討する必要があると報告したものだ。
◆医療は本当に対象ではないのか?
金融分野では米韓FTAで韓国農協などが実施している共済事業について、民間保険と同一ルールを適用すべきとされ、協定発効後、3年以内に農協や漁協の共済事業の支払能力について金融監督委員会の規制下に置くことが盛り込まれていることを外務省は報告した。それをふまえTPP交渉では、「郵政」や「共済」を挙げて追加的な約束が求められる可能性にも触れている。
一方、公的医療保険制度など国が実施する金融サービスについては適用除外とされ、現段階では議論されていないと政府は説明している。しかし、現在の交渉参加9カ国に日本のような公的医療保険制度が存在するのかどうかは不明だ。民主党の会合では「国民皆保険制度を持つ日本が交渉参加をすれば対象になるのは必然ではないか」との声があがっており、「現在は議論の対象になっていない」との政府の説明に、納得できないとの意見は多い。
病院経営への営利企業の参入についても政府は議論になっていないと説明している。ただし、米国はこれまで日米規制改革イニシアティブなど2国間協議で、株式会社の医療参入や、画像診断の株式会社委託などを求めてきている。
そのほか公共事業など政府調達についても基準額を引き下げる協定交渉になる可能性も指摘されており、小規模な地方自治体などが行う事業にも外国企業が参入できるルールにつながることも考えられる。
今回の外務省報告で食と農に限らず国民生活に大きな影響を及ぼすことが明らかとなった。民主党内からも国民理解のために会議を公開で行うよう強く求める声があがっている。徹底した情報開示と方針決定前の国民への説明を政府は行わなければならない。
TPP交渉分野別のわが国にとってのおもな懸念
外務省まとめ
【物品市場アクセス】
○米、小麦、砂糖、乳製品、牛肉など農林水産品940品目の関税撤廃。
○医薬品分野に関する規定盛り込みの可能性。
【原産地規則】
○輸入原材料を用いた場合も原産品と認めるルールとなると、TPP参加国以外の国からの原材料を使用した産品が輸入される可能性。
○原産国(地域)の証明に、自己完全証明制度(すべての輸出者等が原産地証明を行う制度。現在、日本は不採用)が採用される場合、企業をはじめすべての輸出者等が自主的に原産性の確認を行う体制づくりが必要に。
【衛生植物検疫(SPS)】
○WTO・SPS協定の権利・義務の変更のおそれ。一律ルールとすることで、個別案件ごとに科学的根拠に基づいて慎重に検討することが困難に。
○これまでにTPP交渉参加国から要請されてきた案件(例、米国から要請されている国際慣行に従った残留農薬基準の導入など)が交渉参加の条件とされるおそれ。
【貿易の技術的障害(TBT)】
○安全や環境保全などの観点から定めている製品や生産工程などの「規格」について、規格策定段階で相手国関係者の参加を認め、自国民と同じ条件での関与を認める規定の可能性。
○個別分野別に規則が設けられる場合、遺伝子組換え作物の表示などに問題が生じることも。
【貿易救済(セーフガード措置など】
○輸入増加によるセーフガード措置の発動条件が厳しくなる可能性。
【政府調達】
○調達基準額の引き下げ(=海外企業の参入水準の引き下げ)の可能性。
○調達対象が拡大する場合は、小規模な自治体に多大な事務負担を強いるおそれ。
【知的財産】
○わが国法制度と整合的ではない規定の可能性。例:発明の公表から特許出願までの猶予期間は1年。音など視覚によって認識できないものの商標登録。わが国よりも長い著作権保護期間。
【競争政策】
○公的企業(独立行政法人や旧電電公社)や指定独占企業(JTなど)に関するルール盛り込みの可能性。
【越境サービス】
○医師等の個別の資格・免許の相互承認(現時点では議論されていない)。
【金融サービス】
○日本との二国間協議で提起されている郵政、共済について追加的な約束を求められる場合も。
【投資】
○「国家と投資家の間の紛争解決手続き」が採用される場合、外国投資家からわが国に対する国際仲裁が提起される可能性。
【環境】
○海洋資源保全、野生動物、違法伐採に関する規定が盛り込まれる場合、漁業補助金やサメの漁獲その他の漁業活動に関する政策への影響。